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第二十一話 ずるして再会

 特に問題も無くランバルト共和国入りしたアトラとミリルは、一先ず玄関口である国境都市ディセンブで宿を取った。

 思ったよりも早く入れたのは、荷物が少なかったからだろう。

 流石に国境を超える為のチェックは厳重に行われた。所持しているものは基本的に全て調べられ、ボディーチェックも受ける形になる。

 他に身分証の提示と入国理由の確認をして、入国に伴う書類にサインをしてようやく国境越えとなる。

 荷物が多ければそれだけ確認に時間が掛かるため、入出国に手間取る事になるのだが、事前にそれらの事がわかっていた為、必要最低限を残して魔法の空間収納(アイテムボックス)にしまっていた。

 今は宿に辿り付いて、しまっていた道具を元通り戻していた。


「カナンの街でも思いましたが、こちらの街も騒がしいですね」

「まぁ、国境沿いだからな。騒がしいのは嫌いか?」

「いえ、嫌いじゃないんですけど、どうしてもあっちこっち気になっちゃって」


 照れ笑いを浮かべるミリルの様子を微笑ましく眺めながら、アトラはミリルに幾つかの装飾品や道具を渡す。

 どれもキャラバンにいる間に作った使い捨ての魔道具だ。

 魔法自体はきちんと発動するものの、材質の耐久度の問題で一度、耐えたとしても数回の使用で壊れる。

 とは言っても魔力を通すだけで発動できるので、咄嗟の選択肢としては十分使えるだろう。


「ここから先はまったく別の国だからな。備えはしておこう。武器も本来の物を持って歩くぞ」

「そこまで危ないんですか?」

「んー、どうだろうな。集めた情報が正しければ何事も無ければ必要ないんだけど」


 貿易国家と呼ばれるランバルド共和国は、非常に歴史の浅い国だ。

 独立が認められたのは凡そ百五十年前。前回の百鬼夜行(カオスパレード)が起きてから約二十年後の事だ。

 アデン王国との国境沿いと言うことは、魔物の溢れる未開発区域にも近いということを意味しており、前回の百鬼夜行でこの辺り一帯は大きな襲撃を受けたそうだ。

 当時この地を治めていたランバルド辺境伯は、迫り来る魔物の軍勢を前に死を覚悟したとのこと。しかし実際の所はその命を失うことは無く、大きな被害は出たものの魔物の軍勢を退ける事に成功していた。

 その際もっとも活躍したのが、獣人・亜人の混合部隊だったそうだ。

 彼らはこの百鬼夜行の混乱に紛れ、アデン王国に亡命する事を願っていた者たちだった。

 彼らは彼らの理由があり、その場を乗り切らなければならなかった。それがたまたまランバルド領を救うことになっただけだった。

 しかしそんな彼らの行動に心打たれたものはそれなりにいたのだろう。また、この区域を抜かれた後の事を考えた中央側が、この地を見放して防衛ラインを築いていたのも大きかった。

 そうした出来事の結果が、ランバルト伯を中心に獣人や亜人に救われた貴族などが集まり出来上がったこの国だ。

 そんな成り行きがあったからこそ、この国は多種族との取引も盛んに行われる貿易国家となったのだ。

 流石に国家を代表するものの中に人間族以外はいなかったり、一部の貴族は未だに他種族に対して嫌悪感を露にする者もいたりするが、アデン以外では始めての多種族を受け入れた国家だ。

 お陰で少しずつではあるが、種族間の交流も持たれているそうだ。


「まぁ、そんなわけだからこの国は歴史のある国が持つ、過去に裏打ちされた兵力が無いんだ。一応作られてはいるけれど、共和国ってことで軍を動かすには選ばれた代表者過半数の賛成が必要とか色々面倒みたいでね。そんなわけで近々起こる魔物の暴走に備えて傭兵や冒険者を雇い入れてるんだよ」


 そうした流れ者が集まれば、少なからず治安は悪化する。多種族が入り乱れるとなれば尚更だろう。

 これがこの街に来るまでにアトラが調べ上げた情報だった。

 クラン栄光の炎(グランドフレイム)の面々のお守りをかいくぐってこうした情報を集めるのは、アトラに取って中々に難易度の高いミッションだった。

 他にも幾つかきな臭い情報も聞きかじったりしたが、こちらは確証もないので今は一端置いてある。


「つまり、柄の悪い人たちに絡まれるかも知れないって事ですね」

「そういうこと。ミリルなら問題ないと思うけど、一応用心しようと思ってね」

「わかりました。もしもの時は折角なので、エクレールさんに教わった護身術でも試してみますね」


 ぐっと両手を握って意気込むミリルを珍しげに眺めたアトラは、一瞬呆けた後にすぐさま柔らかい微笑を浮かべた。


「いつの間にそんなのを習ったんだ?」

「兄様がロイドさんやミランさんと森に入ったりしている時です」


 思い出しながらそう話すミリルを前に、アトラは少しだけ感動を覚えていた。

 ミリルは決して人付き合いの良い方ではない。今までアトラの後ろに控えていることが多かったのだが、この街に来るまでに多くの人と話し、触れる事で少しずつ成長していた。

 逆に言えばそれは雛が巣立つために羽ばたきの練習を始めるようなものなので、アトラは少しだけ寂しくも感じてはいた。

 だからだろうか、気づいたら声をかけていた。


「よっし! それじゃ街の散策がてらご飯食べに行こう」


 そう言ってアトラが手を差し出すと、ミリルは数度瞬きした後笑顔でその手を取った。



 国境都市ディセンブは、一言で言ってしまえば頑丈そうな街並みだった。

 外壁のすぐ傍に馬車が通れる大きな道があるのだが、それとは別に人が歩くための歩道が街側にある。

 そして丁度大人の腰より少し高さくらいの小さな壁が、途切れ途切れに設置されていて、馬車の通り道と歩道を隔てていた。

 先代の世界にあったガードレールのような感じだが、これは戦時下に利用される遮蔽物なのだろう。所々で途切れているのは、そこに後付けで何かを設置する為だ。

 それがバリスタのような固定兵器か、それとも全身を隠せるだけの壁かはわからないが、戦時下を見越して街が作られている。

 それ以外にも立ち並ぶ民家自体も石造りで丈夫そうだし、良く見ると屋上の角や路地の角に鉄製のフックのようなものが埋め込まれている。

 丈夫なネットでも引っ掛ければ、ちょっとした時間稼ぎくらいは出来そうだ。

 ではそんな何かとの防衛線を見越した街の雰囲気は物々しかったりするのか、と言えばそんな事はない。

 事前に得ていた情報どおり傭兵や冒険者の姿が多く見られるが、そんな客相手に逞しい商売をする人ばかりだ。

 冒険者の街エルカスタと良く似た雰囲気と言えばわかりやすいだろう。こうしたやり取りが日常になっているのだ。


「面白くて、良い街だな」

「そうですね……あれ? なんか良い匂いが」

「お、ほんとだ。向こうからだな!」


 街の雰囲気を楽しみながら歩いていると、どこからかソースが焦げるような香ばしい匂いが漂ってきた。

 匂いに釣られて思わず足がそっちの方向に向く。

 どうやら角を曲がった先に匂いの元はあるらしく、二人して足早に曲がり角を曲がった。

 街の観光と空腹にはたまらない匂いの所為で若干油断していたのかもしれない。

 飛び出した瞬間出会い頭にぶつかりそうになって、アトラは咄嗟にミリルを抱き寄せて回避行動をとる。

 だがほんの僅か反応が遅れ避けきれず残っていた足に相手が引っかかって盛大に転がった。

 見ようによっては足を引っ掛けて転ばせたと見れなくも無い状態だ。

 転がったのは丸太のような腕と体に、でっぷりとした脂肪を腹に蓄えた男だった。

 装備の具合から冒険者であるとわかる。が、その顔は赤く、昼間だと言うのに随分と酔っているように見えた。


「あー……どこに目ぇ付けてんだガキがぁ。俺様の邪魔すんらねーよ!」


 呂律の回らない口で、男は責任を全てアトラ達に押し付けた。

 実際アトラ自身、美味しそうな匂いに注意が逸れていたのと、敵意が無かったことで気を抜いていたという自覚はあった。

 とは言え、曲がり角で出会い頭の衝突など一方に非があるわけはなく、むしろ酔って反応すら出来なかった男に責任を問われる筋合いは無いだろう。

 そうは思うのだが、ふらつきながら立ち上がる男の赤ら顔を見て話が通じないだろうとアトラは判断した。


「……すみません。急いでいたもので」


 なので大人の対応で去ろうと思ったのだが、その態度が気に食わなかったのか男は唾を飛ばしながら大声を上げた。


「謝ってすむ問題じゃねーだろーがよぉ! わりぃと思ってんなら、酒の一杯もおごるか、いっぱつなぐらせろぃ」


 本人に自覚があるかはどうかとして、アトラは見た目子供である。

 そんな子供に対して、こうした無茶な要求をする時点で正常な思考能力が残っていないというのは丸わかりだろう。

 適当に投げ飛ばして気絶させても問題にはならないだろうが、この手の相手をするのは非常に疲れる。


(こういう手合いはまともに相手せずにさっさと逃げるほうがいいかな)


 とそう判断して踵を返そうとしたのだが、予想外の所から待ったが掛かった。


「あの、兄様、良いですか?」

「……ミリル?」

「さっきお話した護身術、試してみたいんですが」

「あー、エクレールに教わったっていう奴か」

「そうです」


 そういえばそんな事を言っていたな、と思いだした後、アトラはミリルと男を見比べた。

 改めて見てみたが、例え酔っていなくてもミリルが勝つと断言できた。

 聞きかじった護身術の練習と言うのなら丁度良い相手なのかもしれない。相手が可哀相だとか言う感情は絡んできている時点で沸かなかった。


「いいよ、やってごらん」


 それに正直どんな事を教わったのか興味もあった。

 現役冒険者が教えた護身術。実際に見てみる事で、勉強になる事があるかもしれない。

 そんな軽い判断で許可を出したのだが、それが予想外の展開になるとはアトラも思っていなかった。

 アトラの返事を受けて、ミリルは気合十分でアトラに背負っていた槍を手渡した。どうやらその護身術とやらは素手で行うものらしい。

 思いのほかしっかりした護身術なのかとこの時点でアトラは感心した。

 スッ、と男に向かってミリルが戦闘モードに移行した瞬間、周囲の空気が変わる。

 流石に酔っていても冒険者と言った所だろうか。その雰囲気に僅かに酔いが覚めたのか、僅かにうろたえた様子を見せる。

 しかし全てが遅かった。

 その時には既に、ミリルはすうっと大きく息を吸い込んでおり、今まさにそれを一気に解き放った。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 悲鳴を上げた。と言うよりは最早咆哮だった。

 しかも魔力で声を増幅しているのか、この距離だと物理的な影響さえ発生している。

 びりびりと空気を振るわせる大声に、周囲の人々が何事かと振り返った。

 そんな衝撃すら伴った声の直撃を受けた男は耳を押さえて後ずさる。そこに飛び上がったミリルの追撃が迫った。

 高速で振るわれる平手が男の顔面を捉える。


「ぎゃっ!」


 血飛沫が飛び、男が叫び声を上げて仰け反る。

 だが追撃はそこで終わらない。仰け反った体をその場に縫い付けるように、ミリル身体強化を発動して着地と同時に相手の足の甲を踏み砕いた。

 痛みすら感じる間もなく与えられたその衝撃だけで、本能的に恐怖を覚えた男に向かって残る足が思いきり振り上げられる。


「「「っっっっ!」」」


 声になら無い悲鳴が重なった。

 蹴られた当人だけでなく、現場を目撃した複数の人の叫びだった。もしかするとアトラもその中に含まれていたかもしれない。

 その光景を見ていた全ての男の顔から一瞬にして血の気が引いた。男だけでなく女でさえ、戦慄を覚えざるを得なかった。

 ぷちっ、だとかバシン、だとか、そんなちゃちな擬音では断じて無いだろう。ドグシャァッ、とかドゴォッ、だとかそういった擬音が相応しい恐ろしい一撃だった。

 そんな一撃が、片足を地面に縫い付けられて威力を逃がすことすら出来ずに叩きこまれたのだ。

 ……再起不能だろう。何が、とは言わないが。

 男は叫び声を上げることなく、泡を吹いて地面に倒れ伏した。一応びくんびくん痙攣しているから、生きてはいる。

 生きてはいるが、その姿は哀れみを通り越して逆に良くぞ生きていたと感心してしまうくらいだ。

 気がつけば、先ほどまで騒がしかったこの一角から全ての声が消失していた。

 街のざわめきをどこか遠くに感じながら眉間にしわを寄せるアトラに、ミリルは満面の笑みで振り返った。


「どうでしたかっ? 兄様っ」


 アトラは天を仰ぐ。


(もうね、なんて言ったら良いかわかんないよミリル)


 とは言え、一応確認して置かねばならない。アトラはこっそり男に回復魔法をかけながら勇気を持ってミリルを問い質した。


「なぁ、ミリル。さっきの護身術、エクレールはなんて説明してた?」

「兄様も興味を持つなんて、やっぱり有用な手段なんですねっ」


 確かに有用だろう。現に一人の人間を地に伏したのだから、それは間違い無い。

 だが今はその笑顔と無邪気さが恨めしい、とアトラは思った。


「えっとですね、エクレールさんはまず絡まれたら大きな声を上げて注意を引くんだって言ってました。これは相手の気を逸らすんですよね? 折角なので大きな声にするために魔力を込めてみたんですが、上手く行きました!」


 うん、その結果物理的な衝撃も発生してたね、とアトラは頷く。

 実際の所は耳目を集め、絡んできた相手が逃げ出すか助けが入るのを期待する行動だろう。間違っても咆哮を叩き付けて相手を怯ませる行為では無い。


「次は出来れば相手の目の辺りを引っかく。出来なければ思いきり相手の足を踏むって言ってました。視界か足を奪えって事ですね。折角なのでどっちもやってみました」


 そう言って笑うミリルの指先は氷で作った爪が作られている。

 魔法で生み出された物質は、魔力が注がれる限り強度が増す。ミリルの生み出した氷なら、おそらく鉄並みに強度があったことだろう。


(そりゃ皮膚も裂けるわ。血飛沫上がったのはそれが理由かっ)


「それから、相手が男の人だったら股間を蹴り上げれば動けなくなるって言ってました! 全部本当でしたよ、兄様!」

「あー、うん。まぁ、確かにそうだな。合理的っていうか、相手の弱い部分を的確に潰しに掛かってるというか……教育方針間違えたかなぁ」


 アトラは始めてミリルに対しての教育に後悔を覚えていた。

 エクレールの教えは間違っていない。力の無い女性や子供が自分の身を守る手段としては、適当なものだろう。

 だけど、悲しきかな実行したのはミリルだ。アトラが手塩に育てたチート存在が、力の弱いものが咄嗟に使う護身術をアレンジして使えば、最早ただの殺人コンバットだろう。

 思い返してみれば、保健体育の分野に関してはまだ早いと濁してしか教えてなかったから、男の人体急所の仕組みも何も教えていない。急所を狙うとか暴力行為とかに関してはこの世界で生きていくには躊躇していられない。敵対する相手には理由が無い限りは手を抜かずに倒しきるようにも教えている。

 どれもミリル自身のことを考えれば間違った教えでは無い筈だ。

 だけど、今あるミリルは間違いなくアトラが原因だった。


(いや、こんな殺人コンボを教えたエクレールさんが悪いんだ。きっとそうだ)


 結局全てを他人の所為にして、アトラはミリルに一連の殺戮コンボを本当に危険な時以外封印するように言い渡した。

 これも世の為人の為だ。

 しかしそんな善行を積んだアトラに対して、まだ予想外の出来事が降りかかってくる。


「……急に静かになったから何事かと思ったけれど、思いがけない出会いがあったものね」


 明らかに残念そうにするミリルをアトラがなだめている所に後ろから声が掛かった。

 振り返った先で、男とも女とも判別のつかない人物が立っていた。


「こんなところで会うなんて奇遇ね。良かったらあたしとお茶でもしないかしら?」


 声をかけてきたのは、名付けの時待合室にいた人物だった。




ちまちま書き貯めてようやく更新。ぶわぁっと一気に書けるだけの力が欲しいっ

ちょっと勢いだけで書いてしまった部分があるので、おかしな部分などありましたら教えていただけると幸いです


本編にて

アトラだけでなく、周りにも視点を向けて行こうとした結果ミリルさんがナチュラルキラーに……。しかも脳筋じゃないだけに質が悪いですね。

でもその分キャラとしての魅力は出てきたんじゃ無いかなぁ(遠い目)

ここから頑張って巻き返して可愛いキャラに変えていけたらいいなと思います


ここまで読んでくださりありがとうございます

意見・感想などありましたらよろしくお願いします


次回は新キャラ登場って事もあって、少し話の流れを見直してからになるので遅くなるかもしれません

まぁ、筆が走って一気に書ける事もあるので安定の未定ってことでお願いします


2014/11/16

久々にアクセス解析覗いてみたら凄い結果が!

150万PVに30万ユニーク突破しておりました。予想以上の方に見ていただいていたのだなぁ、としみじみ思いますね

この場を借りて感謝を! ありがとうございます!


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