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先代のチートな記憶を引継ぎました  作者: 桜狐
第一章 幼年期
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第一話 ずるしてお手伝い

 記憶を継承してから一ヶ月が経過した。


「っ! ぐおぉぉぉ~!」

「アトラお兄ちゃん、だいじょうぶ?」


 呻き声をあげるアトラを金髪の天使が青く澄んだ瞳で心配そうに見上げた。

 もちろん本当に天使と言うわけではない。あくまでそうした表現が似合うというだけの女の子で、名前をミリルという。

 ここストリーク孤児院でアトラに懐いている義妹だ。

 さらさらの髪に白い肌。つい目で追ってしまうくらいに愛らしい容姿は、見ているだけで癒しとなる。

 そんな義妹に心配をかけるわけには行かないと、アトラは涙を堪えて無理矢理笑顔を見せた。


「だ、大丈夫、だよ?」


 あまりの痛みに頬が引きつっているが、それでも素直な義妹はその言葉とぎこちない笑顔でも納得してくれたのか、ほっとしたように笑みを見せた。

 記憶を引き継いでから一ヶ月が経過した今、アトラは何をしていたかと言えば椅子の修理をしていた。

 引き継いだ記憶の中にはこうした日常生活のことももちろんあった為、壊れかかっていた椅子を修理しようと思ったのだが……記憶を知識として吸収しただけで体験したわけではなかったのでそこに誤差が発生した。

 要は知識を即座に再現しようとするのは無理があるのだ。

 記憶の中と腕の長さも力も異なるし、そもそも思ったようには動かない。記憶はあっても体感したことがないのだから当然だ。

 利き手と反対で字を書いたりするのと同じだ。手の動かし方や書き方はわかっても、慣れていなくて思うように動かないのと一緒だ。

 結果は見事に自分の指を釘の代わりに叩くと言う現象に代わり、そこをミリルに心配されることになった。

 赤くなって心なしか腫れて見える指は未だに痛みが引かない。そんな痛みを押さえ込むように、もう片方の手で優しく指を包んだ。


「(治療(エイド))」


 小さな声で呟いて、呪文を唱える。手の中に暖かな光が満ちて、がんがん痛みを訴えていた指はみるみるうちに沈静化していく。


(魔法の知識も含め、助かってはいるんだけどね)


 内心でアトラはそう呟くが、実際には役に立つどころの話ではなかった。

 彼の記憶の恩恵は計り知れない。体感したわけではなくても『経験した』と言う知識があるので、トレースがしやすいのだ。

 早いものは一度、そうでなくとも数度繰り返して感覚さえ掴めば、自然と動作は体に馴染んでいく。

 おかげで物凄い勢いで記憶の中にあるものを“再現”できていた。

 その為アトラは記憶の主を心の中で先代と称して、若干の恨み言と共に感謝していた。この記憶があるからこそ、五歳という年齢で将来を見据えることができている。

 こっそりと指を治した後は、今度は慎重に椅子の修理に取り掛かる。

 がたがたと緩んでいた椅子の足に新しい釘を打ち込んで固定する。最終的には木材が劣化してしまうので、所詮は応急処置でしかないがやらないよりはずっとましだ。

 最後の釘を打ち終えて軽く手で動かないか確認する。

 多少不恰好に見えるが、がたつきはなくなっていた。


「よし、できた」

「すごい! さすがアトラお兄ちゃん!」


 傍らでミリルがぴょんぴょんと飛び跳ねる。それに合わせて肩口まで伸びている金糸のような髪も跳ねた。

 そんな義妹を宥めるように軽く頭を撫でると、アトラは椅子を元あった場所に戻してため息をついた。

 本当は、得た知識を使えばこんなことをしなくても良いというのはわかっている。

 何しろ引き継がれたのは、この世界から見ると異常に発展した異世界の知識と、およそ魔法とつくものならその全てを網羅しているであろう知識が多い。

 これらの知識を動員するだけで、一から椅子を作り上げるどころか、孤児院自体を丸ごと全て買い換えるだけの金額を稼ぐこともできるだろう。

 では何故それをしないのか。

 答えは同じく引き継いだ記憶の中にある。

 この記憶の元となった人物は、その知識と才能故に妬まれたし疎まれた。邪魔に思われて暗殺者を向けられていたし、近寄ってくる者は良い様に利用しようだとか、取り入って美味い汁を吸おうという寄生根性逞しい奴だったりと、余り碌な目にあっていなかった。

 現状五歳の自分がそんな知識を大っぴらに公開したら、それこそ面倒な目に遭う事は間違いない。

 自分の命もそうだが、この孤児院の皆を人質にされかねない。

 できればそんなことにはなって欲しくない。

 だからアトラはまずその記憶にある力を十分に使える様になってから行動を起こそうと考えていた。

 卒院してこの町を離れてしまえば孤児院を巻き込むことも無いだろう。

 もちろん世話になっているこの孤児院に恩返しはするつもりだ。

 実はその為に少しずつできることを増やしている最中だったりする。

 院内のことを率先して手伝ったり、マグノリア先生の魔法薬作成を見学して手伝えるように下準備をしたり、色々な本を読んで知識を蓄える振りをしたりと地味にではあるが確実に行動範囲を広げている。

 もちろんそれと同時に引き継いだ魔法技術全般を少しずつ慣らし始めている。

 先ほどの釘打ちの時のように、この一月で記憶との差異の厄介さと言うのを学んでいるからこそだ。


(でも運が良いことに俺には魔力が多くあるみたいだし、ゆっくり慣らしていけば多分、大丈夫なはず)


 などと自信なさげにこれからのことを計算しているアトラだが、実はあの呪具自体に高い潜在魔力があるか、などと言った特定の条件をクリアしないと発動しない仕掛けが施されていたことには気づいていない。

 要は先代の知識を受け継ぐ資格があると判断された時点で、それがどれだけ桁外れであることなのかをアトラはわかっていなかった。


「ねぇ、アトラお兄ちゃん。この後はどうするの?」

「んーっとねぇ」


 どこか期待するような眼差しで自分を見上げてくる義妹に対し、アトラは苦笑しながらその頭を撫でる。

 気持ち良さそうに目を細めるミリルに、これからの予定を話す。


「マグノリア先生の手伝いが終わったら、時間空くから。そしたら遊ぼう?」

「ほんと!?」

「お手伝い終わったらだよ?」

「うん、なら私もお手伝いする!」

「ミリルは良い子だね」


 元気いっぱいに返事を返すミリルの頭を撫でて、アトラは院長の居る部屋に向かう。

 慌てて隣に並んで手を握ってくる義妹を微笑ましく思いながらその手を握り返すと、はにかんだ笑顔が返ってきた。

 ぎしぎしと所々軋む床板を踏み進む。

 何が楽しいのかはわからないが、ミリルはリズムを取るように床板が軋む場所をわざわざ踏んで歩いていた。

 恐らく歩く度に足元で音がなる、というだけで面白いのだろうと、アトラはその様子を微笑ましく見守る。

 ただ床板を踏み抜いたら危ないので、その内床板を張り替えられるように努力しようと心に決めたりもした。

 暫くして床の軋みが止まった。立ち止まったのは館の一階の角にある部屋の前。

 ここが院長の使っている部屋だ。扉には一枚のプレートが掛かっている。

 代々引き継がれている所為かプレートには、今の院長のイメージとはちょっと異なる仰々しく達筆な文字が刻まれていた。

 ミリルと手を繋いだままアトラは扉をノックし、返事を待ってから中に入る。

 部屋に入った途端に何種類もの薬草の匂いが鼻腔をくすぐった。


「いらっしゃい、アト。今日も手伝いに来てくれたの?」


 そう言って白髪混じりの女性が柔和な笑みを浮かべて迎え入れてくれた。

 マグノリア・ストリーク。年齢は今年で五十歳になる。

 若草色のゆったりとした飾り気の無いロングタイプのワンピースに同じくゆったりとしたボレロを羽織っている。

 アトラの狙い通り魔法薬を作っている最中だったらしい。彼女の座るテーブルの上には所狭しと調合の機材や薬草が置かれている。

 マグノリアはその手を止めてアトラとミリルを見ていたが、二人が手を繋いでいるのを見つけると、更に眼差しが柔らかくなった。


「はい。お手伝いすることはありますか?」

「そうねぇ……それじゃ薬草を磨り潰すのを手伝って貰えるかしら」

「わかりました」


 返事を返してアトラは調合台の上に並ぶ機材の中から乳鉢と乳棒を受け取る。

 どうやら最近の行動パターンで今日来ることがわかっていたのか、乳鉢の中には既に数種類の薬草が敷き詰められていた。


「ヨーモ草、イノクズの花、トネリコにベニシタの実……回復薬ですか?」

「ええ、そうよ。アトは覚えが良いわねぇ」


 鉢の中に入っている薬草から何を作っているのかを言い当てると、一瞬驚いた後、マグノリアは楽しそうに笑みを浮かべた。

 実のところ引き継いだ記憶の中に魔法薬関連の知識があった為、既に知っていると言うのが真実だったりする。

 中には秘薬とされるものの調合法すらあるのだからとんでもない話だ。

 アトラは申し訳ない気持ちになりながらも、表面上は笑みを浮かべて薬草を磨り潰す作業を始めた。


(本当にずるいよなぁ……なんていうんだっけこういうの。チートだったかな?)


 などと引きついだ知識からそれらしい単語を引き出して内心一人言ちる。

 しかしいずれこの孤児院を出ることを考えると、今から色々と手を回しておかないと、孤児院に残せるものも残せない。

 だからこれは必要なことだ、と自分を納得させる方便を延々と考え続けながらも、その手は機械的に薬草を磨り潰していく。

 最終的に太い繊維を除いて原型を留めないくらいまで磨り潰す必要があるので、時折混ぜ返したりしながら延々と磨り潰す。

 無心になって続けていると、視界の端でうずうずと動き始めるものを捉えた。


「アトラお兄ちゃん、わたしもするっ」

「え? あぁ、うん。それじゃ手伝ってくれる?」

「うん!」


 元気良く返事をするミリルに持っていたすり鉢を渡してやり方を教える。ここの所同じように手伝って貰っているので、大分手馴れてきている。

 まだまだたどたどしいが、それでももうアトラが付きっ切りで見ていなくても大丈夫そうだ。


「マグノリア先生」

「はいはい。それじゃアトはこっちをお願いね」


 そう言って渡されたのは最初の乳鉢に比べて二回りは大きい。入っているのはヨーモ草にイノクズの花までは一緒だったが、残る材料が違った。

 追加で渡されたのは三つの小瓶。中にはそれぞれ液状のものが入っていた。


「ニニの樹液にバグフロッグの油。こっちは……キランの花を煎じたものですか?」

「正解よ。それを良く混ぜると外傷に良く効く傷薬になるの」

「へぇ~、そうなんだ」


 勉強になった、という風に頷くもやはり既に知っている事柄だったりする。

 ちなみに回復薬は魔法薬だが、こっちの傷薬は普通の薬に分類されている。


「さて、それじゃ私は回復薬用の魔水を作りましょうかね」


 すり鉢で材料を潰し始めたアトラとミリルを見て、マグノリアも止めていた作業を再開する。

 容器に入れられていた水をフラスコに流し込みながら『純粋化(ピュリフィケーション)』の魔法を使う。不純物の一切入らない純水を作り出したところで、彼女はそのフラスコに手をかざした。

 ゆっくりと円を描くように手を動かして魔力を放出し、水を変化させていく。

 魔法薬の調合の際に最も良く使われるのが、この純水を変質させた魔水だ。

 一般的に魔法薬と呼ばれるものは魔法が作成工程に入るものを指しているのだが、一部ではこの魔水を使ったものが魔法薬といわれるくらいにポピュラーなものだ。

 魔水単体でも若干ながら魔力を回復させる効果があることから、体内の魔力に対して親和性が高まるため即時効果を発揮する魔法薬ができると言われている。

 だがこの魔水を作るのが意外に難しく、全体にむらなく均等に魔力を込める必要がある。

 魔力が少なすぎれば魔水への変化が起こらないし、逆に強すぎたりむらがあったりすると直接水に働きかける力に変わってしまう。

 質の良い魔水を作るには、それこそ片手間に魔水が作れる位の修練が必要となる。

 その為この魔水作成こそが魔法薬を作るものにとっての基本であり、全てであるとさえ言われている。

 そんな作業を行っているマグノリアの腕前は、前世の記憶の中にある情報と見比べてもかなり高いレベルであることが窺えた。まさしく熟練の技だ。

 アトラは手だけは機械的に動かしながらも、その無駄の無い作業風景に思わず見惚れていた。


「さぁ、できましたよ。ミリルもそれからアトもそれ以上混ぜても意味は無いわよ?」


 魔水の作成には時間が掛かる。その間、必要以上に磨り潰してもなお未だに手を動かし続けている二人をみてマグノリアはくすくすと笑った。

 いつの間にかしっかりと混ぜ終わっている傷薬を見て、呆けていたと気づいたアトラはばつが悪そうに視線を逸らす。


「仕上げをしてしまいましょう。ミリル、混ぜた薬草を貰える?」

「うん! はい、どうぞ!」


 ミリルから乳鉢を受け取って、マグノリアは魔導具で火をつけ先ほど作った魔水を火にかける。

 暖まったところに原型が無くなるまで磨り潰された薬草を投入。ゆっくりとかき混ぜながら『治療』の魔法を唱える。

 解け合わさった溶液が僅かに発光し、その色を綺麗な緑色に変化させた。

 後は余計なものが入らないよう漉せば完成だ。

 マグノリアは出来上がった回復薬を小さな小瓶に手早く分けていく。

 できた本数は僅か六本。それでも普通の薬に比べてこの魔法薬は高く売れる。

 飲むだけでなく傷口にかけるだけでも効果を発揮し、風邪くらいならたちまちに治す薬だ。値段も相応にする。


「ふぅ。一先ずこれで良いわね。ありがとう、アト、ミリル。二人が手伝ってくれるから、いつもより早く終わるわ」


 回復薬を保存用の棚にしまったマグノリアが大きく息を吐き出した。

 なんだかんだ言ってやはり魔法薬を作るのには魔力を大きく消費する。魔法薬が貴重な最大の理由だ。

 アトラも傷薬を小分けして使った機材をまとめていく。すると小さく裾が引っ張られた。


「お兄ちゃん、お手伝い終わったよ!」

「わかった、わかった。約束だもんな。もうちょっとでこっちも終わるから、もう少し我慢、な?」


 はやくはやくと腕を引っ張るミリルに苦笑を浮かべるアトラ。

 二人のやり取りを微笑ましく見ていたマグノリアは口を開いた。


「ふふ……アト。こちらはもう大丈夫だからミリルと遊んであげて。ミリルのこと、よろしくね?」

「……すみません、マグノリア先生。それじゃ行ってきます」


 僅かな葛藤の後、アトラはマグノリアに頭を下げ、ミリルと手を繋ぐ。

 普段は絶対に見せないはしゃいだ姿のミリルと、それを宥めながらも優しく手を引くアトラを見送り、マグノリアは深く息を吐き出した。


「アトは……本当に賢い子ね。だからこそ苦労をかけてしまうけど、どうかお願いね」


 二人の出て行った扉を眺めてマグノリアは一人で呟き、祈った。

 あの子ら二人に幸多きことを。


多少書き溜めてあるので、暫くは短い間隔で投稿します

でも多分すぐにストック切れそう……頑張らねば


次話更新予定>7/17 

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