第十五話 ずるした白状
遅くなりました~っ
意識が体に戻ると同時に、周囲はゆっくりと明るくなっていった。
恐らく役目を果たしたからだろう。
部屋の中は全てつるつるとした石材らしきもので作られており、床には魔法陣が敷かれている。
これが魔法を使うことが出来なかった原因のようだ。
部屋の中に居るものが放つ魔力を吸収して、別の力へと変換する式が組み込まれている。
「あ、っと」
アトラは詳しく調べようと移動しようとして、ようやく両腕を掴んでいる存在に気が付いた。より正確に言えば思い出した、だろうか。
精神のみのやり取りの間は一切感じ取れなかったので、ミリルとアルトリアに掴まれているのを忘れていた。
「ごめん、二人とも。大丈夫だった?」
「う、うん。今の何だったのかしら」
アトラの問い掛けに、アルトリアがぱちぱちと瞬きをする。
が、すぐにアトラの腕を掴んでいることに気が付いたのか、慌てて手を離した。
「そ、その! ごめんなさい!」
「別にいいよ。何かに襲われたってわけでもないし。ただ緊急時に腕掴まれると、咄嗟に動けないから困るかな」
「ま、全く持ってその通りで。気をつけるわ」
そんなやり取りをしている間に、ミリルも現状に気付いたのか、ゆっくりと手を離す。
こちらは腕を掴むのではなく、服の袖を掴んでいたのだが。
「とりあえず現状、危険は無いみたいだし、ちょっと休憩しようか」
本当はさっさと調べるものを調べて脱出したいと思っていたアトラだが、突然の出来事に何があったのかわかっていない二人には少し落ち着く時間も必要だと思いそう提案する。
二人とも何かしら思うところがあったのか同意し、暫く休むことになった。
なったのだが。
アトラは先ほどから向けられる視線に、居心地の悪さを感じていた。
さりげなく魔法陣の全体を見渡し、どういった式が書かれているのかを解析しながらうろうろと大して広くも無い部屋をうろついていたのだが、先ほどから見られている感覚があった。
視線を追ってこっそりと窺えば、アルトリアが何事か考えるような仕草をしながらちらちらとこちらを見ていた。それだけでなく、その横ではミリルが膝を抱えながら首を傾け、暫くすると思い出したようにじっと見つめてくるのだ。
心の中でひたすら落ち着かないと嘆きながらも、迂闊に話を振って薮蛇が出てきたら困るので、特に何を言うでもなくアトラは一通り魔法陣を解析し終わったところで声をかけた。
「……そろそろ奥へ行ってみないか? いつまでもここにいるわけにも行かないし」
そう確認を取ってこの部屋唯一の出入り口を指差す。
明かりがついたお陰で通路の先が見えるが、どうやらあちらにも似たような部屋があるようだ。
とは言えアトラはここで引継いだ記憶のお陰でこの先に何があるのかわかっているのだが。
それとなく誘導して二人を引き連れて通路を抜ける。
抜けると同時に通路は周囲と同じく壁と同化し、通路にあった場所に触れても硬質な感触が返ってくるだけだ。
高度な偽装技術と障壁機構なのだろう。
例えこれを見抜けるものがいたとしたら、その人物はこんな初級迷宮ではなくもっと大きな迷宮に潜るのだから見つかる心配も無い。上手いものだ。
部屋の広さ自体は先ほどと然程変わらない。ただ、向かって右手に大きな扉があり、左手に祭壇のようなものがある。
そして部屋の中央に大きめの魔法陣が、そして祭壇の部分に小さな魔法陣が用意されている。
部屋中央の大きな魔法陣は、迷宮が自分のコアを守る際に張っている罠を利用した転送陣だ。
中に入れば自動で迷宮の外へと運んでくれるもので、自然の迷宮の場合はコアに近づけば自動で排出されるところをわかりやすく視覚化してあるものだ。
そして小さい方の魔法陣はと言えば……。
「これが噂の迷宮踏破者への報酬か」
そう呟いてアトラは無造作に祭壇の魔法陣へと足を向けた。
先代が用意したこの魔法陣は、迷宮が取り込んだ魔力を使用して何かしらのアイテムを生成するというものだった。
大体は魔石などなのだが、時折とても珍しいマジックアイテムなども出る為、何度もこの迷宮に挑戦する物好きがいる。
一回ごとに二十層を潜らなければならず、それで出るアイテムが多少ランクの高い魔石では割りに合わない為、そんな物好きは本当に極僅かだが。
それに同じ二十層降りるなら、大迷宮の方が安定して稼げる。
しかしそれでも宝くじを買うように、挑み続けるものがいるのだ。
なにしろ本当に珍しいものが出てくることがあるのだ。今回のように。
チリン、と金属が重なる音と共に魔法陣にそれが現れる。
「……なっ!」
現れたものを見て、アルトリアが思わず声をあげた。
出てきたものは金の下地にこげ茶色の幾何学模様が刻まれた光沢のある腕輪だった。それも同じものが三つ。
目を見開いて驚いているアルトリアに、それが何かを既に知っているアルトは軽く首を傾げた。
「アルトリアはこれが何か知ってるの?」
「う、うん。多分だけど」
そう言って恐る恐る腕輪を一つ手に取る。
「我が眼に全知の力を、分析」
呪文を唱えアルトリアが腕輪を解析する。解析情報が出たのか、アルトリアはその腕輪に自らの腕を通した。
元々かなり大きなリングだったが、アルトリアが手を通した後、自動で手首にピッタリと嵌る。その掌を真上に向けて、一枚の銀貨を乗せた。
僅かな魔力が腕輪に流された後、銀貨は一瞬にして消え去っていた。
「間違いない……これ、空間収納の魔道具だわ。前に成金貴族が自慢げに見せてきたから、もしかしてって思ったけど」
そう言って未だに緊張気味に手にはまった腕輪を撫でた。
空間収納の魔法自体は良く知られているし、使い手がそこまで少ないわけではない。百人魔法使いがいれば、一人は使えると言われている魔法だ。
しかし収納できるのが魔法使いの魔力量に比例することと、この魔法が使えるだけで貴族に召抱えられたりするため、余り見かける事が無い魔法でもある。
その為、魔力さえ使えれば誰でも使え、一定の量が持ち運びできる空間収納の魔導具は非常に高価だった。
所持しているのは貴族や王族、もしくは一流と呼ばれる冒険者の一部くらいで、普通の冒険者や商人は内容量を拡大させた鞄などの魔道具を利用して旅をしている。
アルトリアもその貴重さを理解していた。それ故に感動と興奮を覚えざるを得なかった。
だからこそ、ここに至るまでに疑問に思ったこともあったのだろう。
「なぁ、アトラ。お前は一体……」
思わず、と言った感じで漏れた言葉だが、最後まで続くことはなかった。真っ直ぐにアトラを見たアルトリアはそこで一度言葉を切ると、いや、と呟いて頭を振った。
代わりに次に顔を上げたとき真剣な表情でアトラに問うた。
「なぁ、アトラ。私はアトラの仲間、だよな?」
「……ああ。アルトリアがそれを望んでくれる限り、俺たちは仲間だ」
「そうか。それを聞けて安心した」
その問いかけと答えにどんな意味があったのか、アトラには知る由もない。だが、それでもアルトリアが満足そうに笑うのなら、必要なことだったのだろう。
「さて、それじゃさっさと戻ろう。幾ら宿は既に取ってあるとはいえ、あまり遅くなると家の者がうるさいからな」
「……そうですね。戻るのは私も賛成です。それで、兄様。この腕輪はどうしましょうか?」
「丁度三個あるし、一人一つ持って置けばいいじゃないか? 俺たちが今日ここに来たっていう記念でもあるし。ただ、アルトリアの反応を見るにおおっぴらに使わないほうがいいのかな?」
「そうだな。知られればそこら中の冒険者、並びに後ろ暗い連中に愛されることになるな」
アルトリアの言葉に、アトラ達は頷いて腕輪をつけずにしまった。
希少品であると知ってある程度予想していたが、やはりおおっぴらに使えば注目の的になるようだ。
暫くの間はこっそりと使うなりしないといけないだろう。
全員が魔道具を仕舞い終えたのを確認した所で、祭壇から降りる。
後は中央の魔方陣で迷宮の外に出れば短い迷宮体験は終わりだ。
魔方陣に乗るとすぐに陣が輝き、僅かな浮遊感の後、気がつけば迷宮の外にいた。
位置的には迷宮の入り口から見て横手で、どうやら戻る際はこの周囲の岩で囲まれた中にランダムで飛ばされてくるようだ。
幸い見張りの目に留まることはなかったようで、三人はそのまま何食わぬ顔でその場を後にして宿に向かった。
その日の夜、アトラは宿の部屋を抜け出して屋根の上へと出ていた。
月を見上げて待つこと十数分後、同じように屋根に飛び乗ってきた少女がいた。
「お待たせしました、兄様」
「悪いな、呼び出してしまって」
夕食の際、後でこっそり抜け出してくるように頼んでおいたのだ。
今日の一件を経た今、どうしても話しておきたいことがあった。
が、聞くには勇気がいる。怖い、という感情を抱く自分に苦笑してアトラは空を仰いだ。
昼間の名残を残すような薄い雲が僅かに広がっており、星空の一部に薄いヴェールをかけている。
そんな風に夜空を見上げているアトラの隣に、ミリルは一言断りを入れてから座った。
夜風は涼しく、心地よく肌を撫でている。
「……迷宮でのこと、教えてくれないか? あの時、二人には何が聞こえていたんだ?」
本題に入る前に、アトラはもう一つ気になっていたことを聞いた。
その問いに、ミリルは僅かに笑みを浮かべる。
「私たちは兄様の仲間かと聞かれました。なので私は家族だと答えました。アルトリアさんも仲間だと頷いていました」
「それだけか?」
「その後、あの影から兄様のことをこれから先も支えて欲しいと頼まれました」
「……まったく、余計なことを」
そんな話をしていたのか、とアトラは苦笑しながら空を睨んだ。
まるで保護者のようなその態度に呆れるが、不思議とそこまで悪い気はしなかった。
だからか、そのお陰で覚悟は決まった。
仲間だと思うのなら、家族だと思うのなら、少なくともミリルには伝えておかなければならない真実がアトラにはある。
その結果ミリルがアトラの元を離れるとしても、今のうちに伝えなくてはならない。
「なぁ、ミリル、一つ聞いて欲しい話があるんだけど、いいかな」
「なんですか? 改まって」
普段、必要ならば断りを入れずに話す義兄の窺うような言葉に、ミリルは訝しがりながらもいつものように話を聞く体勢を作った。
そんなミリルに、アトラは自身が抱える秘密を、ゆっくりとだが全て話した。
ずっと前から先代の記憶を引き継いでいたこと。これから先、世界を旅しながら先代の記憶を探すであろうこと。その結果多くの人に、国に狙われる可能性があり、それらを敵に回す可能性があること。
できるだけ感情が入らないように、淡々と語るべきことを語る。
「そういうわけだ。ずっと騙してたようなものだな。謝って許されることじゃないから、謝ることはしない。ただ、これを聞いてどうするかはミリルの自由だ。別にすぐに答えを決める必要はないけど、この街を出るまでには答えを決めてくれ。俺はその意思を尊重する」
「……ようやく、納得できた気がします」
暫くの間を置いて返ってきた第一声はそんな言葉だった。
「昔から、兄様はどこかずれてる感じがしましたから」
「……そっか。ずれてたか」
「ずれてると思いますよ? 孤児院の皆はマグノリア先生よりも、兄様に色々教わってるくらいなんですから。そんな子供は、世界広しと言えど兄様くらいです」
つん、と澄ました自慢顔でミリルはそう言いきった。
「それに、私にとって兄様は、最初から普通とは違っていましたから」
「……そう、かな?」
「はい。だから私にとって兄様は兄様です。だから、これからも、その……一緒に居させてくれますか?」
「……良いのか? 自分で言うのもなんだけど、ヤバイ奴だぞ?」
「はい。大体兄様は私の昔を知っても何も変わらなかったじゃないですか。それと一緒ですよ」
そう口にしてどこか嬉しそうにミリルは笑った。
その答えにどこか張り詰めていたものが切れ、アトラは屋根の上で大の字になって寝転がった。
自然と口元は緩んでいた。
「それで兄様、この事はアルトリアさんにも教えるんですか?」
「ん、いや。今教えるのは拙いからな。でも、その内知ってほしいかな。仲間だって言ってくれているわけだし」
「……なんとなくですけど、教えた時、怒りそうな気がします」
「だな。なんでもっと早く言わないんだ、って喚きそうだ」
ありありと思い浮かぶ光景に、アトラとミリルはくすりと小さく笑い声を上げた。
「そろそろ部屋に戻りませんか?」
寝転がったままだったアトラにミリルは手を差し出す。
「そうだな、戻ろうか」
その手をしっかりと掴んで、アトラはゆっくりと立ち上がった。
なんとかかんとか更新できました。
先週一週間まともに小説をかける時間が無く、ごちゃごちゃとした予定に追われておりました。とりあえず一先ずは一息つけそうです。
今回は会話が多めになっています。こうしたキャラ同士のやり取りで会話をさせるのって実はちょっと苦手なのと、時間が空いてしまったのでもしかすると文章の書き方に違和感があるかもしれませんが、ご容赦下さいませ。
とりあえず予定では準備するのと、ミリル視点の話辺りを挟んでから冒険に出発するつもりです。
今のうちにどんなものに襲われるか、どんな厄介事に巻き込まれるかを考えておかないといけませんね(笑)
ここまで読んで下さりありがとうございます
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