第二十四話 ずるして物作り & ジルベルト視点
更新遅れました
Side:ジルベルト
国境都市ディセンブで予想外の出会いをしてから早一週間。
私たちはフェブルの町にやってきている。
往来の激しい都市とは異なり、牧歌的な雰囲気を持つこの町は静かで落ち着く。
こうして色々な土地や町を見て回れるのがこの仕事の唯一の楽しみではあるけれど、その為にもするべきことはしなくてはならない。
「また出たってよ」
麦藁帽子に口ひげを蓄えた男がそんなことを言いながら、同僚であろう男に話しかけているのを見て、私は即座にその会話に割って入った。
最初は訝しげにしていたけれど、一度魔力を魔道具である衣服に流し込むと瞬く間に私を受け入れて口の滑りが良くなった。
こうして考えると、美人って言うのは得なのだと良くわかる。
始めはこの格好にこの口調で仕事をするように提案した発案者を殴り飛ばしたくなったけれど、こうして情報を集めるようになってからは非常に助かっている。
女の振りをしている内に自然と女らしさとか、女同士のやり取りとかもわかってきてそれが染み付いてきてしまっているのが難点ではあるけれど。
身奇麗にしていないといけないから、美容だとかそういった面も気を使わないといけないから大変だ。
「それにしてもよぉ、どうしてああかみさんってのは小うるさいかねぇ? いや、良い女なんだぜ? だけどよぉ、もうちょっとばかし優しくしてくれっても良いとおりゃぁ思うんだよ」
「……えぇ、そうよねぇ」
っといけない。ちょっと気を抜いている内に聞かなくていいところまで話が広がってきてる。
この手の話は経験上長いというのを知っている私としては、できるだけ不自然じゃないように会話を切りたいのだけど……そう言えばちょうどいい子が今はいたわね。
さりげなく横目にこちらを眺めていた少年と少女に視線で合図を送る。
すぐに気がついた用で、会話を中断させるべく声をかけてきた。
それも近くに置いていた私の荷物を背負って準備を終えた、という断りやすい理由までつけてくれた。
実際あの子達は何の準備もしていないのだけど、会話に真剣だった二人は気づかないであっさりと開放してくれて助かったわ。
しかしそれにしても、ね。考えれば考えるほど不思議な子達ね。
おそらく偽名だろうけれど、このアルフレッドとミリヤという少女は扱いに困る相手だったりする。
年齢的に密偵としては幼いが、これくらいの年齢の密偵がいないわけではない。むしろ油断を誘いやすい子供を使うのは常套手段なのだし。
とはいえ、これくらいの年齢というのは良くも悪くも子供だ。
裏の世界の技術を仕込めば仕込むほど、これくらいの年齢の子供たちは子供としてぎこちなく感じられるようになる。
例えば浮かべる表情一つとってもそう。負の感情は子供と思えないほど強く出やすく、逆に正の感情はどことなくうそ臭くなる。もしくは逆に感情が面に出ない。
天性のものか、そうしたものを感じさせない子供もいるけど、そういう人種は名前を偽って渡った国であんな騒ぎを起こしたりはしない……はずだ。
状況的には誰かが送り出した間者としか思えないのだけど、やっていることや纏っている雰囲気からはあまりそういった様子が窺えないのよね。
油断ならない面を見せたと思ったら、急に可愛らしい笑顔を浮かべあっていちゃこらしだすし。これがただの子供カップルだったらどれだけ微笑ましいことかしら。
とりあえず色々言ったり聞いたりしたいことはあるけど、今はお礼を伝えておこう。
私の目的は、一人で行うには難しすぎる。というか無理だ。
どんな些細な協力者でも今は欲しいのだから、友好的にいかなきゃね。
「いやぁ~、助かったわ。恋バナは嫌いじゃないけど、知らない相手の完結した後の愚痴とか聞かされてもね」
「どういたしまして。しかし言うだけあって凄いですね。その調子で必要な情報があったら随時集めてくれるとこちらも助かります」
とりあえずお礼を言ったら素直に私のことを褒めてくるし……ちょっとつついてみようかしら、なんてその時は思って自慢げに「そんじょそこらの坊やにはできないことでしょう?」なんて口にしたのだけど。
「ええ。俺にはそんな体を張った道化にはなれませんから」
返ってきたのはいい笑顔とそんな毒だった。
少しばかり頬が引きつった気がする。別に私は好きでこんな格好をしているわけじゃないのに。
「……あら、あなたも十分可愛くなれると思うけど」
「いえいえ。“本物”には適いませんよ」
うわぁ、今までで一番可愛くないガキだわ。
咄嗟に笑顔の仮面を被って誤魔化したけれど……なんていうか本当に一筋縄では行かない子だわ。
事務的に今後のことをやり取りして宿を取ったけれど、これから先この子たちと一緒にやっていけるかしら?
宿の部屋に入ってすぐに私はベッドの上に寝転がる。
今のところ二人の背後はまったく見えてこない。あの時二人の目的は観光と偽善だと言っていたけれど、普通に考えればそれは嘘だ。
だけど二人の様子を見れば見るほどそれが本当に思えてくる。
かと思えば部屋に入るなり魔力の気配がしたから結界か何か張ったのだとわかるし、そうした抜かりの無さがその考えを否定する。
私の直感で言えば二人は協力できる相手であると感じられる。
だけどその背景が見えてこないことから迂闊に踏み込むこともできない。
「……やりづらいわぁ」
隣の気配は慌しく部屋を出て行く。町にでも出るのだろう。
私は一つ大きく息を吐き出して上体を起こした。考えてもわからない時は、とにかく何かしら行動するべきだ。
目的のためにひたすら前に進み続けていれば、気がつけば解決の糸口が見える。
そう師に教わったではないか。
だから、今はできることをしよう。そう、まずは……。
「髪のお手入れでもしようかしら」
何気に女性らしさを維持するのは大変なのだ。
■ ■ ■ ここからアトラ達に焦点が戻ります ■ ■ ■
町から離れ、並ぶ畑をさらに抜けた先にある雑木林の中で、ようやくアトラは足を止めた。
周囲の様子を窺い、魔法も含め周りに一切の目がないことを確認する。
人目が無いことを確認した後は地属性魔法を利用して、土ごと木々を移動させることで数メートル程度だが何も無い空間を確保した。
最後に魔法だろうが物理だろうがすべて遮断できるよう結界各種を張る。
「うむ、これで良いかな」
「何をするんです?」
「ちょっと色々作ろうと思ってね」
そういってアトラはまず買っておいた銀の塊を取り出した。『純粋化』で不純物を取り除き、それを両手で持つ。
一度深呼吸をした後、アトラは表情を引き締めて手に持つ銀塊に魔力を圧縮させるように注ぎ込んだ。
その魔力量はすさまじく、一般人なら魔力に当てられて気絶しかねない勢いだ。込められた魔力が銀塊から溢れ、青白い輝きを放っている。
「……ふぅ」
アトラが大きく息を吐き出す。時間的にはものの五分程度ではあったが、使用した魔力は一般的と言われる魔法使いの魔力量にして三百人近い量だ。
流石にそれだけの魔力量を一気に放出したからか、虚脱感から近くにあった適当な木に寄りかかる。
「兄様、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちょっとと言うか、大分疲れたけどね」
「それなら、良かったです……ところで、それは」
アトラの無事を確認した後、ミリルはアトラの手の中にある金属に目を落とした。
最初アトラの手の中にあった銀塊に比べ、ふた回りほど小さくなっている。色も銀から青みがかった銀色に変化しており、ミリルの目から見ても多量の魔力を含んでいることが見て取れた。
「うん、ミスリルだね。別名、聖銀」
「……はあ」
「元々ミスリルは自然にあった銀が多量の魔力を浴びながら地中で圧縮されたことで生まれる金属なんだ。だから人工的に作ることができる。ただ、こうなるには魔水と一緒で一定の魔力が均等に注がないといけない上に必要になる魔力量が半端無く跳ね上がるから難易度は高いんだ。実際、ちょっと失敗しちゃった」
キャラバンで作っておいた魔力回復薬を飲みながら苦笑するアトラの手の中からは、その失敗の内容を示すかのように一部の銀が粉末状になり零れ落ちている。
魔力でミスリルに変質しきれなかった銀が魔力の勢いに耐え切れず分解されてしまったのだ。
「一応再利用できないことは無いけど……大体は成功だし、地面に散っちゃったのは流石に集めるのが大変だから諦めるかな」
そう言いながらもできるだけ零さないように『空間収納』で仕舞い込むのは、やはり勿体無いという思いがあるからだろう。
とは言え同じ重さの銀とミスリルでは、その価値は比べるまでも無いほどに差がある。
今崩れてしまった分を失っても、このミスリル塊を売るだけで倍どころではすまない値段になるのだ。
ミスリル銀は常に魔力を帯びている上に魔力を良く通す魔力触媒であり、更には硬度も鋼以上とくれば仕方の無いことだろう。
魔法武器や魔道具を作るうえで最上級の材料に分類される、この世界でもっとも需要の高い金属であるといえる。
ならば皆こうして銀をミスリルに変えることができるかと聞かれればそうではない。
このミスリル生成の手法は確かに千年前には存在していた技術だが、行使するに当っての難易度の高さゆえに現在では既に失われていた。
現状使えるのは世界広しといえどアトラくらいのものだ。
その気になれば荒稼ぎどころか国家が引っくり返るほどの、まさに鉛を黄金に変えるような錬金術だった。
そんな歴史的な錬金術を目の当たりにしてしまったミリルは、喜ぶでも無く呆れ気味に苦笑を浮かべる。
「私、今改めて兄様がとても凄い人なんだ、って再認識しました」
「ありがとう。これからも自慢の兄でいられるように頑張らないとだな」
妹の感嘆の呟きに、まんざらでもなさそうな照れ笑いを浮かべてアトラは頬をかいた。そろそろミリルも自らの兄がどれほど規格外か理解してきたが、だからと言って何かを言う事は無かった。
ミリルにとってはそうした技術よりも、アトラと家族であるという繋がりの方が大事なのだ。
暫くの休憩の後、アトラはミリルにも手伝って貰いながら別の作業を続ける。
空間収納にしまいっぱなしになっていたシャドウパンサーとブラックウルフを解体し、その毛皮を魔法でなめしたり、メタルワームの金属を加工などしていく。
流石に一日ですべての作業を終えることができないので、こうした作業はこの後三日ほど続けられた。
その間、もちろんジルベルトの様子を窺うことも忘れていない。
一時的に近くにいる小鳥を捕まえて使い魔にし、視覚を同調させて後を追ったり、遠距離から風魔法で話している会話の内容を盗み聞いたりしている。
少なくとも今のところジルベルトは特に怪しげな行動をとることも無く、アトラ達をつける様子もなく、情報を隠すこともしていなかった。
時には一緒に行動して情報収集の手伝いもしたが、基本的には話の切っ掛け作りと切り上げの際くらいにしかアトラたちは役に立たなかった。
代わりに手持ち無沙汰な時間を聞いた話をまとめる時間に当てる。
その過程でわかったのだが、どうにも今街道で起こっている魔物の襲撃には偏りがあるようだ。
問題の街道は、ランバルト共和国の内側と外側を繋ぐ街道の一本と合流しており、この町からだけでなく、複数の町が利用する街道となっている。そのちょうど交差地点で魔物の襲撃があるのだが、国の中央側に運ぶ荷物が五回に一回襲われるのに対し、国の外周部側に物資を運ぶ荷物は二回に一回は襲われていた。
偶然と言ってしまえばそれまでだが、少しばかり気になる偏り方だった。
「なんともきな臭い感じよね」
「確かに……でもまぁ、もうじき討伐隊が来るみたいだし、それで解決するんじゃないかな?」
「……そうだと良いけれど」
思案するように考え込むジルベルトを尻目に、アトラは討伐隊の様子を見に行くことを決めており、何かあれば手助けすることにしていた。
最初はミリルが張り切りすぎるかとも思ったが、あれこれ作る合間に一緒に訓練も再開したお陰か特に異論はなさそうだった。
暴れたいわけではなく、もしかしなくても現状を解決したいだけなのかもしれない。
そんな会話をした三日後、討伐隊はフェブルの町に到着した。
ようやく投稿できました。ジルベルト視点とアトラ側焦点とで別々にしようかとも思いましたが、文章量が少なかったのと、ジルベルト視点はまたその内書こうと思っているのでまとめてしまいました
しかし、なかなか小説を書く時間がとれないですね。加えてなかなか筆が進まずスランプ気味。続きは気長に待って貰えると嬉しいです
ここまで読んでくださりありがとうございました
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