第八話 ずるしてコネ作り
「まったく、 皆レディの扱いというものをわかっていないわ。貴方もそう思うでしょう?」
などと隣で愚痴を零す少女の隣で、アトラはうな垂れていた。
背中まで伸びた長い黒髪は瑞々しく艶やかで、不機嫌そうに吊り気味の瞳は紅。眉根を寄せて険しい表情をしている。
だというのに可愛くみえるのはずるいな、とアトラは思った。
えんじ色のブラウスシャツに黒いリボンを結び、膝下まである同色のサーキュラースカート、白いタイツに黒い靴を履いている。ブラウスのボタン一つとっても装飾が施されていて、彼女が着ているものが高価なものであることが窺えた。
ミリルを天使と称するならば、差し詰めこちらは芸術品と称することが出来る、気品溢れる魅力で溢れていた。
本来ならばそんな美少女と隣り合って座るという、多少なり嬉しく思えるシチュエーションなのだが、アトラはまったく嬉しくなかった。
それというのも、現在二人は街の警備隊詰め所の一室で待機させられているからだ。
もちろんその原因は、隣に座るノルデンシュ公爵家令嬢であるアルトリアの誘拐事件だ。
救出後、彼女を連れて街の警備隊に報告したところ、二人揃って詰め所でも一番上等な部屋に通され、事情聴取の後待機を求められた。
(しかしよりによって公爵家とか、本当に勘弁して欲しい)
出されたお茶を睨みつけながら、心の中でアトラは嘆いた。
唯一の救いは、それだけの家柄ならアトラが何もせずとも事の真相を暴いて犯人一味を一網打尽にしてくれるであろうということか。
本当なら事情聴取が終わった時点で退出して帰ろうとしたのだが、アルトリアから引き止められた際に周囲の警備兵達からも留まるように言われ、半ば強引にこの部屋に軟禁されている。
経緯の説明でアトラは、森に入らない代わりに街からちょっと離れた所で兎狩りをしていて、突如起こった竜巻に現場を見に行き、次いで響いてきた建物が崩れる音に森に入ってアルトリアを発見、救出したと説明していた。
信憑性を持たせるために兎を一羽空間収納から出しておいて見せていたし、何よりアトラが事件を解決したと言うよりも信憑性が高かったため疑われることもなかったのだが、それでも尚引き止める理由。
それは恐らく公爵家令嬢の相手をするのが恐れ多かったからだろう。しかもこれからその親である公爵夫人がくるのだ。放置するわけにも行かず、かといって粗相があれば首が飛びかねない。
同じ子供で曲がりなりにも恩人であるアトラならば、多少不手際があったとしても許されるだろうという打算が透けて見えるようだ。
現に詰め所の隊長はアトラたち二人にお茶とお茶菓子を出した後は、何も言わずアトラたちが語るに任せ、自分の椅子に座っている。
話を振っても、当たり障りのない返答を口にするだけだ。
終始にこやかな笑みを貼り付けているが、頻繁に汗を拭っているところを見ると、少しばかり彼の胃腸が心配になった。
「なぁ、聞いているのかアトラ」
「はいはい、聞いていますよ」
どこかうわの空だったアトラにアルトリアが不機嫌そうに問い掛けるが、返って来たのがそっけない返事だったからか、僅かに頬を膨らませてアトラを睨みつけた。
むぅ、と小さく唸る公爵令嬢を横目に、アトラは小さくため息を吐いた。
「……そうですね。確かにアルトリア様を麻袋に入れて運ぶなど、とても非常識な方達です。ですがそうなった理由というのが、先ほども仰ってましたがアルトリア様が護衛を撒いてしまったからなのでしょう?」
「う……」
思いがけないアトラからの言葉に、アルトリアは二の句が継げなくなった。
何しろ攫われた時の状況説明の際、本人が鬱陶しいから護衛を撒いたと公言していた。
本人としては気兼ねなく市井を見て回りたかったそうなのだが、公爵令嬢としての自覚を持って欲しいとアトラは思う。
思いはするし色々と言いたい事はあるのだが、これ以上苛めても後が面倒なのでそれ以上の言葉は飲み込んだ。
「しかしまぁ、アルトリア様は随分と魔法がお上手なのですね。アルトリア様の年齢であれほどの魔法が使えるのは珍しいのでは?」
代わりに自分の事は棚に上げて別の話題を口にして方向転換を図る。
お陰で殺されかけた、などとは思っていても決して口に出す愚は犯さない。
実際アトラやアルトリアの年齢で攻撃魔法が使えるのはかなり優秀なことだった。大人でも生活に必要な小さな火を起こす魔法や、水を生み出す程度の魔法しか使えないものが多い。
下級の攻撃魔法が使えるだけで冒険者の中では引く手数多の状況だ。中級まで使えれば、ものによっては貴族すら欲しがる。
幾ら下級の魔法とは言え、魔法名だけの詠唱であれだけの魔法を使うアルトリアは間違いなく将来有望な魔法使いだ。
とは言えアトラは子供にしては優秀なのだろうな、位にしか思っていなかったりする。
比較が自分やミリルというチート組なのだから仕方ないことかもしれない。
「う、うむ。これでも筋が良いと母様にも褒められている。その辺にいる冒険者にだって遅れは取らないと自負している」
「その自負を自分が公爵令嬢であるということにも持ちなさい」
自慢げに胸を反らしたアルトリアに帰って来たのは、鋭さを帯びた女性の声だった。
瞬間アルトリアがびくりと体を硬直させたのがわかる。
声を追って振り返ると、扉がゆっくりと開く。入ってきたのは妙齢の女性だった。
丈の長いワインレッドのワンピースに、黒いショールを羽織っていた。黒髪をアップでまとめ、手には黒い手袋、足にはブーツを履き、腰には細剣を吊るしている。
アルトリアに良く似ている、というよりはアルトリアが良く似ているとするのが正しいか。
その斜め後ろに立つのはライトブラウンの髪色のかなり整った容姿の騎士だ。
街道で魔物に襲われ、アトラが傷を癒した男だった。
「馬鹿娘が。一人で出歩くなら賊くらい一人でどうにかできるようになってからにしなさい。今回どれだけ迷惑をかけたと思っている」
「う……ごめんなさい」
「謝れば済むと言うものでもない。お前の迂闊な行動一つで町民に被害が出たらどうする? どうせ命を張るなら、国や領民を守るために張れといつも言っているだろう」
萎縮する娘に叱責が飛ぶが、その内容に思わずアトラは首を傾げざるを得なかった。
想像していた貴族像とかけ離れているそのやり取りに、アトラはただ呆然と見守ることしか出来なかった。
一通り叱り終わったのか、落ち込んで俯く娘を放置して、母親である公爵夫人は屹然とした視線を部屋の中に居る隊長へと向けた。
「この街の警備隊長にも迷惑をかけました。この謝辞は後ほど改めてさせて頂きます」
「い、いえ! 公爵様のご令嬢の為とあらば、この程度のことなんと言う事はありません!」
「聞いたか、馬鹿娘? 後でお前もきちんと謝るのだぞ」
萎縮するアルトリアを一瞥し、続いて恐縮している警備隊長に視線を戻す。
「さて、警備隊長殿。迷惑掛けついでで大変申し訳ないのだが、少々席を外して貰っても構わないかな? 娘を助けてくれたこちらの少年と内々に話したいことがあるのだ」
「はっ! わ、わかりました!」
敬礼して警備隊長は速やかに部屋を出て行こうとする。この怒涛の流れの中で繰り広げられた会話にアトラはギョッとして去ろうとする警備隊長を目で追った。
目が合った彼は一つ頷くと小さく粗相のないように、と呟いていたようだが、アトラはそんな彼に対して『畜生! 禿げろ!』と心の中で呪詛を吐いた。
無慈悲にも扉が閉まる音が響き、室内には公爵家の関係者三人とアトラの四人だけになった。
「さて、まずは自己紹介かな。私はそこの馬鹿娘の母親で、公爵家夫人キアラ・ルイゾン・フォン・ノルデンシュ。こっちに居るのは当家に仕えている騎士のシュノーゲル・フォン・ハインツという」
「……アトラです」
「うむ。貴族が相手と緊張せずともよい。今回の件もある。普段通りの口調で構わないし、どのような態度をとろうと問題にはせん」
「いえ、流石にそれは」
幾らなんでも貴族相手に下手な口は利けないと、アトラは申し訳そうな表情を浮かべながらそう断った。
アトラの言葉少なな返答に、萎縮させてしまったと思ったのか、キアラは今までよりも柔らかく微笑み、後ろに控えるハインツにお茶を淹れる様に言いつけてから言葉を続ける。
「すまない、緊張をさせてしまったかな? ただ、私は娘を助けてくれてありがとうと、そう礼を言いたかっただけなのだ」
「いえ、俺……じゃなくて私は何もしていません。ただ、崩れた建物の中で、アルトリア様が捕まっているのを見つけただけです」
「ふふ、それを感謝しているのだよ。君がいなければ娘は放置されていて結局攫われていたかもしれない。君が報告してくれなければ、私達は今頃まだ娘を探していただろうからね」
確かにその可能性は低くなかった。
アトラが男達の追跡をしていた段階でほぼ擦れ違う者はおらず、居たとしても遠目に見た程度で、麻袋を担いで走る男が居たとしても急ぎで何かの材料でも買いに走っている程度にしか思わないだろう。
そんな中目撃情報を集め、あの位置を特定するのは難しいはずだ。
「だからこそ、私としてはその礼がしたいのだ。本来なら公の場できちんと礼を言うべきなのだが、少し事情があってな。個人的に、という形になってしまうが、何か希望があれば言ってくれ。何でも、というわけには行かないが、可能な限り応えさせて貰いたい」
「……お礼と言われましても」
「ふむ。まぁ、そう言われてもそう簡単に思いつきはしないか。よし、ならばこうしよう」
そう言って微笑んだキアラは胸元からネックレスを取り出すとアトラに渡してくる。
アトラは人肌で暖まっているそれを手に取るのに若干戸惑いながらも受け取ると、にまぁっとした笑顔が向けられているのに気づいてわざとらしく咳払いで誤魔化した。
公爵夫人の実に楽しげな表情が腹立たしい。
「……それでこれは一体なんでしょうか?」
「うむ。今回の件の礼として、君が困った時私達公爵家が力を貸そう。もちろん何か願い事が決まったらでも構わない。何かあったらそのネックレスを使って私か私の家の者に連絡をくれれば力になることを約束しよう。とは言っても限度はあるけれどね」
「これは……良いんですか?」
これはすなわち公爵家に貸しが一つできたということになる。どの程度まで力を貸してくれるかはわからないが、何かあれば彼女達が後ろ盾になってくれるということに他ならない。
アトラはハインツが淹れた紅茶を受け取りつつも、手の中にあるネックレスを持て余していた。
なにしろ公爵家の家紋入り装飾品だ。
悪用しようと思えば、幾らでも悪用できるだろう。
「何があったかもわからない現場に危険も顧みず進み、私の娘を助けてくれた未来ある少年に対する先行投資みたいなものさ。ただ、悪用だけはしないようにして欲しいものだがな」
「それは、もちろんです」
釘を刺されたが、アトラは元々そうした使い方をする気などなかった。変なことに使って身を滅ぼしたなど、冗談ではすまない。
公爵家ともなれば、市民の一人や二人合法的に処理することなど朝飯前であろう。
しかしいざという時の保険という意味では有用だ。
予定には無かったが、要らない世話を焼いてみるのも良い物だとアトラは内心黒い笑みを浮かべながらも、表向きは恐縮そうにネックレスを仕舞った。
「あと、これはついでみたいなものなのだが」
そんな風に、アトラに対して更なる朗報がキアラの口から齎された。
「アトラ君だったね。君は冒険者養成所に入ってみる気はないかな?」
「冒険者養成所、ですか?」
「ああ。君は気づいていないかも知れないが、君にはそれなりに魔力があるようだ。今からでも訓練に励めば、入学試験にも合格できるだろうしな」
そうしてキアラの口から語られたことをまとめると、どうやらその冒険者養成所にアルトリアも通うことになるから一緒にどうだ、というお誘いの話らしい。
どうやらアトラが魔力を秘めていることには気づいているようだが、普段から魔力の制御という形で回りに流れないようにしているからか、実際の魔力の巨大さには気がついていないようだった。
「冒険者養成所に入る条件は十二歳以上で武技や魔法などに秀でたものを育成する機関だ。ここを出るだけで箔がつくし、上手く成績を残せば騎士団などから誘いが来ることもある。申し訳ないのだが、ここに来る前に少しだけ君の事を調べさせて貰ってな。孤児院出身で、その年にしては腕の良い狩人だと聞いている」
悪い話ではないのではないか、とキアラはアトラに続けて話しかけた。
確かにアトラにしても、別段悪い話ではなかった。
いずれは冒険者に登録してあちこち見て回るつもりだったわけで、その際多少なり有利となる養成所卒業者という肩書きは悪いものではない。
加えて養成所に入るのは貴族や豪商の子供が多く、国外から入る者も多いそうだ。上手く立ち回ればあちこちに伝手を作ることも可能だろう。特に国外への伝手という点は魅力だ。
他にも仮とは言え本来十五歳にならないともらえない冒険者証を十二歳で得ることも出来る。
これは養成所への支払いが難しいものに対する救済措置なのだという話だが、早い段階で冒険者としての経験が積めるのは、普通に冒険者になるよりも随分なアドバンテージになるだろう。
もっともこれは普通の人間にとってのことなのでアトラには当てはまらないが。
そうした普通の冒険者志望の者達は、年に二回ある長期休暇の時に実家に帰ったり、金稼ぎに奔走したりするそうだ。
だがそう言った事よりもアトラが惹かれたのは、十二歳で養成所に入れるというところだ。つまり十二歳から入れるということは、十二歳で孤児院を出ることが出来るということだ。
先代の知識を持つ自分の特異性を理解しているアトラにとって、早い独立と言うのは願ってもない。
関わっている期間が短ければ短いほど、孤児院に迷惑をかける可能性が減る。
それに養成所は王都の中にある。王都ともなれば色々なものが集まってもいる為、記憶の中にある魔導具や魔法薬などを作るのに必要な素材も手に入りやすい。
デメリットとしては王都というだけに貴族や豪商などの目に付きやすいということだが、その辺りは立ち回り次第だろうか。
(とは言っても俺の能力を考えると、逆に立ち回りづらいところがあるかもしれないか)
何かあっても最悪他の国に逃げるという手もあるが、あまり使いたい手ではない。
「……少し考えさせて貰っても良いですか?」
「うむ。そう簡単に決められることでもないだろう。そうだな……四年以内に答えをくれれば構わないよ。その代わり、ぎりぎりで決めて入れるような場所じゃないから、そこだけは忘れないようにな」
「……わかりました」
あまりの大らかさに、アトラは一瞬訝しげにキアラの顔を見てしまい、慌てて承諾の返事を返した。
返事に四年もの期間を設けたことに驚いたからなのだが、向こうもその点はわかっているらしい。楽しそうに唇の端が歪んでいる。
「あぁ、後一つ……いや二つだけ条件をつけていいかな?」
「なんでしょうか」
その言葉に、アトラは少しだけ気を張った。ある程度話をまとめておいて、後から追加で問題を持ち込んでくるというのは実に貴族らしい。
とは言え、向こうはアトラをただの子供だと思っているようだし、そこまで無理難題は来ないだろう、と考えているところでキアラが口を開いた。
「知っているかとは思うが、この子は少し変わっている子でな。仲良くしてやって欲しい」
「……母様?」
妙なことを言い出したキアラに、アトラもアルトリアも訝しげに眉を顰めた。
「返事が決まるまで……できれば今言った四年間はこの子と手紙のやり取りでもして近況を報告してくれないか? ぶっちゃけうちの娘にはあまり友達もいないし、どうやら君の事を気に入っているようだしな」
「母様!」
突然のぶっちゃけトークにアルトリアが叫ぶが、キアラはどこ吹く風とばかりに笑っている。
アトラはハインツから出された紅茶を受け取り、一口飲んだ。下手に口を挟むより一先ずは様子を見ることにしたようだ。
「しかし聞いたぞ? 私達が来るまでの間ずっとアトラ君と話していたのだろう? 普段なら借りてきた猫みたいに静かになっているのに、それだけ話すという事は気に入ったんだろう?」
「なーーーーーーーーー!」
叫び声をあげて母親の口を塞ごうとするアルトリアと、そんな娘を器用に捌いているキアラを見ていると、身構えていた自分が馬鹿に思えてきて、アトラは肩から力を抜いた。
どうにも思っていた貴族とは大分違うようだ。
じゃれあいを続ける二人は、どこにでもいる親子にしか見えない。
娘をあしらいつつも確認のために視線を送ってくるキアラに、アトラは苦笑しながら承諾する言葉を返した。
「わかりました。手紙など書いたことが無いので作法などはわかりませんが」
「ふふ、そんなもの気にはしないよ」
「それでもう一つの条件というのは?」
アトラのその問いに、キアラは未だに奮戦している娘へと視線を落とした。
次の瞬間には驚くべき早業で腕を取るとくるりとアルトリアの向きを変え、しっかりと押さえ込んでしまった。
自然とアトラとアルトリアの目が合う。
「アトラ君、すまないが私達の滞在中、娘に街を案内してくれないかな? もちろんその間の費用はこちらで出す。君の分もだ」
「母様っ!」
「素直ではないな。仲良くしたいのだろう? この期にお前は同年代の子との付き合い方を覚えると良い。アトラ君、頼めるかな?」
にこにこと笑みを浮かべるキアラに、アトラは苦笑を返した。
子供のお守りなら孤児院の子達で慣れている。
それに何よりちょっと変わってはいるが文句のない美少女のエスコート役だ。悪い気はしなかった。
「わかりました。お嬢様が護衛を振り切らないように頑張ります」
そう返答を返すと、アルトリアは真っ赤になってアトラを睨みつけた。
書ける時は一気に書けるものですね
なんだかんだで公爵家とのコネが出来たアトラです。肝っ玉公爵家とチートが手を組んだわけですね。今のところは政治系に走るつもりはないですが、なんだかこうしてみると非常に危険な組み合わせですね
こいつら以外にとっては、ですが
ここまで読んでくださりありがとうございます
感想などありましたら宜しくお願いいたします
次回閑話予定なので早めの更新になると思います
次回更新>四年の月日が経過したら
2014/9/3
七話で犯人に目撃されなかったので、その部分と、養成所の話に乗るかどうか迷う形に変更しました




