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先代のチートな記憶を引継ぎました  作者: 桜狐
第一章 幼年期
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第三話 ずるして人助け 前編

 アトラが先代の記憶を引継いでから三年が経過していた。

 今ではアトラ八歳、ミリル七歳である。

 この三年の間に色々と下準備を進めた甲斐があり、ストリーク孤児院を取り巻く環境も二人を取り巻く環境も変化しつつあった。


「兄さま。トネリコにニニの樹液、取って来ましたよ」

「うん、お帰り。何もなかった?」

「はい、何も」


 森の奥から戻ってきたミリルは手に持った麻袋を掲げてみせる。長袖にズボン、その手足の裾の部分を森の木々に引っ掛けないように丈夫な糸で巻いていて、動きやすさを重視した格好をしている。

 腰にショートソード――市場で安売りされていた――を指したその姿は、パッと見で狩人と言った感じだ。

 差し出された袋を受け取ってアトラは労うようにミリルの頭を撫でた。

 ちなみにアトラも似たような格好をしている。


「ならよかった。こっちも終わってるから、帰ろうか」

「はい、兄さま」


 アトラはそう言って足元においてあった大きな袋を一緒に二つ持ち上げた。

 中に入っているのは、森で狩った野兎と猪を捌いて得た肉と毛皮だ。本来子供が持てる重さでは無いが、身体強化や重量軽減の魔法を使ったアトラにとっては軽いものだった。

 肉は食用として孤児院に持っていっても良いし、新鮮なものなので肉屋などにも売れる。毛皮は孤児院では使い道が無いので完全に売り払うためのものだ。

 二人は並び立つと街に向かって歩き始めた。

 この三年の間にアトラは自分の住むガーネイルの街が辺境近くにあるということや、すぐ近くに狩場になりえる深い森が広がっているなどの周辺の地理を知った。

 以降計画を若干変更し、多少目立つことも覚悟して、一年前からあまり奥に入らないことを条件に森に入ることを許可して貰った。

 流石に大人の居ない状況で、十に満たない子供だけを魔物すら出てくる森に行かせるなどありえないとのことで、この条件を引き出すのに随分と苦労した。

 心配しているからこその反対なので大変ありがたいことなのだが、先のことを見据えると早い内から森に入れたほうが好ましい。

 最終的には「じゃあ問題ないことを証明するために森で狩りをしてきます」と宣言して飛び出し、野兎を三羽仕留めてきたことで半ば無理矢理に大人や年長者を黙らせたのだった。


「それにしてもミリルも随分身軽になったね」

「そうですか? だとしたら兄さまのおかげです」

「いやいや、ミリルが頑張ったからだよ」


 そう言って義妹を褒めると、嬉しそうに目を細めた。以前のようにはしゃぐようなことは無くなってきたが、それでもその機嫌の良し悪しは一目でわかる。

 アトラによるミリルの教育は、恐ろしいほどまでに順調だった。

 最初は遊びと称して両手を繋ぎ、手から魔力を流すことで魔力を感知させる感知訓練から魔力の扱い方を覚えさせ、鬼ごっこをする時はただの広場ではなく雑木林や足場の悪い場所で行うことでバランス感覚などを鍛えさせた。もちろんお手玉を使った武術の稽古も忘れては居ない。

 この三年でそうした遊びは次第に訓練と呼べるものに変わって行き、今では普通に木剣や長棍などを使っての打ち合いを行っている始末だ。

 更に一般教養や四則計算に始まり、もしもの時に備えて礼儀作法なども教えた。

 そうやって一日をほぼ無駄にすることなく合理的に利用して、詰められる物をひたすら詰め込んできた。

 アトラは別に全てを覚える必要はないと考えていた。教えたうちの半分も残れば、この世界では十分な力になる。

 それでミリルがこの世界で生きて行く時に役に立ってくれたら良いと思っていた。

 だが蓋を開けてみれば、ミリルには才能が有り記憶力も高く、それら全てを自分の物にしていた。その努力は確実に結実しつつある。

 今では身体強化魔法を使い子供には重いはずの鉄製のショートソードも普通に振り回せるようになっているし、それ以外にも複数の魔法が使える。

 現在は得意属性の氷魔法を中心に鍛えているのだが、比較対象が居ないため二人は自分達がどれほど規格外なのかを理解していなかった。

 もしこのことが貴族や騎士などに知られれば、間違いなくあちこちからひっぱりだこだ。

 現状で既にその辺に居る下手な狩人や傭兵では相手にならない程の実力をつけていた。


 街に戻って来た二人は、早速商会ギルドに剥ぎ取った毛皮と猪の肉を売りに足を向ける。

 まだお昼前だと言うのに、商会ギルドの受付は混んでいた。

 受付を眺めて目的の人物を見つけると、アトラはその列に並ぶ。十分ちょっとでアトラの番が来た。


「次の方~」

「はい、買取をお願いします」

「あぁ、アトラ君、こんにちは。それじゃこれにサインして、売るものにこのタグをつけて隣のカウンターに出してね」

「わかりました」


 アトラが並んだのは、ここ数日で顔見知りになった受付嬢で、スミンと言う女性のいる受付だった。年の頃は二十代の前半で、ふわふわの栗毛を首の後ろでアップにまとめている、おっとりとした女性だ。

 軽い挨拶を交わして言われた通りサインをしつつ、タグをつけた袋を査定行きのカウンターに乗せた。

 すぐさま職員が取りに来て、奥へと運んでいく。


(うーん、いつも思うけど動きがきびきびしてる)


 素早く仕事を進めて行く職員を眺め、アトラは感心したように頷く。

 商会ギルドと言うのは、商人の互助組織のようなものだ。一定価格での素材の売買だけでなく、ギルドに登録しておくと行商などの際に掛かる税金が減税されたり、取引などをする際にギルドで登録されているなら、と信用されやすくなる。年会費が掛かるが、利点のほうが大きい。

 そうした商人が良く利用する施設だからか、職員達も卒が無い。買い取られた品などは商会内の市場などにも並べられる為、多くの人が利用するのだから当然と言えば当然なのかもしれない。

 印象が悪ければそれがそのまま商会の信頼を落とすのだから、それ相応の対応をするだろう。

 似たようなギルドでも冒険者ギルドとは大違いだ。

 もっとも冒険者が主に行うのは危険区域の調査や素材の採取、魔物の討伐や護衛などが主だ。町内での雑用依頼などもあるが、分野がまるで違うのだから比べるのもおかしな話か。

 そんなギルド事情をつらつらと考えていると、アトラたちの持ってきた物の査定が終わった。スミンから名を呼ばれる。


「アトラ君、いらっしゃいますか?」

「あ、はい。います」

「お待たせしました。持ち込んでいただきました素材の査定が終わりました」


 子供相手だからと、スミンは態度を大きく崩したりはしなかった。難しい言葉を使う時はそれを噛み砕いて説明などするなどの配慮もある。君付けなのはご愛嬌だろう。その丁寧な対応にアトラは好感を持っていた。


「ありがとうございます」


 出来うる限りの笑顔を浮かべてお金と素材と一緒に預けていた袋を受け取り、受け取り照明のサインを行う。

 今回売りに出したのは兎の皮と猪一頭分の肉と毛皮。兎の肉は孤児院へ提供予定だ。

 金額は兎の皮が一枚二千リル、猪の皮と肉があわせて四万リルと交換になった。兎が三羽分あったので、合計で四万六千リルとなる。

 通常の一般家庭の月収が二十五万から三十万と考えると、十分すぎる金額だ。

 ちなみに貨幣は全て硬貨だ。銅貨から始まり、銀、金、白金と続き、一番高いものが(ミス)(リル)で作られている。もっとも聖銀貨など余程の大物取引でなければ使われない。

 ミスリルはこの世界でも割りと貴重品なのだ。

 アトラは硬貨の詰まった小袋を受付で受け取ると、小さくお礼を言ってミリルと合流する。

 途中、じゃらじゃらと鳴る小袋から一万リルだけ取り出して、空間魔法を使って残りをこっそり収納した。

 この『空間(アイテム)収納(ボックス)』の魔法の中では時間が止まった状態となる上、魔力量によって持ち運びできる量が変わってくるという面白い魔法だ。

 アトラの魔力なら相当な量を運べるため、本来は肉などもこの空間収納で運べば鮮度を落とすこともなく楽に運べるのだが、余り目立たないように、と言うことと鍛錬のために持ち運ぶようにしていた。

 八歳と七歳の子供が、自分の体と同じくらいの大きさの猪を仕留めて持ち運んでいる時点で、十分に目立っているということにはもちろん気がついていない。

 最近では商会ギルドだけでなく冒険者ギルドでも二人の噂が広がりつつある。

 そんなこととは露知らず、二人の少年少女は楽しげに孤児院に買って行くお土産を見て回っている。

 幾つかの食料品と香辛料や塩などの調味料、それから数種類の布などを買い込んで二人は商会ギルドから出た。


「何回も確認するようであれだけど、ミリル。本当にいいの?」

「はい。私が持っているより、兄さまに預かって貰っていたほうがいいです」


 そう言ってミリルははにかんだ笑みを浮かべた。

 最初、売り上げの半分はミリルに、と言ったのだが、自分は何もしてないからと受け取ろうとしなかった。

 あまり無理に渡すこともないし、欲しいものがある時はアトラに言うという形で一応話はつけてある。

 だが、アトラとしては採集を手伝って貰っている以上、なんとなく申し訳なくなり、時折こうして確認を取っていた。

 何しろ二人で稼いだ金額は、子供でなくとも大金といえるほどに溜まっている。


「んー、あんまし五月蝿く言うのもどうかと思うから言わないけど、本当に必要になったら言うんだよ?」

「大丈夫です。兄さまが傍にいれば何時でも欲しい物が買えますから、問題ないです」


 にこにこと笑うミリルにそれ以上の言葉は飲み込み、アトラは家路を急いだ。お陰で丁度正午の鐘がなる頃に孤児院に帰ってこられた。

 狩りから孤児院に帰った二人を庭で遊びまわっていた子供達が迎える。


「あ、アト兄お帰り!」

「ミリル姉ちゃんもお帰り~」

「おう、ただいま」


 次々にかけられる声に律儀に返事を返しながら二人は広場を突っ切った。

 館の中に入ると、アトラとミリルはそのまま真っ直ぐ調理場へ向かう。ぎしぎしと三年前から変わらず軋む廊下を抜けた先の厨房には、二つの人影があった。


「ただいま戻りました~」


 挨拶をしながら調理場に入ると、昼の準備を始めていたマグノリアと、年長の少女が帰って来た二人を迎え入れる。


「おかえりなさい、アト、ミリル」

「お帰りなさい、二人とも。調理場(こっち)に来たって事はお土産あり?」

「その通り。はい、これ。野兎の肉とにんじんにタマネギ。パンと香辛料とかの調味料も買って来たよ」

「お、今日は豪勢にいけるねぇ」


 男勝りな口調で食料の入った袋を受け取った少女、エルミアは嬉しそうに笑う。

 エルミアはねこっ毛の赤毛を肩口で乱雑に切りそろえた少女で、今年十四歳になる。小柄な方ではあるが、堂々とした佇まいの所為かアトラ達に比べると随分と大きく見える。

 ストリーク孤児院の厨房を預かっている彼女は、渡された材料を見回して笑みを深めた。


「いいわね。野兎の肉はお昼にも出しましょう。二人とも手伝ってくれる?」

「もちろん」

「ならミリルはお肉の半分を一口サイズに切り分けていって。アトは残りの半分を魔法で凍らせたら食料庫に野菜と一緒にしまってきて。夜に回すから」


 てきぱきと指示を飛ばすエルミアに従い、アトラとミリルも動き出す。さり気なくアトラが魔法を使うこと前提になっている辺り、彼女も毒されている証拠だ。


「それじゃあ私は菜園からハーブでも取ってきましょうかね」


 そう言ってマグノリアも昼食の準備のために動き出した。

 彼女の言う菜園もつい去年できたばかりのものだ。街の外に出られるようになったアトラ達が裏庭に作ったのだ。

 今では魔法薬に使う薬草や、食用のハーブなどが数種類植わっている。

 こうした形で、アトラは孤児院に色々な改善を地味に行っていた。

 とりあえずは今日の昼食には野兎の肉を香草と香辛料などで味付けをしたソテーが。夕食にはシチューが一品多く追加され、子供たちは大喜びする運びとなった。



一晩でミリルさんは大成長を遂げました(汗

本当は前編後編に分けず一気に出そうかとも思ったんですが、その分ストックが一気になくなってしまうので分けました……


物価などについての設定をちょこっと

野兎の毛皮は2000。一頭分まるまる肉もつけば、+3000で一羽5000で売れます

この野兎は森だけでなく近くの草原にもそれなりの数がいるためこのお値段

猪のほうは、肉の量が量だけに8倍の40000となっています

この世界では純粋な狩人と言うのは少なく、冒険者登録して素材の採取依頼などと平行して獲物を狩るのがメジャーです。また、そうした理由で割りと流通があるので値段がそこそこで安定しています

そして魔物の素材のほうが使い道が多く、値段が高くなりやすい傾向にあります

その為冒険者が一回の狩りで稼ぐ金額は大体10万~という金額になります

もっとも普通の冒険者はパーティを組むので頭数で山分けになりますが。それに準備にお金も時間も掛かるわけで、更に命の危険もあるとなると、割の良い仕事なのか微妙なとこですね。稼げる人は凄い稼げそうですが



後編投稿はまた三日後くらいを予定しています

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます

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