第十六話 ずるして旅支度
本日二話目の更新です
それからの一週間は瞬く間に過ぎた。
アルトリアの様子もそれ以降特に変わった事は無く、あちこち街中を見て回ったり、食べ歩きをしたりとエルカスタの街を歩き回った。
約束通りアトラ達の日用や雑貨の買い物の時もアルトリアと周り、大通りにあった腕の良い靴職人の店で丈夫なブーツと街歩き用の靴を買ったりもした。
そしてアルトリアの入学式である今日、アトラ達は養成所入り口で最後の挨拶を済ませていた。
「それじゃ、無理しない程度に頑張れよ」
「ふふっ、そうだな。精々手を抜いて頑張りつつ主席でも目指すことにする」
アトラの激励にそう返事を返しつつ、アルトリアは不適な笑みを浮かべていた。
この一週間で随分と打ち解けたように思う。
何しろ少しでもアルトリアを貴族として扱おうものなら、彼女からすぐさま叱責が飛んできたり、はたまた拗ねたりと大変だったから悪い意味で慣れてしまったというのもあるのだろう。
「本当は二人を見送ってやりたかったのだけどな。帰るのが今日でなければ」
「それは仕方ないさ。それから本当に無理だけはするなよ」
「大丈夫だ。それよりも私としては手紙のやり取りが減ってしまうのが頂けない」
何でも養成所の決まりで手紙を出せるのが月に一度、それも検閲が入るのだそうだ。
恐らく養成所内の情報が外部に漏れないようにする措置なのだろう。十二歳から入れるというだけで、成人後に入るものや国外の者が中にはいるのだから、養成所内のことを外に持ち出すと碌な事にならないはずだ。
それに加えてアトラは先のことを見据えて商人か職人に弟子入りするかもしれないとアルトリアに伝えてあった。
その場合、その時々によって孤児院から長期的に離れることもあるかもしれないため、返事が出せないかもしれないということを伝えていた。
「まったく、数少ない私の楽しみが」
などと唸るアルトリアの背後から、予鈴の鐘が聞こえてきた。
アトラ達同様、周囲で別れを惜しんでいた者達が鐘の音を皮切りに別れて養成所の中の一際大きな建物に向かって歩いていく。
どうやらそろそろ時間切れのようだった。
「時間だな。それじゃまたなアルトリア」
「ああ。絶対また会おうな、二人とも!」
その言葉を最後に、アルトリアは振り向くことなく養成所の中に入っていった。
その背中が見えなくなったところで、ノルデンシュ家御付の騎士が声をかけてきた。
「それではお二人とも、ガーネイルの街まで送らせて頂きます」
「うん、よろしくね」
途中まで、と心の中で付け加えて、アトラは騎士の背を追って歩き始めた。
養成所正門前の大通りを抜け、街外れに待機させていた馬車に乗り込む。親切なことに平民である二人に対して護衛二人付け、更に馬車で送ってくれるという話だ。
帰途のルートとしては来た時の逆で、ここからノルデンシュ領を経由して安全第一でガーネイルの街まで戻る予定だ。
しかしアトラ達は既に冒険者養成所に入っていることになっている為、帰るわけには行かない。
とは言え行き成り行方を眩ませても問題となる為、促されるままノルデンシュ領に戻り、キアラに礼と別れを告げるまでは大人しく従うことにした。
ゆっくりして構わないというキアラの言葉を丁重に断りつつ、アトラは護衛に連れられて王都ノルデンシュ領都市を出た。
ノルデンシュの領まではノルデンシュ家の馬車だったが、ここからはよくある幌馬車に変更となった。
適当に街から離れ、周囲に人気がなくなったことを確認してアトラは御者台に座る護衛二人に声をかけた。
「あ、すみません、ちょっと良いですか?」
「ん? 何かな?」
気負うことなく返事を返してきた二人に申し訳なく思いながらも呪文を唱える。
「睡眠」
不意打ちの魔法に、二人とも抵抗することも無く意識を失った。まさか護衛の二人も護る対象から魔法が飛んでくるなど思ってもいないから、効果はてき面だ。
倒れそうになる騎士を支えつつ、手綱を引いて街道の脇に寄せて止まらせる。
そのまま眠りこける二人に、アトラは『催眠』の魔法を用いて認識の改竄を図った。
催眠の魔法は非常に脆い魔法で、起きている相手にはまず効かない。
先代の世界にあった催眠術と同様の思い込ませるというだけの魔法だ。
一度掛かれば、解除するまで当人にはわからないが、周囲の人間から齟齬を指摘されたりすると、それを切欠に疑問を持つこともある。
魔法に長けた人物だと自らの異変に気付くこともあるし、解除も楽な為使いどころが難しい魔法だ
とは言え今回の護衛に付いた二人は魔法は使えてもそれほど高位ではないため、本人が気付くことは無いだろう。
二人には実際にアトラ達をガーネイルの街に届けたということにして貰い、すぐに戻るとばれる為、一応ガーネイルの街までは向かってもらうことにした。
これで道中死に掛けるような強い衝撃を受けたり、魔法による解呪がされるなどが無ければ、二人はガーネイルの街まで辿り着き、その瞬間アトラ達を街に送り届けたと思い込んで帰途に着く事になる。
「それじゃ道中お気をつけて」
アトラに見送られて護衛の騎士二人は何事も無かったかのように再び馬車を走らせ始めた。
「……この後はどうするんですか? 兄様」
「とりあえず近くの村か何かに行って、姿を隠せるだけのローブとか買ってから王都に戻ろう。旅に必要なものを揃えるなら王都のほうが色々揃ってるからそっちの方が都合がいいし、王都からなら交通の便も良いからね」
そうこれからの予定を話して、アトラはミリルを先導して歩き始めた。
適当なところでローブを購入し、王都に辿り着いてからは旅の間に必要なものを買いに走る。
何をおいても、まずは食料と水だ。
幸い空間収納の腕輪も手に入れたので水は樽で買い、野菜や果物などの生鮮食品を多めに購入してそれぞれが保管する。肉に関しては未だに森で狩った獲物のものが大量にあるので、素材として売れるものも含め数体の魔物をミリルの腕輪に入れておいた。
他にも野営道具を初めとして採集道具や調合用の器具、着替えに魔物避けの香や各種薬草など旅に必要なものから不必要なものまで購入した。
念のためのカモフラージュとして空間を拡張させた肩掛けのバッグを二つ買うことも忘れない。そちらにもランタンやナイフ、保存食などを入れておいた。
ちなみに問題となっている空間収納の腕輪はといえば、ミリルの方は偽装を施してただの装飾品にしか見えなくしている。ミリルの瞳と同じ涼やかな蒼色なので、よく似合っていた。
そしてアトラはどうしているかといえば、このリングの効果がリングから三十センチ以内を対象にするのをいいことに、右の足首につけている為そもそも人目には付かないようになっていた。
「後は一応質の良さそうな服とローブも用意しておくか」
「それは……どうしてですか?」
「あぁ、高級品とか値の張るものを買う時にそういう服があると便利なんだ。貴族のお忍びとかって勝手に勘違いしてくれたりするし、場所によっては服装で門前払いなんて店もあるしね」
軽い解説を入れながら、平民では少しばかり敷居の高い衣服店に足を踏み入れる。
当然、冒険者風の格好をした、ローブで顔を隠した二人の子供というのは目立ち、店中の視線を集めた。
あからさまに監視するようにアトラ達を観察する店員は放って置いて、アトラは貴族が着ていてもおかしくない服とローブをミリルの分も合わせて数着選ぶ。
更に運良くおいてあった魔物素材の丈夫な生地があったので、こちらも一巻きほど合わせて会計に持って行くと、慌てて店員が走ってきた。
「え、ええと、こちらの服の上下四着に、ローブが二着。生地が一反で二十八万六千リルになりますが」
「はい」
窺うような店員の態度に対し、少しばかりの意趣返しを込めて十万リル硬貨である白金貨を三枚堂々と出す。
途端、満面の笑みを浮かべて衣服を包装し始めた店員を現金な奴だと呆れるべきか、正直な奴だと呆れるべきか迷いつつも、お釣と共に品物を受け取って外に出た。
「これで必要そうなものは一通り揃ったかな」
「この後はどこに向かうんですか?」
「んー、アデン内は比較的安定してるし、動き回ると場合によっては俺達のことがばれないとも限らないからな。とりあえずはお隣の人間の国を目指すことになるかな」
そう言いつつ、アトラは周囲を見回した。
ここ王都では人間の比率が高いが、他の種族も割りと見かける。
先代の努力のお陰か、この国では良くも悪くも種族に対して分け隔てが無い。貴族の中に獣人や亜人がいれば、人間だろうがなんだろうが奴隷に落ちる。
奴隷というものに余りいい感情は抱かないが、他の国に比べればこの国は随分と住みやすいほうだろう。
そしてこの国から他国に出るとなると、西側にある人間の国か、ドワーフや小人族などが住む北の国に出ることになる。
一応東に出れば海路から別の大陸に進むことも出来るが、先代の記憶に別の大陸についての知識が無いことから、千年の間に交流が生まれたのだろう。
とは言え、まず見て回るとするならアデン国のあるこの大陸で、その場合他の国と隣接している人間の国を経由するのが一番だ。
「悪いな。ミリルは余り人の国にいい思いは持っていないかもしれないけど、この国から他に行こうと思ったら、それが一番動きやすいんだ」
だが以前アトラはミリルが人間の国のどこかが出身だと聞かされていた。
国外れのガーネイルの孤児院まで流れ着くまでに色々とあったらしく、そんな過去を思い起こさせることになる旅路に申し訳なく思ってそう口にする。
しかしミリルは暗い感情などは一切見せず、いつもと変わらない様子だった。
「いえ、大丈夫ですよ。昔のことですし、実際、殆ど覚えていませんから」
「何かあればすぐに言えよ」
「大丈夫です」
苦笑しつつ呆れがちに返事をするミリルを信じることにして、アトラはそれ以上この件に触れる事は止めた。
すぐに気持ちを切り替え、続いては商会ギルドへと足を伸ばす。
受付と話をして、自分の身分証と共にこの街からガーネイルのアトラ宛の手紙をここに取り置いてくれるように依頼をした。
「実は商人について回って勉強するので、街に帰らなくて。ここなら時折訪れるので、ここにまとめておいて欲しいんです」
などとさらりと嘘を吐く。これはアルトリアとの文通に対しての処置だ。
手紙などは基本商会ギルドが各街を移動する際にまとめて持ち運び、それぞれの街で届けるという形になっている。
冒険者の街エルカスタからガーネイルへと手紙を運ぶ場合、必ず途中で王都を通る立地になっていた。
長期間お願いする可能性が高い為、相場よりも大目の金額を支払い、ついでに一月後と二月後にそれぞれ手紙を出してくれるように頼んでおいた。
翌日からは国境を越えるために、移動する方法を探った。
自分達の足で移動してもいいが、子供二人が街道を行けば悪目立ちするし問題も発生するだろう。一々人が近づくたびに隠れるわけにもいかない。
ならやはり商隊などについて回るのが自然だ。
西に向かう馬車を探すと、丁度良く国境沿いの街に向かう行商人のキャラバンを発見することが出来た。
どうやら国境の街に入ってきた国外の資材や工芸品などを仕入れて王都で売ることを生業としている集団らしく、どの人も商人とも思えないほど屈強な体つきをしている。
当然女子供は少なく、交渉は捗らないかとも思っていたアトラだったが、幸いすぐに同行を許可してくれる人がいた。
「西の街までか? 別に構わないが、その代わり荷卸だとか色々手伝って貰うぜ?」
そう言ってくれたのは頬に切り傷がある大柄な男だった。頭に長い布をヘアターバンのように巻いている為、髪が逆立っている。
口髭も蓄えていることもあって、蛮刀でも持たせれば盗賊頭に見えそうだ。
「本当ですか? ありがとうございます」
「なに、変わりに扱き使うから覚悟しとけよ。馬の世話や飯の支度はできんのか?」
「はい、できますよ」
「そうか。ならその辺は頼むわ。後はその時々で指示出すからな。出発は明後日の早朝だが、問題ないな?」
男のその言葉にアトラは頷いた。
「そうか。なら当日からはよろしくたのまぁな。俺はレイバン。主に木工細工だとかの細工品を取り扱ってるんだ。荷物の中には壊れやすいものもあるから気をつけてくれよ」
こうして拍子抜けするほどあっさりと、アトラ達はレイバンと名乗る商人に連れられて西へ向かうことになった。
一度やってみたかった一日二度更新。
時折一日に二話や三話上げてる方を見ますが、凄いバイタリティですよね。ストックがあるのかもしれませんが、それだけ書けるということなので、羨ましい限りです
今回で旅立ちの準備を終えることが出来ました。ここからは商隊にくっ付いて西へ進み、国境を超えることを目指しております
道中どんなアクシデントがあるかとか、他にも関わりを持つ人々などを考えながら書いていますが、まだまだ未熟なので思うように構想が上手くいかないです
おかしな点とかあったら教えていただけると助かります
ここまで読んで下さりありがとうございます!
次回更新は未定です
9/23
最初の方のアルトリアとの会話部分に、手紙のやり取りについての文章を加筆しました
同じく旅支度の最中、服を買った後にも同様に文通対策の文を加筆してあります
また、催眠の魔法についての補足説明を加えました




