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第十九話 ずるして事前準備

 アトラたちの居るキャラバンは、最後の峠越えも問題なく超えて目的地である国境沿いの街カナンにたどり着いた。

 街と呼ぶには栄えていて最早都市と呼んだほうが適切な位の発展した場所となっている。

 建物も石造りのものだけでなく、染められた木材によって建てられた家々も並んでいて王都に比べても劣らないほどに色彩に溢れている。

 アデン国の入り口とも言えるだけに多種多様な種族の町民があちこちを行き交っている。

 そんな街中をアトラとミリルは歩いていた。

 既にレイバンやクラン栄光の炎(グランドフレイム)の面々とは別れていた。

 去り際、ロイドからクランに来ないかと誘われたけれど、それは断った。

 皆気が良く親切だし、今のアトラたちには無い信用と立ち位置があったが、アトラの目的や異質さを考えると頷くわけには行かなかった。

 少なくとも国境を跨ぐまではおとなしくしていたほうが賢明なのだ。

 残念そうに眉根を下げる彼らには申し訳なく思ったが、譲ってはいけない部分だろう。

 断ったのにも関わらず、困った事があれば力になると言ってくれたのには感謝だ。

 それに、乗せて来てくれただけでもありがたいのに、センリュウで余計に仕入れた事になる物品を売りさばいた売り上げの一部を、取り分としてアトラたちに押し付けたレイバンにも感謝せねばなるまい。

 押し付けられた袋を後で確認した所、百万リルという子供にぽんと渡すとは思えない金額が入っていた。加えてこの街でもそれなりに大きな商会への紹介状となるカードが一枚入っている。

 商人にとってコネとは値段に出来ないものだろう。少し融通してくれる、程度の事だろうが、こうした紹介状と言うのはありがたい。

 この一ヶ月思った事だったが、見た目に反してお人好しな男だった。


「それで、これからどうするんですか兄様」

「とりあえず情報集めつつ買い物かな。何か欲しいものとかってある?」

「とくには。ただ、後で街を回って見たいです」

「わかった。後でと言わず今から一緒に見て回ろう」


 そうアトラが言うと、ミリルは嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべた。

 上機嫌に街を歩くミリルに付き合い、アトラも一緒に街を見て回る。

 国境沿いと言う事もあり、隣国の品も多く、珍しい品物が目立つ。中には獣人族しか使わない特殊な塗料や、妖精族(言葉通り妖精やエルフ、セイレーンなど)しか作らない酒なども並んでいた。

 そうした物珍しいものに興味を持ったミリルにアトラは説明をしつつ、ついつい調子に乗って色々と買い込んだ。


「この塗料はスティグルと言って、獣人族では祝い事なんかの時に体や顔にペイントするのに使うんだ。模様によって意味が変わったりして、中には戦化粧として使われる模様もある」

「こちらは?」

「それは聖果樹の雫っていうお酒だね。エルフが聖なる果実として好んでいるアプルムっていう果実があるんだけど、それを特殊な方法で精製して作ったお酒だよ。度数が高い割りに甘くて口当たりがいいから、もしも飲む機会があったら注意しないといけないお酒代表だね」

「……甘い、お酒」


 ごくり、と喉を鳴らすミリルに苦笑しつつ、アトラは購入した聖果樹の雫を鞄に入れるふりをして空間収納でしまう。

 ミリルはアトラの教育の所為か、思っていたより好奇心が旺盛である。

 それに娯楽の少ないこの世界では、食欲に関するものに興味を惹かれても仕方ないだろう。アトラの話を聞いたり、手料理を食べてきた事もあり、こうしたものには他のもの以上に食いつきが良かったりする。


「飲むにはまだ早いよ。一応この国でも法律で成人してからって決まってるんだから」

「……後四年。長く感じます」

「成人したら、一緒に飲もうよ。それまでは俺も飲まないで我慢するから」


 この世界の法律でも成人するまでは飲まないのが決まりだ。とは言え十五歳で飲めるので、アトラは後三年で飲んでも誰にも文句を言われなくなる。

 先代が思いの外酒好きで美味そうに飲んでいた記憶があるだけに、アトラも強い興味が引かれるがそこは可愛い妹のため、とぐっと我慢だ。


「さて、それじゃそろそろ本来の目的のほうも始めようか」


 アトラは未練を断ち切るように宣言して、ローブのフードを被る。買い物がメインになっていたが、さりげなく情報収集は行っていたのだ。

 ミリルも真似するようにフードを目深に被り、頷いてアトラの後ろを歩く。

 向かうのは街外れにある酒場で、しかも通りの裏手にあるような寂れた所だ。

 傾いた看板をぶら下げた酒場に入ると、いかにもと言った感じのガラの悪い輩が無遠慮な視線をアトラたちに向けた。真昼間に、何をするでもなくこんな場所で酒を飲む人間など、碌なものでは無いだろう。

 軽く一瞥しただけでアトラは周りの連中を無視してカウンターに居るごつい店主の下へと向かった。


「……聞きたい事がある」


 店主の顔をちらりと見上げてカウンターに一万リル金貨を一枚乗せる。すると腕を組んで様子を見ているだけだった店主の眉がピクリと動く。


「何が聞きてぇんだ? 坊主」


 角ばったいかつい顔の店主はぐっと身を乗り出すとアトラに顔を近づけた。

 品定めをするような鋭い視線を真っ直ぐに見返して、アトラは口を開く。


「『名づけ』をしている所を知りたい」

「ほう、どこで聞いた?」

「どこでもいいだろう? それよりも教えてくれるのか? それともくれないのか?」


 言い返しながらカウンターに置いた金貨を示すと、店主は乗り出していた体を戻し、鼻を鳴らした。


「ふん……仲介が欲しいならもう一万だしな」


 その言葉にアトラは内心でほくそ笑む。一軒目にして、どうやら当たりだったらしい。間違った店に入っていた場合、店をたらい回しにされる可能性もあっただけに運が良い。

 言われるままにもう一枚金貨を支払うと、男は一枚木彫りのコースターを差し出してきた。

 受け取ると、コースターには細かい模様が刻まれており、良く見ると模様の中に文字らしきものが隠されているのが見て取れた。


「そいつを持って東の時計塔の通りにある二本の剣って酒場に裏手から入れ」


 それだけ言うと、店主は受け取った金貨をポケットにしまい、店の奥へと引っ込んで行った。

 話のわかる相手で助かった、とその背中を見送って肩から力を抜いたアトラだったが、背後で動く気配を感じ取ってため息をつく。ミリルの警戒する気配が伝わってくる。

 振り替えれば、店にたむろしていたガラの悪い連中が立ちふさがっていた。

 案の定か、とアトラは肩を落とした。


「悪いけれど急いでるんだ。どいてくれないか?」

「ップ! 聞いたか? おい。どいてくれないか、だってよ」

「笑ってやるなよ、怯えちまうだろぉ? もちろんどいてやるよ。ただなぁ、ここ通るのには通行料がいるんだよ。わかるか? 通行料だ」


 にたにたと笑みを浮かべるのは二人の男だ。一人は無精ひげを生やした短髪の男で腰に短剣を挿している。もう一人の男は髪を鶏冠のように逆立てて顔に刺青を入れている男だ。

 他にも二人ほど仲間と思わしき連中が居るが、そっちは椅子に座ったまま笑っているだけで動くつもりは無いようだ。

 全員筋肉質ではあるものの、アトラから見てそこまで強そうには見えなかった。酔いも回っているのか、足取りもどこか怪しい。

 逆に相手から見てどう見ても子供にしか見えないアトラ達は格好の獲物に映っていることだろう。


「どうしますか? 兄様」

「仕方ない。どけて通ろうか。右側よろしくね」

「わかりました」


 頷いてミリルが歩き出すのを追って、アトラも歩を進める。

 男たちは何を言ってるんだ? といった様子でにやにや笑っているが、すぐにその表情が固まった。

 近づいてくる子供二人に手を伸ばそうと前のめりになった男たちの視界から、その子供の姿が浮遊感と共に一瞬で消えたのだ。

 何が起きた、と言う疑問と浮遊感に本能が恐怖を覚えた次の瞬間、そのまま背中から床に叩きつけられた。

 男たちは何が起きたのかわからなかったようだが、当然アトラとミリルの仕業だった。

 やったことは単純で、それぞれが立ちふさがる男を文字通り放り投げてどかしただけだ。

 ただあまりに予想外だった展開に、四人の男は思考が完全にフリーズしたようだ。

 その間にアトラとミリルは悠々と酒場を後にする。

 酒場には呆然とする男たちだけが取り残されていた。




 酒場を後にしてしばらく、アトラとミリルはフードを被ったまま路地を進んでいた。

 向かう場所は先ほど教えられた二本の剣という酒場。そこで『名づけ』を行うのが目的だ。


「あの、兄様。『名づけ』って何ですか?」

「あー、まぁ、褒められたことじゃないんだけどな?」


 そう前置きをしてからアトラは名づけの説明を行う。

 現在この大陸で自らの種族の縄張りを抜け、亡命をするとすれば、その行き先はほぼ間違いなくアデン王国となっている。

 全ての種族を分け隔てなく受け入れるのはここ位しか無いのだ。

 百年ほど前から人の国でもアデン寄りの国が感化されて受け入れをしているが、未だに迫害や差別は中々減らず、どうしたって長い歴史のあるアデンには及ばない部分が多い。

 とは言えアデン王国としても、全ての亡命者を受け入れられるわけでは無い。犯罪者や何がしかの問題を抱えているかもしれない者がいる以上、亡命を受け入れるかどうかはきちんと判断をしなくてはならないのだ。

 その為通常は亡命者を国境近くの城砦都市まで運び、そこで過去に罪を犯して居ないか、アデン国の法律を守り多種族を差別しないか、などをきちんと調べてから亡命を認めるかを定めるため、どんなに短くとも数ヶ月掛かってしまうという欠点がある。

 経歴が不明の者や、奴隷だったところを逃げ出して来た者にとっては、その期間の間に連れ戻されたり元の国に帰されたり、中には暗殺されたりする事もあるためそうしたものにとっては致命的だと言えよう。

 中でも特に多いパターンの逃亡奴隷などにとっては、そんな悠長な時間審査を待つ事も出来ない。

 あくまで奴隷である以上その利権は主人にあるため、居場所がばれて返還を求められれば国としては応じなくてはならないからだ。

 そうなっては未来がない。

 先代はそんな者たちも出来れば助けたいと考えていた。

 そこで生まれたのが違法ぎりぎりどころかばっちり違法の『名づけ』となっている。

 アデン王国内では、領内に入る時や定住する際などには身分証などを提示するのが普通だ。無くても通れたりするが、その場合は厳しい取調べと安くない手数料を支払う必要があるので、亡命者にとってこれは回避すべき事柄だ。

 では身分を証明出来るものは何があるか。これは大きく分けて二種類存在する。一つはギルドなど信用の置ける機関の証。そしてもう一つはアトラ達もガーネイルの街で得た各領で発行される身分証である。

 そこまで説明したところで、ミリルは眉間にしわを寄せた。


「……まさか」

「そ、偽造証明書だね。領主印もばっちり本物に似せてあって、専門家でもパッと見判断つかない位の。非合法にアデン王国に帰属するための通行手形さ」

「大丈夫なんですか? それ」


 訝しげな表情で問うミリルに、アトラも苦笑を浮かべざるを得ない。


「大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら、大丈夫じゃないんだろうけどね。でも一応対策はされてるんだ」

「対策、ですか?」

「そう、対策。本物の証明書のほうは、印を押す時に特殊な塗料を使って居て、魔力を当てると僅かに発光するんだ。偽者にはそれが無いから、知っている人が見ればすぐにわかる。っと、これ一応国家機密扱いだった筈だから、誰かに言ったらダメだよ?」

「……なんだかいらない知識を教えられた気がします」


 余りにも危険な内容に、ミリルは頬を引きつらせた。世の中知らないことが良い事もあるというのが良くわかる。

 対してアトラは軽いものだ。言わなければ大丈夫、と笑っている。


「他にも対策として各領で戸籍……個人の性別、生まれた年、種族、名前を調べたものが保管されて毎年王宮のほうにも写しが送られているんだ。問題起こして身分証を見られた時、この戸籍に当てはまらない人物だった場合密入国って事で刑が重くなる」


 他にも対策は幾つか施されており、行おうと思えば幾らでも密入国者を炙りだすことが出来るのだが、幸いこの国、並びにこの国の王族には先代の思想が生きているらしく、そうした話は今まで聞いた事が無い。

 その為違法ではあるが問題を起こさない限りは、静かに暮らすことが許されているのだ。

 ばれなきゃ良いの精神である。


「まぁ、そんなわけで一刻も早く身分を隠してこの国で生きていくには、新しい名前をつけるのが手っ取り早いのさ」


 亡命するものの殆どは後が無い上、元々亡命者が多かった国だ。助け合いの精神が根付いているところも多く、居心地が悪くないことが多いため問題を起こすものは少ない。

 そうして受け入れられた亡命者は静かに暮らす為に真面目に働く。それはこの国を発展させる力となる。

 ただ、賊に身を落とすものも当然居るのだが、それは亡命者関係なく落ちるものは落ちるため、ある意味仕方が無いことだろう。

 その為にも盗賊はその場で切り捨てて良いとされているし、定期的に王国騎士団の遠征や冒険者によって狩られる結果となっている。

 いきなり全ては変えられない。種族単位で争っていたところに、誰もが入れる逃げ場を用意しただけでも先代は大した物だろう。

 そう思いながらも、アトラはにやりと口元を歪めた。


「だけど、まぁこれにはもう一つ裏の使い方があって、中から外に出る時にも効力を発揮するんだわ」


 本来はいないはずの個人証明。『名づけ』は後暗い者しか行わないため、その素性まで調べられる事は無い。つまり正体を隠して他国に渡ることが出来るのだ。

 通例なら諜報活動などを行う裏の者が取る手法なのだが、自身の正体を隠せると言うのは大きい。

 存在する筈の無い他人に成りすましていれば、対策の施されていない他国(むこう)でなら多少羽目を外しても問題にならないということなのだ。


「そんなわけだから向こうで名乗る『本名』を考えておくといいよ」

「……はい」


 どんどん知ってはいけない裏事情を聞いてしまったからか、ミリルは珍しく戸惑いながら返事を返したのだった。



いよいよチート共が準備運動を始めたようです。


はい、犯罪行為きました。良い子は真似してはいけないのです。

作中で余り書かれていませんが、アデン以外での種族間の隔たりは割りと極端だったりする予定なので、密入国でも亡命しないと悲惨な運命を辿る方が多いです。

ちなみにギルドで証明書作るには、国を跨ぐ事もあるため少なからず調べられるので亡命者は使いません


しかし偽名どうしましょう……実は名前や地名を付けるのって苦手なんですよね。大体感性と勢いで適当に付けたり、意味を持たせようと無駄に頭をひねったりしながら付けていますが……同じように付けるべきか、アトラに『コーメイ』とか名乗らせてネタに走るか悩みどころです。

いい名前案あったら教えて欲しいです。今回使えなくても新キャラとかに使えそうなので、良さげな名前あったらお願いします


ここまで読んでくださり、ありがとうございます

感想やご指摘ありましたらよろしくお願いします


それでは皆様少し早いですが TRICK or TREAT!


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