外道下衆道のドッジボール
外道下衆道。
それが、俺の名だ。
母さんが学生時代の友達集めて安価で決めたと言っていたけど、そうは信じない。
きっと三日三晩考えてくれたはずだ。
「外道下衆道って長いわね。縮めてカスって呼ぶことにするわ」
そして、たった今俺の名はカスに変わった。
「おはよう、母さん。みゆき、カス」
部屋から降りてきた親父が皆に挨拶して出てきた。
俺の名前の浸透速度の速さよ。
「あ、お父さん、おはよう。コーヒーそこにあるから」
「ああ、ありがとう母さん」
「いいえ」
この通り家の仲は悪い方じゃない。
「カスのコーヒーはそこよ」
母さんの指差した方角に目をやった。
「か、母さん?」
「どうしたの?早く飲みなさい。冷めるでしょ」
「い、いや…、あのぅ」
「何をしてるんだカス。母さんを困らせるな」
「い、いやだって…。これ…」
飼ってる犬の尿じゃねえか。
「搾りたてよ」
「だろうな」
湯気が出てる。
「おはよー」
今度は姉貴が出てきた。
助かった。姉貴ならこの状況を何とかしてくれるかもしれない。
「姉貴…」
「ごめんカス。さっきあんたの部屋燃やしちゃった」
「えっ?」
「まったく、さちこは、おっちょこちょいなんだから。うふふ」
「ははは、まあ、しょうがない、しょうがない。ドンマイだ」
ドンマイ?えっ?
俺の部屋が燃えてる?
「嘘でしょ…?」
「ほれ」
姉貴が何かを手渡してきた。
俺はそれを受け取り、しばらく眺め、そして、少し焦げているが、飼ってる犬の首輪だと気がついた。
「あ、ああああー!!!!アレクサンダー!!!アレクサンダーがぁっ!アレクサンダーがぁ!」
「うるさい!静かにしなさい!」
「だ、だってぇ。アレクサンダーが…」
「アルクンダーのことについて悲しんでるのはあなただけじゃないわよ!皆悲しいの!皆我慢してるの!」
「あ、あるくんだー?だ、だれそれ…?」
「そうだぞ!皆悲しいんだ。母さん今日の昼ご飯韓国料理にしよう」
「か、韓国料理?うそでしょ?」
「そうね。材料もちょうど揃ってるしね。今から楽しみだわ」
「ざ、材料?」
「目玉が特に美味しいんだよね!みゆき知ってる!」
「おお、そうだぞみゆき。よく知ってるな」
「うふふ、みゆき偉い?」
「ああ偉いぞー」
「偉くねーよ!!!最低だぁー!皆最低だよー!」
俺はそう叫ぶと、一目散に学校へと急いだ。
もう、家に居たくないからだ。
くそっ!
なにが、アルクンダーだよ!
「よお、カス。一緒に学校行こうぜ?」
「お、信広いいよ。行こう」
ん?
えっ?
カス?
「なあ…」
「お前の家の会話、随時ネットでアップされてんだよ」
「なるほど…」
ん?んんん?
「なあ信広」
「しかも、お前の顔と会話だけだけどな」
「マ、マジで…」
「犬…、燃やされたんだってな…」
「そうなんだ…」
「昼俺も食いに行って良いか…?」
「だめだ…」
しばらく歩いていると、学校に着き、教室までたどり着いた。
俺は今中学三年生。
あともう少しで高校受験だったりするわけだが、それを思ってか、今日はねぎらいの意味も込めて、学年でドッジボールをすることになっている。
教室に入り、自分の椅子に座る。
その動作だけで、俺は100個近い卵をクラスメイトに当てられた。
外した数を入れれば300個はくだらない。
全身ベットベトとなった俺は、取りあえずポケットの中のハンカチを取り出して直ぐ、卵を当てられた。
「ざまあみやがれ!」
「信ひ…グワッ!」
口を開けたとたん卵が命中された。
油断も隙もあったもんじゃない。
あの時の賭けに負けてさえいなければ、こんな事にはなっていなかった。
そう、俺が担任の女教師のケツを触れるかどうか、という賭けだ。
俺は見事成功させたが、ケツを触れない方に賭けていたことを忘れ、この有り様となっている。
「もう、みんなやめなよ!」
これは驚いた。
まさかの救世主が俺の前に立っている。
「委員長、ありがァッ!」
な、卵がもろに喉に入った。
く、苦しい…。
「私の当てる分がなくなるでしょ!もう…」
くそっ、騙された。
こいつは救世主どころか、魔王だ。
的確に喉の奥を狙うために近付いてきやがった。
「痛っ!」
おい今の投げたやつ!
「ゆで卵だったぞ!ゆで卵は禁止だ!」
まったくもう。
ルールぐらい守れってんだ。
「はーい、いじめはここまでにしてグランドに行くわよ。さっさと、ドッジボールでも何でも終わらせて、パチンコに行きたいのよ」
担任の先生がいきなり入るや否や、やる気のない掛け声で皆をグランドへ向かわせた。
グランドに着くと、怪我するなだの、しても親に言うなと校長から半ば脅迫的に注意されたところで、ドッジボール大会が開催される。
取りあえず準備運動らしい。
隣にいるやつと強制的にやらなければならないのだが、俺の隣は量産型女子の代表みたいなやつだった。
さっそく、前屈するときに背中を押してもらったのたが
「臭いから足でやって良いよね?」
といわれ、やらないだけましと一瞬思ったが、やはり納得はできなかった。
そして、次は俺の番。
ここで、じゃあ俺も足でやってやるよと言うほど俺は無粋じゃない。
俺は言わば、ジェントルメンと自負している部分がある。
手を洗いに行き、優しく背中を押してやった。
「どうだ?痛くはないか?」
と声をかけながら、相手に気をきかせてやった。
すると、相手もこころなしか、嬉しそうに見えた。
そうだ。
俺は女の子のこういう顔が好きなんだ。
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「よーい、始めっ!」
そして、ドッジボール大会が始まった。
まあ、ドッジボール大会と言っても一試合しかない訳で、そして、やる相手は同じクラスのやつらだ。
なんとまあ、ショボい大会だが、直ぐに帰れる分には文句のつけようがない。
「おらぁー」
力強い掛け声と共に相手陣地からボールが飛んできた。
それを避けきれず、少しトロい女子に当たってしまったようだ。
男女混合だから、俺の陣地にも、相手陣地にも女子はいる。
「ふんっ!」
そして、こっち陣地に残されたボールを拾い、もう一人の女子がボールを投げる。
そのボールはふわふわっと空中を舞い、力なく相手の陣地に落ちるだけだった。
「あははははは」
それを見て、回りは笑うだけでいる。
生ぬるい。
俺に卵を投げたときは、そんな速度じゃなかったはずだ。
そう思うと、何だか異様に腹が立ってきた。
帰る部屋も燃やされた俺は、もう居場所はここしかない。
俺が、本物のドッジボールを見せてやる。
「おい、糞メガネ、お前の母ちゃん歌舞伎で見かけたぞ!今度イソジンプレゼントしてやるよ!」
まずはボールの調達だ。
俺はボールを持っているオタク風メガネを挑発することにした。
「客も紹介できるぜ?家の近くの牧場にいるからよ」
「ぼ、ぼぼくのママをバカにするなー!」
威勢の良い掛け声と裏腹に、ボールはワンバウンドしてやってきた。
よし、これでボールの確保ができた。
RPGゲームをやったことのある人ならわかると思うが、敵を楽に倒す方法は、まずザコから潰すのが鉄板だ。
そして、ザコすなわち女だ。
特に、あの太り尽くした女が良い的になってくれそうだ。
「おりゃあーーッ!!!」
俺は奇声とも違わぬ声を上げながら、全ての力をボールに込めて投げた。
腰の回転、振りかぶり方、手首のスナップを効かせたボールは真っ直ぐ、とんでもない速度で豚女の顔面をとらえた。
「あがっ!」
妙な声とともに、ボールは跳ね返り、俺のもとへ転がってきた。
そして、豚女の顔に目をやると、鼻血と鼻水らしきものがだらだらと流れていた。
しまいには、泣き出すその女の姿を見て、俺はとんでもないことをした事実に気づかされた。
俺は何て事をしてしまったんだ!
顔面はセーフじゃないか。
「オッラァ!」
「ぶびっーー!!!」
今度のボールは難なくみぞおちをとらえることができた。
よーし、次は…
「委員長…」
目が合ったのは、さっき卵を投げつけられた委員長だった。
俺がニヤリと笑みをうかべると、
委員長は対照的に顔を青ざめていく。
そうだ。
俺は女の子のこういう顔が大好きなんだ。
標的は決まった。
狙うは、委員長のメガネのみ。
「シャアーッ!!!」
ボールは一直線、委員長のメガネへ向かって飛んで行く。
委員長はあまりスポーツが得意ではないのか、あたふたするだけている。
そして、ボールがメガネに届いた時には、委員長の右目は、レンズの欠片によって鮮血飛び散る切り方をしていた。
よし!
次は左目だ!
「おらっー!」
「ぐっふ!」
だめだ、顎に当たった。
「せいや!」
「ああっー!」
鼻か…。
悪くはないが、狙いとは違う!
「うりゃあー!!!」
「がぁっ!」
くそっ!
また鼻だ!
そして、しばらくこのやり取りをしたあと、委員長の顔面の原形がなくなり、俺の体力もずいぶん減らされていた。
「ハァハァ…」
「ぴゅるるるるる~、ぴゅるるるるる~」
委員長から変な音が聞こえてくる。
もう長くは持たないだろう。
これがラストチャンスなんだ!
「うおっりゃあーーー!!!」
俺は全身全霊の力をボールに込めて、委員長に放った。
いけっ!
いけっ!
届けぇーーー!!!
「ぴゅるっ!」
そして、ボールは委員長の顔面に当たり、数バウンドしてから、転がる。
委員長の顔が痛みで伏せているから左目に当たったのかよくわからない。
もう投げる力なんて残されていないんだ。
頼む!
届いてくれ!
俺がそう懇願していると、委員長に動きがあった。
伏せていた顔を徐々に上げ、そして、結果が知れた。
そう、左目のメガネのレンズが見事に割れていた結果だ。
「おっしゃあっ!!!当たった!当たったぞ!100ポイントだーぁっ!!!やったー!!!」
俺が喜びに浸っていると、知らぬ間にボールが飛んできて、俺にとってのドッジボール大会は幕を閉じた。
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帰り道、俺は妙な達成感を味わいながら、歩いていた。
「いやーまたドッジボールやりたいな」
そう、呟きながら、家の玄関を開けて、リビングへ向かった。
時刻は昼。
飯にありつけると思い、リビングのドアを開けた。
開けなければ良かった。
「アア、アレキサンダー、アレキサンダー!!!!」
韓国料理が俺の帰りを待っていた。