第二十三話 ずるして下準備
もっさり感が無くならないです。早く二人を暴れさせたい。
国境都市ディセンブから馬車で揺られること三日。アトラたちはフェブルという町に辿り着いていた。
ここまで乗ってきた馬車の御者に礼を言い、すぐに各々体を伸ばしたり解したりしているのは、この三日殆どを馬車での移動に費やしたからだ。
アデン王国は元々未開発地域を開拓して作られたこともあり、大体一日から二日以内の距離に町なり村なりがあったが、どうやらランバルト共和国はそこまで町村が多いわけではないようだ。
代わりに誰でも利用できる無人の休憩所があり、隣の町に着くまではそうした場所を使うことになる。
しかしこの休憩所がだだっ広い平屋で、暖炉は設置されているものの雨風が凌げればいいと言うような簡素な造りだった。寝るときは床に雑魚寝。食事も自前という形でしっかりと休めるような場所ではなかったのだ。
ともすれば荷馬車の藁の上の方が快適に眠れるかも知れないくらいだった。
「んー、ようやくベッドの上で寝られそうだな」
アトラは呟いて周囲を見回す。
事前に聞いた話では、ここは農業が盛んで町の周囲は一面小麦畑になっているそうなのだが、残念ながらちょうど刈り入れが終わった時期らしい。
しかし黄金に輝く麦穂畑を拝むことはできなさそうだが、こうして畑が多い景色を眺めると長閑な雰囲気が感じられて、凝り固まった気持ちが和んだ。
収穫された小麦は街外れに風車が見えるのでそこで挽いているのだろう。
残りの畑には根菜が植えられているのが見えるので、質が良いようならここで小麦や各種野菜を仕入れていくのもいいな、と観察を続ける。
「おい、また出たってよ」
「なにぃ! またかよ」
そんな時、不意にそんなやり取りが耳に入ってきた。
視線を向けると口ひげに麦藁帽子と、とある異世界のお菓子を彷彿とさせるおっさんと、無精ひげを生やした二十代半ば位の男性が顔をしかめて話をしていた。
「出たって何がかしら?」
そこに同じように話が聞こえていたのか、ジルベルトが割って入った。
男二人はいきなりの闖入者に一瞬驚いていたものの、笑顔を浮かべるジルベルトにつられるように警戒を解いていった。
「いや、な。街道に魔物が出るようになっちまってよ」
「そうそう。嬢ちゃんみたいなべっぴんさんは特に気をつけたほうがいいぜ。その綺麗な顔に傷がついちまったら大勢の男が泣くだろうしよ」
「あら、お世辞が上手いのね。でもありがとう、気をつけるわ。けれど、その魔物がどういったものかわからないと、気をつけようもないわよね?」
ジルベルトは顎に指を当てて一瞬考え込むようなそぶりを見せてから、下から覗き込むように男たちを見上げた。
効果は抜群のようで、彼らは競うように街道にでるという魔物について教えてくれた。
傍から見ていたアトラは楽しそうだなぁと呆れ半分に見ていたが、こうした情報はやはりジルベルトのほうが集まりが良い。
アトラの情報収集の手段など、冒険者や商人などに話をねだって聞かせて貰うか、こっそり盗み聞きするくらいだ。
金を払って情報を買ってもいいのだが、無駄遣いは避けたいというのと、情報を買ったという情報が残ってしまうのであまりとりたい手段ではなかった。
そうなるとどうしても得られる情報は限られてくるし、集めるのに時間がかかる。
得手不得手と言ってしまえばおしまいだが、見習うべきところは多いだろう。
「ミリル。ジルベルトの話術、しっかり見て盗めるものは盗んでおけよ」
「が、がんばります」
アトラの言葉にミリルは頷いてジルベルトがにこやかに話を続ける様子を眺める。そんな様子を横目に、アトラは聞こえてくる会話から必要な情報を整理し始めた。
街道に出る魔物の名前はスパイクビートル。見た目はカブトムシに近いが、生えている角は闘牛のように左右二本に分かれている魔物で、その大きさは一メートルから二メートルにまでなる。現在確認されているだけで四体はいるらしい。
攻撃手段は角と頑強な甲殻を使った突進と体当たり。力が強く、馬車をひっくり返すくらいは普通にできるようだ。
その頑丈な甲殻はよく鎧や盾に加工されており、角は槍の穂先として利用されている。
草食性の魔物で、不用意に近づいたり攻撃を加えたりしなければ襲い掛かってこない温厚な魔物ではあるが、時折人里の近くに出ると畑のものを食い尽くしてしまうこともあるので無害とも言い切れない魔物だ。
その魔物が街道付近に現れ、隣町に小麦や野菜を運ぼうとするとその馬車を襲うのだそうだ。
「奴らが出てくるのは毎回ってわけでもねぇんだけどよ。それでもこのままだと税として収めることもできねぇってんで領主様に相談したら討伐隊出してくれるって言ってくれたんだが……討伐するまでに悪くなっちまうもんも結構出そうでなぁ」
「この状況だから今じゃ行商の連中も買ってくれなくてな。そうなると自力で売りに行って金を稼いでこないと、必要なもんも揃えられないんだ」
いつの間にか会話は魔物の話から愚痴に近いものに代わっていた。
この町の多くの人は作った農作物を作り、売り捌くという流れの中で利益を上げているようで、今の状況だと日常的に使う調味料や薪、畑を耕すことに使う農具の買い替えなどが滞ってしまうらしい。
そのまま暫く話は続き、やがて愚痴の内容がこれからの不安から役人や奥さんへの愚痴などに代わるころ、ジルベルトがちらりとアトラに目配せをした。
言いたいことはわかったので、アトラは頷いて近づいていく。
「ジルベルトさん、準備終わりました」
「あら、悪いわね。準備を任せっぱなしにしちゃって」
アトラの声かけに振り返った後、ジルベルトは申し訳なさそうな表情を浮かべ、男たちを振り返った。
「ごめんなさい、そろそろ行かないといけないみたいで」
「お、おう。こっちこそ長話に付き合わせちまってわりぃな」
「お話ありがとうございました。それじゃ」
にこやかに笑ってジルベルトは男たちに手を振って町の中へと向かうと、アトラたちもすぐにその後を追った。
話を聞いて貰って多少すっきりしたのか、見送ってくれた男たちの表情は先ほどよりも幾分明るいものだった。
「いやぁ~、助かったわ。恋バナは嫌いじゃないけど、知らない相手の完結した後の愚痴とか聞かされてもねぇ」
「どういたしまして。しかし言うだけあって凄いですね。その調子で必要な情報があったら随時集めてくれるとこちらも助かります」
「……ふふん、そんじょそこらの坊やにはできないことでしょう?」
アトラが褒めると、ジルベルトは自慢げに鼻を鳴らした。
これはアトラの反応を見るため、わざと挑発的な態度をとった結果だ。その証拠にアトラに向ける視線はどこか好奇心を含ませていた。
その瞳にはどういった対応をとるのか? という疑問がありありと浮かんでいる。
普通ならばここは腹を立てることもなく、賞賛の一つも送って濁すのだろうが、生憎とアトラにそんな可愛げはなかった。
「ええ。俺にはそんな体を張った道化にはなれませんから。尊敬します」
「……あら、あなたも十分可愛くなれると思うけど」
「いえいえ。“本物”には適いませんよ」
あえて本物という言葉に力を込めた返答と共にアトラが笑みを浮かべると、ジルベルトもにっこりと微笑を浮かべた。
お互い作り物のような完璧な笑顔だ。
「……もう少し街道の情報も欲しいし、ひとまず様子を見るってことで少し長めの滞在にするけどいいかしら?」
「問題ありません」
そんなやり取りをしつつ、適当な宿に部屋を取る。もちろん支払いは一緒でも部屋は別々だ。
それぞれの部屋の鍵を受け取り、後は部屋に向かうだけだったのだが、ここで一つ問題が発生した。
「風呂が……ない、だと」
宿を取った際に風呂場はどこか聞き、返ってきた言葉にアトラは強い衝撃を受けた。
何でもランバルト共和国で風呂は裕福な人たちしか入れないものらしい。基本は湯を桶にはり体を拭くか、水浴びをするそうだ。
宿で風呂に入ろうとするなら、それなりにランクの高い宿に止まる必要がある。
「ランバルトだけじゃなくて人の国と呼ばれる地域では、お風呂って結構贅沢よ? 例外があるとすれば旧国のルクフィルクくらいじゃないかしら?」
ジルベルトの追撃にアトラは再び肩を落とした。心なしかミリルもしょんぼりとしている。
その様子を見てジルベルトはアトラ達が貴族か何かの類縁かとも考えたが、アデンでは風呂が普及していることを思い出して宥めるだけに留めておいた。
一度深く息を吐き出すと、アトラは気を取り直して顔を上げる。
「まぁ、無いもんは仕方ないな。とりあえず荷物置いて、町を見て回るか」
「そうね。それでこの後は一緒に動くのかしら?」
「いや、お互い別々にやりたいこともあるだろうし、別行動でいいんじゃないかな?」
「それじゃ、夕飯の時にでも合流しましょうか」
ジルベルトとこの後の方針を軽く決め、お互いに部屋に向かう。
安宿なので値段はお手ごろだがその分部屋の中は質素だ。ベッドで寝られるだけマシだが、壁は薄そうだ。
普通に話をしたら筒抜けになりそうだな、などと考えつつ、アトラはさっさと遮音の結界を張っておいた。
もちろん内から外に対するもので、外からの音は取り込めるようにしてある。
現状ジルベルトとはお互い腹を探っている最中なので、別行動と言いつつ後をつけられることも考えないといけない。とはいえ急いで何かするつもりは無かった。
何より出会って間もないのだから警戒するのが普通だろう。こういうのは暫く様子を見て、気を抜くくらいの時期に探りを入れるのが常套手段だ。
アトラたちには元々そうした裏が無いのだから調べるだけ無駄なのだが、隠したいことが無いわけでもない。
それらしく動けば必要の無い裏を探ってくれるのだから、隠し事がしやすくなる。その為の言動は少しくらいとるつもりでいた。
「さってと。それじゃ散歩にでも行こうか」
「了解です兄様」
外套を脱ぎ捨てて身軽な格好になると、宿を飛び出す。
現在の季節は温暖期の終わりでこれから繁殖期へと差し掛かる。地球で言うところの初夏になろうという季節の為、旅に必須とは言え外套は邪魔だった。
日差しを手で遮りながら生ぬるい風を肌で感じながら町を見て回る。
宿がある区画ということで周囲には露天が並んでいた。今のこの街の情勢を知らせるように小麦の袋や野菜などが多く見られる。
適当に小麦の袋と野菜を購入しつつ歩き続けると、ほどなくして人通りが途絶えた。
どうやら買い物ができるような場所はそんなに広くないらしい。
すっかりひと気の無くなった通りをのんびりと歩いていると、ミリルがおもむろに口を開いた。
「それでは準備しますね、兄様」
「……準備? いったいなんの?」
思わずアトラが聞き返すと、きょとんとした後首を傾げる。
そして当然のように、
「いえ、ですからこれから魔物を倒しに行くのですよね?」
と疑問を口にした。
ミリルの中でこの散歩の目的地は、先ほど会話にあった街道近くの魔物の巣であるらしかった。
その言葉にアトラは思わず苦笑する。
最終的にはそうするつもりだが、今しばらくは様子見に徹するつもりだった。
「いや、気持ちはわかるんだけどな。二、三日の間は様子見だ。この状況であいつがどう動くか確認しておきたいしな」
「ジルベルトさんですか?」
「そ。どういう人間かわかってないと選択肢が狭まるからなぁ。戦っている最中逃げ出すくらいならまだしも、裏切られたりしたら嫌だろ? だから今の内にある程度確認をね」
「それは……そうですね」
不満そうにしながらもミリルは頷いて背負っていた槍を撫でた。
その様子を見て、アトラはミリルが狩りに行きたがっていたのだと把握した。
確かにこのところ稽古などおろそかにしがちになっている。というよりも習慣として体に染み付くほどずっと続けていただけに、思い切り動けないことがストレスになっているかもしれない。
近々発散させてやらないと、また何かの拍子にやりすぎることがあるかもしれない。頭の中で予定を立てつつアトラは小さくため息を吐いた。
「まぁ、今はもうちょっと我慢。近いうちに魔物は倒しに行くから。とりあえずはこれからのための下準備かな」
「何をする気なんですか?」
「ひみつ」
楽しげな笑みを浮かべて、アトラは口元に指を当てた。
書く時間がどんどん減ってゆく……本当に体とパソコンが二つ欲しいですね。
働く時間が変わらないのなら、一日が48時間になるとかでも構わないですが、それもそれで問題が出てきそうですね。世界の法則が乱れそう。
果てさて今回は微妙な距離感持ったアトラとジルベルトさんのやり取り、子供らしからぬ行動をするアトラ君やら書いてみましたが、やはり書いてて思うのは難しいということですね。
楽しいから続いていますが、難儀なものです
次回はジルベルト視点を差し込みつつ、アトラが色々作る予定。ジルベルト視点はこれから先も出てきそうなので閑話にはしないつもりです
ここまで読んでくださりありがとうございました!
ご意見・感想などありましたらよろしくお願いします
2014/12/01 ジルベルトの台詞 眺め→長めに修正




