第二十六話 ずるして観察
ようやく更新。待ってくれていた方、すみません
のんびり観戦モードに突入しながら、アトラは範囲探索を使う。
はるか後方、森の奥で激しく動き回るジルベルトの存在を認識する。どうやらあちらでも戦闘が起きているらしい。詳しいやり取りはわからないが、感じ取れる気配の動きは恐ろしく滑らかだ。
動き方からまず間違いなくジルベルトが勝つだろう。すぐに仕留めないのは、何か決め手に欠けるのか、情報でも引き出しているのか。
とにかく負けていないのであれば、今は気にしなくてもいいだろうとアトラは範囲探索の使用をやめた。
「さてミリル。新装備、実際に使ってみた感想はどうだ?」
「武器に関しては重い以外は大きな問題はないです。ただ使いこなすにはもうしばらく掛かりそうですし、知能の高い魔物相手だと苦戦すると思いますが、それ以上に私に足りない威力を補ってくれます。後は……あの魔法の威力は正直怖いですね」
「ふむ、ふむ。他に何か問題点はあったか?」
ミリルの評価の仕方にアトラがさらに問いを発せば、控えめながらも頷いた。
「その、袖がひらひらと長すぎて、邪魔です。動きづらいです」
言って手を広げると、確かに袖が垂れ下がる。振袖と変わらないほどに布地が余っていた。アトラの着ている服も同じようなものなので、ミリルの歯に衣着せない意見ももっともだと感じてはいる。
とはいえ、それも考えあってのことだ。
「あー、それは我慢してくれ。無から有を作るのは魔力の消費が激しいし無理があるんだ。だから自動サイズ調整や、自動修復機能のことを考えると修復分の素材をどこかに蓄える必要があったんだよ。代わりと言っちゃ何だが、これから身長が伸びても使えるし、防御能力も拘ったから下手な金属鎧よりも安全だぞ」
具体的には幻術系の身バレ防止・幻惑以外にも、ワイバーンの皮を裏地に仕込むことで防刃・防魔性能を格段に引き上げている。布地には衝撃を逃がす機能を組み込んだため、打撃にも耐性がある。
加えて魔導具としての効果が各部位に仕込まれているため、防御面の能力を全て展開すれば、ワイバーンの攻撃くらいならばそれだけで暫くしのげるくらいだ。
ただこの世界には、この防御性能でも心もとない化け物が少なからず存在すると言うのが嫌な現実ではあるが。
「わかってます。兄様が理由もなくこんなことをするとは思っていませんから」
「ありがとう、ってそれにしても思ったよりも時間掛かってるな」
妹の信頼に微笑み礼を述べるアトラだったが、気がつけば予想以上に長引いている戦闘を改めて注視した。
アトラの予想では、魔法使いの誰かが一気に攻性に出て数を削り、一体に対応できる人員を増加して短期決戦を行なうと予想していたのだが、見立ては外れたらしい。
観察してみているが、騎士たちの動きは鈍っていない。一度崩れかけた連携も再び構築し直しているし、これならもう倒していてもおかしくない。
と、そこで不意にあることに気がついた。
騎士の中の数人を除き、軒並み討伐隊の面々がアトラたちのことを気に掛けているようだ。しかもどことなくマイナス方面……というかぶっちゃけ警戒されている。
戦闘が長引いているのは、乱入してきた二人がいつ動いても対応できるようにと身構えているからだったらしい。
どうやらアトラたちが味方であるという意思伝達が伝わりきっていないらしい。そのことに思い至ったアトラは、口をへの字に曲げた。
確かに戦闘中に悠長に話す時間はないとはいえ、目の前で敵対する増援を倒して見せたのだ。敵の敵は味方、とまでは言わないが、現状も手出しせずに見守っている状態なのだから、目の前の敵に集中して欲しいとも思う。
「仕方ない。戦闘が終わったら適当に挨拶して去ろうと思ってたけど、敵かも知れないって思われるのは癪だから、ちょっとだけ手伝おう」
「……ちょっと、ですか?」
「……なんについて不安に思ってるのかわからないけど、倒しやすいようにほんと、ちょっと手助けするだけだよ?」
何故か訝しげに聞いてくるミリルに、アトラの笑みが若干引きつる。
確かに先ほどのような危険な仕込みがまだ幾つかあるため、下手を打てば巻き込んでしまうが、そこは信用して欲しいものだ。
「最近思うんですが、兄様の普通とか少しというのは、一般的な捉え方と比べてかけ離れているんじゃないかな、と」
「……よし、そろそろ討伐隊の援護に向かおうか。あくまで援護。隙作ったりする感じで手助けしよう」
言うが早いか、アトラは討伐隊の援護に駆け出す。
自分が普通かと聞かれれば、割と普通ではないと自分で言えるだけに、アトラにとってこの話題は鬼門だ。
それに軽がると殲滅できるくらいの魔物であるため、調子に乗って殲滅してしまわないとも言えなかったので、逃げるが勝ちと言わんが如き速さだった。
そんな瞬く間に小さくなって行く背中を見つめて、ミリルは小さく苦笑した。別に常識はずれなアトラが嫌なわけでも、呆れているわけでもない。
ただ改めて感じたのだ。あの常識はずれな人の背中を追いかけるのは大変なのだな、と。
「……がんばりましょうか」
小さく呟いてミリルも戦闘地帯へと走り出す。
最初は戸惑っていたものの、当然の如く二人の参戦によって討伐は速やかに行なわれることになった。
アトラは駆け抜けると同時に遠心力と武器の重さに任せてスパイクビートルの足を切断し、ミリルは切り付けると同時に冷気を送り込み動きを鈍らせる。
そこまでお膳立てされた以上、騎士たちとて応えないわけにはいかなかった。
先ほどまでの時間の掛かり方はなんだったのかと思えるほどの手際で、四体のスパイクビートルは地に伏すことになる。
戦闘終了後、アトラたちは敵意がないことを示すために武器を空間収納にしまった。
ここまでした甲斐があったのか、騎士の中から二人ほど向かってくる。先ほどまでの警戒心に満ちた表情ではないことから、敵対することはないだろう。
「助勢、感謝する。私はルビトール伯爵家の騎士、ゼインという。この討伐隊を指揮している」
「同じく騎士のアルゴーだ。先ほどは助かった」
どうやらやってきたのは隊長と最初に声を掛けた騎士の一人のようだ。
アトラは一度ミリルに視線を向けると、一歩下がる。必然的にミリルが前に立つ形になった。
どうやらここでのやり取りをミリルにやらせるつもりらしい。
無論、これはいきなりではなく事前にそうするかもしれないとミリルは聞かされていた。
なのでわずかに身を硬くしながらも、ミリルは背を伸ばして騎士たちに応対する。
「いいえ、たまたま通りかかったところ苦戦をしていたようでしたので。余計なお世話だったかもしれませんが」
「いやいや、とんでもない。おかげで大助かりだ」
「なら、よかったです」
そう言って会釈するように軽く顎を引いて卒のない対応をする。
そんなミリルに敵意は持っていないが、どこか観察するような視線を向けていたゼインが首をかしげながら聞いてくる。
「しかし……変わった格好をしているが、冒険者か?」
「えぇ。似たようなものです」
「ふむ。今回助けられた件についての礼もしたい。是非我らの主にも会って欲しいのだが」
「いえ、本当にたまたまなので礼は不要です。少し急ぎの用もありますので、お気持ちだけ頂いて置きます」
うまく行けば伯爵に取り立ててもらえるかもしれないという、その辺の冒険者なら喜んで飛びつきそうな話もあっさりと切って捨て、ミリルは一歩下がってアトラと並び立つ。
「それでは私たちはこれで」
「ちょっと待った! すまないが、せめて名前を教えてはくれないか? 助けられた相手の名前くらい聞いておきたいのだが」
慌てたように言うゼインのその申し出に、アトラとミリルは一度顔を見合わせた後、一度頷く。
「ソル」
「ルナ」
短く言葉を発し、身を翻すと背の高い草むらの中へと姿を消した。
騎士たちは文字通り風の如く去っていった二人の後姿を追い、慌てて視線を走らせるも、すでにその姿はなかった。
そんな二人の消えた草むらを眺めて、ゼインは一つため息を吐き出す。
「やれやれ……とんでもない使い手ってのはやはりいるものなのだな」
「俺、騎士としての自信なくなりそうなんですけど」
「言うな。あれを見て自信を保てる者などそうはいない。目標として励みになる分には良いが、そこが辿りつけない頂だと感じてしまえば折れるぞ。こういう時こそ己の信念を思い出せ」
諭しながらもゼイン本人の表情も苦々しい。もしかすると今の言葉は自身に言い聞かせているのかも知れなかった。
気がつけば去って行った二人の背を追うように視線を向けた仲間たちは、呆けたような視線をしている。
その様子に気がつき、ゼインは再び重い息を吐き出した。
「……何をしている! さっさと解体に入れ! ぐずぐずしていると野営をすることになるぞ!」
ゼインの叱咤に、我を取り戻した騎士たちは慌てて地に付すスパイクビートルの解体に取り掛かる。
そういえば、とゼインは振り返り、後から訪れた三匹のスパイクビートルの屠られた現場に視線を向けた。
つるつると光沢のある、少しえぐれた地面を見て、あの時放たれた魔法の異常性を再確認する。
悪人ではなさそうだったが、願わくばあの二人と相対することがないことを願いつつ、ゼインは討伐隊の指揮に戻って行った。
なんとかかんとか更新できました。最近は余り時間がなく、書けてもちょっとずつな感じです
正月休み? ありましたよ? 元旦だけですけどね。
そんな感じなので、こんな感じの更新速度になってしまうかと思いますが、よろしければお付き合いください
ここまで読んでくださりありがとうございます
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