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第二十二話 ずるして協力

 現在アトラ達は問題が発生した現場から離れた軽食店へと来ていた。

 一つ一つ席の間隔は開いており、間を間仕切りで区切っている。チェック柄のテーブルクロスに鏡面のように磨かれたシルバーの呼び鈴が置かれ、店内では詩人が楽器の演奏や穏やかな詩を歌っている。

 貴族などにしてみれば大した店では無いが、一般人に取っては十分に高級な店に分類される店だろう。


「ここでの払いはあたしが持つから、好きなの頼んでいいわよ」


 という向かい側に座る人物の言葉にアトラは遠慮なくワイルドボアのステーキと白パン、果実水を頼み、ミリルは遠慮がちにホットサンドと紅茶のセットを頼んだ。

 注文を取って去って行く給仕には目もくれず、アトラは眼前の人物を観察する。

 年齢はアトラ達より三つ四つ上だろうか。葡萄色(えびいろ)の髪をアップにまとめている。

 服装も平民には珍しいワイシャツを着ており、上からローズマダーの上着を羽織っている。同色のパンツにこれまた作りのいいブーツと、この世界では珍しいお洒落な服装だ。

 そんな服装に中性的な顔立ち。そこに薄っすらと化粧まで施していて、声もハスキーボイスと男女の判別が非常につき難い。

 その上で身のこなしに隙がなかった。それにあの時一瞬だけ目が合ったが、それだけで顔を覚えられている時点で只者ではない。

 今もアトラと同様に相手も観察を終えたのか、アトラと視線を交差させると瞳だけで僅かに微笑んだ。


「まず自己紹介から始めましょうか。私はジルベルト。良かったら身分証も見せましょうか?」

「必要ないですよ。名乗り返しますが俺はアルフレッド。こっちはミリヤです。こちらの身分証を見せる必要はありますか?」

「いいえ、見せなくて大丈夫よ」


 ジルベルトと名乗った人物は自身の髪の毛を指先で弄ぶと、愉快そうに口元を歪める。


「ふふ、面白いわね、貴方たち。でも貴方たちみたいな可愛い子の二人旅だなんて危ないわよ?」

「大丈夫ですよ。色々気を付けてますから」

「そうかしら。現にこうして知らないおねえさんについて来てるじゃない。ダメよ? 知らない人についていったら」

「…………」


 からからと笑うジルベルトを訝しく思いながらアトラは見つめる。

 アトラはジルベルトをどこかの密偵では無いかと考えてここまでついてきていた。

 あの場で逃げてこれから先追跡されたり警戒されるくらいなら、例え可能性は低くても敵対しないで済む取引でも出来ないかと思っていた。

 取引が出来なくても相手の所属や情報が何かしらでも拾えたら、とも考えていたのだが、何かが妙だった。

 確かにアトラ達を観察している節はある。新しい名を付けて他国に渡っている事といい、隙の無い身のこなしといい、少なくとも特殊な訓練を受けているのは確かだ。

 だがそうした裏の人間が持つ、独特のぴりぴりとした空気が感じられない。

 だとすればこの人物はそれだけの『何か』を備えているということになる。

 僅かな情報も見逃すまいと、アトラは細めた。


(……仕掛けは見つけたけど、本当にそれだけか? いや、ここは踏み込んでみた反応で見極めればいいか)


 例え何かがあってもミリルと共にこの場から逃げ果せるだけの自信はある。ならばあえて現状を動かすための一石を投じるのも手だ。


「確かにそうですね。知らない”お兄さん”についてくるのは間違いだったかもしれません」

「あら」


 ジルベルトとミリルが驚いた顔をする。

 一見中性的で男女の判別がつき辛く、ともすれば女性に見えるがこの人物は間違いなく男だった。

 服に認識を誤魔化す魔法が仕込まれているのを、アトラは見つけていた。

 仕込まれていた魔法は『思考誘導(アセンプション)』。相手に思いこんで貰うことによって、都合の良い解釈をして貰う魔法だ。はっきりとした認識を変える事は出来ないが、曖昧な物事の認識を特定の方向にずらすことができる。

 例えば今回なら、アトラ達にジルベルトという『女性』と話していた、という風に思いこませる。

 情報を得る際に性別が違うだけで集まりは大きく異なる。個人情報は本人から聞けないのであれば、後から調べるしかない。

 だが後になって調べてみてもそんな『女性』は存在しないというわけだ。

 名前の偽証。性別の詐称。これだけでジルベルトという存在の正体は、迷宮の中に隠されたことになる。

 暴き出すにはそれ相応の実力が必要になるだろう。


「なるほど、ね。本当に面白いわ貴方たち」


 しかしアトラの言葉を受けてなお、ジルベルトの纏う雰囲気は変わらなかった。

 正確には変わっていたのだが、アトラ達に対して探りを入れると言うような雰囲気はみじんもなかった。

 むしろ興味深そうに感心する姿は、底の深さを表しているようで逆に怖さを感じる。

 思わず息を呑んだアトラに、ジルベルトは真剣な眼差しを向けた。


「そう警戒しなくても大丈夫よ。最初から貴方たちをどうこうしようなんて思っちゃいないわ。貴方たちが見た目通りじゃないってことはわかってたし。それに私の目的は情報を集めることであって、騒ぎを起こすことじゃないもの」


 言い切るジルベルトには、嘘をついているような後ろめたさは一切感じられなかった。

 密偵などならそれこそ息をするように嘘を吐くが、真っ直ぐに向けられた視線も声色も真剣そのもので嘘をついているとはとても思えない。

 何より、アトラは自らの勘がジルベルトの発言が嘘ではないと感じていた。

 恐らくは話していないことがあるだけで、嘘はついていないのだろう。そう判断を下した。


「……嘘じゃなさそうですね。良いんですか? そんな事を話してしまって」

「別に問題ないでしょう? それとも貴方たちはあたしの敵なのかしら?」

「……いえ、違いますが」

「なら、いいじゃない」


 にこりとジルベルトが笑うと同時に、給仕が注文の品を運んできた。

 並ぶ食事に視線を落としながら、アトラは気づかれないようにため息を吐いた。

 これまでのやり取りで、やはりこの男は一筋縄ではいかない相手だとアトラは再認識した。

 今のやり取りだって、一種の牽制だ。

 本当に敵対しないのであれば、先ほどの発言で変なちょっかいは出せなくなる。

 敵ではないのに下手に手を出してしまえば、余計な敵を作ることになるかもしれないからだ。

 もちろんこれは、暗に迫る物理的な手段を含め妨害に対して跳ね返せるだけの自信がある、ということの表明でもあるだろう。

 実際アトラもミリルもそんな組織に所属していないので、これは意味の無い詮索なのだが、そうした手を打ってきている所からこうしたやり取りに慣れていると感じられた。

 そしていやらしい所は、敵対していない場合、お互いに利用ができる関係が築けるところにある。

 ジルベルトにしてみれば、アトラ達は偽名を使いこの国に入った人物である。

 少なくとも裏に何かあると考えるのが普通で、だからこそその立ち位置を探っていた。

 敵なのか、敵では無いのか。手は組めるのか、組めるとしてどこまで協力できるか。そうしたライン引きを今、しようとしている。

 アトラは内心で舌を巻き、諸手を挙げていた。腹芸だけなら、ジルベルトの方が上手だと既に確信していた。

 だからこれに対してのアトラの答えはというと、


「ならこちらも腹を割って話そう。俺達の目的は観光とちょっとばかりの善行だ」

「……は?」

「だから観光と偽善が目的でこの国に来ている。偽名を使っているのは、目立ちたく無いからだ」


 という、ぶっちゃけトークだった。

 流石に予想外の答えが返ってきたからか、ジルベルトは間の抜けた表情をさらしてまじまじとアトラ達を見た後、声を殺して笑い出した。


「ふっ、くくっ……っふ、あはははっ、ふふっ、ふぅ、ふ~……くるし。ごめんなさいね。まさか、こんな答えが返ってくるとは予想してなかったから」

「言っておくが嘘は言ってないぞ」

「普通なら信じられない言葉だけれど……いいわ。君の言う事なら信じましょうか。少なくとも私と敵対はしない。お互いちょっと位なら手が取り合えるってことでいいかしら?」

「……面倒事はごめんだけどな」

「あら、この国で偽善を振舞うつもりなら面倒事は切っても切れないでしょうに」


 そう言って笑うジルベルトの肩からは、すっかり力が抜けていた。

 油断しているというわけでは無いが、どうやら敵ではないということは伝わったのだと考え、アトラはようやく運ばれてきていたステーキにナイフを入れた。

 それ以降は店内に流れる音楽のように穏やかに食事が進み、お互いが食後の飲み物に手を付ける。


「……さて、本当はこんな提案するつもりじゃなかったんだけどね。二人が良かったら、これから暫く一緒に行動しないかしら?」

「……目的地と理由は?」

「目的地は首都ランバルト。協力者は多いほうが良いし、何より目を欺けるもの」


 ジルベルトからのあけすけな提案にアトラは頭を悩ました。

 特に目的地があるわけでは無いアトラたちに取って、向かう場所はさして問題では無い。

 問題があるとすれば、必要以上に耳目を集める事だ。

 このジルベルトの事を信用するかどうかはこの際置いておくとして、一緒に行動するメリットとデメリットを考える。

 メリットとしては、彼の言うように子供二人旅ではなくなる事で注目度が下がること。情報収集専門と言うならばその腕前にも期待できるだろう。

 デメリットはアトラとミリルの特異性が知られる事。場合によってはいらないちょっかいがかけられるかも知れないことだろうか。

 特異性に関しては既に一端は知られているだろうし、偽名を使って国を跨いだ以上多少ばれても問題はない。後者のいらないちょっかいに関しては、少なくとも暫くはないだろう。

 ジルベルトがどういった組織の人間かはわからないが、それなりに力がある所だろうと予想できる。

 客観的に見た場合、アトラとミリルはどこかの手の者で、しかも酔っているとはいえ大の大人を地に伏せるだけの実力を持っていることになる。

 そんな相手に変に手を出して敵に回したり、他の組織に協力されたりするのは嫌うはずだ。

 よほどの阿呆でもなければアトラ達の人となりを見極め、交渉材料を用意するくらいには頭を働かせてくるだろう。

 ちらりと横目にミリルを窺えば、緊張した様子もなく頷きが返ってきた。ただ普段は黙って成り行きを見ていたのに対し、今回は耳元に口を寄せ小声で話しかけてきた。


「私はどちらでも大丈夫です。それに私の意見を言わせて貰えるなら、ジルベルトさんは大丈夫な人だと思います」

「……へぇ。と言うと?」

「なんとなくですが……先生と雰囲気が似ています」


 言われて再度ジルベルトを眺めてみる。見た目はまったくもって似ていない。

 だがミリルが言わんとしていることはわかった。警戒や疑いがないわけではない。今もアトラとミリルの小声のやり取りをじっと観察している。

 それでも嫌悪感や警戒心が沸き辛いのは、あの視線の所為だ。

 一度それに気がついてしまうと、アトラとしてはむず痒くなってくる。

 それは思わず居心地悪くなる、何かを見守るような視線だった。

 確かにその眼差しは、マグノリア院長が子供を見守るときの視線に似ていた。

 特に、マグノリアがアトラを見ていた時の視線にそっくりだった。


「……はぁ」


 毒気が抜かれて、アトラは大きく息を吐いた。

 目の前の女男は少なくとも悪人ではないと思えた。今はそれでいいとアトラは思う。

 悪人でないのなら、こうしたやり取りを覚えるのに丁度いい。特にミリルにはこうした経験が少ないし、良い機会だと思うことにしよう。

 それに最悪の場合は自分が物理的に対処すればいいのだ。

 そう考えてアトラはジルベルトへ真っ直ぐ向き直った。


「良い観光名所の紹介を期待してる」

「あたしも始めて行く場所なんだけど……まぁ、いいわ。良い所があったら教えてあげるわ」


 ジルベルトが苦笑と共に手を差し出す。アトラはしっかりとその手を握り返した。


ひとまず一通りの背景的な何かが決まったので更新。

でも、プロットとか書いてても、よく変な方向にそれたりする不思議。構成力の甘さが際立ってますね。


新キャラジルベルトさん登場。アトラとのやりとりのシーンは苦労しました。

貴族が絡んだり、政治が絡んだり、組織が絡んだりした複雑なやり取りというのは、考えるだけで頭がパンクしそうになります。

実際キャパシティを軽く超えてそうで、みょうちくりんなことを書かないか心配。

何か良い構成の仕方や、物語に使えそうなそうしたやり取りの案とかあったら教えて欲しいくらいです。


ここまで読んでくださりありがとうございます

感想・意見などありましたらいただけると幸いです。はげみになります。


次回更新>背景はできましたが、これから書く形になります。また、リアル面で忙しくなってくるので、更新頻度がまちまちになったり、間隔が開くことになるかと思いますが、よろしければまた読んでいただければと思います


2014/11/23

ミリルの台詞 院長先生→先生 に変更


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