第七話 ずるして事件解決
「ありがとうございました」
礼を述べて、アトラはその道具屋を後にした。
風呂を修理するために必要な魔導具部品を買いに来た店なのだが、店側ではなく客側のアトラが礼を言っている辺り、やはり相当変わった店だろう。
それでも利用する客がいる辺り、本当に品揃えが良いことが窺える。
アトラも当初の予定になかった買い物をしていた。
風呂場の魔導具をこっそり補強するための金属や、魔法式を書き込むための魔導板。孤児院で使えそうな木皿。それにミリルが喜びそうな、小さな花を模した装飾がついたヘアピンのセットなど。
ほくほく顔でそれらを空間収納でしまうと、アトラは意気揚々と帰り道を歩き出した。
予めどの辺りの店で昼食を済ませるかは決めてきたので、帰りは路地を通ってそこまでショートカットする。
入り組んだ細い道を幾つか曲がって入り込んだ先で、アトラは不意に細い建物の隙間に隠れた。
ゴミとして詰まれた廃材の影に身を隠し、そっと息を潜める。
すぐに先ほどまでアトラが居た場所を、四人の男が走りぬけた。その内一人が大きな麻袋を担いでいたのだが、どうにもきな臭い。
第一に、走って近づいて来ている割に足音が小さい。そして纏っている空気もぴりぴりしていた。
それに何より、なんとなく不思議に思ったアトラが使った『範囲探索』の魔法が、麻袋の中の五人目に引っかかったのだ。
(麻袋のサイズから言って、まず間違いなく子供だよな)
脳裏に孤児院の家族の姿が思い浮かぶ。
自然とアトラも気配を消して男達を追跡していた。
残念なことに、この世界にも奴隷制度というものが存在する。奴隷は主に労働力として利用されるのだが、中には自分の趣味のために奴隷を扱うものも存在していた。
愛玩用に飼われるならまだ良いが、奴隷をストレスの発散に痛めつける者や、奴隷同士に殺し合いをさせてそれを見世物にするような者までいた。
基本的に奴隷は犯罪者や借金をしてその返済のためになるのが普通だが、中には無理矢理奴隷に落とされるものも居る。
その原因の最たるものが、こうした人攫いだ。
攫われて隷属の呪を掛けられると、主に対して逆らうことが出来なくなる。逆らう場合は最悪命を落とすことになるため、攫われて奴隷になった者は、主に好きなように使われるか死ぬかの二択しかなくなる。
もっとも、極まれに変わり者の主人に買われ、奴隷に落ちる前以上の生活を送る者もいるにはいるが、それを期待するのは無理があるだろう。
アトラにはそんな脅威に家族が晒される可能性、場合によっては既に晒されている可能性を看過する事はできない。
例え再びミリル達に心配をかけることになっても、この時点でアトラはこの集団を無力化することを決めていた。
叱られることよりも家族の安全の方が大事だ。
問題となるのはその相手の規模なのだが、どうにも誘拐犯は街の外れに向かっているらしい。
(人通りの少ない道を選んでいることと良い……この街に協力者が居そうだな。少なくともそうした情報を流した奴が居る)
通ってきた道筋を考えながら、そう答えを出しながらもアトラは着かず離れず誘拐犯たちを追っている。
狭い路地は足音が響きやすいが、風魔法の『消音結界』を使って自分の足音を消しているため、気づかれて居ない。
範囲探索のお陰で目視する必要もないので、追跡は思っていた以上に楽だった。
暫く追跡を続けると、男達が立ち止まった。
幾つかの民家が立ち並んでいるが、どこも留守らしく人気はない。
誘拐犯が向かう先には、街をぐるりと囲む二メートル近い防壁が立ちふさがっていた。
道でも間違えたのかと一瞬疑ったが、男の一人が壁の僅かな凹凸を利用してするすると壁の上まで上る。そこで麻袋を下から受け取ると、壁の向こうに姿を消した。
追って他の男達も壁を乗り越えていった。
「……随分手馴れてるな」
呟きながらも身体強化を発動。男達が近くの森の中に入ったのを確認してから、塀を飛び越えて走り出す。
離された距離はすぐに埋まった。
森に入ってからの追跡は、更に難易度が下がったからだ。
この辺りの森は昔きこりが木を切り出していた場所で、一時期毒虫が大量発生したこともあり今では放置されていた。
周囲に代わりになる場所がある以上、一度放置されたこの森は、今では誰も利用しなくなっている。
それでも過去に作られた道があるため、未開の森を進むよりは遥かに楽だ。
普段森で魔物を相手にしているアトラにとっては、街中よりも身を潜ませやすかった。
音もなく木の上を飛び回り、男達を追跡していると、開けた場所に出た。
中央にはぼろぼろの建物が建っている。二階建ての木造建築だが、長い間風雨に晒されていた所為か屋根の一部が落ちており、扉もなく窓も枠しか残っていない。
床板の隙間からは雑草が生え、無数のツタが家を侵食するように這っていた。
いつ崩れてもおかしくないその家で、誘拐犯とその仲間と思われる男達が合流する。
「ガキは牢屋代わりの部屋に放り込んでおけ。日暮れ頃迎えの馬車が来る。後は闇に紛れてさっさと街を離れるぞ」
「わかりました。親分はどうするんで?」
「ぎりぎりまで街で情報を集めてくる。場合によっちゃその時々で計画を変更しないといけないからな」
それだけ言い残すと親分と呼ばれたひげ面の男は、手下を二人つれて街の方角へと来た道を引き返していった。
後に残ったのは五人。内二人が見張りとして入り口に立ち、残る三人は建物の中に入っていく。
建物の中に運ばれる麻袋と街に向かうリーダーの男とを見比べて、僅かな逡巡の後アトラはリーダーのひげ面男を追った。
攫われた子供が心配だったが、一番重要な存在を逃すわけには行かない。攫ってどこかに運ぶという話を聞けた今、殺されるという心配もなくなった。
内心で攫われた子供に謝りながら、アトラも来た道を引き返し、街に向かう三人を視界に収めた。
すぐにでも襲撃してしまいたい気持ちを抑え、獲物を狩る獣のように息を潜める。
あまり近くで襲って、建物に残った残党に気づかれるのは好ましくない。
それに出来ることなら姿は晒さずに何とかしたいものだが、と考えていたアトラは、ふと街を出る前のことを思い出した。
「……よし」
とあることを閃いたアトラは小さく呟き、途中落ちている木の葉を大量に『空間収納』に収納し始めた。ついでにちょこちょこと行く手を遮っている小枝などを払いながら、その葉もかき集める。
そのまま気配を殺して男達を追跡し、男達が森を飛び出すと同時に、アトラは魔法を発動させた。
『猛る風、螺旋を描きて全てを飲み込み、遥か空へと舞い上げよ。竜巻!』
風属性の中級魔法を撃つと同時に空間収納から集めてきた大量の木の葉を放出する。
木の葉は瞬く間に風に乗り、巨大な渦となって男達を飲み込んだ。
「なんだこりゃああぁぁぁぁっ!」
男の叫び声が次第に遠ざかり、数瞬後、ぐしゃりと鈍い音を立てて地面に落ちた。
取り巻き二人は落ちた衝撃で意識を失ったみたいだが、リーダー格だったひげ面の男だけはまだ意識があるのか、痛みに呻きつつもがいている。
「とりあえず追い討ち、と」
そんな男に石礫を打ち込み、確実に意識を刈り取った。
思っていたよりもあっけなく仕留められたが、人攫いするような奴らだし大した実力など持ってなかったのだろうと判断して、アトラは男達の武器や防具を回収し、着ていた服を利用して縛り上げた。
そんな三人組をあまり人目につかないように森の茂みに隠して、アトラは踵を返した。
風のように森の中を駆け抜け、音もなく先ほどのボロ家まで戻る。
強襲が瞬時に終わった上離れていたからか、幸い見張りたちに変化は見られなかった。
アトラはもう一度範囲探索で状況を確認する。
建物の中央付近に一人、左側の一部屋に三人、建物の出入り口に二人。どれが誰だかわからなかったので、対象の詳しい情報を得られる『分析』や、周辺の地形や形状などを調べる『調査』の魔法を併用して建物内部の様子と、中央付近の一人が子供であると確認した。
見張りたちは周囲を警戒しているものの、どこか気が抜けている。
それを見て取ったアトラは素早く建物の裏に回りこむと、建物の屋根に上った。もちろん消音結界を使用して音は消している。
そのまま入り口の見張りを見下ろせる位置に戻り、二人がそれぞれ明後日の方向に顔を向けた瞬間頭上から躍りかかった。
落下の勢いを乗せた一撃が向かって右側の男の意識を刈り取り、同時に発動した魔法がもう一人の男を音も無く吹き飛ばした。
本来、今放った『炸裂する風弾』の魔法は圧縮された空気塊が弾け飛ぶために大きな音がする。
音が出なかったのは消音結界の効果だ。
お陰でどうやら気づかれなかったらしく、建物内部の様子を観察して大きな動きがないことを確認して、アトラは一つ息を吐き出した。
気絶している見張り二人の武装を解除して縛り上げ、建物脇に転がす。
残るは建物の中に居る三人。どうするかを考えて建物を見上げていたアトラの足が突然止まった。続けてその口元がにやりと歪む。
元はきこり達の休む家だったのだろう木造の家は、今にも崩れそうなほどにぼろぼろになっていた。
アトラは気配を殺して誘拐犯が固まっている部屋側に回りこみ、外側からその部屋を支える支柱に手を添えた。
「(腐蝕)」
小さく魔法を唱えると手を当てた支柱が腐り始める。
しかし完全に腐らせる事はなく、中ほどまで侵食したところで魔法を解除する。それを部屋の柱全てに施した。
次にアトラは屋根に上り、誘拐犯が居る側と建物を繋ぐ梁や床板を『風刃』で切る。
「こんなぼろぼろの建物をアジトにしてるんだ。崩れる可能性も、もちろん考えているよな?」
そう嘯きながらも実に意地悪く口元をゆがめ、アトラは身体強化で強化した肉体で残党の残る部屋の壁を蹴り飛ばした。
ベギン、という鈍い音を立てて柱が折れ、建物の約半分が傾いた。
「なっ、何だこりゃ!」
「にげっ、おい! 邪魔だ!」
「うわあぁぁぁぁ!」
三者三様の叫び声が、崩れ落ちる建物に飲み込まれた。
どうやら上手い具合に瓦礫の下敷きになったか意識を失ったかで、男達が這い出てくる様子はない。
念のためアトラは一人ずつ居場所を確認し、最低限の瓦礫を排除した後、意識を保っていたものは気絶させて他の仲間と同様縛り上げた。
「これでよし。後は……下手に俺が嗅ぎ回るよりは街の警備に任せたほうが良いか」
それならば後は捕まっている子供を解放するだけだ。そう呟いてアトラは子供が閉じ込められている部屋に向かった。
どうやら階段下のデッドスペースを利用して作られた物置に放り込まれているらしい。
建物の中だったからか痛みが外よりは少なく、扉も軋みはするが役割を果たしていた。
本来なら随分と薄暗そうな部屋だが、今はとても風通しがよくなっており、光を遮るものも大半なくなっているので隅々まで見て取れる。埃が降り積もっていることから、人が住まなくなってからかなりの時間が経っているのがわかった。
部屋の中には何も残ってはおらず、唯一天井から壊れたランタンがぶら下っている。
そしてその物置の中央で、麻袋はぴくりとも動かず鎮座していた。
心配になったアトラは麻袋の口紐を解く。
「土針!」
瞬間、無数の石の針が床板を突き破りアトラの頬や頭上を掠めた。
もしもアトラが子供の身長ではなく大人と同じ体躯だった場合、今の魔法は間違いなく胴体に命中し、そして致命傷となる位置だ。
袋からの開放一番に、まさか攻撃が飛んでくると思わなかったアトラは、背後で針が壁を打ち抜く音を聞いて漸くその事を理解して血の気が引いた。
「む? 外した、というか誰? 貴方」
それがアトラとアルトリア・シュミル・フォン・ノルデンシュ公爵令嬢との衝撃的なファーストコンタクトだった。
書き溜めてた分をほぼ吐き出し終わりました
これから先はちまちま描いていくことになります
閑話で出した公爵家の方と遭遇。護衛とか仕える側がめっさ苦労しそうな人たちです
魔法の設定的な何か
似たような魔法の範囲探索、調査ですが
範囲探索はソナーのように全方位に魔力を拡散させて、事前に設定した類のものを探し出す魔法です。ただし細かい設定は難しいため、大まかな分類でしか探せません
作中のアトラは、一定以上の大きさの生物を対象に使用しています
また、分析を併用することで、より詳しい情報を得られますが、分析は対象を目視する必要があるので、気休め程度でしかありません
精々『人間』だったのが『小型の人間』になる程度です
そして調査の魔法ですが、こちらは範囲探索を周囲の地形などを調べることに特化させたものです。隠し部屋の存在や罠などを発見するのに効果を発揮しますが、反面生物など魔力をもって動くものは調べることができない仕様になっています
ここまで読んでいただきましてありがとうございます
感想などありましたら貰えますと作者は大変喜びます
2014/9/3 犯人に目撃されていた所を目撃されないように変更しました