エピソード7 相棒
結局、建物のいたるところに銃弾を打ち込んでも、ジェーンとビリーは現れなかった。
「ボス、やつら現れませんぜ?」
「なら、向かいのホームの建物にも同じことをやるんだ。おいお前ら。こっちのホームの建物の中に行って、様子を見て来い。男はどうなっていてもいい、ジェーンが生きていたら、傷つけずに連れて来い」
「しかしボス。もしあの娘が死んでいたら……?」
「余計なことは考えるな、さっさとやれ!」
ウッドに言われ、ギャングたちはすぐに指示を実行に移した。
だが、先ほどまでは余裕を見せていたウッドも、少し表情がこわばってきた。
「度胸があるってことは分かったぜ、ジェーン。だが、その度胸でお前が死んじまったら、意味ねぇんだよ……!」
ジェーンとビリーは。
床に這い蹲って、難を逃れていた。
「あっぶね~~~…… もうちょっとで頭、かすめるところだった」
「声を出すな、ジェーン」
とっさの判断で床に寝転んだその直後、ジェーンのすぐそばを、銃弾が通り過ぎた。
「だが、やつら今度は俺たちがどうなったか調べに来たぞ。今度こそ戦わなきゃなんなさそうだ。……ジェーン、ひとつ俺にかけろ」
「え? バクチはやだよ?」
すると、ビリーはトイレの中から掃除用具を取り出し、ちりとりとモップをジェーンのリボンで結わえ付けると、自分のジャケットをかかしのようになってしまったモップに着せた。
「成る程、おとりだね!」
「これはお前が、トイレの中から外に放り投げろ。俺は、天井を伝ってやつらに奇襲を仕掛ける。下手なおとりだが、これしか思い浮かぶ策はねぇ!」
ビリーが見上げたのは。
はがれかけている、トイレの天井のベニヤ板。
あとちょっと引けば、簡単に引き剥がせる。
「おっけー! あまり賭け事は好きじゃないけど、戦場では一か八かの迷い無き判断が未来を左右する。僕の未来、ビリーに託したよ!」
ギャングたちは、売店、事務所などをあさるが、ビリーたちの姿を確認したものは誰もいない。筋肉男は、ちゃっかり、ビールと豆を失敬している。
「じゃあトイレかなぁ?」
「女が男子トイレ? ねぇってそりゃ」
「分からないぜ、くまなく探せ」
そしてギャングは、まさにジェーンたちがいる男子トイレへと視線を向ける。
……すると、その時だ。
目を向けたばかりの男子トイレから、茶色のジャケットが飛び出してきた。
頭がモップでできており、袖を広げたマヌケなかかしだが、男たちの注意を引くには充分すぎた。
「出てきたぞ、やつだ!」
ひとりのギャングの声で、仲間たちは一斉に男子トイレから出てきたかかしを銃で撃ってゆく。だが、銃弾がかすめるより先に、かかしは駅のホームに、ぱたりと倒れてしまった。
「は……? ……何あれ、モップのお化け?」
「馬鹿野郎、おとりだってことも分からねぇのか、そんなくだらないものに引っかかりやがって!」
そう叫んだウッドの言葉が正解だった。
だが、ギャングの男たちが気付いた頃には、自分たちの背後に、ビリーが降り立っていた。手には抜刀した瞬間の鋭い刃。彼らがビリーの姿を見るそれよりも前に、ビリーの鮮やかな剣術が、彼らの首を一気に跳ね飛ばしていた。
「な……」
緋色のしぶきを上げ、伏せてゆく、ギャングの男たち…… だった、たんぱく質の塊。
その様子を見て、ウッドは驚くと言うより、まるで感心したように、ビリーの鮮やかな剣術にため息をつく。
「やれぇぇぇぇぇぇえええっ!」
筋肉男がライフルを構え、ほかのギャングに指示を下す。
ギャングはビリーめがけていっせいに銃撃する。向かいのホームにいる一団と、ウッドを守るようにして立つ一団だ。
だがビリーは、しゃがむなりギャングの死体をふたつ持ち上げる。ひとつは左手で、もうひとつは切っ先で背中を突き刺して。それらを盾にして、雨のように襲い掛かる銃弾から身を防いでゆく。
ギャングが発砲を止める。どうやら銃弾が尽きたらしい。その時を狙ったビリーは死体を投げ捨て、まるで光のような速さでギャングの一団に襲い掛かり、1秒もかからずに、彼らを血の海に沈めていった。
鮮やかな剣術。その光景に、向かいのホームにいたギャングたちは、唖然としたままビリーを眺めていた。
「ざっとこんなもんかな」
そして。
ビリーは緋色のしずくを払った剣先を、ウッドの首元に向ける。
彼らの距離は、約10メートル。もしウッドが銃を持っていたなら、ビリーが剣術を繰り出す前に、ウッドが早撃ちでビリーを仕留めることができる。だが、当のウッドは涼しい顔で、ビリーをただ見つめているだけだった。
「テメェだったのか。ジェーンに手を出し、オレの親友にまで銃を向けやがったヤツは……?」
冷静にウッドを見つめるビリー。
だが、その目の奥には、怒りが燃え滾っている。
「……これはこれは、ワイルド・ビル。ジェーンを守っているのがきみだったとは驚きだ」
「俺も驚いたぜ。ウッド・ジェームズ。いや、旧名ウッド・スミス。ただの列車強盗が、こうも立派に人を指示できる立場のボスになっていたとは」
「思い出させるねぇ、列車強盗。駆け出しだった頃、車掌への夢が諦めきれずにやっちまった強盗だった。認めたくないものだ、若さゆえの過ちと言うものは」
「そんなお前を、やはり駆け出しだった俺がとっ捕まえた。お互い、老けたなぁ」
「年を重ね、俺様は楽園を築き上げ……」
ふっ、と意味深な笑顔を浮かべるウッド。
「お前はロリコン、と」
「おい、どの口がそう言う!」
ジェーンは、男子トイレの影からその会話を聞いて複雑な気持ちを抱いていた。
……今繰り広げるべき会話ではない。
「ところで、俺様がジェーンに惚れるまでのいきさつだがな」
興味はないと言いたいところだが、ビリーはおとなしく聞く。
ジェーンはビリーを見守り、まだ無事なギャングはビリーに銃口を向けたまま立ち尽くす。
「最初は、ワイルドターキーという店の店長に用があった。ジェーンに出会わなければ、そのまま店長にあることを頼もうと思っていたのさ」
「あいつに?」
「おや、そう言えば言っていたな、親友と。……いい店だろう、ワイルドターキーは。だから、あの店の権利を譲ってくれって言おうとしたのさ」
「権利だと?」
「ああ。あの酒場を俺様の拠点のひとつにしようと思ってな。あの店は人気が高い。あの店で働く女はどれも魅力的だし働き者だ。食べ物も酒もうまい。その店を、新しい商売の中心にしたかったのさ」
「商売…… どうせろくでもないことだろ?」
「そう。麻薬の取引の場所として最高じゃないか。店の従業員の女の子や、酒を目的に集まるバウンティハンターはいい顧客になるだろう。そして、ほかのギャングの取引もそこで行えば、更に店としての価値も高まる」
「お前……! ジェーンほしさにキールに銃を向けたばかりか、あいつの店にそんなことをしようとしたのか!」
「そう。そしてもし、店長が断ろうものなら、力尽くで…… いや、自分の口からそう言うまで、酔わせてやるつもりさ。もちろん、俺様の得意分野でな」
言わずもがな。
麻薬のことだ。
「………… ………… ……っ!」
ビリーの目は、一気に怒りに満ちた。
「ってんめぇぇぇぇぇぇえええっ!」
その時だ。
ウッドが左手で、何かの合図をする。
途端、
駅構内に無数の銃声が鳴り響く。
「……!」
ジェーンは、言葉を失った。
それまでただ立ち尽くしていた残りのギャングが、ビリーめがけていっせいに発砲したのだ。
「ぐあぁっ……!」
両手両足、更には胴を撃たれ、ビリーは血を流しながら、ウッドの前に崩れ落ちる。
ウッドは、ビリーに触れずして、武器を抜かずして、彼を倒してしまった。
「ぐ……!」
「本当ならワイルドターキーの店長の方が、先にこうなっていたのかもしれない。俺様に刃向かうものは、こうなる定めなのだよ。しかし、急所をはずしたみたいだな」
「てっ、てんめぇぇ……!」
「済まないね、そのおかげで、死ぬ間際に死ぬよりも辛い苦しみを与えてしまった」
ウッドをにらみつけようとするビリー。
だが、痛みが体を支配し、まともに動かない。
そしてウッドは、右手をジャケットの左身ごろに差し込むと、そこから漆黒のリボルバーを取り出した。
「さあ、とどめは俺様直々に指してくれよう。苦しみのない世界に旅立つ背中を押してやる、それくらいの優しさはあるのでね」
途端。
「やめろ!」
男子トイレからジェーンが飛び出した。
その手に握られているのは、白い装甲銃。飛び出すと同時に放たれた弾丸は、見事、ウッドの銃に命中した。
銃身に当たり、弾き飛ばされるウッドのリボルバー。あまりの痛みに、ウッドは左手で右手をつかみ、その場にうずくまる。
「ぐぁ……!」
突然現れたジェーンに、ギャングたちも銃を向けた。
「お前、女ぁ! よくもボスを!」
「撃つな、やめろお前ら!」
だが、ウッドの叫びが届くよりも先に、ギャングたちはジェーンに向けて発砲していた。しかしジェーンは、身軽なフットワークで銃弾の嵐を回避し、残り5発の銃弾で反撃した。
ジェーンの銃撃は確かなもので、5発の弾丸で6人ものギャングを仕留めた。うち2人は、1発の銃弾で貫いたものだ。先に撃たれた者は分厚い胴体や頭蓋骨に守られた頭ではなく、首の動脈を貫かれ、貫通した銃弾がうしろにいるギャングに当たったようだ。
「てめ、ジェーン…… 隠れてりゃいいのに……!」
力ない声で、ビリーがつぶやく。
銃弾が尽きたジェーン。だが、リロードしている暇はない。
倒れたギャングの死体から銃を奪い、右手に6発式、左手に暗殺用の2発式を持つ。だが、左ももに1発の銃弾を被弾、ジェーンの行動は制限され、痛みのあまり、その場にうずくまってしまう。
「うあぁぁぁあっ……!」
向こうも1度、銃弾が尽きたようだ。
筋肉男がライフルにカートリッジをリロードし、ほかのギャングもシリンダー内のカートリッジを入れ替える。そして再びジェーンに銃口を向けようとするが。
「させるかぁぁあっ!」
何と、血まみれのビリーが再起し、刀一振りのみを携え、敵に一直線に突進してゆくのだった。
「ビリー!」
ひざまずいたまま動けないジェーン。
彼女を狙うギャングたち。
そしてビリーは、愛する女を守るため、その身が傷つくことをいとわず、想いの全てを、刀に込める。
――ジェーンは!
銀色の雨と、鋭い雷光。
――俺が、守る!
そして新たに生まれた、乾いた空に舞う、緋色の風。
ついに。
レッドアイのギャングは、ボスのウッドを残し、殲滅された。
「くっ、くそ……! 何てこった」
手下は全員、血の海に沈む。
残されたのは、たったひとり。
ウッドは追い詰められた。そう確信したジェーンだが、彼はまだ諦めていなかった。
何とウッドは、懐からもう1梃、ナイフと一体化している、4発式のナイフガンを取り出した。
「俺様は全てを失ったわけではない。さあ、ジェーン。俺様と共に楽園へ行こう。お前を守るあの男も、ああなってはもうお終いだ。さぁ、俺様を愛してくれ……」
そんなウッドに。
「愛してくれ、だと……?」
ジェーンは、憎しみに満ちた、おぞましい眼差しを向け、にらみつけた。
「お前…… もう、もう許さないぞ!」
その時だ。
向かいのホームの向こうから、軍事バギーのエンジン音が鳴り響いてくる。それも、1台や2台ではない、ものすごい数のバギーがこちらに向かっているようだ。
「ちっ、逃げるか……」
ウッドはナイフガンを懐にしまうと、口笛で馬を呼び寄せる。やってきた茶色く細身の馬にまたがると、手綱を振るい、駅のホームから走り去っていってしまう。
やっと到着した、陸軍のバギー。いくつものバギーからはカーキ色の軍服を纏った軍人たちが降りてきて、手にはライフルやリボルバーなどが握られている。そしてあたりに銃口を向けながら、急いでジェーンのそばまで駆け寄ってきた。
「ビリー! ビリー……ッ!」
ジェーンは撃たれた足を引きずりながら、線路の上に伏せるビリーのそばにやってきた。
ビリーは、手といい足といい胴体といい、頭と心臓以外のほとんどを撃たれていた。まだ生きているのが、奇跡だった。
「ジェーン…… よかった、生きてたんだな……?」
「うん、僕は無事だよ。だから、ビリー、死んじゃダメだよ。軍が助けに来たよ、助かるんだよ?」
「そう、みてーだな…… 悪い、動けそうも、ねぇや……」
「ううん、休んでて。すぐに助かるよ?」
周囲では、陸軍の軍人が、ギャングの死体を回収している。そしてひとりの軍人が、大佐に報告をしている。
「全員死んでいます。が、ジョニー軍曹…… いえ、元軍曹から連絡を受けたウッド・ジェームズの姿は確認できませんでした」
「ご苦労。このあたりの捜索に当たれ」
「はっ」
軍人は敬礼をすると、別の軍人に指示をしてゆく。
そして、ジェーンのそばで彼女を気遣う軍人が、言った。
「元軍曹。医療隊が到着しました。その方を病院までお連れします、離れてください」
「……待、て……」
かすれた声で、ビリーがストップをかける。
「悪い、もう無理だ…… 助からねぇよ……」
「ビリー!」
ジェーンが大声で叫ぶ。
目にはいっぱいの涙を浮かべ、ボロボロと滝のように零れ落ちている。
悲しみに満ちたジェーンの頬に、ビリーはそっと、右手で触れた。
「許してくれ、もう俺…… ダメみてーだ……」
「そんな、そんな!」
「だか、ら、最後、ひとっ、言……」
無数の銃弾を体に浴びて、力など出ないはずの腕で。
ビリーは、ジェーンを抱き寄せた。
「ジェーン、俺を……」