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こんぷれっくす!

俺は鈴木だ。


下半身裸の鈴木である。


そして今日は、入学してから待ちに待った修学旅行である。


先生から修学旅行についての注意をいろいろ聞かされ、しおりを渡され、バスに乗り出発した。


バスの、隣の席の人からは「鈴木の隣はぜっつっつっつっつたいにいやだー!!!!」と終始泣かれながらもなんとか無事に旅行先である温泉宿にたどり着いた。


列島寒温泉と宿の表札に書かれている。


温泉宿に寒いの字が入るのはどうかと思いながらも、仲居さんに本日泊まる部屋まで案内され、俺はそこでしばらく旅の疲れの癒しをすることにした。


ボーと天井を眺めたり、指で畳を無意味に掻きながら、俺は心休まる平和な時間を過ごしていた。


しかし、そんな時間は長く続かず、突然の部屋の扉からしたドンと何かがぶつかっている音にさえぎられた。


人が転んでぶつかったのだろうかと思い、放置しようと決めたその瞬間また同じ音が響いた。


そしてそれは定期的に鳴り響く。


さすがにもう放置するわけにはいかないと思い、俺は扉を開けることにした。


そして、開けてびっくりした。


人が寝かされているベッドがまるで意思を持ったかのようにこの部屋に入ろうとしてドンと扉にぶつかり続けている。


しかし、明らかにベッドの横幅と、扉の大きさが合っていない。


そんな大きさでは、入れるはずがないのだ。


このままにしておくわけにはいかないと思い、一声かけることにした。


「お、おいなにしてんだ?」


そうすると、動いていたベッドが静止し、回転して俺のほうへむいた。


本当に意思があるようだ。


俺がそんなことを関心していると、さらに俺を驚かせる出来事が起きた。


『見てわかんねえのか?部屋に入ろうとしてんだよ。年上だからって調子のんなよ』


機械音を発しながら、言葉を口にしたのだ。


生意気な口調で。


「なんだよう。せ、先輩だぞ?」


『下半身裸のヤツを先輩にもった覚えねえよ』


本当に生意気だ。


「まあいい。そんなことより、お前名前は?」


『お前って言うんじゃねえよ!』


面倒なベッドだ。


「キ・ミ!名前はなんだ?」


生獣(なまけもの)だ』


「俺は鈴木だ。それで、その上に乗っている人の名前は?」


『生獣だ!俺は代わりに話してんだよ』


「そうだったのか。しかし、どうしてそんなまどろっこしいことをするんだ?」


『あん?』


「ベッドの声を使って話したり、移動したりすることだ。普通にすれば良いのではないか?」


『そ、それはできねえ…』


「できない?」


―――「それは私が説明いたしますわ!」


突然横から女の子が大きな声を発しながら、俺たちの会話に割り込んできた。


「誰だ?」


『な、菜芽鬮(なめくじ)。な、なんだよう。いうんじゃ、じゃねえよ…』


「いいえ、この際だからはっきり言っておきます」


『やめろ…』


なんだ?何が起きている?


「私はあなたに変わって欲しいんです。だから、あえて言葉にしなければなりませんわ」


『…』


俺、なにやら大変な地雷を踏んだようだ。


こうなったら、第三者の立場を保っておこう。


「元気で活発で、人のために身を投じていたあの頃に戻って欲しいんです」


『そんなこともあったな』


「そんなことなんて言わないでください!私にとってはあの頃は宝物に等しい日々なんです!あの頃に私はあなたに救われ、そしてあなたに…」


『過去のことだ。もう忘れた』


「……」


気まずい。


どえらい気まずい。


どうしてこうなった。


俺は当たり前の質問をしただけだよな?


それなのに、何だこの空気は?


でもまあ、乗りかかった船だ。


最後まで見届けよう。


「救われたって何されたんだ?」


「はい…」


俺がそう聞くと、菜芽鬮は暗かった顔を少し明るくし、口を開いた。


「父は、学校の理事長で、私は普段から裕福な生活を送っていました。何不自由なく生きることができましたが、しかし、私の身分による中学の同級生による嫉妬だけは耐えられませんでした」


「嫉妬か…」


「はい。初めは無視をされる、上履きを隠されるという小さないじめから始まり、そして、最終的には私は学校で完全に孤立をさせられました」


「…」


「毎日学校に行くのは、正直に言って苦痛でしかありませんでした。何も楽しいことなんてありませんでした。そして、ついに自殺を考え始めたそんな頃、一人教室で泣いている私にひとつの手が差し伸べられました。それは、ぶっきらぼうで、少し汚れていましたが、とても、それはとても暖かい手でした」


俺はふと自分の右手に目をやった。


「それからの毎日は、学校での無視や孤立は続きましたが、しかし、友が一人でもいるという事実に私は救われました。それは、どんなに感謝してもしきれないぐらいの恩です」


「素敵なことだな。誰にだってできることじゃない」


少なくとも、俺には無理のようだ。


「はい!」


「それで、生獣君は何でこんな生活を送っているんだ?」


「そ、それは…」


菜芽鬮(なめくじ)が生獣に目をやる。


『いい。俺から言おう』


「生獣!」


『これ以上自分の過去を美化されてはたまらん』


「うふふ」


『まあ、長く話すのは得意じゃないからな。手短に言う』


「あ、ああ」


『さっきも菜芽鬮が言ったとおり俺は昔、活発だった。困っている人がいればすぐに助け、どうしても救いたかった。そうすることで、相手が救われた事実で俺はうれしい気持ちになれたからだ』


「うん」


『いろんな人を助け、感謝される。そんな日々を送っていた。そして、なんの変哲もない、いつものように朝起きて、多少親と喧嘩して家から出た、そんな日の出来事が俺をこの姿にさせた』


「な、何がおきた?」


『なに、そんなに珍しいことじゃない。前から自転車に乗ったおばあちゃんが走ってきたんだ。狭い道だったからな。俺は少し端のほうへ寄ったんだ。おばあちゃんが通りやすいように』


俺は無意識に固唾を呑んだ。


『実際通りやすかったんだろうね。すれ違いさまに俺の顔を見ながら「ありがとう」と言われたよ。俺はいつものように喜んだ。また人に感謝されたと。うれしかった』


そういうと、生獣は突然涙を流し始めた。


「生獣…」


『でもな…。その後、そのおばあちゃん自転車から転んだんだよ…。小さい段差だった。でも注意してみていれば避けられない段差じゃなかった。俺に気を取られず、いつものように注意していれば転ぶはずはなかった…』


「……」


『すぐに救急車を呼び、そして、気づいたときには植物人間のできあがりだ。俺の傲慢で一人の一生を台無しにした。そう思った俺は、もうたどり着く答えはひとつしかなかった』


「動くことをやめる…」


『そうだ』


俺がそんな事実に気分を落ち込ませていた。


生獣も、落ち込んでいるように思う。


しかし、この場の一人だけはそうではないらしい。


「生獣は悪くないですわ!あなたがどれほど自分を責めようとも、自分の行いをすべて否定しようとも、私があなたに救われたという事実は絶対に変わりませんわ!」


『菜芽鬮…』


「私は挑み続けます!あなたのしょぼい怠惰への執着心を粉々にするまで、あなたに怠惰で打ち勝つその日まで、挑み続けますわ!」


小さな笑い声だ。


一瞬小さな笑い声が聞こえた。


俺のものでもなければ、もちろん菜芽鬮(なめくじ)のものでもない、機械音ではない生獣の笑い声が聞こえた。


『お前じゃ無理だ』


「な、なんですって!」


『毎日のように挑み続けてる時点で、菜芽鬮に怠惰は無理だろ。それに似合わない』


「えっ?」


――――「菜芽鬮はいつもうるさくなくては困る」


「えっ、いま本当の声で…、ってうるさいとはなんですか!?」


『あははは』


「笑わないでください!そんなことより勝負ですわ!」


『今日はいいだろ…』


「だめですわ!おっほほほほほほほほほ!今日こそ…」


そして、俺は多少の気まずさを感じ、その場を離れることにした。


元気な声を背に、あてもなく歩くことにした。


どこか、不思議と心地の良い気持ちになりながら。


そして、しばらく歩いて、前から老人のグループが歩いてくるのを目の当たりにした。


近づいてきて、そしてすれ違いざまに


「退院したての温泉は気持ちがいいですね」


と話しているのが耳に入った。


まあ、なにはともあれ、良い気持ちだ。


∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽


しばらく歩き、そして考え事をしていたために一人の女性とぶつかってしまった。


「すみません」


俺はすぐに謝ることにし、その人の顔を見た。


「え、えっ…」


見て驚愕した。


一時期地球最強の人間とまでうたわれた人物がそこにいたからだ。


「ママー!早く早く!」


ボーとしていると突然子供が走ってきてその女の人の手を取り引っ張る。


「わかってる。引っ張らないで」


その人は優しい笑顔でその子の顔を見た後、俺に目をやって


「こっちこそごめんなさい」


と言い残し、子供につられて去っていった。


驚き呆けている俺を残し。


「ぴゅるるるるる~、ぴゅるるるるるるる~」


「へー、昨日のラーメンそんなにうまかったのか」


「ぴゅるるる」


「あははは、委員長はおもしろいな!」

 

呆けているうちにおかしな二人が通りすぎ、俺はとりあえず温泉に入ることにした。


服を脱ぎ、温泉に浸かった。


疲れが取れていく。


「ふははははははははははは!ここが神から授かりしぬくもりの清水場かあ!」


四十代のおっさんがわけのわからないことをさけびながら入ってきた。


全身裸で、しかし手袋だけははめたままだ。


「おお!!!ここにいらっしゃたか!?吾が同士太郎よ!」


そして次はまた訳のわからないことをさけぶ・・・


お、おんなだ…。


「おお!天空界の番人(スカイヘルパーピーポーインザサンアンダーザヘヴンインマイハーツ)!」


スカイ…ヘル…なんだって?


そんなことより温泉に女の人がいるこの状況は何だ。


まずい。


っていうか、なんか恐怖を感じてきたまでもある。


俺はそっと、温泉から出て、服をきり、外へ出た。


「なんなんだ…」


とりあえず新鮮な空気を吸うため宿の外に出ることにした。


外に出て、月明かりがよく輝いていることに気がついた。


そして、足元にはその月明かりに照らされているフウランがよく咲いていた。


そんなことを思っていると、なんか黄色い声の集団が徐々にこっちに近づいてきた。


何事だろうかと思い、その場で呆けていると、女の子の集団であると認識できる距離までいたった。


裸無米(らぶこめ)ー!まーた他の女の子のことかんがえていたでしょ!」


「やれやれ」


「またこうしていっしょにいてあげているんだから感謝しなさいよね!」


「やれやれ」


「本当に仲がいいのね」


「やれやれ」


「先輩実は私あなたのことす、好きなんです!」


「え?何だって?」


「い、いやなんでもないです…」


「やれやれ」


「私も実は好きなんだぜ!?」


「い、いや…、あなたはもう勘弁してください」


そして、ぞろぞろと宿へ入っていった。


あんなやつはじめて見た。


本当にあんなにモテルヤツが実在したんだな。


でも何でだろう。


あいつ、童貞の気がする。


いや、そんな訳ないか。


「君!駅はどこかわかるかな?」


突然背後から声が聞こえた。


俺は振り向き、その声の正体に目をやった。


「迷子なのだ♪」


おっさんが気持ちの悪い話し方をしてくる。


今日は厄日に違いない。


「俺も今日来たばっかりなんで、わからないっす。すんません」


「そうなのか!旅行か何かなのか?」


「そっすね」


「そうかぁ♪楽しむんだぞ♪」


「はい、ありがとうございます」


「うむ。では、また会おうね!」


絶対にいやだ。


おっさんはそういって、また別の人のところへ行ってしまった。


その人のいやそうな顔が目に浮かぶ。


俺はどっと疲れて、自分の部屋に戻ることにした。


宿に入り、部屋へ向かう。


しばらく歩いていると、なにやら迷子になっているような様子の幼女がいる。


あたふたしていて、すこし目が充血している。


しかし、こんな世の中だ。


幼い子供に近づくだけで世間になんて言われるかわかったもんじゃない。


俺は、見てみぬふりをしようと思った。


思ったが、少女の悲しそうな顔を見てしまった以上やはりそれはできなかった。


もう、どうにでもなりやがれ。


「どうかしたのか?」


「う、うん」


少女は困った様子で俺を見る。


「迷子なのか?」


「うん。魔ーちゃんとはぐれちゃったの」


「わかった。お兄ちゃんが一緒に探してやる」


俺がそういうと少女はぱあと顔を明るくし、笑顔を見せた。


「ほんとっ!?ありがとうおにいちゃん!」


「ああ。名前は?」


「七菜子の?」


「いや、もう大丈夫だ。俺は鈴木だ」


「鈴木おにいちゃん。ありがとう!」


「いや、大丈夫だ。その魔ーちゃんはどこら辺にいるかわかる?」


「ううん。わからないの」


「そうか。じゃあ、てきとうに宿の中を歩き回ってみるか」


「うん!」


七菜子はそういうと、俺に手を差し伸べてきた。


手をつないで歩きたいようだ。


しかし


「逆の手にしてくれ」


「なぁんで?」


「俺の右手は触らないほうがいいから」


「え?」


「臭いんだよ」


「そうなの?」


「ああ。だから右手を差し出してくれ」


「わかったぁ!はい!」


「ありがとう。七菜子ちゃんはいい子だな」


「本当?ありがとう!」


なぜか俺は七菜子の笑顔で癒された。


そして、魔ーちゃんと言う人を探すために俺たちは歩き始めた。


「お兄ちゃんの手あったかいね!」


「ありがとう。左手はだけどな」


「お兄ちゃんはそんなに自分の右手が嫌いなの?」


「嫌いか…、いや違うな、コンプレックスだ」


「こんぷれっくす?」


「ああ、まあ嫌いと同じようなものだ」


「ふーん。でも臭いだけでしょ?」


「だけ…」


「うん!七菜子もお風呂に入らないとね、魔ーちゃんに臭いって言われる事があるんだよ!臭いのはそんなに変じゃないよ!」


「ふふふ。確かにそうかもしれないな…」


「うん!」


「七菜子は本当にいい子だな」


「うふふ。ありがと!」


確かに、俺の右手は臭いだけかもしれないな。


そんなことなんて気にせず、まっすぐ生きろって、この子の笑顔にさとされている気がする。


「七菜子!」


そしてしばらく歩いていたら、突然七菜子を呼ぶ声がした。


「魔ーちゃん!」


七菜子はその声の持ち主のほうへ飛び出した。


「お兄ちゃんありがとね!」


そして一瞬こちらに振り向き感謝してくれた。


「こっちのセリフだ」


七菜子はそのまま、魔ーちゃんの手を握りこの場を去っていった。


しかし、魔ーちゃんという人は相当な大きさだったな。


まるで、人ではないかと思うぐらいに。


まあ、そんなことはないだろう。


∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽


俺は今度こそ自分の部屋に戻り、しばらく自分の右手を眺めていると先生が消灯の時間だと言い、俺は布団に入り眠ることにした。


今日は本当にいろんなことが起きた。


色んな人を見てきた。


その分色んな表情も見えた。


そんな中で気づいたことがひとつあった。


この温泉宿は異常だ。


狂ってる。


癒しに来たと言うのに、逆に一生分の疲労を得た気がする。


「もう寝よう」


俺はそう言いながら、どこか心地のいい気分で今日に終止符を打つことにした。


こんぷれっくすに終止符をことにした。



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