第十二話 ずるして入門試験
翌日、王都ノルデンシュ領都市に半日かけて辿り着き、適当な宿で一晩を過ごしてから公爵家をアトラ達は訪ねた。
公爵家の屋敷は城下町に近い北側にある。
周囲を腰元まである頑丈そうな岩を削りだした塀に先端の尖った鉄柵で覆われている。鉄柵の隙間から見える屋敷は、最早城と呼べるレベルの建物だ。
壁は全て石造りで、これまで見てきた建物に比べて頭一つは飛び出て高い。この辺りが緩やかな丘陵になっていたこともあり、街を見渡せるはずだ。
それだけでなく使用人のためと思われる離れに、私兵の騎士団の兵舎と思われる建物と訓練場もあるので敷地も相当に広い。
堅牢さと威厳を醸し出すための装飾の施された正門の左右には、鎧を着込んだ兵士が槍を構えて立っていた。
「ここはノルデンシュ公爵家のお屋敷だが、何か用かな少年?」
「はい。俺はアトラと言います。キアラ公爵夫人との約束により、会いに参りました。どうかお取次ぎをお願いします」
そう言いながら四年前に預かった公爵家の家紋入りネックレスを差し出す。
アルトリアが養成所に行く前に遊びに来るよう手紙で伝えられていたのだが、どうやら門番である彼にもちゃんと話が通っているようで、緊張したようにネックレスをアトラから受け取って確認をする。
「……本物だ」
「良かった。それじゃ入れて貰えるんですか?」
「ああ。ただ勝手に歩き回られるのも困るからね。案内をする人を用意するから少し待ってくれるかい?」
「それはもちろん」
むしろここで勝手に入って屋敷まで行って良いなど言われる方が困る。
公爵家の屋敷ともなれば入ってはいけない場所もあるだろうし、何か問題が起こればそれはアトラを縛る枷になりかねない。
かつて会ったキアラ公爵夫人を思い出すに、そういった許可すら出しそうな大らかさがあったが、もしここで言われていたら回れ右で帰っていた。
話を聞いてくれた彼は同じく見張りに立っていた兵士に報告と案内人の手配をするように伝えてから、アトラに向き直りネックレスを手渡してきた。
「このネックレスは君に返しておくよ。元々君に預けられているものだと聞いているからね」
「わかりました」
緊張気味にネックレスを扱う兵士からそれを受け取り、アトラは丁寧に布で包んでしまった。
そのままティムと名乗る彼と軽い自己紹介をしながら雑談をして待つと、俄かに屋敷の方が騒がしくなった。
目を凝らしてみると、小さな人影がこちらに向かって走ってきていた。
「アトラ!」
黒髪を靡かせて走ってきたのは公爵令嬢のアルトリアだった。
息を弾ませて門扉の前まで来ると、一呼吸を置いてにこりと微笑む。
「ようこそ、ノルデンシュ公爵家に。歓迎致しますわ」
優雅に一礼。その洗練された動作に、アトラは思わず感嘆の息を吐き出した。
どうやらこの四年間で多少は落ち着いたのか、以前の幼いだけの少女には無い、貴族の風格のようなものが感じられる。
あの時から時折手紙の交換をしていたが、紙面上は常に丁寧な言葉遣いだったこともあり、こうした立ち居振る舞いに関してはわかっていなかったから驚きだ。
とは言っても、その瞳がどこか楽しそうに細められているのだから、本質は変わっていないのだろう。
周囲の静止を振り切ってここまで走ってきたのが良い証拠だ。
「お招き頂きまして感謝いたしますアルトリア様」
面白がって演じる相手に対して、ただ返すだけではつまらない。
一応手紙のやり取りばかりとは言え、友人としても同様に返すべきだろうと調子に乗ってそんな風に返礼すると、すぐに抑えられないと言った感じでアルトリアが小さく笑った。
「ふふっ……まったくアトラはずるいな」
「その前に自分の行動を鑑みて反省した方がいいんじゃないかな? 四年前と取ってる行動が何も変わってないよ」
「うっ……相変わらず辛辣だな。だけど大丈夫! もう今ならあの位の賊は一人で退けられるから」
そういう問題じゃねぇ、と言いたかったがそこは我慢した。
何より今は紹介しないといけない人物がいる。
アトラは後ろで所在無さげにしていたミリルの手を引っ張って隣に立たせると、アルトリアに向かって紹介した。
「そうそう、手紙にも書いたと思うけど、こっちが義妹のミリル。宜しく頼むよ。それからミリル、こちらが公爵家令嬢のアルトリアだ」
「そうか、君がミリルか。よろしく頼む」
「宜しくお願いします」
一瞬視線が交錯した際に、何故か火花のようなものが散った気がしたが、すぐにアルトリアはアトラのほうに向き直った。
「とりあえず母様も二人の到着を楽しみにしていたから、客間まで来てくれるか?」
「もちろん」
頷いてアトラは門をくぐって公爵家の敷地に入った。
そこに遅れた使用人達がようやく到着し、アトラ達はキアラの待つ客間へと案内された。
その間ずっと使用人たちがアルトリアを叱っていたが、まるで聞く耳を持っていなかった。
屋敷の中に入った時も思ったが、案内された客間も思ったよりも質素だった。
と言うよりも、無駄なものが無い。
扉や柱、シャンデリアや調度品一つ一つは細やかな装飾が施されているが、それ以外の嗜好品……例えば絵画や陶器などと言ったものが本当に必要最低限というくらいにしか飾られていなかった。
中央に長テーブルにソファ、後は棚にティーセットなどがしまってあるくらいでしかない。
「よく来たな少年。予定よりも早い到着だな」
そんな客間でアトラを迎えたのは、四年前に会った時とまったく変わらない様子のキアラ公爵夫人だった。
使用人がいるというのに、自らお茶を注いでテーブルに運ぶと、アトラ達に座るように手で示した。
素直に従ってアトラ達は席に着く。
「はい、急いで来ましたので」
実際は急ぐどころか強行軍だったわけだが、そんな事はおくびにも出さずに満面の笑みを返して、アトラは出された紅茶を飲んだ。
ポット自体に保温の魔法でも掛かっているのか、お茶は少し熱いくらいで、芳醇な香りの後に僅かな酸味が舌を刺激する。非常に美味しい紅茶だった。
「それからそちらが話にあった妹さんだな。私はキアラ・ルイゾン・フォン・ノルデンシュ。母娘揃ってよろしく頼むよ」
「は、はい! よろしくお願いいたしますっ」
座ったままだというのに優雅に会釈をするキアラに、ミリルが深々と礼を返す。
そんな緊張感丸出しのミリルに苦笑を浮かべつつ、キアラはアトラへと視線を向けた。
「話は聞いているよ。養成所の件を断ったのは、妹さんのことがあったからかな?」
「それもありますが、やはり俺には敷居が高い場所ですから。卒業までの資金もありませんし」
「そこはこちらで出しても構わなかったのだがな」
「いえ、そこまでお世話になるわけには行きませんから」
アトラは平然と嘘を吐きつつ、当たり障りの無い対応で養成所の件はきちんと断っておく。
接してみた感じ、本当に善意で言ってくれいるようだし、理由もアルトリアの友人として傍にいて欲しいということみたいなのだが、今ある貸しを有効的に使う為にも、それ以外の援助は出来るだけ断るべきだ。
もっとも、何事も無ければこのままアルトリアとはプライベートな友人として付き合っていくつもりだし、彼女とはちょっとしたやり取りなどしても構わないだろうとは考えている。
「ただ、ご迷惑でなければアルトリア様とは今後も友人として手紙を贈ることを認めて頂けると嬉しく思います」
「もちろん、当然だ! 迷惑なんて無いぞ!」
アトラの言葉に、アルトリアが間髪要れずに返答した。
その様子に苦笑しながらキアラも頷く。
「私としても娘が素で付き合える相手には友人としていて欲しいと思っているよ。アトラ君だけでなく妹のミリルさんも、これから娘と仲良くしてくれると嬉しい」
「そうですか……良かった。貴族の方を相手に友人と名乗るのは失礼かと思ったんですが」
「問題ないぞ、アトラ。もしそんな奴が居たら、私自ら薙ぎ払ってくれる」
少し自嘲気味に言うアトラに対して、自信満々にそう返す公爵令嬢。
どうでも良いが、ちょっと血の気が多いのではないか、とアトラは思わなくも無かった。
「とにかく、アトラ達は私と一緒に試験会場まで来てくれるのだろ? それまでまだ時間もあるし、これからの数日は屋敷や街を案内するよ」
喜々としてアルトリアが宣言すると、異を唱えるものがそっと進み出てきた。使用人の方々だ。
「ですがお嬢様。この後王都での夜会に向けてマナーの授業が……」
「これから屋敷や街を案内するから!」
使用人の言葉にまったく聞く耳を持たない娘を見て、母親はため息を吐きつつアトラへと視線を向けた。
「アトラ君。申し訳ないのだが……」
「はい。アルトリア様のことですね。無理なされないように注意します」
「すまないな。ミリルさんも、こんな子だが愛想を尽かさないでやってくれ」
耳を塞いで使用人と目を合わせないで居るアルトリアを眺めて、三人は揃って苦笑を浮かべた。
アルトリアに街を案内されてから数日後、アトラ達は冒険者養成所のある街へと向かって出発した。
冒険者養成所は、王都の中でも北を収めているエルドライド大公爵家の領内にある。
アデン国の東は海に、南側は未開の地に囲まれていることもあり、他国の受け入れやすいこの地に作られていた。
また、このエルドライド領には迷宮などもあることから、多くの冒険者が集まるため都合が良いという理由もあった。
ただそれ故に王都の中心からは離れた位置にある。
王都エルドライド領都市から馬車で約一日。外壁の傍にある街エルカスタ。
通称冒険者の街と呼ばれるここが、これからアルトリアが過ごすことになる街だ。
その名が表すとおり、行き交う人の多くは冒険者だし、立ち並ぶ店も冒険者ご用達のものばかりとなっている。
そんな通りを養成所に入ろうとする若者達がぞろぞろと歩いていた。
養成所に向かっているのは十二歳の少年少女だけでなく、十代半ばや二十代の者もそれなりの数が居た。
これは養成所で得られる知識や、卒業生という肩書き、騎士団などからのスカウトを狙って養成所入りを目指している者達だ。
それに養成所を卒業して冒険者となった場合、ランクが一つ上がるそうだ。
とは言ってもCランク内のみだけで、CからBに上がったりはしない。Cの下級のものは中級に、中級は上級にといった具合だ。
「それにしても凄い人だなぁ」
「国外からも来る人が大勢居るから、毎年コレくらいの人数になるらしいわ」
「皆さん凄いやる気なんですね」
順番にアトラ、アルトリア、ミリルの台詞だ。
通りを歩く若者の大半はこれからの養成所入門試験に向けて緊張に表情を硬くしているのだが、そもそも試験を受けないアトラ達は当然として、アルトリアも平然としている。
なんとなく以前も思ったのだが、肝が据わっているな、とアトラは妙なところで関心した。
大通りの両サイドから職人や先輩である冒険者から応援の言葉が飛ぶ中、人でごった返す通りを進むと次第にその人混みが幾つかの列に分かれ始めた。
アルトリアに確認したところどうやら入門試験を受けるに当たって名前の登録をして、番号札を受け取るため、こうして列が出来るとの事だ。
どこに並んでも構わず、札を受け取った人は今日から一週間以内に試験を受ける。
合格基準を満たしたものが即座に合格で、早い方が有利なのかと思ったら、そんなことも無いらしい。
合格基準を満たせば全員合格になる上、他人の実力を見てその同期で成績が残せるかの判断を行って入門を一年ずらしたりする者もいるそうで、むしろ後日になるほど順番待ちは多いそうだ。
待っている間適当に雑談をし、一時間と言う待ち時間の後アルトリアは登録を済ませて敷地の中に入った。
無関係のアトラ達は入れないのかとも思ったが、中には従者などを連れているものもいる為、関係者は中に入れるそうだ。
なので敷地内は人で溢れているかと思ったが、意外にそうでもない。
受付を行っている正門の先は大きな広場となっており、更に広大な敷地面積を有用に使って複数の試験場所を設けているため、人が上手い具合にばらけているらしい。
恐らく養成所の関係者であろう大人が、周囲にいる試験を受けに来た若者を案内していた。
その中の一人、人一倍大柄な男が大きな声を張り上げている。
「良いか! 試験会場は複数用意されている。左右どちらの道を進んでも、好きな試験が受けられるようにしてあるから立ち止まらずに進め! 止まるな!」
盛り上がった筋肉に短く刈り上げた短髪。強面の顔が、威圧感ばりばりで叫んでいた。
ここに立ち止まっていても暑苦しそうなだけなので、その場から逃げるように人の流れに乗って進む。
先ほどの言葉通り複数試験会場が用意されているのか、かなり奥まで試験会場は用意されているようだ。
やはり手前の方ほど人が多く、奥に行くにつれて人が少なくなっている。
ある程度人がいなくなったところで、アルトリア達は試験を受けるために会場に移動した。
「ようこそ。第五試験会場に。名前と札を出して、どの試験を受けるか申告してくれるかい?」
受付にいたのは線の細い眼鏡をかけた緑髪のエルフだ。外見年齢は十四、五歳と言ったところなのだが、エルフは外見年齢と実年齢が一致しないことが多い。とは言え所々で見かけた制服らしきものを着ているので恐らく先輩に当たるのだろう。灰色のローブを羽織っているところを見ると、魔法使いなのかもしれない。
そんな先輩風な少年を観察し終えたアトラは周囲を見回しながら聞く。
「えっと、俺が試験を受けるわけじゃないんだけど、試験って何があるんだ?」
「えっと、知らないで来ているの?」
「武技か魔法が使えるなら大丈夫って聞いただけだから」
言いながら見回す範囲には、妙なアトラクション染みた施設や十五メートル四方の舞台、複数の的や巻き藁が用意された場所などがあるのだが、いまいち何をする場所なのかがわからない。
「まぁ、そういった認識でも間違ってないけど……まぁ、良いか。試験は三種類あって、それぞれ斥候、武技、魔法の三つになってるんだ。斥候はあそこの大きな施設に入って、罠とかを避けながら出口まで到達するタイムを競う。途中隠されたり設置されたりしている的を壊すと、その分評価に加算される仕組みだね。次に武技だけど、これは簡単。あそこの舞台で魔法を使わずに教官を場外まで移動させるか、認めさせることができれば合格。教官からは一切手出ししないから安心してね。最後が魔法だけど、あっちの巻き藁や的に攻撃を放って貰う。その発動までの速度、威力、精度を見て合否が決まるよ」
それぞれの施設を指差しながら丁寧に説明してくれた。
頷きながらもふと疑問に思ったことを口にする。
「えっと、これは例えばなんだけど、魔法使いでも回復魔法が得意って奴はどうするんだ?」
「その場合は魔法使いの教官に言ってくれれば良い。その時は特殊な魔導具を使って回復魔法の出力を測る形になるから」
「なるほどわかった」
一通り聞き終えて、アトラは振り返ってアルトリアに場所を譲る。
アルトリアは受付に番号札を預けて名乗った。
「それで、どの試験を受けるんだい」
受付のその言葉に、既にどの試験を受けるのか決めていたのか、アルトリアは即答した。
「魔法の試験で」
なんとかかんとか更新。本当は紅茶噴出すとこで終わろうと思ったのだけど、サブタイトルが思いつかなくて無理矢理ここまで入れました
韻とか踏んだり、関連性のあるサブタイ考えられる方って凄いですよね・・・。
そして本当は十時に上げるつもりだったんですが・・・寝坊しました(笑
とりあえず寝坊分取り戻すためにも頑張って書きます
ここまで読んでくださりありがとうございます
感想・アドバイスなどありましたらお願いいたします
また、巻き込まれる事件の展開とか、魔法の詠唱と魔法名とか、魔物とか、おススメや良さそうなものがあったら教えていただけると幸いです
次回更新は未定。できるだけ早く上げたいけど・・・うぐぐ。
8/25
養成所の必要金額を合計五百万とか書いてました! なんていうアホなミスか!
ご指摘頂きましてありがとうございます! 修正しました~
8/28追記
ここ数日びっくりするほどのアクセス頂きましてありがとうございます
いきなり伸び始めて正直嬉しいやら怖いやらであたふたしております^^;
2014/9/3
アトラ達が養成所に入るところを、入らない、という形になりましたので、それに伴い修正を行っています




