エピソード6 ヤツの正体
アパート、フランジア。
朝を迎え、ジェーンは大きく伸びをして起き上がった。
毛布の下から現れたのは、みずみずしい裸体。肩幅は狭く、腰は滑らかなラインを描き、お尻はふわっと膨らんでいる。腕を高く掲げると、大きな果実がふるんと震える。
せっかくの金髪はボサボサ、寝癖爆発。ジェーンはそれに気付くと手串である程度整え、隣で寝ているビリーを起こさないように注意すると、サンダルを履いて洗面台に立つ。
「あー、目覚めスッキリ。でも、ちょっとけだるいかなぁ」
ジェーンは髪にタオルを巻き、顔を洗い、そのタオルで顔を拭くと、そのままタオルをぬらして寝汗をふき取る。それを、ドラム式洗濯機に放り込み、水道から延ばしたホースで水を貯めてゆく。
「けだるさの原因は分かってる。……あぁ、僕、自分でも制御できないくらい、えっちな子になっちゃったなぁ。それもこれも、みんなビリーのせいだ。うん、そういうことにしておこう」
洗濯機に水がたまるまでの間、ジェーンは服を着てゆく。
服装は男物。ジェーンの中で、この服装をしているときは、自分は男。女物を着ているときは、自分は女。ビリーに言われたとおり、『ジョニーとしての自分』と『ジェーンとしての自分』をうまく使い分けることで、心のバランスを保っている。
水が貯まった。だが、ジェーンは洗濯機を動かすことはしない。
「ふっふっふ…… これも洗っちゃえ」
布団をごそごそとあさって取り出したもの。
ビリーのトランクス。
それを放り込み、ふたを閉めると、洗濯機の脇にある巨大なハンドルをつかみ、それを回す。すると、洗濯機の中から、じゃらり、じゃらりと水がかき回される音が響いてくる。どうやら、このハンドルはパルセーター(水に強い水流を起こす装置)とつながっているらしい。
「あー。朝から、なんて重労働だ。でも、悪くないなぁ」
……お気付きだろうか、ジェーン。
彼女はもう、すっかり甲斐甲斐しく家事に励む新妻の姿だ。
朝食時。
この日のメニューは、新鮮野菜を朝早くから商店街で買ってきて作った山盛りサラダ、一晩寝かせたパン生地で焼いたエピ(ベーコンを中に詰めて麦の穂のように加工したフランスパン)、そのエピにつけるためのバター、アジア街で買ってきた中華スープ、湯。
テーブルに着き、ふたりそろってフォークやスプーンに手を伸ばす。
ジェーンはちゃんとした服装なのに対し、ビリーはトランクス1枚。元男であり、この共同生活で見慣れてしまったジェーンにとっては、何でもない光景。だが、客は入れられない、この部屋に。
「……ねぇ、ビリー」
ジェーンが、ビリーに話しかけた。
「ん?」
「僕、今日でワイルドターキー辞めてくる。ごめん、収入が減っちゃうけど」
「はぁ、どうした、いきなり? 家事に励むのか?」
「それもいいかもね。……でも昨日、僕目当てでやってきた変な男がいてさ、店の人にもすごく迷惑かけたから」
「どんなヤツ?」
「紳士っぽい雰囲気で、ガンマンの装備をしてる。いきなり僕がほしいとか言い出して、キールさんにまで銃を向ける、すごく危険な人。名前を、確か…… そうウッド・ジェームズ、だった気がする」
「キールに!? 何てやつだ……! ジェーン、他に、そいつの特徴は?」
「えっ? あっ、うん。背は、ビリーと同じか、少し低め。服装は綺麗。金髪碧眼で、髪はオールバック。あとは覚えてない、ごめん……」
「いいさ、そこまで分かっていれば。……にしても、ウッドだと? どっかで聞いたことある名前だな。……まぁいい。そのウッドってヤツがお前を諦めるまで、お前はあまり外に出ない方がいいな、うん」
「じゃあ、僕は仕事を辞めてもいいんだね?」
「収入よりも、お前の命の方が大事だからな。俺もあとから、キールに聞いてみるし、ギルドにも問い合わせてみる。そのウッドってヤツについて。それに、俺の親友に銃を向けた奴だ、絶対に許さねぇ」
昨晩。
その、ウッドがジェーンに銃を向けた、その時のこと。
ジェーンは、キールに向けられた銃の引き金が完全に引ききられる前に、何と、鋭く強いハイキックでウッドの右腕を蹴り上げた。
「でっ!?」
ジェーンはただハイキックを繰り出したのではない。自分も跳躍することで、キックの威力を高めたのだ。
引き金は引かれてしまうが、銃口はキールの額からそれ、何とか彼に銃弾が当たることは避けられた。
すたん、と静かに降り立つジェーン。リボルバーは、デッキ席に届くほど舞い上がり、そしてジェーンの右手の中にすっぽりと納まった。
「くっ! しまった……」
「申し訳ございません、お客様。人を危険に曝し、ほかのお客様のご迷惑になるようなものは没収させていただきます。これ以上、店の営業を妨害するようであれば、保安官を呼びます。ついでに、僕が前に所属していた軍も呼んでいいでしょうかね?」
「ちっ…… 仕方がない、今日のところは、この辺で諦めましょう。しかし、きみ自身をわたしのものにすることはまだ諦めていないからね」
そう言うと、すたすたと店の出入り口に向かう。そして背中を彼女たちに向けたまま、背中越しに右手を振って、言葉を残してゆく。
「また会おう。ジェーン」
きぃ、とスイングドアが開き、ウッドが店を去った瞬間。
それまで騒然としていた店内は、まるで水を打ったかのように、静まり返った。
錬金術研究所、ペンドラゴン。
この日も、ビリーは山のようなフラスコを丹念に洗い、カゴの上に乗せてゆく。初めてこの研究所に来てフラスコを洗ったときは、仕事もやや雑で、カゴに乗せてゆくフラスコも適当に並べていただけだったが、今ではちゃんと水が切れるように、フラスコの口を下に向けて置くようになっていた。
「よぉ、ヘレン。その研究、あとどのくらいでひと区切りつきそうだ?」
「早くて明日、遅れても明後日。ウイルスの働きや毒の効果とかはもうレポートにまとめたから、今は新型TSウイルスに対抗するための新薬の完全版を煮詰めているところ。試薬は、もう動物実験で何とかクリアした」
「へぇ。で、ヘレンのその薬が完成すれば、TS病で女になる男がいなくなる、と?」
「ああ。もちろん、かかりはじめの頃に飲まなきゃ意味はない。発症して、性転換が始まってから飲んでももう遅いんだ。で、これを学会に発表して薬も認可してもらったら、その次に、女を男にする、あるいは患者を戻す、その研究を始めるってスケジュール」
「そっか。がんばれよ」
「ありがとさん。……っくー! これでやっと、休暇がもらえて、久しぶりに酒でぐでんぐでんに酔っ払えるわけだ♪」
「は、はは、ははは……」
ビリーは呆れながら笑う。
すると、ビリーは、ふと思い出したようにヘレンに言う。
「ところでさ、ヘレン」
「あ?」
「お前…… ウッド・ジェームズって知ってるか?」
すると。
「ウッド…… ウッド、ジェームズ、だと……ッ!?」
ヘレンは、ビリーからその名を聞いた途端、椅子からがたんと大きな音を立てて立ち上がり、ビリーに言った。
「そいつが、お前の前に現れたのか……?」
「いや。うちのジェーンが、店でしつこく声をかけられたみてーなんだ」
「お前、もう帰れ!」
「は?」
突然、吼えるように、彼女はビリーに言った。
どうしたのだろう、ヘレンの反応が尋常ではない。
「2度言わすな、帰れ! 今すぐ、ここから出て行け!」
「悪い、何か気に触るようなことをいったなら謝」
「違う!」
ヘレンは懐から財布を取り出し、とてつもない額のお札を数枚テーブルに叩きつけると、再び叫んだ。
「ウッドは危険なヤツだ。あいつの目に留まった女は、そろってしょっ引かれて戻ってこない。寝取られたか売り物にされたってうわさだ。そして邪魔な要素は容赦なく排除する。あいつの外面に惑わされるな、紳士の仮面をかぶった悪魔だ!」
まさか、そうビリーは思った。
そんなやつに、ジェーンは狙われていたなんて。
そしてヘレンは言う。
「ジェーンが危ねぇ。ジェーンを連れて、この町から消えろ。これは今日のギャラと、お前らのしばらくの旅費だ。分かったらさっさと、どっか行け!」
「わ…… わっ、分かった。お前の言うとおりにするよ、ヘレン」
言うと、ビリーはテーブルに叩きつけられた紙幣を鷲掴みにすると、玄関に向かって走り出す。そしてドアを開ける前に少しだけ振り返り、ヘレンに行った。
「いろいろ恩に着るぜ。あばよ!」
「着る暇あったらさっさと行け!」
ヘレンの言葉を受け取ると、ビリーはドアを開き、研究所を飛び出していった。
ビリーが去った後の、錬金術研究所。
ヘレンは、険しい表情のまま、煮詰めている途中の薬を見つめている。
「ウッド・ジェームズ……」
キリッ、と歯が鳴る。
「多くの人が待ち望む研究を一度台無しにしたばかりか、世界で一番大切な俺の姉貴をさらいやがったあいつは……」
きっ、と、壁際に置いてある木箱に目を向ける。
その木箱のふたを、ヘレンは乱暴に開く。そこに詰め込まれていたのは、恐るべきもの。
「オレの手で、ぶっ殺してやる」
6梃の拳銃と、無数の銃弾、
更に、手作りダイナマイト。
医療錬金術師は、人を救う錬金術のほか、人を殺す錬金術まで手がけていた。
ワイルドターキー。
ジェーンは、最後の仕事をこなしていた。事務所では、新しい人材募集のポスターを、キールが作成していた。
「ワイオミング。悪いが今からギルドに行って、求人登録をしてきてくれないか?」
「分かりました、店長」
ワイオミングは、キールから紙幣を1枚受け取ると、それをエプロンのポケットにしまいこんだ。
「……それにしても、さびしくなりますね。あんなに明るくてよく働いてくれるジェーンちゃんが、今日限りでいなくなるなんて」
「ああ。最近、ジェーン目当ての客も来てくれるからな。本当に残念だよ」
ペコリとお辞儀をすると、ワイオミングは店の裏口から店を出た。そして、ギルドに向かうために一度表通りに出ようとしたのだが。
店の門柱から、突然ひとりの男が飛び込んできた。その姿に驚き、「きゃっ!」と悲鳴を上げて、その場にしりもちをついてしまう。
「ん!? ああ、ここのお嬢ちゃんか。悪い、怪我はないか? 今急いでんだ!」
そう、ビリーだった。
ビリーはキールと親しいため、この店の何人かは顔見知りである。だが、今日はキールに会うためにふらっと訪れたと言うわけでもなさそうだ。
――どうしたんだろう、ヒコックさん。
――なんだか、すごく切羽詰っていたような……
店のスイングドアを乱暴に開き、ビリーが店に飛び込んでくる。
「いらっしゃいませ。1名様で…… あれ? ヒコックさん」
黒ベストに黒スラックスの青年の言葉に耳も貸さず、ビリーは真っ先にジェーンを探した。そしてジェーンの方も、乱暴に入ってきた客の姿に驚く。
「あれ? ビリーじゃん。どうしたの? ひょっとして僕が働く姿を見たかったのかな?」
「冗談言ってる場合じゃねぇ! お前を狙ってるやつがいる、今すぐ逃げるぞ、ここから!」
ジェーンは大急ぎで着替えた。
店の制服を脱ぎ捨てるなり、普段着の白のTシャツに革ベスト、ブルージーンズにウェスタンブーツを、上から順々に身に纏ってゆく。最後に財布をバックポケットに乱暴に詰め込むと、長い髪を青いリボンで、これも乱暴に縛る。
「ごめんなさい、キールさん、最後の仕事なのに、途中で投げ出しちゃって!」
「構わない、早く逃げるんだ。きみのことを探しているやつには、ジェーンは途中で仕事を上がったということにしておく。さあ、急ぐんだ」
「すみません!」
ジェーンはペコリとお辞儀をすると、裏口に向かう。
だが、ビリーは右足だけを裏口に向け、キールに言った。
「お前も危ない。ウッドは邪魔者を容赦なく消すと聞いた。お前も一度銃を向けられているし、店を誰かに任せて身を隠すか、保安官をこの店に常駐させておけ」
「ああ、忠告感謝するよ、ビリー。……さあ、きみも!」
「あばよ、親友!」
それだけ短く返すと、ビリーは裏口で待っているジェーンのところに急ぎ、全速力で店を出てゆく。その際、この店に訪れた客とすれ違い、危うくぶつかりそうになった。
「ごめんなさーい!」
ビリーの代わりに、ジェーンがひと言謝ると、ふたりは振り返ることなく、走り去っていった。
一方。
土壁の豪邸『レッドアイ』。
その薄暗いオフィスに、ひとりのガンマンらしき精悍な顔つきの男がいる。オールバックに整えたブロンドの髪を鏡の前で整え、鍔から紐が垂れ下がっているハットをかぶったウッドだった。
オフィスの横にある、一見ただの壁のようにしか見えないドアを開く。そこにはたくさんの女性たちがいた。下は若き10代の少女から、上は色っぽい体形の熟年女性まで。しかし彼女たちは共通して、うつろな目つきをしている。
テーブルの上にあるのは、何かの葉っぱを細く加工して乾燥させたもの。少女、女性たちはその乾燥した葉に手を伸ばし、お茶にして飲んだり、そのままかじりついたりして、更に夢を見ているような表情をする。
ウッドは、テーブルの上の皿に、更に大量の葉っぱを乗せてゆく。
「大人しく待ってなよ、子猫ちゃんたち……」
そう。
この大量の葉は、麻薬の葉だ。
ウッドはこうして女性たちを麻薬漬けにし、逃げられないどころか、逃げようとすら思わなくさせている。
レッドヴィル・東地区保安局。
木造、2階建ての、民家よりも多少大きな構造になっている。1階が事務所、2階が会議室兼所長の住まいとなっており、事務所の奥には初期レベル(当時としてはむしろ最新型)の通信機を設けた、通信室がある。
ジェーンは、レッドヴィル州陸軍出身の身分証明書を見せ、その通信室を使わせてもらっていた。そして通信室から出ると、そばには保安官とともに、ビリーが立っていた。彼の腰には、一振りの刀。その刀は、刀身こそ日本製だが、握りや鞘の装飾は、銃のグリップやホルスターに酷似する。
「ビリー、陸軍に連絡を取った。僕たちを軍にかくまってもらおう。軍が相手なら、ギャングも手出しができないはずだよ」
「成る程。軍に顔が利く、お前ならではの策だな。軍の世話になるのは好きじゃないが、お前を守るためだ、一緒にかくまわれてもらおうか」
「うん。第2ステーションまで急ぐよ!」
するとジェーンは、保安局長に申し出た。
「レッドヴィル州陸軍、アッシュ大佐の名を借りて、馬を1頭、貸していただきたいと思います。よろしいでしょうか?」
「分かった。賢いやつを貸してやろう。駅についたら、そのまま降りれば、勝手に帰ってくるからな」
「ありがとうございます。……ビリー、行こう!」
ジェーンはひと言だけ礼を言い、ビリーが先に外の様子を伺い、ジェーンと馬小屋の鍵を持った保安官が続く形で、保安局を出る。あわただしかったふたりが去ると、やや太り気味の局長は、ふぅ、とため息をついて、つぶやいた。
「そう言えばいたなぁ、16歳の若き軍曹って。あの子が、そうだったのか……」
保安局長がそうつぶやくと、他の保安官も、「自分も驚きです……」と、小さく返した。
ギャングは相当な金と物資を持っているらしい。
黒煙をもくもくと吐き出す、石炭動力の蒸気機関乗用車が、町の街道を走り抜ける。蒸気車が黒い煙を上げるたび、人々は迷惑そうな顔をする。また、その蒸気車の後ろには、馬を駆るギャングたちが大勢いる。
車のハンドルを握るのはウッドだった。ワイルドターキーの前で車を止めると、運転席に座るウッドに、筋肉質で大柄な男が近寄ってくる。そんな彼に、ウッドは聞いた。
「ジェーンはまだこの店にいるか?」
「いいえ。背の高い賞金稼ぎと思われる男と一緒に、保安局の馬を借りて、東に向かったと、『ブラックニンジャ隊』から報告を受けて聞いています」
「東に? ふん、第2ステーションか。列車に乗って逃げようったってそうはいかないぜ。……乗れ、置いてくぞ」
レッドヴィル第2ステーション。
くたくたに疲れた馬に水を飲ませ、ジェーンは「ありがとう。もうご主人様のところに帰っていいよ」と馬に言う。疲れ果てた馬は、ブルルルと荒い鼻息をつき、来た道を戻り始める。
「それはそうと、軍の人間はどこにいるんだよ、ジェーン?」
ビリーが訊ねる。
駅の構内には、上り列車と下り列車、双方のホームがある。だが、どちらのホームにも、軍服を着た人間は見当たらない。
「仕方ないよ、基地からここまで、相当な距離あるもん。僕たちの方が先に着きすぎたんだ」
「ちっ。しばらくどこかに隠れてようぜ? 陸軍だけじゃねぇ、ギャングが先に来て見つかったら厄介だ」
「うん。トイレがいいよね。……って!」
ジェーンたちが今走ってきた道のはるか彼方に、黒い煙が見える。
そしてその黒い煙を立ち上らせているのは、とてもではないが普通の人には手の届かない、蒸気乗用車だった。
「連中だ!」
ちっ、と舌を鳴らすビリー、焦って判断に迷うジェーン。
するとビリーは、ジェーンの手を引いて走り出した。
「お前の言うとおり、トイレがいい。この人ごみに紛れて、軍が到着するまでの時間を稼ぐしかねぇ!」
蒸気乗用車とたくさんの馬が、ステーションにやってくる。
車から降りたウッドは、ステーションのホームに足を踏み入れる。見渡せど、列車を待つ人だかりの中に、ジェーンと背の高い賞金稼ぎの姿は、見当たらない。
「あいつですかい、ボス?」
ギャングのひとりが金髪の女性をさすが、ウッドは首を横に振る。
「違うな。よく見ろ、背の高い賞金稼ぎの男とやらと一緒だ。あのレディのお供はジェントルマンじゃないか。旅行か何かだろう」
「へぇ」
「しかし、こうも人が多いと探すのも一苦労だ。仕方がない」
そう言うと、ウッドは懐からリボルバーを取り出し、それを空に掲げた。ウッドの突然の行動に、何人かの人が気付くが、その人が悲鳴をあげる前に、ウッドは引き金を引いた。
銃声がステーション全域に轟く。女性は悲鳴を上げ、ほとんどの人は頭を抱えてその場にしゃがみこむ。そんな、ステーションにいるすべての人に、ギャングたちは銃を向け、ウッドは言う。
「お集まりの皆々様。次の列車をお待ちのところ申し訳ないが、わたしは今から、この駅でちょっとした探し物をしたいのだよ。無駄に抵抗しなければ危害は加えないことをお約束しよう。さあ、焦らずゆっくり、ひと組ずつ、駅を出て行ってもらおうかね?」
ウッドが言うと、人々は騒ぎ声ひとつ立てず、ただ恐怖に震えながら、黙ってステーションを去ってゆく。気の弱い一般人や恋人たち、家族連れは固まってゆっくり去ってゆくが、先ほどのジェントルマンは落ち着いた様子の女性を守るように、ギャングたちやウッドと視線をそらさずにステーションを去ってゆく。
――ほう、今のジェントルマン、なかなか強そうだ。
――うちにほしいところだが、今はいい。
――今の目的は……
程なくして、ステーションから誰もいなくなった。
去ってゆく人々の中に、ジェーンの姿はなかった。
誰もいなくなったステーションを見渡し、ウッドは小さくつぶやく。
「ジェーン…… お前は、お前だけは何が何でも連れて帰る。そして、あの女どもとは違う特等席を用意してやる。麻薬も何も必要ない、幸せだけの世界が、俺様の楽園にはあるのさ……」
そして。
ウッドは、筋肉男に指差し、ピッ、と事務所やトイレ、売店のある建物に指先を向けた。「うす」と短く返事をした筋肉男は、ライフルを手に、建物に銃口を向ける。
引き金を引く。飛び出した銃弾が、建物に穴を開ける。
引き金を引く。再び銃弾が、窓ガラスを割る。
引き金を引く。何度も引いて、何発も銃弾を消費して、建物を撃ち続けてゆく。
ジェーンとビリーを、こうしてあぶりだすためだ。部下に全てをやらせながら、ウッドは涼しい顔を浮かべていた。
一方、男子トイレでは。
ジェーンとビリーが、壁にタックルして穴を開けようとしていた。
「いっせーの……」
銃声が鳴り響く。その銃声にあわせて、壁に背中や肩を叩きつけているのだ。
これなら、壁を壊そうとしているのが敵に探られる心配も少ない。だが、ゼロではない。ジェーンたちの顔には、焦りがにじみ出ていた。汗から滝のように、汗が流れ出る。
銃声が鳴り響き、
「せっ!」
それにあわせて、壁に当たってゆく。
だが、ふたりまとめて逃げられそうな穴は、開きそうもない。
「ビリー! これじゃ袋の鼠だ! 軍の迎えが来る前に、ふたりとも死んじゃうよ!」
「諦めるな、ジェーン。諦めない限り、人はなんだってできる!」
「うぅ…… でも、今回ばかりはヤバいって!」
追い詰められてゆく、ジェーンとビリー。
差し迫る、凶悪な銃弾。
もう、彼女たちに逃げ場はない。