第二十五話 ずるして乱入
更新遅くなりました。本当にぎりぎり、今年の投稿ですね。間に合ってよかったです
討伐隊は町に着くなり、陣地を作成し始めた。
どうやらこの町が現場に一番近いらしく、現場の最終確認と準備がここで行われるらしい。
討伐隊のメンバーは合計で十六人。皆領主印の刻まれた鎧やマントを身に着けている。
斥候が二名、前衛が八名、後衛の魔法使いが四名、弓兵が二名とバランスの取れた布陣となっている。
スパイクビートル四匹を相手にするには余裕のある人数と構成だ。
恐らく四匹以上いた場合に対応するために余分に送り込んできたのだろう。
今日、明日を調査と休息に当て、討伐は明後日から行うようだ。
ちなみにこれらのことを調べてきたのはジルベルトである。
「で、結局どうするんですか? 兄様」
「まぁ、問題なければ出番なさそうだけど、なんか嫌な予感するし行くだけ行こうか。折角新しく色々作ったんだし」
「ジルベルトさんには説明するんですか?」
「いや、別にしなくていいだろ。たぶんあっちもあっちで動くだろうし」
それはアトラがここ数日のジルベルトの様子を観察して出した結論だった。
ジルベルトは情報収集に歩いているようなのだが、集める情報の中でも今回のような、本来ならば起きていないことに重きを置いている感じがするのだ。
この町に来てからは今回の件を中心に調べているし、訪れる商人などには必ずと言っていいほど話を聞きに行っている。
隠している様子はないので、恐らく最初に言っていた目的の情報収集の内容がこうしたものだと思われる。
それならばどういった意図があるにせよ、問題の解決である街道の魔物退治は見ておきたいだろう。
「ま、何はともあれ新装備の実戦データも欲しいしな。出番なくてもその辺で一狩しよう」
現状それがアトラの本音の八割だった。ジルベルトの動きやその他諸々は残り二割の興味程度でしかなかったりする。
最後の追い込みとばかりに作業を開始するアトラを見て、ミリルは苦笑しながら傍らに寄り添ってその作業の様子を見ていた。
そして討伐決行日。町を出発するのは討伐隊だけではなかった。
討伐隊に便乗する形で町に留まっていた行商人や旅人が一斉に動き始めたのだ。
道中の露払いを騎士たちに任せ、迂回することによって次の町を目指すことにした者たちだった。
少しでも安全に移動したいと願うなら悪くはないのだが、あまり褒められたことではない。討伐隊の邪魔にならないように、距離を置いて移動しているのがなんともいやらしいことだ。
ジルベルトはこの集団に紛れている。
これはアトラが町を出る前から『範囲探索』と併用するために生み出された、『印』をジルベルトにつけていたのでわかったことだ。
これは範囲探索時に印を付けた相手を認識することができるという、連携やら護衛やらの際などと、色々と使い道がある魔法だ。ただ使用前に対象に触れる必要があったり、一定時間で印が消えてしまうので使いどころが限られたりする。
「そろそろ問題の場所に近づいた見たいだな」
アトラの言うとおり討伐隊について来た集団はそろそろ足を止めるらしく、足並みが目に見えて遅くなっている。
完全に足を止めて雇われた幾人かの冒険者が周囲の警戒を始めるのを尻目に、アトラとミリルは見つからないように先に進む。
距離にして二キロほど進んだところで、討伐隊の背を見ることができた。
街道周辺は地面が踏み固められているため草木は生えて居ないが、街道から十メートルも離れると草木が伸び始め、もう五メートルも進めば背の高い草の茂る藪になっている。
アトラたちが隠れる場所は背の高い草が延々と続く草原地帯だが、騎士たちの見つめる反対側は藪の奥に森が広がる小高い丘になっていた。
討伐隊は積荷を降ろした馬車を下がらせる。街道の中央に複数の麻袋が積み上げられていた。
袋の口を開くと、魔法使いの一人が風の魔法を使うと白い粉が小高い山へと広がっていく。どうやら中身は小麦粉らしく、スパイクビートルを誘き出す作戦のようだ。
「来たぞ! 討伐準備!」
部隊長と思われる騎士が大剣を抜き放ち、声を荒げる。
森の奥からは小麦粉の香りに誘われたのか、報告にあったとおり四体のスパイクビートルが姿を現した。二メートル級が一体で他は一メートル超といったところで、餌である小麦粉の袋に向かって一直線に飛んできている。
「やつらの距離が近い! 弓、引き剥がせ!」
「了解!」
左右に展開していた弓兵が弓を放つ。僅かに光の尾を帯びたその矢は小型のスパイクビートルの頭部を見事にとらえる。
同時に矢が弾けて衝撃波を発生させた。
「おお!」
思わずアトラが声をあげる。
今のは武技と呼ばれるもので、武器に魔力などを乗せて放つ技だ。
先代が唯一魔と名のつくもので覚えなかったものであり、それ故にアトラが欲してやまない技術の一つだ。
しかも覚えなかった理由が怪我するのが嫌だ、というどうしようもない理由であり、更には近接専用の魔法を作った方が速いという理不尽さがあったためだ。
確かに『爆発反応結界』なんてものが作れれば、下手に近接戦を覚える必要性はないのかもしれないが。
しかし先代よりも近接戦闘に重きを置くアトラにとっては、更なる成長のために必須と言えるものだった。
射程は魔法より短いが伸ばせるし、何よりも武技には詠唱がいらないために速い。
アトラの記憶の中にある刀使いは、この武技によって飛竜の首を落としていたし、槍使いは明らかに届かない場所の敵を刺し貫いていた。
「誰か教えてくれないもんかねぇ」
そんなアトラの呟きは剣戟の音に飲まれて消えた。
先ほどの弓矢で見事に釣られた二体は、それぞれ左右に分かれて待ち受けていた騎士たちに囲まれている。
左右に一体ずつ、中央に二体。それぞれ一体に四人がかりで押さえ込むように戦っている。
上手い連携だ。甲殻が硬いため近接攻撃はあまり有効打にはなっていないが、無理に間接部分を狙うことなどせずにしっかりと押さえ込んでいる。そこに魔法使いの一撃が飛び、確実にダメージを与えていた。
このまま行けば問題なく倒せそうだ。
だがその時、更に羽音が聞こえてきた。
「っ! 増援三! 弓二、騎士三で押さえ込め! 全員攻めに回れっ、時間はかけられんぞ!」
空を飛んできているのは二メートル級が一体に、一メートル級が二体だ。
指示に従い左右の弓兵と中央の騎士が動き出すが、その分他のメンバーに負担がかかる。
安定性を捨てた攻性への方針変更は英断だと言えよう。長引いた場合、高確率で瓦解するはずだ。
一気に不利な状況に陥ったというのに、騎士たちに諦めの色はない。
このままでもこの騎士たちは討伐を成功させるとアトラは感じられた。だが、それは無傷の討伐ではなく、犠牲を出した上での討伐だ。
「……“あっち”も動き始めたみたいだし、そろそろ俺たちも行こうか、ミリル」
「はい。いつでも大丈夫です」
「新しい装備は癖があるから、気を付けるんだよ?」
「何度も言わなくたってわかってます」
心配するアトラの言葉にむくれるミリル。これから戦闘を行うというのに、緊張感は見られなかった。
アトラは一つ頷き、新装備を展開する。
顔を隠す面を被り、劣勢に陥った騎士たちを援護するべく茂みから飛び出した。
纏っているのは黒を基調とした陰陽師が着ている狩衣に近い和装。腕や脛には皮の篭手に脛当て、そして顔には狐の面がついている。
どうやらこれらの装備には全て魔法が仕込まれているらしく、二人の姿はぼやけて輪郭がはっきりとしていなかった。それどころか二人の髪色は白く変化していた。
それ故に数十メートルの距離を走りぬく姿は正しく影でしかなく、脇をすり抜けた際に騎士たちは一瞬動きが止まった。
直後、異なった理由で彼らは少なくない時間を無駄にすることになる。
新たに増えた三体のスパイクビートルがまとめて吹き飛んだのだ。
優に十メートル近く吹き飛ばされたスパイクビートルは地面を抉って止まる。
頑強であるはずの甲殻には、はっきりと見て取れる切込みと亀裂が入っていた。
「なんだ……今の」
今まで戦っていた魔物が吹き飛ばされたのを見て、騎士の一人が呟く。
呆然とする騎士たちの前には二つの人影があった。その内一人が振り返る。
「ぼうっとしている暇があるのか? あちらは俺たちが受け持つ。そちらは自分の敵を相手にしたらどうだ」
「……っ! 助力、感謝する!」
理解するまでに数瞬間があったが、振り返った人影……アトラが言わんとしたことを把握した騎士たちはそれだけ言い残すと先ほどまで己が居た陣営へと駆け出した。
それを見届けてアトラは再び吹き飛ばしたスパイクビートルに向き直る。
先ほどの一撃を受けて警戒しているらしく、ギチギチと耳障りな鳴き声を発しながらアトラとミリルを警戒している。
「使い勝手はどうだ?」
「大振りになりがちですけど、やっぱりその分威力が出ます。これなら、私でもワイバーンの首を落とせそうです」
「それは良かった。他の仕込みも試すぞ」
「はい、兄様」
返事をするミリルが持つ武器は形状は薙刀に近い。だがいかんせん刃の部分が大きい。通常の薙刀の刃に比べればふた回りはでかい。肉厚でぎらぎらと輝く刃は、鋭さ以上に質量と遠心力によって威力を跳ね上げている。
とはいえこの世界でも似たような武器はある。それに対してアトラが持つ武器は少々変わっていた。
まず柄が一メートル近くある。次に鍔があり、その先に刀身が伸びている。
先代の世界で長巻と呼ばれる武器だが、やはり刃の部分はごつく、柄よりも長い。
これらはアトラが大型の魔物を相手にする時の為に、断ち切ることを主眼に重量と強度をぎりぎりまで増加させた結果作られたものだ。
その威力は魔力を通していなくてもスパイクビートルの頑強な装甲に傷をいれるほどだ。
「さて、次はギミックだ」
宣言と同時に、アトラとミリルは左右に分かれて走り出す。
黒い風となり二人が駆け抜けた後には、うっすらと光の文字が浮かび上がっている。
これらは二人が切る衣服の袖の部分から現れて居るようだ。
二人はちょうど半円を描き、中央にスパイクビートルを残す形で光の陣を描きあげる。同時にアトラとミリルの手が打ち合わさり、ぱん、という渇いた音をたてると同時に残された陣が光を強めた。
「協力型設置魔法『煉獄の焔』」
瞬間、半球状のドームが生まれ、その中に圧縮された業火が燃え盛った。
数秒後、ドームが溶けるように消えた後には、ガラス状に溶け固まった地面が残っているのみだった。
本来煉獄の焔は火属性魔法の中でも最上位に位置する魔法だ。それを空中に魔方式を置くという、とんでもない方法によって無詠唱で発動させた。
しかも使用する魔力は二人で出せばいいため、この方法なら一人では不可能な魔法でも発動することができる。
とはいえ今の一発でミリルは魔力の半分以上を持っていかれている。
「……使いどころが限られそうだけど、流石最上級。すごい威力だな」
実際魔方式を空中に待機させられる時間は長くないため、使うのは難しいが、発動させれば大抵の敵は確殺できるだろう威力だ。
そんな殺傷ギミックに加え、アトラが作ったこの服には『幻影』『思考誘導』が使用されており、輪郭がぼやけて性別、年齢が見る人によって異なるという仕様になっている。
他にもサイズ自動調整や、ちょっとした損傷なら自動で修復する機能に加え、一瞬にして収納、展開ができるギミックまで仕込まれている。
防御面も幻影系の魔法と相性の良いシャドウパンサーの他にワイバーンの皮も使用しているため防御面も相当に優秀になっている。
作り出したミスリルの大半をこれらの魔道具作成の基盤として消費してしまっていたが、十分に価値のある性能だ。
ちなみに仮面には髪の色を変化させる魔法が仕込まれている。
「……もう幾つか試したいものがあったけど、流石にあっちに乱入するのは気が引けるかなぁ」
「次の機会にしましょう、兄様」
予想以上に速く終わってしまったスパイクビートル戦を振り返りつつ、アトラとミリルは討伐隊の奮闘を見守ることにした。
待ちに待った無双が始まった気がする。
お久しぶりです。更新が遅くなり、まことに申し訳ありませぬ。
リアルの方が大分忙しくなったりして、纏まって取れる時間が少なくなってしまい中々続きが書けませんでした。スマホとかで書けばいいのかもしれませんが、PCで書き続けている為か、慣れないうえ一列に入る文字数が変わるので、変になりそうで書かないようにしているためこの有様に……。
来年以降、更新頻度がどうなるかわかりませんが、どうぞよろしくお願いします
ここまで読んでいただきありがとうございます
感想やアドバイスなどありましたらよろしくお願いします
それでは残り少ない今年、皆様楽しまれますように。よいお年を!




