第十三話 ずるして転送?
結果から言ってしまえば、アルトリアはあっさりと合格した。
四年前の段階で魔法名のみの詠唱で攻撃魔法が使え、あまつさえ急所を狙おうとしたくらいだ。
十分に手を抜いても合格基準を満たすのだから、流石というべきだろう。
ちなみに初級魔法の五連射を的のど真ん中にぶち当てて合格している。その後に他の魔法の試験を受ける者達を何人か見学させて貰ったが、比べたらアルトリアに悪いと思ってしまうレベルの者が多かった。
それでも合格者が出るのだから、この世代の魔法使いのレベルの低さが透けて見える。
漏れ聞こえる話を拾ってみれば、初級魔法しか使えなかった者が卒業時には中級魔法まで使えるようになった者も居るということで、教え方は悪くは無いのだろうが、それにしてもお粗末過ぎる気がした。
「しかしなんていうか……アルトリアと比べると、どうにもレベルが低い気がするな」
「私の場合は母様が教えてくれたから。こう言ってはなんだけど、魔法は使えるだけでお金になるからね。あまり他人に教えようって人は少ないんだ。だから魔法の才があっても伸ばせないって人も大勢居るらしい。そうした知識が欲しくてここに入ろうとする者も居るくらいだからな」
だから卒業する頃には見違える者が年に何人かは出るらしい。
とは言えアルトリアのように最初からそのレベルというものは少ないようだ。
アトラ達はそんな風に試験内容などについて雑談を続けながら正門とは別の方向に歩き続ける。
試験官に教えられたのだが、正門が混み過ぎないように出口は別に作られているそうだ。
ようやくその出口に辿り着けたようで、合否に一喜一憂している若者の姿が周囲に溢れる中、養成所の敷地から抜け出す。
人混みをすり抜け、混み合っているであろう大通りを避けて適当な路地を抜けていく。
「とりあえず合格おめでとう」
「おめでとうございます」
「ふふっ、ありがとう二人とも。まぁ、大変なのはこれからなんだけどね」
そんなことを言いつつも、自慢げに髪をかき上げるアルトリアに、アトラは苦笑した。
アトラから見てもアルトリアの魔法の才能はあの会場の誰より頭一つ抜き出ている。それに加えてノルデンシュ領に居た時に見せてもらったが、細剣の腕前も中々堂に入ったものだった。
そう考えると、まず間違いなくアルトリアはこの冒険者養成所でトップクラスの使い手になるだろう、というのは想像に難くない。
「そうだな。折角だし、時間もあるからこの後適当に見て回らないか? アルトリアには合格祝いに何か奢ろうと思うんだけど」
「本当に? うん! 約束だからね!」
文武両道で才色兼備。家柄もほぼ最高と人生勝ち組な相手にこんなお祝いで良いのかな、と思いつつも、予想外の食いつきにアトラは僅かに呆気に取られつつも一緒に破顔した。
ぐっと小さく拳を握り固める公爵令嬢を微笑ましく思いながら、アトラは意気揚々と通りを進むアルトリアについて歩いた。
大通りではないものの、どうやらここも幾つかの店が並ぶ通りの一つらしく、そこそこ活気がある。
先代の知識を持っているアトラだが、現在の地理などと比べて随分と齟齬があるほど昔のことらしく、こうした街歩きはアルトリアの方が上手だった。
彼女の後ろを歩きながら、周囲の様子をミリルと共に観察する。
二人の育ったガーネイルの街は主要な通り以外は地面の地肌が覗いていたりしたが、ここエルカスタでは地面がきちんと石造りとなっている。
この土地特有の石材を使用しているのか立ち並ぶ建物や通路は赤茶けた色味が強く、どこか泥臭さを感じさせるが、そこがまた冒険者の街と呼ばれるに相応しい雰囲気を醸し出していた。
そして冒険者の街らしく、本当に様々な店がある。
特に今通っている場所は露店や屋台が多く、日によって開いている店が異なりそうだ。
アトラ達は熱烈な呼び込みに負けて怪しげな武器屋の商品を見たり、立ち並ぶ屋台で約束通りアルトリアに焼き串を奢ったり、人知れずひっそりと佇む露店で珍しい薬草を購入したりと街巡りを堪能する。
一般人にしてみれば結構な散財をしたはずなのだが、ここに来るまでにたんまりと稼いで来たアトラとミリルにとっても痛くもかゆくも無い出費だった。
それというのもアルトリアの手前きちんとセーブをして買い物をしていたからだが。もしアルトリアが居なければ、もっと色々と買っていたのは間違いが無いくらいに、街の品揃えは豊富だった。
「んーっ、結構回ったわね。それでもまだ大通りの方は回ってないんだから、制覇するにはまだまだ遠いわ」
大きくのびをしながらアルトリアが大通りに目を向ける。
軽く一時間程度はあちこち見て回ったので大分列は短くなっているが、まだ受験者ははけ切らないようで通りは随分と騒がしい。
毎年恒例なのだろうが、屋台の売り子が出張して食べ物などを売り歩いていたりする。
随分と盛況な用で、売り子の女の子があちこち忙しそうに走り回っていた。
この様子では、大通りの店は本日開店休業か、そもそも開いてすらいない可能性がある。
「こりゃ大通りの店を回るのは明日以降だな」
「そうですね。出来れば新しいブーツを見たかったのですが……仕方ないですね」
「あー、大分無理してここまで来たからなぁ」
ミリルの呟きに、アトラも普段世話になっているブーツを持ち上げて良く見ると、底が磨り減り、所々の縫い目が解れていた。
ミリルのブーツも似た状態で、まだもう暫くは持ちそうだが、買い替え時であるのは一目瞭然だ。
大通り以外にも靴やブーツを売る店はあったが、どうせなら大通りも含め一番良い品を買いたいと言うのは、間違った考え方ではないだろう。
もう少し設備や道具などが整えば、アトラ自身が作成するという手段もある。
何しろ少し前にワイバーンの皮が大量に入荷したばかりだ。そんじょそこらの職人では歯が立たないレベルの魔法が籠められたブーツだって作れるだろう。
そんなわけで別に慌てる必要はなかった。
「まぁ、ブーツや服とかはまた今度にしようか。それとある程度計算して買い物しないといけないとは言え、欲しいものがあったら遠慮なく言えよ、ミリル」
「わかりました。その時は買い物に付き合ってくださいね、兄様」
「了解。わかってるよ」
「……いいなぁ」
そんな風に二人が会話をしていると、不意に前からそんな呟きが零れてきた。
呟いたのはアルトリアだった。
アルトリアにしてみれば同年代の友人が少ない上にアトラはちょっと気になる相手だ。羨ましいと思うのは当然の感情だろう。
それでもどうやら自分の口から本音が漏れていたことに気づいたのか、わたわたと慌てた後、頬を赤らめつつ明後日の方向を向いて腕を組んだ。
そして鼻を一つ鳴らす。まるで笑いたければ笑えとでも言いたげな仕草にアトラは苦笑しつつミリルを窺うと、似たような視線が返ってきた。
「もちろん、アルトリアも一緒に、な? ミリル」
「はい。兄様には悪いですが、衣服などは女の子同士の方が相談できますし」
そんな二人の態度に、恥ずかしさにむくれたくなりながらも、そんな子供っぽい事はできないと自分を鼓舞して、アルトリアは俯きがちに小さな声で答えた。
「……オネガイシマス」
「うん、お願いされました、っとそうだ」
突然足を止めてアトラは手を打った。
あまりこの件を引き摺るのも良くないと思ったことも確かだが、一箇所どうしても行っておきたい場所があったのだ。
「一箇所行きたい所があるんだけど、最後にあそこに行かないか?」
「あそこ、ですか?」
「うん。そりゃもちろん、この街の名物の一つ。迷宮だよ」
街の外れを指差して言えば、アルトリアも納得したように顔を上げた。
「迷宮、ですか」
「そうね。今は無理でもそのうち行って見たいし、丁度良いかも」
ミリルもアルトリアも興味を持ったようで頷いたので、先ほどまでの空気を振り払って再び歩き出す。
行き先はもちろん今話題に上がった迷宮だ。
迷宮と言えば迷宮都市の大迷宮が有名だが、ここエルカスタにも規模が小さいとは言えしっかりとした迷宮が存在していた。
しかも自然発生の迷宮ではなく、世にも珍しい人工迷宮がだ。
元々迷宮とは、魔物の一種で、下手をすると竜種よりも危険とされていたりする。
空気中の魔力が異常なレベルで密集した際に生まれる自然現象に近い魔物なのだが、その性質上その辺を漂う魔力だけあれば存在することが出来る。
しかし空気中に居れば濃い魔力は薄いところへと流れて行き、やがては自然と魔力が分散して消えてしまう。
その為地下や岩山などを掘り進めて空間を拡張し、自分の存在領域を形成したものが迷宮と呼ばれる魔物だ。
そうして生まれた迷宮は自らの核を外敵から護るために複雑な構造を持った内部構造を構築するのだが、その魔力を求めて周囲の魔物や動物が迷宮内部へと集まり始める。
内部に集まった魔物は魔力を食う代わりに迷宮の核を護る存在として共存することになるが、その魔物を生かすためにも、迷宮は規模を広げて魔力を取り込もうとする。
そうして延々と規模の拡張を続けていくのが迷宮の成長と呼ばれている。
ダンジョンの生まれる過程はそんなところなのだが、それを人工的に作り上げた天才が遥か昔に存在したらしい。
最早誰が作ったかは伝わっていないが、この人工迷宮は深さ二十層と小規模の大きさなのだが、それ以上は決して成長しないという特徴がある。
迷宮が竜種より恐ろしいといわれるのは、最終的に成長しきった迷宮が化物みたいな魔物を吐き出すようになるからなのだが、それが途中で止まっているならば、そこは金のなる木でしかない。
なにしろ迷宮で取れる素材や魔石は迷宮の性質上、同じ魔物の素材でも迷宮産のほうが質が良いのだ。
お隣の迷宮都市では百層にも及ぶ巨大迷宮があるため、この街の迷宮は迷宮初心者ご用達となっているが、この街の名物であることに違いは無い。
もっとも、そんな初心者向けの迷宮でも、年に二桁の帰らぬ人を生み出してはいるが。
「養成所で発行される冒険者証で入れるようになるかはわからないけど、観光地の一つとして一般人にも入り口手前までは開放されてるらしいから、ちょっとした雰囲気くらいは味わえると思うよ」
そんな風に道中、楽しそうに迷宮について語り続けるアトラに、ミリルは微苦笑して相槌を打っていた。
そんなミリルの横でアルトリアは呆れた表情を浮かべている。
「……ねぇ、ミリル。アトラっていつもこうなの?」
「……はい。大体こんな感じです」
こんな感じ、というのは、うんちくやらを語り続ける、ということだ。
普段持っている知識をひけらかすわけには行かないアトラは、こうした吐き出してもさして問題ない知識や調べ上げた事柄に対しては饒舌に語る癖があった。
ミリルは長年付き合ってきてもう慣れているが、アルトリアにとっては初のことだ。
新しい一面を垣間見た嬉しさもあるが、それと同等かそれ以上に滑らかに語り続けるアトラに、若干押され気味だ。
「……どうせ気を使うなら、最後まで使って欲しいわね」
「でも、兄様がこうして饒舌に何かを話すのって珍しいんですよ?」
「そう……でも、なんていうか、その……これはちょっと残念な所、よね?」
「……言わないであげて下さい」
後ろで女子二人がそんな会話をしているのにも気づかない様子で、アトラは歩きながら講義を続けていた。
今は迷宮の説明から迷宮内部で取れる魔石の質などについて語っていた。
エルカスタの迷宮は冒険者養成所の敷地近くにあった。
街の中央に迷宮を添えるわけにも行かないため、ある意味当然の立地と言えばその通りでしかない。
養成所自体が一種の観光名所でもあるため、普段はこの通りも人通りがそれなりにあるのだが、今日から数日間は養成所の試験というイベントがあるため、大半の人はそっちに付きっ切りだ。
あるところで建物が無くなり、恐らく普段は露店などが開かれているであろう通りが暫く続く。そして今度は通りが終わる変わりに二メートル以上ある巨大な岩が壁のようにズラリと楕円を描くように並び、その中央に同じ岩が組み合わさってできた迷宮の入り口がある。
地下へと続く入り口の幅は、大人二人がぎりぎり並んで入れるくらいの広さで階段を下るにつれて幅が広がっているようだ。
もちろん入り口の横には資格の無い者が勝手に入り込まないよう見張りが二人ほど立っていた。
そしてそんな迷宮の入り口を見た三人の反応はというと、
「なんていうか……」
「……そうですね」
「「「普通」」」
だった。
本当ならこの辺りにも露店や冒険者が溢れ、時折迷宮から帰った冒険者が中で手に入れたものを売りに出したりすることが名物となっているのだが、今日はそれを期待するのも間違いだ。
この時期は多くの冒険者が試験関係で雇われる為、迷宮への挑戦は中止になるのだと、余程暇だったのか見張りの二人が我先にと語ってくれた。
つまり中に入れるわけも無く、現状では見るところも禄に無いため、すぐに観光は終了した。
今はアトラが周囲の岩をしげしげと見て回っているだけで、見張りは騒がしいであろう大通りの方を眺めて雑談をしている。
ミリルとアルトリアもすることが無くなり、自然と足はアトラの元へと向いた。
「あの、兄様。さっきから何してるんですか?」
「んー、いや、なんかこう、ここに来てから妙な感じがするんだよね」
そう返事を返しながらも、アトラは立ち並んでいる巨大な岩一つ一つに手を触れたり軽く叩いたりしている。
どことなく上の空だ。
「……妙な感じ、ですか?」
「そう。なんか後ろ髪を誰かに触られているような、妙な感じ。見えない誰かが気づいてくれって言ってるような……あ」
不意にアトラの足が止まった。
立ち止まったのは迷宮の入り口の丁度真後ろに位置する岩の前だ。
アトラが手を触れたその岩は、表面に何がしかの魔法陣を浮き上がらせている。
「アトラ?」
「兄様?」
「はは、まずったかな?」
アトラの苦笑いを最後に、三人の姿はその場から消え去った。
見張りの男達は、終始そのことに気づかなかった。
ようやく更新できました
皆様の意見を参考に書き直しを行い、また路線の方も修正させていただきました
頂いた感想のお陰でインスピレーションも湧き、この後の展開も書き始めております
ただ、学園編を楽しみにされていた方がいらっしゃいましたら申し訳ありません
以降、楽しい作品を楽しんで書けたらなぁと思いますので、緩く、時に厳しくこれからも読んでいただければと思います
ここまで読んで下さりありがとうございます!
感想、意見などありましたら、宜しくお願いします!
次回更新>近日中
*大変申し訳ありません!
変更した内容ですが、サブタイトル第五話の話と、学園に入るところを入らない、という形に変更したので、その辻褄あわせという形での変更を行いました
ここまでの流れ自体はそれ以外は大きな変更がありません
また、変更した点は後書きなどに書く事にしました
変更点を伝えるのが遅れてしまい、大変失礼しました!




