鈴木の入学式
今日は高校の入学式だ。
そして、僕の名前は鈴木だ。
知識面でも、体力面でも凡人で、ごくごく普通の高校生の僕だが、他の人とは違う、とある特殊能力を隠し持っていたりする。
それは追々説明するとして、とりあえず今は寝坊したために入学式に遅刻しそうだから、急いで学校まで向かわなきゃいけない。
明日の入学式が楽しみだからといって、少し夜更かしをしすぎたようだ。
しかし、後悔しても始まらない。
急ぐため、僕は走ることにした。
そしてしばらく走った後、僕は校門までたどり着き、会場に向かうためにそのまま足を止めなかった。
だが、誰かが突然僕の腕をつかんできた。
必然的に僕の足も止まらざるをえなかった。
急いでる時に誰だ。
僕はそう心の中で呟きながら、僕の腕をつかんできた人物に目をやった。
「おい、お前はなぜ下半身裸なのだ?」
僕の腕をつかむ彼はそう言い放った。
彼というのは、生徒指導の先生なのだろう。
凛々しい眉毛と、膨れ上がる胸板。
漂う野性的な口臭。
この時間に校門の前に立っている。
生徒指導部と書かれている名札。
上下の赤いジャージでそう推測した。
そして、その彼は僕に質問を繰り出した。
質問の内容が、なぜ僕が下半身裸なのか、そう問われた。
とりあえず、僕は彼をじっと見つめることにした。
「な、何をじっと見ている?し、失礼ではないか…」
突然顔を赤らめる彼。
しかし、僕は彼を見つめることをやめない。
「お、おい…。あまり、見るな…。は、恥ずかしいだろう…」
更に彼の顔は赤らめていく。
校門の近くで、下半身裸の生徒に見つめられて恥ずかしがっている生徒指導部の先生がそこにいた。
―――「何をやっているのかね!?僕は教頭先生だ」
そして、甘酸っぱい青春の薫りを破壊するかのように、とある中年の男の声が鳴り響いた。
僕は、生徒指導の先生から目をそらし、声をあげた中年の男性に目をやった。
「な、何かね…。な、何を見ているのかね…」
そして、その中年の男性は顔を赤らめた。
バーコード頭。
加齢臭。
老眼鏡。
鼻毛の露出。
それらの手がかりを駆使して、この中年男性は教頭先生ではないかと推測する。
「い、いつまで見てるのかね…。は、恥ずかしいではないか…」
教頭先生はうっすらと赤い顔を、恥ずかしそうに伏せた。
顔を地面に向け、何かを欲するかのように上目遣いで僕を見つめる。
「こ、言葉にしなければ…、わ、わからんのかね…」
なるほど。
全てを察した僕は、そっと右手を持ち上げ、優しく教頭先生の頬まで持っていき、そっと撫でた。
「く…、くくくく…」
すすり泣くかのような教頭先生の声を耳に入れながら、僕はそっと微笑んだ。
―――「くっさ!!!」
えっ?
僕の頭に疑問符が大量に生産される。
「何これ!臭いぞ!くっさ!!!右手くっさ!」
そう叫びながら、教頭先生は僕の右手を掴み、高く持ち上げた。
「おーい、誰か嗅いでみるんだ!こいつの右手臭いぞ!」
「うーん、どれどれ」
そう言いながら、一人の女子生徒が近付いてきた。
教頭先生から僕の手を渡され、おもむろに嗅ぎはじめた。
「うっわ、くっっっさ!臭い臭い臭い!くっさいわ!!!何これ、臭い、くっさ!」
その女子生徒が匂いの感想を、声高らかと言い放った。
そして、その声を耳にした回りの人達が、興味を持ち、自然と僕の手の方へと群がり始めた。
「ねえ、これ嗅いでみてよ!ほんっっっっっとうに臭いから!」
「あ、ああ。任せろ」
今度は、一人の男子生徒が臭いにチャレンジするようだ。
「どれどれ…」
そして、その男子生徒は僕の手を鼻の方へと近づけ、臭いを嗅いだ。
「くっっっっさぁっ!!!!!!ほ、本当だぁ!くっさ!チーズの匂いでもなければ、生ゴミの匂いでもないし、うんこ、下水道、腐った魚、おっさんの肛門の匂いでもない!くっっっさ!」
そう叫ぶと、その男子生徒はすぐに鼻から僕の手を遠ざけた。
そして、ここまで来れば、僕の特殊能力の正体について察しがついただろう。
そう。
僕の特殊能力は
右手が異様に臭いことだ。
さらに、今僕が涙目なのも説明する必要はないだろう。
とりあえずこの状況を打破するために、僕は反論することにした。
「く、くく臭くねえし…」
「いや、臭いよ。だって、ほら」
そう言って、その男子生徒は再び僕の手を鼻の近くへと持っていった。
「くっっっっっさぁあぁあああぁ!!!!!!くっさ!くっさ!臭いよ臭いよ臭いよ!くっさ!!!いや、本当に臭い!く・っ・さ!」
「い、いや…、昨日風呂入ってないから、た、たまたま今日匂ってるだ、だけだし…」
僕が見事な論破をなしとげたすぐ後に、聞き慣れた声がその場に響いた。
「す、鈴木…、あんたこんなとこで何してんの…?入学式は…?」
この声!?
「か、母さん!ち、違うんだ!僕は今」
「いじめられてるのね!あなた達、良い歳して、いじめなんて最低よ!」
母さんはそう叫ぶと、僕の回りにいた人達はしゅんとした顔になり、たちまちその場から離れて行った。
残された僕の元に母さんが近付く。
「あなた、高校でいじめられてるなんて、どうして言わなかったの!」
「い、言うタイミングが、無かっただけだよ」
「嘘ね!意地張ったってママには分かるんだから」
「う、嘘じゃない!本当に」
だって、今日初めて学校に来た日、入学式なんだからと言葉を続けるつもりだったが、次の母さんの声にさえぎられた。
「それよりも、右手を出しなさい」
「えっ…?」
「良いから、早く出しなさい」
「あ、ああ」
僕は恐る恐る右手を、母さんに差し出した。
母さんはそれを鼻の近くまで持っていき、そして、嗅いだ。
「うん。普通の男の子の匂いよ」
「えっ、く、臭くないの…?」
「馬鹿ね」
そう、母さんは口にすると、優しい笑顔を浮かばせた。
「息子の手が臭いもんですか」
「か、母さん…」
僕は涙をこらえる事が出来ずに、ポロポロと泣き始めた。
不思議とこころの傷が癒えていくのを感じた。
「あ、あの、鈴木くんのお母様でしょうか?」
泣いている僕をよそに、なぜか教頭先生が戻ってきて、母さんに話しかけた。
「そうよ」
「あ、あのう、先ほどは大変失礼をいたしまして…」
「もう、良いわよ。誰にだって間違いはあるわ。例え、教頭先生でもね」
「お、お母様…」
そして、教頭先生も涙を流し始めた。
泣き顔を見られまいと手で顔を隠し、わなわなと震えている。
そんな、教頭先生の頭に母さんはそっと優しく、手を置いた。
「あ、ああぁ…」
教頭先生は相当に反省しているのか、嗚咽を上げ始めた。
優しい眼差しを教頭先生に送る母さんが神々しく僕の目に映った。
「あっっっっつ!!!」
えっ!?
「あっつ!熱い熱い熱い!あっっっついわ!!!何これ!あっつ!」
教頭先生はそう叫びなから、素早く頭を母さんが手から遠ざけた。
そして、母さんの腕を高く持ち上げ、叫ぶ。
「おーいみんな戻ってこい!!!今度は熱いぞ!!!」
「うーん、どれどれ」
さっきの女子生徒だ。
その女子生徒は母さんの手を鼻にあてた。
「あっっつ!あっつい!!!熱い熱い熱い!あっついわ!なんて熱さなの!?あっつ!いや、ほんっっっっとうに熱いわ!!!」
その声にまた、人がわらわらと集まってきて、そして、さっきの男子生徒がまた現れた。
「はい」
女子生徒は男子生徒に母さんの手を手渡した。
「おう」
そして、男子生徒は自分の鼻に母さんの手をあてた。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっつううううぅううぅぅっ!!!!この手あっつ!熱い熱い熱い!あっつい!!!100度でも、200度でも300度でもない!あっつ!」
そう言うと、男子生徒はすぐに鼻から母さんの手を遠ざけた。
そして、僕はふと母さんの顔に目をやった。
案の定、瞳に涙がたまっていた。
「そ、そんなに、あ、熱くないわよ…」
「いや、熱いよ。だって、ほら」
男子生徒はそう言い放つと、
母さんの人差し指と中指の間を自分の前髪に挟んで、ゆっくりと髪の毛の奥から先端へと下ろしていった。
そうすると、男子生徒の前髪が多少の湯気を出しながら、いちじるしく真っ直ぐになっていった。
「た、たまたま、昨日ホットヨガをしただけよ…」
僕は困っている母さんを目の前にして、拳を握りしめた。
怒りをあらわにして、母さんの前に立った。
母さんは、僕が守る!
「そ、それに、私の手より、鈴木の手の方が異常よ」
「えっ?えっ?」
「だって、私の手は熱いけど、彼の手は臭いのよ?」
「か、母さん?」
「この臭い、きっとこの子、私の肛門から産まれたんだわ!絶対そうよ!」
「あ、ああぁ、えっ…?肛門?えっ?」
「私より、この子をいじめなさいよ!」
そう言うと、母さんは僕の右手を掴み、自分の鼻へと持っていって、嗅ぎはじめた。
「くっっっっっっっさああぁっ!凄いわ!くっさ、くっさ、くっさ!!!皆、この子の手臭いわよ!肛門よ!私の肛門から産まれた子よ!!!くっっっさ!」
「か、かか母さん!?母さん!?」
「母さんって呼ばないで!あなたは私のうんこよ!さっき、トイレであなたの兄弟を流してきたわ!」
「き、兄弟!?うんこが兄弟!?」
「そうよ!うふふふふふふ!また新しい兄弟ができたら、見せてあげるわ!」
「う、う、うわーーー!!」
僕は頭を抱えて、地面に膝をつけた。
こ、こんなことって。
こ、こんなことって、現実なのかよ!
くそっ。
くそっ。
「ちっくしょーーー!!!」
―――「あ、あのよ」
声のした方へ目をやる。
さっきの、生徒指導の先生か。
「なんだ!僕は今機嫌が悪いんだ!」
「いや、そんことより」
「なんだ!」
「そろそろ下はけよ」
「えっ?」
「えっ?じゃないよ。そもそも、何で下裸なのだ?」
なるほど。
とりあえず。
見つめておくか。
「そ、そんなに、見るなよ…。し、失礼ではないか…」