第二話 ずるしてお稽古
ちょっと短め
「さて、今日は何しようか」
院長室を後にしたミリルとアトラは裏庭に来ていた。
他の子供達はというと、表の広場を駆け回ったり部屋の中でおままごとやら雑談をしたりしている。この裏庭は今、二人だけの遊び場だ。
別に他の子達と仲が悪いとかそういうわけではない。
理由は二つ。一つは記憶を引き継いで精神的な成長を遂げたアトラが他の子供達との距離感に戸惑い、どうしたらいいのかわからなくなってしまっていること。
もう一つは、ミリルがアトラ以外に懐かないことだ。
ミリルはこの孤児院に来る前に余程怖い目に遭ったのか、誰に対しても怯えるか敵対的になるかで、とてもではないが共同生活と言うのが送れない状態だった。
アトラに対しても最初はそうだったのだが、記憶を引継ぐ前のアトラが何をされても一定の距離から離れずに居たら、気づいた時には腰にしがみついて寝ていた。
以来アトラに対してだけは心を開いており、それを切欠で少しずつではあるが他人ともやりとりできるようになってきていた。
特にマグノリアはアトラがよく手伝いをすることもあり、アトラを除けば一番心を許していると言える。
どちらにせよこれら二つの理由は、時間の流れの中で解決していくしかない。
そんなに前では無いはずの昔の事を思い返して立ち止まっていたアトラを、ミリルが現実に引き戻した。
「お兄ちゃん、あれがいい。ぼっこのやつ!」
「うん、じゃあそれにしようか」
再起動を終えたアトラはミリルの希望に応える形で準備を始めた。
用意するのは魔法で形を整えた長さの違う棒を数本。それから余った布の端切れや捨てる予定の衣服の切れ端を縫って作ったお手玉のようなものが二十個ほど。
並べられた長さの棒から、ミリルは一番長いものを選んで両手で持つ。その長さはミリルの身長よりも頭一個分は長い。
対してアトラはお手玉を抱えて五メートルほど離れた。
「それじゃいくよ?」
「うん!」
勢い良く返事をしたミリルに向かって用意したお手玉を緩やかな弧を描くように放っていく。ミリルは自分に向かって飛んでくるそのお手玉を手に持った棒で叩き落し、弾き飛ばす。
投げる速度、間隔はほぼ一緒だが、お手玉は顔や胸、足と色々な所を狙って飛ばす。
「えい! やっ、とととっ」
ふらふらとよろけながらも一生懸命棒を振るう。最後の一個をどうにか弾いて、ミリルは小さくガッツポーズをした。今までで一番の好成績だった。
「被弾三、ミス六だね。それでも半分以上弾ける様になったね。上手い上手い」
アトラがそう言って褒めるとミリルは少しだけ嬉しそうに笑う。
「良いかいミリル。無理に手だけで振るんじゃ無くて、もっと足も一緒に使ってごらん。前後だけじゃなくて、一歩横にずれながら払えば例え弾けなくても当たらなくなるだろう?」
「あ! うん、ほんとだ!」
「それからずっと力を入れて握るんじゃ無くて、必要なところだけに力を入れれば良いんだよ。普段は手から抜けないように親指の付け根や人差し指、小指を意識して柔らかく、でもしっかり握って、的を打つ時にぎゅっと力を入れるんだ」
「んー、むずかしそう」
「だから練習するんだよ」
そう言って眉根を寄せるミリルの頭を撫でて、アトラは散らばったお手玉を回収し始める。
後ろではミリルが言われたことを何とか実践しようと棒を振っていた。
(やっぱりミリルは筋が良いな。それに一生懸命だし)
そんな義妹の様子を眺めつつ、アトラは小さく感嘆のため息をついた。
何を隠そう、これは遊びと言う名の訓練だった。自分にだけ懐くという彼女に対し、どう接するのかを考えた結果、自分の身を守れるだけの力をつけさせようという結論だった。
もう少し何かありそうなものなのだが、ここで合理的な判断をするのがアトラの残念な部分なのかもしれない。
それでもその指導も考え方もこの世界ではあながち間違っては居ない。
魔物が居て、盗賊が居て、犯罪だって起きる。身を守る術は、生きていくうえで必要なことだ。
アトラは自分がまず振り方を見せ、真似させ、そして実践できるように的を放っている。
実際のところ、引継いだ記憶には武術に関する知識はそんなになかった。
先代は魔法に関しては貪欲に知識を集めたが、体術や剣術についてはそこまで興味が無かったらしい。
彼が持っていた武術の知識は、彼の世界で聞きかじったコツと技の情報。それからこちらの世界に来てから自分の周囲にいた人物の戦い方や訓練法だ。
だが、魔法を極めたと言っても良い彼の周りには、それこそとんでもない達人と呼ばれる者達も集まっていた。
「よし、それじゃ何回か素振りしてからもう一回やろうか」
「うん! やる!」
回収したお手玉を一箇所におき、自分用の棒を取り出して素振りを開始する。
アトラは先代の記憶の中にある達人たちの練習風景や武術の型を模して棒を振り、それらを教えている。だが武術に関する知識が少ないだけに、それがどれだけの研鑽の末に辿り着いたものであるのかを理解仕切れて居なかった。
研鑽の果てに辿り着いたものの動きを何度も何度も追従する。
知識を受け取ったことにより、それらの動きを分析し、自らとどこが違うかを冷静に判断して修正していける。
専属で達人に教わるよりは、成長は遅いかもしれない。
だが見稽古としては、これ以上無い最高位の部類だった。
剣だけでなく槍、刀、双剣にそして体術に至るまで、多岐に渡った人物達の戦い方を模倣する。
魔法と言う分野に関しては、ほぼ知識が出揃ってしまっていたが為、アトラは自分が自由に研鑽を積めるものとして武術を選んだ。
魔法だけでなく剣なども一緒に使えたら便利だと思ったからだ。
そうやって得た武術の知識やコツ、引継いだ魔法技能や一般教養などを全て。少しずつ義妹であるミリルに教え込んでいるのだ。
「よし! 素振り終わり! さ、ミリルもう一回やろう!」
「うん!」
その異常性に気づくことのできるものは、ここには居ない。
アトラに懐いた少女は、彼の思惑通りめきめきと力と知識を吸収していく。
こうして歪で異常な師弟は、誰に止められることなく日々を過ごして行った。
ああ、チートが育って行く……
読んで貰い感想を求められる人が少ないので、おかしな所などがあれば教えてもらえると嬉しい次第
短めだったので早めの更新目指します
次回更新>ミリルが成長したら