第十四話 ずるして継承
ちょっと急展開かもしれません
気が付けば一面の暗闇の中にアトラはいた。
ほんの十センチ前が見えないほどに暗い。幸い足元はしっかりしているのか、地面を踏みしめている感触はあるが、周囲の景色が見えないだけで感覚が揺らいでくる。
アトラはすぐさま明かりの魔法を唱えようとして、上手く魔法が発動しないことに気が付いた。
恐らくこの部屋の仕掛けか何かなのだろう。
一つため息をついてアトラは魔法を使うのを諦めた。代わりに五感に意識を集中し、周囲にいる二人分の呼吸を感じ取った。
「ミリル、アルトリア、いるな?」
「い、いるけど……ここどこ? 魔法も使えないし」
「はい、います、兄様」
アトラの呼びかけに不安そうな声が返ってくる。
それからすぐにアトラは左右の腕を誰かに掴まれた。
暗くて見えないが、恐らくはミリルとアルトリアだろう。突然の出来事に近くに居た自分に縋っているのだろうと、そのことには触れずにアトラは周囲に目を凝らした。
どうやらここは完全な暗闇、というわけではないようだ。
目が慣れてくると本当にうっすらとだが床や壁が発光しているらしく、足元くらいは見えるようになってきた。
どうやらここは平らな床と壁のみで構成された、十メートル四方程度の部屋のようだ。恐らく唯一の出口であろう場所がぽっかりと四角く口をあけているようだが、その先は光量が少なすぎてよく見えない。
『よく、来たね』
そんな風に部屋を観察していたアトラに何者かが声をかけた。
ミリルとアルトリアにもその声は聞こえたようで、腕に込められる力が増す。
『ここは君達のすぐ傍にあった迷宮の最下層だよ。っと、少しだけ待ってね』
その言葉と共に、アトラは妙な感覚に包まれるのを感じた。
まるで心と体が別々に分離したような違和感で、どこか覚えがあるものだった。
そんな感覚に戸惑うアトラの前に、ふいに何者かのシルエットが浮かび上がる。
どうやらマントかローブを羽織っているらしく、体全体のラインは窺えない。上半身に向かうに連れ明かりが乏しく、僅かに人が居るという輪郭が見えるだけで表情などは一切見えなかった。
声色から男性だろうとは思うが、それすらもこの状況では信じられるか怪しい。
『うん、これで良いかな。そう警戒しなくても大丈夫だよ』
「この状況で警戒するなという方が無理だと思うが」
『それもそうか。なら最初に名乗って置けば、君にはわかるかな?』
そう言ってその男は自らの名を名乗った。
アトラの目が見開かれる。
「ユウトって……先代の」
『先代? あぁ、君はそう呼んでいるんだね。正確には異なるけれど、その認識で間違ってないよ。僕は君の言う先代の記憶や思念を元に作られた、伝言を渡して質問に答えるシステムみたいなものだからね。受け答えは本人と変わらないよ』
思いがけない邂逅に詰め寄ろうと一歩踏み出そうとして、アトラは眉を顰めた。
いつの間にか体が動かなくなっていた。
それどころか左右に居たはずのミリルとアルトリアの存在すら感じとれない。
焦るアトラを宥めるように、影は静かに声をかける。
『心配しなくても良いよ。流石にこの話を他の子に聞かせるわけにも行かないから、君の精神とだけ直接やり取りをしてるんだ。覚えがあるんじゃないかな』
「そういえば無理矢理記憶を引継がされた時もこんな感じだったな」
『……確かに君のケースは予想外の状態だね。謝ってすむようなことでは無いけど、迷惑をかけたようですまなく思うよ』
「……システムに言われてもな」
『そうだね。本当の僕はとっくに死んでいるだろうしね』
あっけらかんと自らの死を語る男の影は、どことなく人間味が無くて先ほど話していたシステムというものなのだと認識させられる。
だが、そうかと思えばその言葉には感情がありありと乗っていて、なんとも判断に苦しむ相手だった。
「それで、伝言と質問への回答だったか。早速幾つか聞かせて貰っていいか?」
『構わないけれど、出来れば先に伝言、というか僕からのお願い事を聞いてくれると嬉しいかな。質問するにしてもそれからの方が良いと思うしね』
「……わかった。叶えるかどうかは別にして聞くのは構わない。けど願い事だけ言って時間切れ、とかは止めてくれよ?」
アトラのその念押しに、ユウトの影は苦笑を洩らして腰に手を当てた。実に人間くさい仕草だ。
それでもすぐに元通り真っ直ぐに立ち、アトラへと向いて真剣な声色で応える。
『時間については問題ないよ。君の体感時間で後一時間はこうして話すことが出来る』
「そうか。わかった、話を続けてくれ」
『ではお願い事なのだけど、どうかこの世界を住み良い世界に変えて欲しい。この世界の人の為にも、この世界に来る人の為にも』
ユウトから齎されたお願いというのは、予想外なものだった。
酷く大雑把で、大規模なお願いだ。とても一個人にどうこうできるものではないが、それ以上に気になることがあった。
「この世界に来る人、というのはどういうことだ?」
『……君は百鬼夜行というものを知っているかな?』
アトラが思わず発した質問には、逆に質問が返ってきた。とは言えきっとその問いはこれからの説明に必要なことなのだろうと判断してアトラは首肯する。
その様子を確認して、ユウトの影も一つ頷いてから続きを語りだした。
『この世界では度々百鬼夜行と呼ばれる魔物の暴走が起きる。それは国を潰しかねない大規模なもので、この世界の人々はその脅威を退ける為に異世界から勇者を召喚する。もしかすると君の時代だと僕の政策が上手く行って適応者召喚、と呼ばれているかもしれないけどね。そうした者達が君の言うこの世界に来る人、だよ。僕もそうだった』
「何故そんな願いを言う? この世界の人の為、というのは、世話になった奴が居るって俺も知ってるからわかるけど、この世界に後から来る奴らは他人だろ?」
『それはこの世界に来る召喚者は全て元いた世界で死んでいたからだよ』
ユウトに教えられた事実は、アトラに強い衝撃を与えた。
それを知ってか知らずか、ユウトは話を続ける。
『僕が来た頃、この世界は種族間の仲が酷く悪くてね。お互いがお互いを嫌悪して、見下していた。そんな中、召喚された僕達は、死んでいるが故に元いた世界に帰る事もできず、生きる為には戦い続け、人を、魔物を、殺し続けるしか出来なかった。まったくもって、本当にクソ喰らえだったよ』
システムだとは思えない、剥き出しの憎悪の感情が、そこには浮かび上がっていた。
憎悪だけではない。哀しみや苦しみ、そうした負の感情が、そこには渦巻いている。
しかし次の瞬間には、そんな感情を思わせない落ち着いた声色が耳朶を打った。
『だから僕は百鬼夜行が終わった後、もてる力を全て使って国を作った。そこが理想郷になるように、僕の世界で理想郷という意味を持つエデンを文字った国をね。だけど、僕の寿命もいずれは尽きる。僕一人では出来る事はたかが知れている。だから、僕の意志を継いでくれるものに、記憶と力を残したんだ』
アトラは何も言えずにゆっくりと首を横に振った。
語られた内容は真実であると感じ取れる。だけど、その記憶は今、アトラの中には無い。
ユウトの影は確かに記憶と力を残した、と言っていた。その本来あるはずの記憶がアトラの中に無いという事は、それはアトラが知らない記憶と力が別に残されている、ということを意味している。
言われてみれば、引継いだ記憶は所々穴あきのように感じられた。
しかし何故言われるまで気がつかなかったのか。
それに先ほど感じた、まるで記憶の中にある先代の仲間の数人が、既に死んでいたという事実を信じたくないとでも言うような衝撃はなんなのか。
『君が気付かなかったのは仕方の無いことだよ』
まるでそのアトラの思考がわかっているかのように、影はその答えを口にする。
『君が引継いだのは幾つもの経験と魔法の知識。もちろん君が引継いだのはその全てではないけれど、それが膨大な量だったのは間違いない。でも君が引継いだ記憶には、本来ならあるべきものが、普通なら感じ取れるものが無かったんじゃないかな?』
「……まさか」
『うん、君が引継いだ記憶には、僕の感情が入っていないんだ。記憶を引継いだ相手が僕の感情に引き摺られないように。記憶の中の僕達の言葉から想像は出来たかもしれないけどね。普通の大人だったら、既に自分の考えや感じ方が固まっていたかも知れないけれど、引継いだ時の君は幼かったから』
それこそがアトラが急激に精神を成長させた理由だった。
与えられた知識や経験の記憶を他人のものとして割り切ることが出来なかったのだ。
『もう少し年を経て、しっかりとした自我が形作られていれば切り離せる所を、君は他人の記憶だと思いながらも、君自身の経験として受け入れてしまったみたいだから。身近に感じすぎて、僕の記憶を客観視しきれていなかったんだよ』
本来ならただの映像記録のように切り離して物事を考えられるところを、アトラは自分に置き換えてその記憶を追体験した。
それが他人の記憶だと、理解する事はできた。
だが、その理解に至るまでに得た考え方や判断力というのは、追体験したユウトの経験から得た所が大きい。
だからこそ、アトラは自分のものではないその記憶を、自分と切り離してみることが出来ず、今まで穴が空いていることに気が付いていなかった。
自分の物ではない記憶を自分のものだと思い込んで生きてきたのだ。
その事実に気が付き、一瞬呆けた後、アトラは自嘲気味に笑った。
途端に足元がぐらついたような錯覚を覚えた。
アトラの脳裏に、アトラとは一体誰なのか、という疑問が浮かび上がるが、すぐに消す。
「……だったら、どうだって言うんだよ。今更元に何て戻れないじゃないか」
どこか投げやりに言葉を吐き出すアトラに、ユウトは落ち着いた声音で話しかけた。
『少し勘違いをしているね』
「……勘違い?」
『君は君で僕じゃない。同じ経験をしたからと言って、全く同じ反応をするわけじゃない。思い出してみるといい。君が見た僕の記憶の流れの中の全て、僕と全く同じことをしようと思ったかい? 僕の記憶を見て感じたものは君の感情だし、記憶を得るまでに過ごした時間は君のものだ。そして記憶を得てから今日まで過ごした時間も君のものだ。違うかな?』
諭す様なユウトのその言葉を、アトラはゆっくりと噛み砕き、腹の底に落とし込んだ。
思い返してみれば引継いだ記憶の中にある経験で、ユウトと異なる考えを抱いた事は、何度も有る。その後の結果を見て、ああすれば良かったはずだ、こうすれば良かったんじゃ、と自分なりに考えもした。
けれどそこで思考をしていたのは記憶の中のユウトではなく、間違いなくアトラだ。
大きく息を吸って、吐き出す。
吐き出し終えた時、揺らいでいた自己はいつもと変わらずそこにあった。
「……違わないな。俺は、俺だ」
『うん、君は君だ。僕じゃない。だからこそ、僕には出来なかったことが出来る』
ユウトの影はいつの間に取り出したのか、杖のようなものを床にコツリと打ちつける。
そして再び居住まいを正してアトラへと視線を送った。
『もう一度言う。僕のことを恨んでくれて構わない。呪ってくれて構わない。だけど、どうかお願いだ。全てを変えて欲しいとは望まない。だけど、ほんの少しで良い。ほんの少しだけ、世界が良い方向に向かうように、力を貸して欲しい』
そう言ってユウトは手を差し出した。
気づけば、動かなかった体が動くようになっていた。
差し出された手を見つめ、アトラは記憶を引継いだ時のことを思い出して、体が震えていることに気がついた。
それは新たな力に対する武者震いか、それとも記憶を引継がされることに対する恐怖か。
アトラはそのまま暫く差し出された手を見つめ、やがて口を開いた。
「俺が断ったらどうなる?」
『何も変わらない。世界に残された力や記憶の欠片は、君の持つもの以外にもあるはずだから、僕の意志を継いでくれる人が来るまで待つよ』
「……俺が記憶と力だけ奪って、好き勝手生きるかもしれないぞ?」
『それでも構わない。既に死んでしまった僕には願うことしか出来ない。言葉を、意志を残すしか出来ない。それに、その人物に意志を託せるかどうかの判断は、その場のシステムである僕の意志で決められる。僕は君を信じることにした』
「何故だ?」
アトラのその短い問いに、ユウトは優しく微笑んだ……ような気がした。
『君の隣に、僕の知らない、君を心から信じる仲間が居たからね』
「……クソ喰らえだ。この腐れ先代め」
そう暴言を吐き出しながら、アトラはユウトの手を取った。
悪態をつくアトラに、ユウトは影に沈む気配をいっそう柔らかいものへと変えた。
『これがここに残された……僕が君に答えられる全ての答えとその知識だ』
受け渡されたのは差別の無い国造りを目指した建国王の記憶。帰る事もできず、もがき続け、ようやくできた心を許せる仲間と世界を渡り、理想を語った、青臭い記憶達だった。
『ありがとう。優しい後継者』
最後にユウトの影がそう残して虚空へと消えた。
システムである彼は、再び適応者がここを訪れるまで眠りにつくのだろう。
人間であるのならば魂が磨耗して消滅してしまうほどの長い時を。
「千年前の建国王、ユウト・ベルウッド・エル・アデンか」
そう呟いて、アトラは暗闇に目を凝らして毒づいた。少しずつ体と心が同期していく感覚を感じながら。
「苗字鈴木かよ。真っ直ぐすぎるだろう、先代」
というわけで先代の記憶再びでした。
アトラ君の知識がまた増えたよ! やったね!
次回からは冒険前の準備時間です。色々なアイテムやら道具やらを用意していく形になります
どの程度世直しして行くのかは、今のところ未定です
大きなことをしでかすのか、その辺で小さなことをコツコツ積み上げていくのか
書いててちょっとわくわくしてきます
ここまで読んで下さりありがとうございました
旅に必要なもの、幾つか考えてはいるのですが、こういうのあった方が良いとかありましたら教えてもらえると助かります
感想などもありましたらよろしくお願いします
次回更新>ストックが無いのでちょっといつになるかわかりません。筆の進み具合になるかと思います
気がつけば10万ユニーク達成していました! ありがとうございます!




