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第二十七話 ずるして観光

 アトラとミリルがフェブルの町で身支度を整え終えた頃、丁度部屋の扉がノックされた。

 返事を返せば案の定ジルベルトが顔を覗かせる。


「あら? 身支度整えて愛の逃避行かしら? あたしは誘ってくれないのねぇ」

「何言ってるんですか。討伐が上手く行けば馬車とか動き出すんですから、移動するにはこのタイミングが一番でしょう?」

「まぁね。そのことを伝えようと思ってたんだけど、もう知ってたみたいね」

「ついちょっと前に討伐成功を大声で伝えて回る方がいたから」


 そう答えつつ、アトラは窓の外へと視線を投げた。

 現在は昼も大分過ぎ、一部の貴族などがティータイムとしゃれ込む時間だ。昨日までなら無かった喧騒がそこからは聞こえてきている。

 街道の安全が確保されたことで、今まで二の足を踏んでいた者たちが一斉に動き出したのだ。

 長らくこの町を困らせていた問題が解決し、賑わう光景を眺めながらアトラは問う。


「それで、何か変わった事はありました? 実際見に行ったんでしょう?」

「そうねぇ。妙な二人組みが現れたとかそういう話はあったけど、それ以上のことは無かったわよ」


 その言葉にアトラは僅かに考え込む。妙な二人組みというのは間違いなくアトラたちのことだろう。

 しかしそれ以外のことが無かったというのが少し気に掛かる。

 あの時の範囲探索(エリアサーチ)による動きを思い出すと、戦闘か少なくとも追跡があったはずだ。それを隠すということは、それ自体が知られたくない事柄だったか、知られたくない情報が得られたという可能性がある。

 もしくはただ単に何の情報も得られなかっただけということもありうる。

 とは言え、お互い行なっていること全ての報告義務があるわけでもなく、現状それはそこまで重要な問題ではない。

 アトラに取ってジルベルトの目的に興味はあっても、それ以上関与する理由はないのだ。自分たちに害が及ばないのであれば、特に言及するつもりはなかった。


「その不審人物がどんなやつかわからないけど、問題なさそうなら今から動く、でいいのかな?」

「ええ。話を聞く限り、騎士団に協力したっていうことだから問題ないでしょう」

「なら次の町への足を探さないとね」

「心当たりは幾つかあるから、準備ができてるなら早速行こうと思うけど、大丈夫?」

「大丈夫。もう終わってるよ」


 荷造りした鞄を担ぎながら答え、アトラはミリルと一緒にジルベルトの後に続く。

 町で街道の様子見をしていた商人に話をつけ、一同はその日のうちにフェブルの町を後にした。

 その後の旅路は順調で、幾つかの町を経由して北上を続ける。

 最近では湿地帯も多くなり、次に訪れる町には大規模な田園と大きな湖があるという話を聞いて、アトラは喜色を浮かべた。

 何しろ米の生産地なのだ。

 召喚された過去の異世界人のおかげであちこちで米や調味料は見かけられるのだが、いかんせん高い上に長距離移送手段が乏しい現状では質が悪かった。

 生産地となればそれだけ上質なものが安く買える。アトラが保存できる物資の総量にはまだまだ余裕があるどころか、底が見えない状態なのでこの機に大量購入を既に決定していた。


「長閑でいい町よね。とても詩人に唄われる土地とは思えないわねぇ」

「ん? 詩人に唄われる土地?」


 風景を眺めながら何気ない感じで呟いたジルベルトの言葉に、アトラは反応する。

 アトラが知らないことが意外だったのか、ジルベルトは一瞬驚いた後、説明を始めた。


「……この地で起きた千年前の戦いを唄った戯曲があるのよ。その場所がここなの」


 ジルベルトの話によると、それはまだ人の国が一つにまとまっていた千年前に起きた百鬼夜行(カオスパレード)の物語のようだ。

 百鬼夜行は国の外側から内側へと大量の魔物が雪崩れ込み、大きな被害を出す災害だ。その災害に含まれる魔物の種類は数多く、どういった魔物が現れるかはその時々によって異なる。

 そして千年前のその時には、なんと上位種の飛竜が含まれていたそうだ。

 単体で都市一つを壊滅させるというそんな飛竜が、前線で戦う戦士の遥か頭上を飛び越え、業火を吐きながら王都を目指す。

 戦力の大半を前線に広げている国では、とてもそんな強大な力を持つ竜を退けることはできない。

 自らの帰るべき場所が失われるという恐怖に、前線にいた戦士たちが絶望を感じた時、たった一人の青年が空飛ぶ飛竜を打ち落としたのだそうだ。

 そのまま一時戦線を離れたその青年は、打ち落とした飛竜を追って空を駆け、そして巨大な閃光を放つ一撃により竜を滅ぼした。

 青年は再び戦場に舞い戻り、多くの魔物を屠って戦う者たちに希望を与え続けたという。

 後にその竜が討伐された場所には年月と共に水が溜まり湖となり、竜の眠る湖(ドラゴンレスト)と呼ばれるようになったそうだ。

 ジルベルトの見事な語り口に、横で聞いていた商人が拍手を送った。彼の表情を見るに、どうやら馴染み深い戯曲であるのは間違いないらしい。

 ちなみに話の始まり辺りから予想はしていたが、物語の主人公であるその青年の名前はユウト・ベルウッドという大変に聞き馴染みのある名前だった。彼についての戯曲は他に幾つも存在しているらしいが、聞いている最中、なんとなくむず痒い気分になったアトラはもごもごと先代に対して呪詛を吐いていた。

 理由を知るミリルだけがそんなアトラの様子に苦笑を浮かべている。


「ただ、この戯曲も国によって唄われ方が変わってるのよねぇ」


 楽しげに物語を語っていたジルベルトだったが、僅かに表情を曇らせて呟いた。

 その表情は笑みを浮かべているものの、どこか残念そうだ。


「……唄われ方が違うってどんな風にだ?」


 あまり先代の関わるこの話題を続けたくはなかったアトラだったが、ジルベルトの物言いが気に掛かり、葛藤の末にそう訊ねる。


「ええと、この戯曲は千年という長い時間唄われ続けてる戯曲なのだけど、元は一つの国だった時代のものでしょう? だから今だと国によって都合が良いように変わってしまっているところがあるのよね。例えば帝国ヴォルチェンだと力ある者は国すら手にする、って言った風に力あるものが上に立つという印象を与えるようになっているし、旧国ルクフィルクだと彼が使った力は国に伝わってきた技術と力の粋って形になってるわ」


 どうやら宗教よろしく政治が絡んできているらしい。

 ここランバルトでも、青年は自由を得て新たな可能性へと旅立ったという風に唄われたりするそうだ。

 大多数が知る馴染み深い戯曲だからこそ、こうした印象操作にも利用されているのだろう。

 この事実を千年前の先代が知ったらきっと嘆くだろうと思いつつも、どうしようもないのでアトラは苦笑を浮かべて記憶の中の先代に手を合わせた。


「でも戯曲として唄われる土地ってことは、観光地として賑わってそうだなぁ」

「そう思うでしょうけど、微妙にそうじゃないのよねぇ」

「え? 違うの?」

「ええ。最早伝説の地と言っても過言ではない場所だから、管理が厳しいのよ。確かに観光地として楽しめるように出店とかもあるけれど、それ以上に兵士の警邏が多いのよね」


 歴史ある場所だからと、この地の領主が町の警備を固めているらしい。なんでもゴミのポイ捨て一つでも注意され、罰金まで支払わされるとのことだ。

 そうした無数の監視の中観光を楽しめるかと聞かれれば、確かに首を傾げざるを得ないだろう。


「まぁ、それでも竜の眠る湖には小船で出ることができるわよ。透明度が凄い高いらしいから、必見らしいわよ。食べ物とかは持ち込み禁止だけどね」

「へ~、それは楽しみだ」


 そんなジルベルトの観光情報を聞きながら、商人の馬車は町へと着いた。

 町の入り口には大きな門があり、周囲には数人の兵士の姿が見て取れた。

 入り口で身分証を提示して、入るために千リルという金額を支払う。もちろん子供料金などは無かった。

 商人とはそこで別れ、宿を取る。湖に近いところは値段も高く、既に満室のところも多いそうなので、自然と町の中央辺りにある大衆向けの宿になった。

 その後は自由行動という形にしてジルベルトは情報収集に動き、アトラとミリルはまずは変装して大量の米の買出しに向かった。

 一箇所の店で大量に買うということをせず、幾つかの店を梯子して買い集めるうちに、煎餅や日本酒と言った米があればこそという物も見つけてついでに購入していく。


「それじゃそろそろあそこに行ってみようか」

「むぐ……はい。楽しみですね」


 うきうきと煎餅を齧りながら返事を返すミリルと共に、アトラは湖に向かう。

 湖の周りは思っていたよりも建物が少なかった。湖から百メートルくらいまでは露店や出店なども無く、景観を崩さないように建物が建てられていない。

 唯一あるのは、幾つか用意されている小船の船着場のために立てられた小屋だけだ。

 そんな湖の周りを複数の兵士が警邏している。各船着場にも最低一人はついているようだ。


「すみません、船に乗りたいんですけど」

「はいよ。一人千リルで荷物はここに預けて貰うが構わんかね?」


 流石は観光地か。小船に乗るだけで結構な金額を取られる。

 内心では苦い顔をしながらも笑顔で頷き金額を支払うと、船着場にいたおっさんは金をしまいながら更に問いかけてきた。


「荷物の中に壊れやすいもんは入ってるか? あいにく小屋が小さくて積み上げることになるからな。後は大切だと思うものだけはちゃんと持って行ってくれ。後でなくなったなどと言われてもこちらではどうしようもないからな」

「ランプが入っているくらいですが、よほど重いものを乗っけたり放り投げたりしなければ大丈夫だと思います」

「そうか。なら一応上の方に置くようにはしよう」


 それから幾つか注意点をあげられた。

 まず身を乗り出して溺れたりしても自己責任だと言われた。当然のことだろうとアトラもミリルも頷く。

 次いでボートに乗せてある赤い大きな旗は救援要請のためのものであるため、緊急時意外は振らないように言われた。この湖はかなり広く、対岸まで五キロ近い距離があるそうだ。

 そのため体力も無いのに中央まで進み、戻れなくなるものがいるそうだ。そんな時、この赤旗を振って助けを求めれば、お金は掛かるそうだが助けに来てくれるそうだ。

 また時間の制限は無かったが夕暮れまでに戻らないと同様に救助に向かうとのこと。こちらでもお金が取られるそうなのだが、流石にそんな長時間湖の上にいるつもりはないので大丈夫だろう。


「大丈夫です。それでは行って来ます」

「漕ぎ方はわかるか?」

「はい、わかりますよ」


 乗るのが見た目子供のアトラとミリルのための問いだろうが、問題などあるはずもなく、下手な大人よりもスムーズに二人を乗せた小船は湖へと漕ぎ出した。

 話にあった通り、湖の水の透明度は非常に高く、底の方まで見て取れる。

 光の屈折の所為か余り深く見えなかったり、その割りにどこまでも奥行きがあるように見えてどこか不思議な感覚だ。

 時折みられる魚影を目で追いながら漕ぎ出していると、不意にアトラのその手が止まった。


「どうしました兄様?」

「あー、いや、覚えのある感覚がしてね」


 苦笑しつつ、再びアトラは漕ぎ出す。


「なぁ、ミリル。冒険者の町の迷宮のことは覚えてるか?」

「……もしかして」

「たぶんな」


 小船は更に進み、やがて湖の中心へとたどり着く。覗き込めば不思議な感覚を伝える水底を見据えるようにしながら、アトラは呟いた。


「この真下から、呼ばれてる気がする」


 湖の水底で、何かが輝いた気がした。


久々に丸一日の休みが取れたので更新

滞在していた町を離れて次の町に到着しました

千年前の凄い人なのに、話に余りあがってなかったので戯曲という形で先代を出してみました

先代のことちゃんと覚えてる人がどれほどいるか……影が薄いですからねぇ


しかし、なんだか書いてて違和感があるような、ないような感じです

一度最初から読み直して自分の文章を確認した方がいいなぁ、と書き終わって感じました

変なところなどありましたら教えて頂けると幸いです


ここまで読んでくださり、ありがとうございます

感想などありましたらよろしくお願いします

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