ナマケモノの真骨頂
俺の名前は、生獣。
人類の怠惰の最上位に立つ男。
男子高校生三年生で、今日も学校へ向かわなければならない。
といっても、俺が動かすのは肺と心臓だけだ。
後は全部、俺が開発した超便利型ベッドがやってくれる。
学校へ向かうのはもちろんのこと、歯磨き、着替え、炊事、洗濯、なんなら、人とのコミュニケーションでさえやってのける優れものだ。
「生獣ー!朝ごはんよ!」
お母さんの声だ。
ご飯ができたらしい。
ここで、普通の男子高校生なら自分で返事をするだろうが、俺はそんな必要はない。
そう、超便利型のベッドのおかげでね。
俺の代わりに会話が出来るのだ!
『うるせー!黙れ糞ババァ!』
ただし、この超便利型ベッドを作ったのは反抗期真っ盛りの中学生の時だったから、多少親への返答が厳しいものになっている。
「顔を洗ってから食べるのよ~」
『黙れ!殺すぞ!』
いや、多少ではないな。
だが、アップデートするのは面倒臭いから今後一生されることはない。
俺の超便利型ベッドには、多数の機械仕掛けの腕が備えられていて、その腕で俺は今、寝ながらにして着替えさせられている。
着替えが終わると、ベッドは底の部分から車輪を出し、洗面所へと向かった。
顔と歯を洗ってもらい、朝御飯のあるリビングへと向かう。
こうして、俺の一日が始まるのだ。
「生獣おはよう」
『………』
「ご飯そこにあるから、遅刻しないようにすぐ食べてね」
『……………チッ』
「母さんこれから、買い物に行くんだけど、何かいる?」
『…ポテ……チ…』
「何?聞こえない。何も要らないのね」
『ああ!なんも要らねえよ!』
「本当に何も要らないの?」
『ああ、要らねえって!』
「大きい声出すんじゃないの!生獣の好きなリンゴ買ってくるわ。それでいいのね?」
『……ん』
「ん、じゃわからないわ!どっちなの?!」
『もう、いいって!ゆっくり朝飯食わせろよ!』
「あら、あなたに朝ごはんゆっくり食べる時間なんてないのよ!さっさと食べなさい!」
『ああ、もう、わかったわかった。早く行けよ。めんどくせえなぁ』
「めんどくさいとは何よ!もうママ今後あんたに何も買わないわよ!ご飯だってもう作らない!」
『はいはい』
「何がはいはいよ!何がはいはいよ!」
『もう、いいって…。ご飯食べさしてくれよ』
「もう、あなたみたいな子はご飯食べなくても宜しい!」
そう言うと、母さんはベッドの手から強引に朝ごはんの皿をもぎ取った。
全く俺に関係ないところで朝ごはんが食べられなくなってしまった。
そして、ご飯を取られたベッドは、足音を大きくならしながら、玄関に向かい、勢いよくドアを開け、
『死ねぇ!糞ババァ!』
と叫んだ後、ドンとドアを閉めた。
空腹な俺をよそに、ベッドは不機嫌そうに学校へ向かっていく。
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学校にて。
「ほら、見て見て」
「なになに?」
「生獣よ。またベッドで寝ながら学校に来てる」
「うわー。普通に来いよな」
「しかも、見て見て」
「なになに?」
「また教室の入口にベッドが入らず、ドンドンと入口のドアにぶつかり続けてる」
「うわー。絶対設計ミスじゃん。ってか、高校三年生じゃん。三年間あったじゃん。直せるじゃん」
「しかも、ほら。見て見て」
「なになに?」
「生獣の後ろの生徒」
「うわー。教室に入れずに行列出来てるじゃん。ってか、普通に整列してるじゃん。待ったって一生教室に入れるわけないじゃん」
「し・か・も、見て見て」
「なになに?」
「行列の中に担任の先生がいる」
「うわー。ってかもう、うわー」
「キーンコーンカーンコーン♪」
「うわー。授業始まりのチャイム鳴ったじゃん。あいつら、どうするじゃんよ?」
「おい山田!あぐらをかくんじゃない!体操座りか、正座しろ!」
「えー。廊下で授業やるぅー?えー」
「おい!生獣!」
「おっ!やっとで核心を突いてきたじゃん!」
「うつ伏せで寝るんじゃない!横向けか、仰向けにしろ!」
「うわー。寝方~。寝方じゃんよ~」
「もう行こ?」
「そうだね。もういいじゃん」
ドドドドドと足音が鳴り響き、俺の前で止まった。
「生獣!今日こそ勝負ですわ!」
「こら、菜芽鬮!今は授業中だ!」
菜芽鬮はスカートのポケットから携帯を取り出し、誰かに電話をし始めた。
「あ、お父さん。今日の授業全部中止にして欲しいの」
「おっけー」
「ピンポンパンポン♪
えー、今日はやむを得ない事情で、急きょ全ての授業を中止いたします。すみやかに授業を中止するように」
「よし、お前ら帰っていいぞ。今日はここまでだ」
先生がそう言い放つと、そこにいた生徒達が一目散に帰路へと向かった。
俺と菜芽鬮だけを残して。
「勝負ですわ!今日こそ私が世界一の怠け者だって証明するのよ!」
そう彼女は声高らかと宣言した。
『……な、なん…だよ』
「何だよじゃないわ!勝負よ!」
『う、ううる…せえんだよ…』
「何を言ってるの?いつもの事でしょ」
そう言うと彼女は俺のベッドに手を置いた。
『さ、さささ触ってんじゃねえよ。は、離れろよぉ…』
「嫌だわ。私に命令しないで」
『ふ、ふん!だだったら、す…、好きにしろよ…』
女子に対する中学生独特の話し方に戸惑いつつ、彼女はビシッと俺に向かって指をさしてきた。
「とにかく勝負ですわ!今日こそ私がどれだけ怠惰に身を委ねているのか、見せてあげますわよ!」
そして、彼女はおもむろにその場で寝始めた。
自分のスリッパを枕にし、地面で寝っ転がる彼女を哀れに思いつつ、俺は家へ帰ることにした。
校門を抜け、真っ直ぐ自宅を目指した。
途中、迷子の女の子や、事故って瀕死の大学生、荷物の重さに押し潰されている老婆を難なく無視し、家の玄関にたどり着いた。
『……た、ただいま…』
「………」
気まずい空気を肌で感じつつ、俺のベッドは部屋へと向かった。
ドアを開け、部屋に入った。
これでやっとで、一休み出来る。
徐々に、体の緊張が解けていく。
もう一眠りをするか。
俺はそう思いながら、寝ることに意識を持っていくと、足音が聞こえてきて、俺の部屋の前に止まった。
「な、生獣、け、今朝は言いすぎたわ…」
どうやら、今朝の喧嘩について謝りたいようだ。
『うる………』
俺はベッドの電源をOFFにし、寝る直前に
「お休み母さん」
と一言、言い残すのであった。