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先代のチートな記憶を引継ぎました  作者: 桜狐
第一章 幼年期
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第四話 ずるして人助け 後編

 翌日、早朝の訓練を終えた後、アトラは一人で森へと来ていた。

 普段はミリルと居るため行うことができない、本当の意味での自分の修練の為だ。

 付いて来たがったミリルには悪いが、昨日買った布で子供達の服の修繕や手ぬぐいを作って貰う様にお願いしてある。

 湧き上がる罪悪感に蓋をし、大きく息を吸って、大きく吐き出す。

 体内の魔力を薄く広く広げるイメージ。使用するのは『範囲(エリア)探索(サーチ)』の魔法。加えて『身体強化』を発動し、魔法だけでなく鋭くなった五感を駆使して周囲の状況を把握する。

 準備を終え、軽やかに地面を蹴って疾走する。

 物凄い勢いで木々の隙間を抜け、足場が悪ければ木々の上に飛び乗って樹上を跳んで移動した。

 お陰でものの数十分で森の中でも深いところに入り込んだ。

 この間にも複数の属性の魔法を順番に発動、待機、消去を繰り返して、魔法の即時発動と精度を鍛えている。

 マグノリア院長との約束があるが、まだ“最深部”までは距離がある。まだ奥があるのだから、それよりは手前にしか入っていない、という屁理屈を盾に歩みを進める。

 流石に深いところに入ってきた所為か、アトラのセンサーに無数の存在が引っかかり始めた。そのどれもが魔物と呼ばれる危険な存在だ。

 動物や植物と魔物。その一番の違いは魔力による大きな変化があるかどうかだ。

 この世界に生きる全てのものは、少なからず魔力の恩恵を受けて生きている。

 元々は普通の動植物だったものが多くの魔力を取り込み、独自の変化を遂げた生物を人々は魔物と呼んで危険視している。

 中には何が元になったのかもわからない突然変異種のようなものや、魔力自体が変質して生まれる魔物もいるが、大体は動植物が変化したものが主だった魔物だ。

 そしてここからが問題なのだが、魔力の恩恵を受けているものは、魔力を帯びた食べ物を美味く感じたり、その魔力を吸収して更に力をつけたりする。

 そして人間は他の動物より魔力との相性が良く、多量の魔力の恩恵を強く受けている種だ。

 つまり人間は魔物にとって丁度いい餌なのだ。

 それ以前に共食いでも始まりそうな所ではあるのだが、同種の場合は種の生存本能か仲間の肉は食わないし、食べても美味しくなさそうなのである。

 何度か見かけた狼型の魔物相手に肉を放り投げて試した際にそんな傾向があった。


「っと、見つけた」


 暫く森の中をうろついて、アトラは漸く目的の魔物を発見した。

 最近ようやく範囲探索によってそこにいる魔物の種類がわかるようになってきた。とは言ってもあくまで大雑把で、どの程度の大きさでどういった種族か、と言った程度でしかないが。

 数本の木々を経由して樹上から下を見下ろす。

 そこには狼の魔物ブラックウルフに頭部を突き刺し、その体液を啜っている細長い魔物が居た。地面から覗いている部分だけでも体長は一メートルを優に超えており、太さは直径で三十センチくらいは有りそうだ。その表面は鈍い光沢を放つ金属で覆われている。

 メタルワーム。ミミズのような姿かたちをしているが、実態は地中に潜み、獲物が近づいた際に奇襲を仕掛けて相手を仕留める暗殺者だ。そんな見かけの癖に素早く、体表を名前の通り金属で覆っているためダメージが通りにくいと言う厄介な魔物だ。

 食事が終わったのか、のそりと獲物の体内に埋めていた頭部を引き抜きうねる。その頭部は無数の刃のような鋭い金属が何本も生えていた。

 ゆっくりと地面の中に戻っていくメタルワームを見据えて息を潜めてタイミングを計る。

 ずるずると胴体が地面に埋まり、頭部が真上を向く直前、アトラは樹上から音もなく飛び降りた。

 メタルワームの頭部が地中に潜るその寸前。その口に当たる部分に、アトラは手に持った剣に魔力を流し一つの魔法を込めて突き込んだ。


炸裂する焔(フレイムバースト)


 魔力で強化された刃は軽々とメタルワームの口内に突き刺さり、その体内で魔法が発動した。次の瞬間くぐもった爆発音を響かせて地面が揺れた。

 行き場を失ったメタルワームの血肉が地面の穴から噴出し、アトラの腕から胸にかけて赤く染める。

 丁度穴を覗き込むように突き込んだため、剣を握っていた右手から肩、胸、頬にも血肉が付着する。


「ってて、結構痛いし……これは予想外だった」


 べとべとになった自分の半身を見て顔を顰めながら引き抜いた剣の刃は、ものの見事に吹き飛んで残っていない。

 服や体は綺麗に浄化する魔法が有るから良いものの、子供が買えるような安物の剣とは言え、少々痛い出費だ。


「でもまぁ、こいつが手に入ったから問題ないか」


 柄の部分だけになった剣は即座に空間収納で片付け、土魔法と風魔法を併用して地中に埋まっているメタルワームの全身を掘り起こす。

 全長三メートル。直径三十センチの巨体がガチャリと金属を重ねた時と同じ音を立てて目の前に転がった。


「かなり量があるなぁ、これ」


 呟きメタルワームから金属殻を剥ぎ取る。鎧の継ぎ目のように、無数のプレート状の金属が重なっているため、その隙間に解体用のナイフを滑り込ませて引っぺがす。

 肉も食べられるので、金属部分を剥がした後は二枚に捌いて使えない内臓部分を取り除いた。その際体内にあったピンポン玉サイズの魔石も回収できた。

 魔石は魔物の中でも強い魔力を帯びた魔物の体内に生まれるもので、その名の通り魔力が篭っている。

 魔導具の材料になったり、魔法発動の触媒などにも使えるので純度が高いものほど高値で取引される。もちろん大きくて純度の高いものは、それだけ強力な魔物の体内からしか取れない。


「さて、必要な素材も手に入ったことだし、後はいつも通りだな。武器は……解体用のナイフだけか。仕方ない魔法と体術でどうにかするか」


 剥ぎ取った素材は一先ず収納を終えてアトラはのんきにそんなことを呟いた。

 腕、足、腰と全身を一度解してから、再び森の中へと踏み込んでいく。

 そんなわけでアトラはその後もレッドベアと呼ばれる体長四メートル近い巨熊――魔力を纏った体毛のため、物理も魔法も効き辛い――を同じく木の上から飛び掛って不意打ちで殴り殺したり、体長三十センチくらいある巨大な蜂――猛毒を持つ上縦横無尽に空を飛び回る――数匹を氷魔法で周囲の温度を急激に下げることで動きを鈍らせて叩き落したり、十頭以上いるブラックウルフの群れを暴風で身動き取れなくして蹴り飛ばしたりしながら森を進んでいた。

 それらの素材はまだ流石に八歳の子供が出すのは早いだろうと仕舞い込んでいるのだが、その所為でアトラが自分の規格外さを知るのはまだ暫く先のこととなった。

 これくらい大人の冒険者なら狩れるのだろうと考えているのだが、はっきり言えばこの森のこれほど深い位置だと、通常は冒険者数名がパーティを組んで挑むところだ。

 最初のメタルワームにしろ、その後獲物になった魔物にしろ、並みの冒険者が一人で相手取れるものではない。

 そんな危険区域を傷一つ負うことなく進むアトラは、やはり別格だったのだがそのことには思い当たれなかった。

 何しろ比較対象が記憶を引継いだ先代とその周りに居た達人くらいしか居ないのだ。それ以外の下位の冒険者とのことも記憶に有ったが、余り印象に無くて忘れてしまっていた。


「あれ?」


 最深部には届かないように、それでも広い範囲を縦横無尽に適当に駆け回っていたアトラは、予想外の事に足を止めた。


「やっば……森抜けちゃった?」


 ほんの数十メートル先で森が終わっていた。その先では陽光を遮るものが無いので、眩しいくらいの日の光が降り注いでいる。

 失敗した、と嘆きつつもこうなっては一度太陽の位置などを確認しないと方角がわからない。

 盛大に迷子になっていたことに、アトラはため息と共に頭をかき、次の瞬間息を潜めた。

 小さいが、どこからか確実に人の声が聞こえたのだ。

 すぐさま鍛え上げた五感と範囲探索の魔法で周辺を探す。


「っ! まずいかも?」


 範囲探索に引っかかった反応に、アトラは全速力で駆け出した。

 探知したのは無数の人間と馬、そしてその周りを取り囲むように広がった二十近い魔物の反応だ。

 人間の数に対して倍近い数の魔物が居て、更に人間の中の何人かは動いていない。

 戦えないのか怪我をしているのかわからないが、このままだと拙いかもしれなかった。

 声が届くほどの距離はあっという間に埋まる。

 森の茂みの中から様子を窺えば、十数頭のブラックウルフに加え、この森でも上位種に分類されるシャドウパンサーが三頭、馬車を取り囲んでいた。

 本来種族の違う魔物は共闘しないが、共通の獲物となりえる存在が居る場合に限り、こうして徒党を組むことがある。非常に厄介な習性だ。

 対して馬車のほうは見るからに貴族が乗りそうなもので、頑丈そうではあるもののこれだけの魔物が相手では藁の家も同然だ。それに馬も襲われたのか血を流して数頭倒れている。

 その周りを護衛と思われる兵士が囲んでいるが、こちらの数は八名。内二名は負傷したのか、一人は馬車のすぐ傍で倒れており、もう一人も馬車に寄りかかって荒い息を吐いている。

 すぐさま助けに、と考えアトラは止まった。

 出て行けばほぼ間違いなく自分のことを知られることになる。早々個人を特定はできないとは思うが、その可能性はできるだけ少ないほうが良い。

 そう考えたアトラは一瞬考え、周辺の木々から大量の木の葉を毟った。それだけでなく地面に落ちている落ち葉にも干渉し、一つの魔法を纏う。

風の悪戯(ウィンドダンス)』と呼ばれる、風を操るための初歩魔法を使い、大量の木の葉と落ち葉を自身の姿を隠すように飛ばす。

 傍から見ると木の葉の渦のように見える。

 その状態でアトラは姿を現した。

 異様な姿の突然の第三者介入に、馬車の護衛も取り囲む魔物も同時に何事かとアトラを見る。

 その一瞬の隙をアトラが見逃すはずもなく、周囲にあった小石を数個、魔法で打ち出した。

(ストーン)(バレット)』。こちらも地属性の初頭魔法だ。だが込める魔力量を増やすことで強引に威力を増したそれは、周囲に展開していたブラックウルフの体を強かに打ち据えた。

 ギャンッ、と悲鳴を上げてブラックウルフ数頭が衝撃で倒れるも、流石に体表で止められたのかすぐに立ち上がった。

 内心で舌打ちする。仕留める威力もなければ、姿を隠すためのこの魔法を使っている間は激しく動くことができない。

 でもそれならば、とアトラは口元を歪ませて更に魔力を開放した。

 纏う風が強くなり、周囲にも強い風を起こしたかと思えば、アトラの周りの地面から無数の石が掘り起こされ、浮かび上がった。

 数にしておよそ五十。その石礫がマシンガンのように連続して打ち出され、馬車を囲む魔物たちを打ち据えた。

 バシバシと小石が肉を叩く音と、ギャンギャン、きゃいんという魔物の悲鳴が響き渡る。

 一瞬の静寂が来たかと思えば、それは再装填の時間で再び数十の小石が周囲に浮んでいた。

 再度の速射に再び魔物の悲鳴が上がる。

 アトラに反撃しようとする魔物もいたが、近づこうと動けば撃たれ、再装填の間に走るも、ただ周辺の石を飛ばすだけの魔法のため即座に鼻っ柱を撃たれて迎撃され、準備を邪魔することもできない。

 しかも魔法が使用されるたびに辺りに小石が散らばるのだ。必然、再装填までの時間も短くなる。

 小石の嵐に魔物たちは馬車の周囲から追いやられ、致命傷にならずとも無視できない痛みがあるその攻撃に、まずブラックウルフが音を上げて走り去り、五回目の速射の前にシャドウパンサーも恨みがましくアトラを睨みつけて森の中へ走り去っていった。

 範囲探索で魔物が遠く離れたことを確認し、アトラは馬車のほうへ視線を向けた。


治癒(ヒール)


 中級の回復魔法を唱え馬車に寄りかかっていた男と倒れていた男を治療する。

 最初自身に何が起こったのかわからない様子だったが、傷を治療されたのだと理解したのか、驚いた表情でその兵士はアトラの方を見ていた。

 その視線を無視してアトラは馬車の前方で血を流して倒れている馬に視線を向ける。

 幸いまだ死んでは居ない。タフな野生に敬意を込め、アトラは再び治療のための呪文を唱えた。

 三度にわたる回復魔法の効果に、馬車に繋がれていた馬はゆっくりとだが立ち上がった。残念ながら他の馬数頭は既に息を引き取ってしまっていたが。


「……傷は癒えても失った血や体力は戻らない。暫くは無理しないほうが良い」


 それだけ告げてアトラは森へと引き返した。

 呼び止める声が聞こえたが、それを無視して森の奥へと逃げるように駆けた。

 厄介事にはできるだけ首を突っ込みたくないのだ。

 適当なところで魔法を解き、範囲探索で周囲に生物が何もいないことを確認して、アトラは空を仰いで呟いた。


「……そういえば俺、迷ってたんだっけ」




さて……ストックが早くもなくなってまいりました

まだ、二、三話分は書き溜めてありますが、どうなることやら


次は閑話となりますので、早めの更新予定です

ここまで読んでくださりありがとうございます。感想などありましたら、宜しくお願いいたします


8/3 誤字の指摘ありがとうございます

地面を揺れた。→地面が揺れた。に修正

プレート上→プレート状 に修正しました

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