閑話 とある公爵夫人の視点
一部えぐいというか、ちょっとしたグロ表現ぽいものがあります
苦手な方はさらっと流し読みして深く考えないようにするか、読まないことをおススメします
とは言っても、ただ一文なんですけどね……
あの辺境の町への視察を終えてから、早くも四年の月日が流れようとしている。
結果から言えば、あれは得るものが多い慰問となった。
辺境まで足を伸ばしてみたが、報告にあった通り、どこもかしこも魔物の数は実際に増えていた。
だが、それに比例するように都市や人々には活気があり、多くの魔物が日々狩られていた。
いずれ魔物の異常発生による百鬼夜行は起こるだろうが、まだ暫くは大丈夫だと信じさせてくれる強い人間の営みを見ることが出来たのは僥倖だった。
辺境の魔物の素材を仕入れる新しい伝手も開拓できそうだし、それだけでも十分遠征の価値はあったと思える。
しかし得たものはそれだけではない。
他にもノルデンシュ家を忌み嫌うものや、国王派の国に新しい風を呼び込もうとする一派を良く思わないものを釣り上げることにも成功した。
この身を囮とした甲斐があったというものだ。もっとも、狙われたのは私ではなく娘の方ではあったが。
この件については森の精霊様とやらとあの少年に感謝しなくてはならない。
発端は辺境近く、ガーネイルの街で娘が誘拐されるという事件が起こった事だ。
馬鹿娘が護衛を振り切って街を歩いたのが原因なのだが、あのお転婆にはまったく困ったものだ。
せめて見た目を誤魔化す変装の魔導具でも身につけて行けばよいものを、変なところで機転が利かない子なのだ。
とは言っても、私がその誘拐の事件を知ったときには既に解決しており、なんの問題もなかったからこその感想だといえる。
なんでも道中私達を助けたあの木の葉の渦が再び現れたのだという話だ。巨大な木の葉の渦を見たという者が何人かおり、それを近くで見ていた少年が倒れた賊と娘を見つけてくれたのだという。
あれ以来森の精霊というのは時折出るという話だ。
森の奥で魔物に殺されそうになった冒険者が何度か助けられたと伝え聞いている。
さて話が逸れたが、そのお陰でことが深刻化する前に事件は解決していたのだ。
だから事件の直後、私は娘が無事だとわかった時点で、娘の安否よりもことの真相を暴くことを優先した。
親として間違っていると理解しているが、貴族としてこれを見過ごすわけには行かなかったのだ。
まずは先に賊から情報を聞きださなければならない。失敗したとなれば、黒幕はすぐさま逃げる算段をたてる筈だからだ。
賊が捕らえられている地下牢へと赴き、二、三質問したが男達はだんまりを決め込んでいた。
これでも私は娘を攫われたことに対して、腹を立てていた。
だから手っ取り早く体に聞いてやることにした。
それからの男達は幸いにも協力的で、二本ほど手の指から骨を抉り出してやった時点で、喜んで知っていることを話してくれた。
これはその情報を元に部下に調べさせ、後々わかったことだが、どうやら黒幕はとある保持派の伯爵家だった。
娘を奴隷に落とし、そこに偶然を装い買い上げることで我が家に恩を売り、更には奴隷に落ちたという汚点を持つ娘を、気遣う振りをして手の者を入り婿にしようと画策していたようだ。
なんともまぁ性根の腐っていることか。
まぁ、貴族という時点でどこも似たようなものだろうか。私としても裏のものを使い今回の件の証拠に加え、幾つかその伯爵家が行っていた不正を暴いて然るべき裁きを下したのだから。
一先ずこれのお陰で、慰問のもう一つの目的である他の派閥への牽制も問題なく行えた。
お陰で今でも妙なちょっかいをかけてくる輩は数える程度で、業務もスムーズにこなす事が出来ている。
そうして出来た空き時間を使い、私は娘の部屋を訪ねるのだ。
軽いノックをして声をかけると、ばたばたと慌てて何かを片付けている音が聞こえる。
一分ほど待って、漸く入室の許可が貰えた。
娘の部屋は公爵家の家としては随分と質素だ。最低限の家財道具くらいで、嗜好品の類は殆どない。
これは多分に私の影響なのだが、変に装飾に拘ったり、無駄に豪華なものを使ったりするよりは良いだろう。
何より領民からの税で生活しているのだ。他の貴族のように無駄に天蓋の付いたベッドや巨大なベッドなど不要だ。ベッドで寝られるだけマシだと思うべきだと思う。
私など、何度執務室のデスクに突っ伏して寝たことか。
下手すればベッドで寝た日数より執務室で寝た日数の方が多いんじゃないかというくらいだ。
などと愚痴を心の中だけで吐き出しつつも、表面上はにこやかに使用人に紅茶を淹れる様に告げる。
上に立つ者である以上、そうした不満は部下や民に見せてはならない。
「それで、一体何を隠したんだアルト?」
そう。だから、びくん、と体を硬直させて明後日を見るわかりやすい娘を弄るのは、決して不満を解消したいとか、からかって遊びたいとか、そういう癒しを求めてのことではない。
「な、何も隠してません!」
「ふむ。そうなのか?」
頑として認めようとしない娘に微笑みかけながら部屋の中をさらりと見回す。隠す時に落としたのか、机の下に一枚の紙を見つけた。それで何を隠したのかを察することが出来た。
確かに、これがあの慰問で一番の収穫だったと思える。
私は意図して意地の悪い笑みを浮かべた。
「なんだ。私はてっきり愛しのアトラ少年に恋文でも書いていたのかと思ったのだが」
「なっ! ち、ちがっ!」
顔を真っ赤にして立ち上がる娘を見るに、非常にわかりやすい。常からこれくらいわかりやすければ良いのに、誰に似たのか最近ポーカーフェイスが板についてきていて困ったものだ。
アルトリアは時折あの街で出会った少年と手紙のやり取りをしていた。
しかも紙はそこそこ値の張るもので、中々市民が手に入れることが難しい。それを知ってか、態々返送用の紙と封筒を添えて送るという気遣いぶりだ。
一度しつこくどうしてそこまで気にかけるのか聞いてみたところ、初めて出会った時に自分が公爵家と教えたら、嫌そうな顔をしたからだそうだ。
それを聞けばなるほど、と納得できた。
基本的に公爵家の者を相手に、嫌そうな顔をするものなどいない。腹の中でどう思っているかはわからないが、誰しも覚えが良くなる様に擦り寄ってきたり、いらないおべっかばかりで辟易してくる。
それを取り繕わずに一瞬とは言え嫌そうな顔をすれば、気にかかるのは当然と言えよう。
一度私も直接話をしたが、気苦労が耐えなさそうな少年だと思った。
孤児院の出身だという話だったが、礼儀正しく、どこか大人びた雰囲気を持っていた。
時折孤児となった子には生き抜く為に聡く、思いがけない才を伸ばすものがいると聞く。
もしかしたらあの子がそうなのではと思えた。
何より娘とのやり取りを見ていると、まるで親鳥が雛を護るような、そんなどこか温かい気分にさせられる表情を浮かべていた。
実に興味をそそられる。
私自身彼のことを気に入っている自覚がある。不思議な魅力を持つ少年だ。
「しかし……いよいよ次の温暖期に来るのだな」
「……むぅ」
騒ぐ娘を無視して話を振ると、不満そうに口を噤んだ。
四年前に娘と一緒に養成所に入らないかと誘ったのだが、生憎と振られてしまった。
才はあると思ったが、確かに養成所で過ごすには色々と問題がある。孤児院出身だというなら、まず金銭面で問題が出てくるし、中に入っても選民思想の強い貴族なども居て、息苦しくはあるだろう。
その辺りの事にたいしてこちらで対応することも出来たが、無理を通すわけにも行かなかった。
出来る事なら腹の探りあいになるであろう養成所内で、彼のように気を使う必要の無い友人がアルトリアの傍にいてくれたら、とは思ったが、中々上手くいかないものだ。
とはいえ、それは随分と前にわかったことで、今更娘が不満に思うことではないだろう。
そもそも当時拗ねた娘に、代わりに遊びに来るようにアドバイスして機嫌を直したくらいなのだから。
だから何かあったのかと聞くと、
「なんか……義理の妹さんと一緒に来るらしい」
と呟くように憮然と言った。
なるほど。ライバルがいたわけか。
しかも相手はこれまでの日々を傍で過ごし、加えて王都までの危険な旅路に連れてくるほどに仲の良い相手ということになる。これは少々娘の分が悪いかもしれない。
「なに、こちらに来てから仲良くすれば良いだろう。お前はただですら同年代の友達が少ないんだ。この機に増やす努力をしたら良い」
「余計なお世話です」
私の心配の言葉に、今度はにっこりと余所行きの笑みを浮かべて返してくる。
こういう所は、まったくもって全然可愛くない。
しかしまぁ、あの少年がこちらにやって来た際には、少しくらい娘の応援をしてやろうとは思う。
あの少年なら、無鉄砲な娘を良い方向に導いてくれるのではという期待もある。
今のうちに出来る仕事は片付けておくか。少年が来たときに仕事で身動きが取れないなど、つまらなさ過ぎる。
そんなことを考えながら、私は娘と運ばれてきた紅茶を飲むのだった。
今回は公爵夫人側の視点でした。貴族ってやっぱどろどろしますよね
一応これにて一章部分の幼少期編は終了と成ります。次は少年編とするか、学園編とするかは、まだちょっとどうなるか未定の部分があるので、未定ですね
ここからは更新ペースを維持できる自信がちょっとないです
間隔空いてしまうかも知れませんが、よろしければお付き合いください
ここまで読んでいただきありがとうございます
感想などありましたら宜しくお願いします
2014/9/3
八話でアトラの実力について知っていたところを知らないことになったので、その点の誤差を修正しました
9/6
キアラの心情として
出来る事なら腹の探りあいになるであろう養成所内で、彼のように気を使う必要の無い友人がアルトリアの傍にいてくれたら、とは思ったが、中々上手くいかないものだ。
という文を追加しました




