閑話 とある騎士からの視点
アトラが助けた馬車一行の騎士視点の話です
基本閑話は読まなくても本編だけで話が構成できるように書いて行くので、興味のない方は読み飛ばして大丈夫です(場合によっては本編の伏線のようなものがあるかもしれませんが)
まったく持って不甲斐ないことだ。荒い息を吐き出して、私は周囲を睨みつけた。
周りには無数の魔物……ブラックウルフの群れとシャドウパンサーが自分達を獲物として狙っている。
「ハインツ隊長……このままではっ」
部下の一人が周囲を警戒しながら声をかけてくる。確かにその通りだ。このままでは拙い。
ブラックウルフは経験さえ積んでいれば、単体相手ならその辺にいる冒険者でも楽に対処できるが、こうして群れを組まれると危険度が跳ね上がる。
それに加えてシャドウパンサーなどという大物が三体も出てきていた。部下達が如何に腕が立つとは言え、馬車を守りながらでは厳しい状況と言わざるを得ない。
せめてこの怪我さえなければ、と悔やむものの、もう遅かった。
その日、アデン王国の公爵家夫人キアラ・ルイゾン・フォン・ノルデンシュは辺境の視察の為に屋敷を出ることになった。
この遠征は、昔行われた王を含め中央が辺境を見捨てていないと言うことを知らしめるための慰問が慣例となったものだ。
その為昔ならばいざ知らず、近年では中央の貴族は、王都と辺境の境にある貴族の元へ赴き、訪問先の貴族が辺境へ向かうと言ったバトン式の政策になっていた。
プライドだけが高い貴族ほど王都付近から動こうとせず、結果複数の貴族が巻き込まれる形になっている。
だが私の主であるノルデンシュ家は、代々王に仕え、この国の未来を憂いている真に貴族らしい貴族だ。
故に最近魔物の被害が多くなってきたという報告が上げられたことから、自ら辺境の様子を調べようとこの慰問に名乗りを上げたそうだ。
ただでさえこの国は国王を主とする派閥以外に、中立を謳う女神信仰の教会派や、何よりも貴族の血が重要であるとする保持派と呼ばれる連中と、水面下で勢力争いが起きている。
恐らく公爵家自ら辺境を慰問することで、他の勢力を牽制しようと言う働きもあるのだろう。何しろ向かう辺境伯も、道中寄る予定の街々も国王派で国の未来を考えている方達ばかりのところだ。
逆を言えば公爵家や国王派を良く思わないものにとって、事故の起こりえる道中はこれほど都合の良いことも無い。
私個人としてはそんな危ない真似はやめて欲しいのだが、この公爵家の一族は騎士団も真っ青なくらいに度胸が据わっている。
国を守るためなら平気で自分の命を懸けるような人達で、仕えている我々は度々肝を冷やす事もあった。
だがそんな人たちだからこそ、私は全力で守ろうと思える。
故に道中襲われる危険性も考え、公爵家の護衛には私、シュノーゲル・フォン・ハインツ率いる公爵家護衛騎士団の精鋭部隊がつくことになった。
アデン王国でも上位に入る剣士五名に魔法使いが二名、弓使いが一名の計八名の布陣だ。
本当はこの倍の数を護衛につけようとしたのだが、公爵夫人キアラ様が「足が遅くなるし、そう広くない街道にそんな数を引き連れてどうする。このようなことに無駄に兵を割くな」と仰られてこうなった。
私達は機動力を武器にできるよう、それぞれが馬に乗り移動を開始した。馬車に乗っているのは公爵家と御傍仕えが一人だけだ。今回は公爵家の護衛ということもあり、寝泊りする場所は決まっている。野宿することなどは考えていないため荷物も最低限で済んだ。
代わりに移動までに時間が掛かるため辺境までは片道で一月ほど掛かる計算だ。
幸い途中の道中の大半は順調に消化できた。後はガーネイルとネイルソンの街を経由するだけで目的地の辺境へと辿り着くことが出来る。
予想された襲撃も特になく、盗賊が一度襲い掛かってきたくらいだ。
だが私の仕事は無事に公爵家の人間を辺境に届け、そして無事連れ帰ることだ。
まだまだ先は長い。辺境が近づいてきたからこそ、気をつけなければならないと自分を諌めた。
その時だ。
辺境も近づいており、次の街まで残すところあと数刻というところで、視界の端で影が動いた気がした。
他のものは気がついていない。気のせいかも知れないが、私は念のためにと魔法使いであるブラートに声をかけた。
「おい、ブラート。すまないが範囲探索の魔法を使ってくれないか? 気のせいかも知れないが何かいた気がしたんだ」
「……了解です、隊長。すぐに確かめてみます」
「頼む」
そうして頼んだ事は正解だったのか否か。ブラートが詠唱を唱えた途端に、森から影が飛び出してきた。
合計で二つ。一瞬のうちに距離をつめてきたのは、体長二メートルを超えるシャドウパンサーだった。
「危ない!」
狙われたのはブラートだった。叫んで詠唱を唱えるブラートとシャドウパンサーとの間に割り込み、刃を引き抜いて盾にする。
重たい衝撃を辛うじて受け流すも、私はそのまま馬から落ちた。
「隊長!?」
叫び声に立ち上がり警戒するも、激痛に一瞬息が詰まる。
先ほどの一撃で腕がイカれた。しかもよりによって利き腕の方だ。肩から先があまりの痛みにどこがやられたのか判らない。
しかも飛び出してきた二頭はご丁寧に真っ先に魔法使いを狙ったらしい。庇ったブラートは無事だったが、よりにもよって回復魔法の使い手であるオスカーはシャドウパンサーの一撃を受けて意識を失っている。
幸い生きてはいるようだが、私よりも傷は深そうだ。
ぞろぞろと森から現れる魔物を相手に、即座に周囲へ展開して戦闘態勢を取る部下を頼もしく思いながら、せめて戦闘に巻き込まれないようにと、オスカーを馬車の傍に引き寄せる。
それだけのことで痛みとこの苦境にじりじりと心が焦りに包まれて、背中を冷たい汗が流れた。
「ハインツ。無事ですか?」
そんな私に馬車の中から声が掛かった。何が起きたのかわかっているだろうに、平時と変わらぬ落ち着いたその声色のお陰で私もどうにか冷静さを取り戻した。
「はっ! どうにか生き恥を晒しております」
「そうですか。現状は?」
「よろしくありません」
率直な現状における感想を伝える。今は部下達が小さく牽制をして凌いでいるが、下手に呪文の詠唱をしたり動いたりすれば、一気に混戦に陥るだろう。
そうなれば……。
「わかりました。それではハインツ、犠牲は最小限になるよう勤めなさい。必要ならば私達も戦います。馬車は放棄しても構いません」
答えを出し切る前に、キアラ様は堂々と戦場に立つと宣言した。
確かに貴族に連なるものは、最低限戦えるように訓練を受けているし、貴族は魔法の使い手が多く、キアラ様も例に漏れず魔法使いとしても優秀だ。
だが、普通貴族は自ら戦おうとしない。そんなことを言おうものなら、自ら戦うなど野蛮だと他の貴族から蔑まれ嘲笑されるだろう。民を率いるものとしての自覚がないのでは、などと言われるかもしれない。
だというのにいともたやすくそんな決断するキアラ様に、心底敵わないと思いながら策を巡らせる。
上手く馬車を遮蔽物として利用すれば、退けるくらいはできるかもしれない。部下達は優秀であり、足りない後方支援をキアラ様が行ってくれるなら、それも十分に可能だ。
主がそう望むのであれば、私はその意思を尊重した上で主を守るだけだ。
それに何より敬愛する主が共に戦ってくれるというのだ。応えなくては忠臣と言えないではないか。
「……御意に。ではタイミングを見計らい合図をいたしますので、そうしましたら後方の魔物に向かって魔法を放ってください。馬車を遮蔽に戦います」
しかし覚悟を決めてそう宣言し、タイミングを見計らおうと意識を向けた瞬間、それは現れた。
木の葉の渦と称すべき何か。
新手の魔物にしても、あんな魔物は見たことが無い。まるで自然現象のような極小の竜巻が、ゆっくりと森から近づいてくる。
その第三者の登場に気を取られた一瞬、私は自らの失態を悟った。もしこれが魔物の新手なら、この意識の空白は大きな隙になる。
シャドウパンサーほどの俊敏さがあれば、一気に肉薄されてしまうだろう。
後悔と共に周囲の魔物に意識を戻せば、更に予想外の現象が起きた。
馬車に一番近かったブラックウルフが悲鳴を上げつつ倒れたのだ。
部下の間にも動揺が広がる。
その状況に私は歯を食いしばった。このまま動揺が広がれば、隊列は崩れて一気に攻め込まれる。それだけは防がねばならない。
咄嗟に激を飛ばそうと考えた時、更に自体は急変した。木の葉の渦から魔力を含んだ風と共に運ばれてきた光景に私は絶句した。
渦の周囲、地中から次々に小石が浮かび上がっていた。
周囲の土砂をまとめて動かすならわかる。魔力量がある程度あれば、それは可能だ。だが周囲に埋まっている小石一つ一つを、態々選別して浮かび上がらせるなど、どれほどの技量が必要だろうか。
威力の高い中級魔法を使うよりも、初等魔法を同時に複数発動するほうが難しいのだ。力いっぱい両手剣を振り回すより、双剣を自在に使うほうが難儀する。それと一緒だ。
そんな異常な光景をただ呆然と眺めていると、それらの石礫が次々に周りを取り囲む魔物に打ち出された。
肉を打ち据える音と、魔物の悲鳴が響く中、精鋭であるはずの私達は誰一人として動けなかった。
石礫の嵐は一発も私達や馬車をかすることも無く、魔物だけを的確に打ち据えている。
その様子はまるで魔物たちを叱っているようだ。
容赦が無いくせに命を奪うような攻撃ではなく。そして森に逃げ込む魔物には一切手出しをしない。
最後に残ったシャドウパンサーも、恨めしげに木の葉の渦を見た後森へと帰って行った。
一体何が起こったと言うのだろうか。
果たしてアレは味方なのか敵なのか、さっぱりわからない。もしもアレがこの森の主だと言われたら、私はあっさりと信じるだろう。
敵意は感じないが、そもそもアレに感情があるのかどうかもわからない、などと考えていると、痛みを発していた腕がいつの間にか治っていた。
傍らを見れば、青い顔をしていたオスカーも、生気を取り戻していた。
治療された、と思い顔を上げれば、その何かの意識は倒れている馬へと向けられていた。
冷静に魔力の流れを感じ取ってみれば、やはりその何かは回復魔法を使ってくれているらしい。息のある馬は皆、ゆっくりとだが立ち上がっていた。
残念ながら既に死んでしまった馬を蘇らせてはくれなかったが。
「傷は癒えても失った血や体力は戻らない。暫くは無理しないほうが良い」
驚いたことにそれはまだ幼い子供の声で、忠告を残して森へと向かって行く。その一瞬、木の葉の隙間から僅かに小さな人影、のようなものが見えた気がした。
「っ! 待ってくれ!」
咄嗟に叫ぶも、木の葉の渦は木々をすり抜け、まるで何もいなかったかのように森の中へ消えていった。
「一体……なんだったんだ」
誰かが呟いたその言葉は、私達全員の心境を表していた。
まるで夢でも見ていたような気分だ。
「ねぇ、ハインツ」
呆けている私に、幼い声が掛かった。キアラ様のご息女でアルトリアお嬢様だ。静か過ぎてついその存在を忘れていた。
今回の遠征に何事も経験だとキアラ様が連れてきていたのだが、こうしたことをするから心臓がオリハルコンで出来ているのでは、と勘違いする程の度胸になるのではと思う。
全てが終わった今、彼女は興味深げに木の葉の渦が消えて言った森を眺めていた。
「今のって、森の精霊様かな?」
「……そう、なのかも知れませんね」
この状況でにこにこ笑っている幼いアルトリアお嬢様の問いに、私は曖昧に答えを濁すことしかできなかった。
今回はアトラの異常っぷりを第三者から見た場合になります
何気に公爵家とかとんでもない家柄出てきました。普通の貴族とは大分異なりますので、この公爵家をこの世界の貴族の基準にしないでいただけると幸いです
魔法の設定などあれこれ
魔法の複数発動は難しいという設定。あれしながらこれして、という感じに同時に複数のことを現実でやるのが難しいのと一緒です
料理しながらラジオを聞くくらいは出来るかもしれませんが、料理しながら電話してお手玉して、という具合に行うものが増えるごとに脳や体が処理についてこれなくなるのと同じ原理です
ただ、その動作が考えずに自然に出るものだと、幾つも同時に出来るように、魔法も訓練次第で複数発動できるようになります
そんな感じで同時発動は難しく、普通は二つから三つが限界です
同時に何かを発動するよりも、力いっぱいバットや竹刀を振り回したり、重たいものを投げ飛ばしたりするほうが楽という考え方を魔法にも当てはめて考えています
同時発動できる人は魔法制御に秀でた技巧派タイプで、上位魔法を撃てる人は魔法力に秀でたパワータイプという感じでしょうか
ちなみに今回は、風の悪戯を常時発動しつつ、範囲探索(敵の位置と小石の位置把握)、小石を浮遊させる魔法を展開、打ち出しと、四つまで同時に使用しています
どれも簡単な肯定の魔法ですが、やはりチートですね
皆様も同時に四つの処理を行うとすると何が出来るか考えてみると面白いかもしれません
私でしたら……走る、歌う、そして両手で何かをそれぞれ振り回す、と言ったところでしょうか。危ない人ですね
そして歌詞とか間違えそう……
次回更新 次回も短くなる予定なので、早めの更新を心がけたいと思います
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最後辺りにあった「幼い少年の声」の部分を「幼い子供の声」に変更しました