閑話 とある妹からの視点
初めて迷宮に潜った日の夜、私は兄様から後で話があると呼ばれた。
きっと迷宮のことだろう、と当たりをつけて待ち合わせ場所である宿の屋根の上に向かって話を聞くと、半分だけ正解だった。
迷宮の話の後に聞かされたのは、とんでも無い兄様の秘密で、それを聞かされた時の私は衝撃を受けるよりも、腑に落ちたという感覚で一杯だった。
ただ、それだけで済んだのは、きっと今まで兄様と過ごしてきた時間があったからだと思う。
それに話を聞いた限り、記憶を引継いだタイミングの前から私は兄様を知っているけれど、特に違和感は抱かなかった。
それというのも兄様は最初から随分と変わっていたからだ。
今でもはっきりと思い出せるほど、あの時の事は覚えている。
私は元々、アデン国の人間ではなかった。
どこかの人間至上主義国の貴族が戯れで作った子供が私という存在らしい。
らしい、というのは、私はそのことをまったくもって覚えていないからだ。
何しろ私が生まれてすぐ、私と母様はその貴族に捨てられたのだ。
理由は単純で、私の母様は多種の亜人の混血だったから。
人間という種族を一番だと考えている国で、亜人である母様の身分は低かった。
優しい人だったから、なおさら苦労を背負い込んだのだと思う。
私が物心付く頃には、私は母に連れられて村を転々とする日々を過ごしていた。
行く先々で、亜人というだけで、私達は煙たがられ、虐げられた。中にはほんの僅か親切にしてくれた人もいたけれど、そんな人もいたかもしれない、というくらい埋没するほどに酷い人の方が多かった。
ただでさえ儚げで体の余り丈夫でなかった母様は、アデン国に辿り着いた時に流行り病にかかって命を落とした。
アデン国の人たちは、優しい人たちばかりだったけれど、それまでの日々は私が人間嫌いになる理由には十分だった。
それからというもの、私は孤児院に預けられたけれど、やはり手に余す存在だったらしい。
『他人』という存在に対して、私は頑なに壁を作っていた。
結局幾つかの孤児院をたらい回しにされ、たまたまどこかの街でマグノリア先生に見つけられて引き取られて来たのが、ストリーク孤児院だった。
アデン国は多種多様な種族が混在する国だけれど、辺境に近づくほど実力が求められることもあってその傾向が強くなる。
その所為かストリーク孤児院にも私と同じように混血児や、多種族の子も暮らしていた。
だからと言って私が心を開く事は無かったけれど。
最初は色々と話しかけてきた子達も、口も利かず、触れようとすれば暴れる私を持て余し、一人、また一人と離れていった。
そうして最後に残ったのがアトラと言う名前の少年で、やがて私が義兄と慕う人だった。
他の誰もが距離を置く中、兄様だけはいつも傍にいたのだ。
とは言ってもきっちり私がぎりぎり拒絶しない距離に、だけれど。
他の子達が外で遊ぶ中、部屋の片隅で蹲る私の目の届く場所で、ずっと一人本を読んでいた。
その癖私が見ているのに気が付くと顔を上げて、にへら、と笑うのだ。
ご飯の時もそうだった。
部屋の片隅から動かない私と、それに付き添う兄様は、当然ご飯も部屋の片隅で一緒に食べることになった。
私は他人を拒絶していたから、本当にお腹が減って我慢できなくなる時まで、手をつけなかったのだけれど、兄様もそんな私に合わせるのだ。
私が食べなければ食べないし、私が食べる時も私が食べるのを見てから、例のにへっとした笑みを浮かべて食べ始める。
最初はそんな兄様が目障りで大嫌いだったけれど、次第にその状況に慣れたからか、気付いた時にはそこにいても大して気にならなくなっていた。
今思い返せば、兄様がいることを気にしなくなった時から、ご飯を食べない、という事はなくなっていたように思う。
そんな日々が一ヶ月、二ヶ月と過ぎて行った。
そうして半年程経った頃、私は怖い夢を見た。
自分の周囲には、私を蔑み、痛めつける怖い存在がたくさんいるのに、先ほどまで隣に居たはずの母様がいつの間にかいなくなっているという夢だった。
怖くて、心細くて、寂しくて、私は飛び起きた。
無性に人恋しくて、何かに縋りつきたかった。
だから、私はいつもと変わらずそこにいて、座ったまま眠りこけている兄様の腰にしがみついた。
衝撃で起きたかと思ったけれど、兄様は寝ぼけていて禄に目も開いていなかった。
それでも、しがみ付いた私の頭に小さな手が乗せられて、ゆっくりと撫でられた。
きっと他の子たちにもしていて、習慣になっていたのだと思う。
けれどその時の私はその手が気持ちよくて、安心できて、怖かったことなどすぐに忘れて再び眠りに付いた。
その時から、私と兄様は家族になれた。
翌日からは、私は兄様にべったりと張り付いて、今までとは真逆になった。
姿が見えないと不安になったし、傍にいると安心できた。一緒に食べるご飯を美味しいと思えるようになったし、寝るときも一緒だとすぐ眠れた。
雛鳥が親鳥から離れたがらないように、私は兄様と一緒にいたくて、褒められたくて、一生懸命だった。
だから私はその日からずっと兄様を見てきた。
兄様の話では、それからそう経たずに記憶を引継いだ、と言っていたけれど、私にはそんなに大きく変わったという印象は無い。
なにしろ私にとって兄様は最初から強くて優しくて、それでいてちょっと変わった人だったから。
兄様が別の誰かの記憶を引継いでいたと言われても、私にとっての兄様は、今の兄様でしかなかった。
私は兄様の義妹だ。
見た目は人と変わらないけれど、亜人の血を引いている私を平然と受け入れる、そんな人の義妹なのだ、私は。
だから私は、他人の記憶を引継いでいるというそんな兄様を、平然と受けいれるのだ。
それを嬉しく思えるのは、きっと兄様のお陰だろう。
だから、これから先も付いて行きたいと伝えた。
私の想いを聞いて、兄様は珍しく力を抜いて、大の字に寝転がって笑みを浮かべた。
そんな義兄を見て、私は自然と頬が緩むのを感じた。
兄様は気付いているだろうか。
今浮かべている緩んだ笑みは、あの日私に向けてくれた笑顔と何一つ変わっていないことに。
閑話による更新。ちょこっと伏線となりえそうなことも書いてみたり
伏線張るのって難しいですね。先のことまで考えておかないといけませんし、張り過ぎると回収しきれませんし……
行き当たりばったりな自分には高等テクニックですね
ここまで読んで下さりありがとうございます
感想などありましたらよろしくお願いします
次回更新>できるだけ早く投稿します




