第二十話 ずるして国境越え
今回短め
「何のようだ」
酒場、二本の剣の裏手から中に入ると、用心棒と思わしき者から声が掛かった。
ごつい鎧を身に纏った威圧感を放つ男と、線は細いものの隙の無い目つきでアトラ達を見回す魔法使いと思わしき男の二人組みだった。
その重心の位置と視線、気配からそれなりに強いのだろうと判断できる。少なくともクラン栄光の炎の面々と渡り合える位の実力はありそうだ。
アトラは若干怯えるふりをしながら、酒場で受け取ったコースターを差し出した。
「あの、これを渡せばって」
「あん?」
凄みながら鎧の男がアトラの手から木製のコースターを引ったくる。
そのまま視線を細め、コースターの一点を見つめると、それをもう一人の男に渡した。
魔法使いの男も確認が済んだのか、一つ頷いて通路の壁を弄る。壁がスライドして隠し階段がそこに現れた。
「手続きは二階だ。金額は一人十万。無いなら去れ」
抑揚の乏しい話し口調で魔法使いが階段を示す。
アトラとミリルはぺこりと頭を下げると、そそくさと階段を上がって行った。
人一人がようやく通れるような細く急な階段を上った先の扉を開くと、一つの待合室のような場所に出た。
小さな小部屋で、左右に椅子が並んでおり、椅子に数字が刻まれている。
おそらく順番待ちなのだろう。アトラ達の前には男の獣人と、男とも女ともつかない中性的な人間が座っていた。
一瞬入ってきたアトラ達に視線を向けるも、すぐに興味を失ったようで二人とも視線を外す。当然のように会話は無い。
アトラは特に気にした様子もなく、ミリルは若干息苦しさを感じながら数字の刻まれた椅子に腰掛けた。
座ってからすぐに扉の奥から声が掛かり、獣人の男が扉の向こうへと姿を消した。
座る場所を一つずつずらし、待つこと十分程度でアトラ達の前にいた人物も呼ばれた。
どうやらそこまで時間が掛かるものでもないらしい。
最初は順番待ちが発生するほど亡命者が多いのかとも思ったが、たまたま来た時間帯が被っただけのようだ。
今度は五分ほどで声が掛かり、アトラとミリルは一緒に扉を開けて奥に進んだ。
扉の向こう側は至って普通の部屋で、ベッドに棚、テーブルに椅子と言った宿屋の一室と言った感じだ。後ろ手に閉めた扉を振り返って見れば、物置の扉に偽装されている。
正面と左手に扉があり、左手の扉の前に、怪しげな占い師のように全身をヒラヒラとした布で覆った何者かがいた。
顔も体格もしっかりと纏っている布で隠れている所為で性別すらわからない。
唯一隙間から覗いている双眸が鋭くアトラとミリルを見据えている。
「……二人、一緒か?」
聞こえてきた声はしわがれた声で、男なのか、喉の潰れた女なのかわからない声色だった。ここまでで得られたのは目元と声色から見て、少なくとも若くは無いということだけだ。
「ああ。二人一緒だ。金も用意してある」
「……ついてこい」
通された部屋は先ほどの部屋と似通った作りの部屋だった。
唯一違うとすれば、大きな執務机が置いてあることか。その所為で違和感があるが、深く気にしないほうが良いだろう。
「幾つか、先に確認しておく。ここを出た後、お前達は、ここを知らない。問題は起きない。ただただ、埋没するように、普通の日々を過ごす。間違いないな?」
「もちろんだ。ここはただの酒場だし、俺たちはこの国で問題を起こさない。平穏無事でいられるように過ごすよ」
「……いいだろう。それでは、君たちの『名前』を。もし忘れて、思い出したいなら、そっちの棚に、色々と、参考になりそうな本を、用意してある」
アトラの返答を聞いて名付け人は執務机に向かって座ると懐から二枚の紙を取り出した。
机に広げられたそれは、どう見ても領発行の身分証にしか見えない。唯一、個人名を記載する場所だけが空白だった。
おそらく呼ばれるまでの時間に差があったのは、この名前をどうするかで迷った時間が大きいのだろう。確かにこれから一生付き合うことになるかも知れない名前なのだから、変な名前は付けられない。
とは言えアトラ達はここに来るまでに既に名前は決めてある。アトラとミリルははっきりとその身分証に記載される名前を口にする。
「アルフレッド」
「ミリヤ」
偽名は、ミリルは元々の名前に近い形になるように。アトラは同じく始まりの音が同じで、人の国でも珍しくない名前、と言う事でそれぞれ決めた。
名付け人は名の綴りを確認し、空白だった名前を埋めていく。
最後に三つ折にされたその身分証が、お金と引き換えにアトラ達に手渡された。
「その扉を出て、左手の階段を下りれば、酒場のバックヤードにでる。そこから、隣の倉庫に、抜ける道がある」
名付け人の言葉に頷いて、アトラとミリルは言われた通りに部屋を後にし、隣接する倉庫から外に出た。
そのまま二人は誰にも見られること無く、その場を後にした。
その後すぐに二人は新しく手に入れた名前を使い、国境を超える準備を整えに動く。
以前購入しておいた、貴族然とした衣服に身を包み、今まで買うのを控えていた魔道具などの高級品を主に買い集めた。
水を生み出す魔道具や、魔物避けの結界を張る魔道具はともかく、戦闘目的の攻撃的なものや、捉えた魔物を封じる拘束の魔道具などの購入は、アデン王国内では身分証が必要だったので今まで買うのを先延ばしにしていたものだ。
他にも魔法薬の材料や貴金属の類、幾つかの鉱物や金属、銀塊を十キロほど購入する。
大半はアトラの空間収納の魔法でしまうが、一部はそれぞれの魔道具に納めておいた。
「随分一気に買いましたけど、お金は大丈夫ですか?」
「んー、ぶっちゃけ今までの所持金から考えるとかなり心もとないかな。それでも数ヶ月は遊んで暮らせるくらいはあるし、魔物素材はまだまだあるからその辺り売ればなんとでもなるよ」
ミリルの心配通り所持金は大分目減りして来ていたが、アトラは大して気にした風でもなく言葉を返した。
何しろ魔物素材以外にも、先代の知識を探れば金策の一つや二つ転がっているのだ。
魔法薬を作って売るだけでもかなりの収入になるだろうし、本人は未だ気づいていないが魔道具を作って売ればそれだけで一生安泰と言えるだけの稼ぎになる。
ミリルにしても、アトラから引き継いだ知識や類まれなる才能があるのだから、やろうと思えば宮仕えだって可能だろう。
こと金銭面に関してこの二人は心配するのが馬鹿らしいほど優秀だった。惜しむらくは、世間知らずというべき部分だろうか。
ここ数ヶ月で大分マシになってはいるが、まだ二人とも常識が足りていない。
その証拠に、十二歳の子供が大金をぽんぽん使って目立たないはずが無く、脛に傷持つ奴らが哀れにも二人をターゲットに尾行を開始していた。
それもごろつきが二、三人というわけではなく、それなりに規模がでかく荒事も厭わないで引ったくりやスリやらを行う集団だ。
そんな犠牲者たちが誘蛾灯に誘われるかのように襲い掛かり、返り討ちにあうまで、後僅か。
結果、アトラ達は最後の最後でカナンの街で大立ち回りすることになり、逃げるように姿を眩ませた。
もちろんその犯罪者たちは少なくない被害を被り、大半が捕まるという事態に解散する事になった。
そしてその三日後。アデン王国に隣接する人間の国、通称『貿易国家』ランバルト共和国に二人の姿はあった。
ここを区切りに第二章を終了として第三章に変更しようと思います
ちなみに二人の偽名ですが、最後まで『コーメイ』と『ゲツエイ』が候補にありました。ただ、そうなると必ずネタを挟む必要があり、自分のギャグセンスの無さに自覚があったので泣く泣く諦める事にしました
要所要所で偉大なる先人様や、名作からネタなどを拝借して上手く使えたらなぁって思います
後、心に響く名言とかも使って見たいですね。漫画やラノベだからって思って流しては勿体無い深い名言や感動する言葉って言うのは素晴らしいもんです
ここまで読んでいただきありがとうございました
感想などありましたらよろしくお願いします!
次回更新はちょっと間隔開いてしまうかと思いますが、よろしくお願いします




