エピソード3 純白の銃
ジェーンは、とっさにその場から飛びのいた。
途端、天窓の窓ガラスが砕け散る。
銃声が鳴り響き、連続して窓ガラスを割ってゆく。
デッキ席の床に弾痕が刻まれる。
そしてジェーンは、くるりと床の上を転がると、すかさず腰に手を添えた。だが。
――しまった、ホルスターがない!
――銃は今……!
ジェーンは割れた天窓の下のあたりを見やる。
そこには、真っ黒な服装に身を包んだ、3人の男たちが現れていた。
「誰だ!」
ジェーンは叫ぶ。だが、男たちはジェーンにリボルバーを向け、ためらうことなく引き金に指をかける。
――話し合いは通じないか!
ジェーンはかがみながら近くのテーブルを蹴飛ばし、テーブルを盾として、銃弾を防ぐ。そして男たちは、容赦なくジェーンめがけて発砲する。
――人数は3人、リボルバーの装填弾数はメジャーなもので6発が上限。ひとり2梃まで持っていると計算して、3人×2梃×6発=36発。窓ガラスを割るのに5発以上使ったら、30発足らず。でも、それだけあれば、テーブルの1つくらい簡単に粉々にできてしまう!
防ぎきって、敵がカートリッジをリロードする前に、このテーブルが耐えられなくなれば、ジェーンの身も危ない。
ジェーンがとった策、それは。
「てい!」
ジェーンは隣のテーブルを蹴飛ばし、敵の注意をそちらに移す。
案の定、男たちはジェーンが新たに蹴飛ばしたテーブルを銃撃し、無駄に銃弾を消費してしまう。
――チャンス!
ジェーンはテーブルの陰から飛び出し、ベルトを一瞬にして腰から引き抜くと、それを鞭のように手すりに叩きつけるようにして巻きつけ、手すりの上を飛び越えた。
「なにっ!?」
バックル(金属の金具)に指を引っ掛けたまま落下するジェーン。そしてデッキを支える梁のあたりに両足をつくと、落下の勢いを少しだけ殺し、1階のテーブルの上に跳び落ちる。こうすることで、怪我のリスクを負ってまで直接2階から1階に飛び降りるよりも、体への衝撃を少なくして階下に降りることができる。
「リーダー! あの女が!」
「気にするな、俺たちの目的は女を殺すことじゃない、この店の売り上げをこっそり持ち逃げることだ」
だが、そんなリーダーの言葉に、仲間は呆れた。
――こっそり盗むつもりなんだったら、どうして派手に乗り込んだんですか?
――それとも、「こっそり」じゃなくて「ごっそり」の間違いじゃないんですか?
階下に降りたジェーンは、大急ぎで、ベルトの代わりにジャケットの袖を巻いて、ズボンを固定する。
そこに、事務所からビリーとキール、従業員の少女たちがわらわらと飛び出してきた。そんな彼らに、ジェーンは手のひらを向けて叫ぶ。
「出てきちゃダメです! 敵は銃を持っています!」
「ジェーン、敵って何なんだ? 今のすごい銃声、一体何が起こったんだ!」
キールが叫ぶ。だが、そんなキールや少女たちに、デッキ席から、黒ずくめの男たちが銃撃する。
「うわっ!」
銃弾の嵐が襲い掛かる。前の方にいたキールが何発か被弾し、うめいてその場にひざまずいてしまう。
「キール! ……畜生、みんなこっちへ!」
ビリーが少女たちを奥に避難させる。両足に被弾したらしいキールは、その場から動けず、傷口を左手で押さえてうずくまっている。どうやら、右手にも被弾したようだ。
キールが動けなくなり、ほかの邪魔者も消えた。泥棒たちはロープに括りつけられたフックの針を手すりに引っ掛け、するするとロープ伝いに階下に降りる。そしてまっすぐにレジカウンターに向かおうとするのだが。
たん、たん、たん!
軽快な銃声が、月明かりだけに照らされた店内に、響き渡る。
「ぐあぁっ!」
途端、3人の泥棒たちは足をもつれさせて床に倒れ、うめき声を上げ、その場でのた打ち回る。
彼らの足からは、薄暗い月光でも確認できるくらい、血が流れ出ている。どうやら、何者かによって足を銃撃されたらしい。
事務所の出入り口の前には、リボルバーを構えたビリーがいる。だが、彼の持つ銃からは硝煙が立ちのぼっている様子はない。彼が撃ったのではないようだ。では誰が?
「まさか……」
ビリーはつぶやく。
そして、泥棒たちの足を銃撃したと思われる者が、ゆっくり、ゆっくり、乾いた足音を響かせながら、天窓から差し込む月光の下に姿を現した。
「まさか、貴様がやったのか……っ!?」
男たちのうちのひとり、ボスと呼ばれた男が、銃撃した者に言う。
右手には、純白の装甲銃。フレームとシリンダーこそ無骨な黒だが、シリンダーには草花の彫刻が施され、彫刻の部分は白く塗装されている。バレルを被う装甲は白ベースに青いラインでカラーリングされ、外側に十字架のエンブレムが飾られている。グリップは獣の牙が使われているのだろう、そのグリップの上の辺りには、この銃のメーカーのロゴと思われるものが埋め込まれている。
そんな豪華な銃を持つのは。
「ええ。これでも僕、射撃に自信があるので……」
カーキ色の軍服のロングパンツ。汚れと傷さえ味わいのあるミリタリーブーツ。みずみずしい肌。胸を支える革のブラジャー。砂金を流したかのような美しい髪に、それと同色の深い色合いを持つ瞳。
「これ以上無駄に銃弾を使いたくないし、血も流したくありません。抵抗せず、つかまってもらえますか?」
そう、その人物こそ、ジェーン・デツェンバーである。
彼女は、年頃のかわいらしさの奥から、情け容赦ないまなざしを向けている。
ワイルドターキーに、保安官が駆けつける。
そして泥棒たちは全員、その場で縄をかけられた。その泥棒たちは足を撃たれて動けないため、2頭の馬が引く金属製の檻に入れられ、さらし者にされながら連行される破目になった。
そして事務所では、キールが年輩の医者の男に手当てをしてもらっていた。銃で撃たれた両足、左腕、わき腹を消毒し、特殊な白いフィルムとその上からガーゼを当てられ、包帯を巻かれた。
「ドクター、そのフィルムは一体何なんだ?」
そう訊ねるビリーに、医者は答えた。
「……カニの殻さ、粉にして作ったもんだ。……傷口が大きい時ゃあよ、これ貼っ付けときゃ、これが新しい皮膚ンなんだ」
「へー、そりゃー知らなかっただなぁ」
ビリー、いつの間にかなまっている。
「……だべ? ……俺のご先祖がアメリカの先住民でさ、海沿いの町にゃ古くから伝わってる治療法なんだ。……俺自身は、先住民の血が1/4、移民の血が3/4入ってっから、混血なんだけんどもさ」
「あー、勉強になった。ありがとよ」
程なくして、医者はキールの手当てをすべて終え、ある種類の薬を用意した。
「……こっちの薬は、食後さ飲め。……こっちのビンは消毒、こっちの黒い粒は痛み止め、粉末は化膿止めだ。……何なら男のエネルギーさ上げる、マムシ栄養剤もいるかい?」
「結構です」
たくさんの女の子を前にして言う言葉ではない。ビリー、キール、そしてジェーン(アイデンティティは男)は、ため息をついて頭を振った。
そしてキールは、パートのサブリーダーを勤める少女に、レジの中の売り上げから治療費を渡すように言う。
「ワイオミング。お医者さんに治療費を。1号レジを開いて、そこから出してくれ」
「あ、はい!」
言われたとおり、サブリーダーの少女、ワイオミングがレジからお金を渡すと、それを受け取った医者はカバンを持ち上げ、あまりまっすぐにならない腰を立たせると、言った。
「……お大事になぁ」
「ありがとうございます」
椅子に座ったままのキールが言う。その周囲では、ジェーンやほかの女性従業員たちが深々と頭を下げていた。
ワイルドターキー、閉店後。
軍服を着なおしたジェーンは、月明かりに照らされながら、ビリーと共に夜道を歩いていた。
「しかし驚いたな、たった3発で、あいつらの足を的確に仕留めるなんて」
「ありがとうございます。軍でメチャクチャ鍛えてもらいましたから。……そうそう。軍では年に4回、1シーズンに1回のペースでショーをやるんですけど、見たことあります? 僕、それでよく射撃をやってる…… やってたんですよ」
過去形に言い直すジェーン。
そんな彼女に、ビリーは答えた。
「ああ。銃撃や近接戦闘の訓練の成果を見せたり、軍事犬(警察犬のようなもの)の活躍を見てもらったりして、軍の誇りと素晴らしさを見てもらおうって言う、アホな大会だろ? 俺は、軍隊になんて興味ねぇんだよ。よほど大きな事件や、隣の州からの侵略行為がなきゃ動かない、ぶっちゃけ保安官よりも役に立たない連中の集まりじゃねぇか」
「あはは。そうですね」
ジェーンはそう返し、銃を抜いてくるくる回した。
だが、ジェーンのそんな思わぬ答えに、ビリーは驚き、呆れたように言う。
「そこは普通怒るところじゃね? お前の立場なら」
「他の人ならそうかもしれませんが、いいじゃないですか、それで」
かちん、かちん、かちん。
夜空に向けて、ジェーンは引き金を引く。
「平和が一番ですよ。万が一のときに備えて、保安官も軍もある。でも、その万が一のときがないことが、一番いいじゃないですか。……僕の父の受け売りですけどね」
「オヤジさん?」
「はい。ずっと前に、僕がいた軍の大佐をやっていました。ずっと昔のことです」
「……そんな考えも、そんなことを言うやつも、初めて聞いたし見たよ」
「そうですか。……でも、父も僕の先輩や上司たちも、起こってしまったその万が一で、命を落としました。レッドヴィル州は守られましたが、たった数年で、あれほど大きな戦争だったというのに、人々の記憶は風化してしまう。悲しいものです」
「……そっか」
夜道を行くふたり。
ポケットに手を突っ込んでうつむき歩くビリーと、夜空を眺めながら銃をくるくる回すジェーン。時たま、かちんかちんと夜空に向けて引き金を引いては、ポケットにスポッと納め、また素早く抜いてくるくると回し、もてあそぶ。
と、ここにきてビリーは、ひとつの質問をジェーンに投げかける。
「……ところでお前、今、どこに住んでるんだ?」
「え、なに、いきなり人の個人情報を引き出そうとか? 情報流出問題が騒がれている今、そう簡単に聞き出せると思ったら大間違いですよ!?」
「……で、引き出されて困るような個人情報、というか住所、お前にあるのか?」
「それはもちろん!」
ジェーンは胸を張って答える。
「ナイナイなのですっ!」
素直にそう言え。
ビリーは頭を抱え、左右に振った。
ビリーの住所は、町の裏通りに位置する木造2階建てのアパートだった。
アパートのスイングドア脇に立てかけられた看板には、この番地と、建物の名前が彫りこまれていた。
アパートの名前を、『フランジア』。1階の入り口そばの部屋が管理人部屋となっており、1階には4部屋、2階には5部屋ある。そのうち、1階には芝生の庭、2階にはベランダが設けられている。
「入れ。部屋は全部埋まっているから、俺の部屋を使えばいい。俺は廊下で寝る」
「えー、それはだめですよ。僕が廊下で寝ます!」
「風邪ひくぞ?」
「大丈夫、サバイバルなら得意ですし、鍛えてますから。もともと、今日は野宿するつもりでしたし」
「女の子がひとり野宿…… 『襲ってくれ』って言ってるようなもんだぞ、それ」
「……ビリーさんは僕の事を襲うんですか、元男の子だって知ってて?」
「そっちの意味じゃねぇよボケ! いや、このご時世、案外当たってるかもしれないけどさ!」
ドアを開く。短い廊下は、直進すると階段があり、その階段の下にトイレ、洗面台、脱衣所と風呂場がある。階段はギシギシと音を立て、「……ボロいけど、セキュリティに事欠かないなぁ」とジェーンは思った。
「ここ、201号室が俺の部屋だ。散らかってるけど、まぁ生活に不便はない」
「男のひとり暮らしなんてそんなもんですよ。軍を辞めた幼馴染のジャッカルなんて、いわゆる『萌え美少女グッズ』が氾濫」
「してねぇと思うよ!?」
201号室。
部屋のドアを開ける。
確かに、汚いといえば汚かった。
台所には食器が山積み、掃除が行き届いていないのであろう埃臭い空気、テーブルの上にはぐしゃぐしゃの指名手配書にビールのビンに筆記用具などその他もろもろ、壁にはまだ捕まっていない凶悪犯やこそ泥の手配書、窓際には洗濯物と一緒に吊るされたヒモノ(魚や獣の肉)、やっぱりあった男のたしなみたる、アレな雑誌。
「へぇ、日本の春画とは、ま~たマニアックですね~」
「待て! お前、どうしてそれを知っている!?」
「ニコニコ…… じゃなくて、僕の父が日本大好きでしたから。僕、休暇をもらって1度だけ両親と一緒に日本に行ったことがありました。日本の文化って素敵ですよね。何かこう、建物も服装も、文化そのものが美術的って言いますか」
「あ、ああ…… 俺も、何回かアジア街に行ったことあるぞ。日本だけじゃねぇ、中国、ロシア、インド、モンゴルとかの文化が密集している商店街があって、そっちから来たアジア人も住んでいるんだ。今度連れて行ってやるよ」
「わぁっ! ありがとう、ビリーさん! まぁ、それはそうとこの春画はゴミ箱に捨てさせてもらいますけど」
「おい! 一晩泊まるだけのやつが俺の宝物を捨てるな!」
「え? ……てっきり、ここに住まわせてくれるものかと」
「シンセサイザー娘さんが宣伝やってるところで賃貸物件探せよ!」
その後、ビリーは202号室から先の住民から、うるさいと苦情を受ける破目に。
部屋はあまりにも汚い。
エ○本…… もとい、日本からアメリカに渡った春画のことは置いておいて、ジェーンはこの汚さに、我慢することができなかった。
この状況下、布団と遠出用ハンモックを用意しているビリーを眺めているのにももう限界。とうとうジェーンは、「片付けますよ!」と言って、ヘチマを干してできたスポンジに手を伸ばした。
「おい、ジェーン?」
「こういうの、我慢できないんです。寝なくてもきれいにして見せますよ、そうじゃなきゃ僕が眠れません。ついでに、ビリーさんも明日から2~3日はまともな生活、できるじゃないですか?」
「いや、そこまでしなくても、干物とインスタント食ってりゃあ」
「体によくないです、それに不衛生です! だぁーもー、この家、洗剤とかもっといいスポンジとか、どうして置いてないのかなぁ、まったく!」
まずは、食器を置くためのカゴから洗い始める。それを一通り洗って、垢とカビと汚れを落として水ですすぐと、そのカゴの上に、残りわずかな洗剤(当然、天然素材)だけで洗いぬいた食器の山を積み重ねてゆく。その手際は、ビリーも驚きのあまりに唖然としてしまうほど、すばやく、それでいて丁寧なものだった。
汚れにまみれていた食器が輝きを取り戻し、カゴの上できちんと整列している。最後に、ジェーンは水周りをヘチマのスポンジでこすり、とうとうボロボロになったスポンジをゴミ箱に放り込んだ。
「……軍じゃ、家事も教えるのか?」
「いえ、サバイバル訓練で、川で飯ごうとかを洗うことがあるので」
次にジェーンは、ほうきとちりとりを持ち出し、せっかくビリーが用意した布団を撤去してベランダに干し、ベッドを横倒しにしてしまう。そしてある程度のほこりと荒ゴミをちりとりに押し込むとゴミ箱に捨て、玄関先に立てかける。
それから1時間ほど、ジェーンは掃除と片付けに没頭した。それはもう、ビリーが呆れたり驚いたり、立ち尽くし、邪魔者扱いされながらも感心するほどに。
いつの間にか汗だくになっていたジェーンは、「これでひと区切りついたか」とつぶやき、軍服のジャケットを脱いでテーブルの上に置いた。この家にはハンガーが少なく、引っ掛けられるものも何もないからだ。
「さて、これで明日の朝までは我慢できますね。ビリーさん、もう寝ましょうか?」
「………… ……悪っり、何もコメントできねぇ」
「しなくていいですよ?」
ハンモックは、三脚のスタンドをふたつ用意し、そのふたつに備え付けられている爪に頑丈な鉄骨をつなぎ、三脚のてっぺんのフックにハンモック本体を吊るせばいい。
ジェーンはビリーのベッドに、そしてビリーはハンモックに、それぞれ体を預ける。ビリーが体制を崩し頭の下に手を組んでいるのに対し、ジェーンは腹の上に手を乗せてまっすぐな姿勢で横たわっている。
掃除のあわただしさから一気に静寂に包まれるビリーの部屋。ビリーはまぶたを閉じず、ただ天井を見つめているだけ。そんな中、ビリーがもう寝たのではと思っていたジェーンから、声をかけられた。
「……ビリーさん、起きてます?」
ジェーンも、ビリーが寝ている可能性を配慮したのだろう、小声で言う。
「起きてるぜ。何か?」
「あ、いえ、何でもないです」
「そうか」
「あ、ええと、あの、その…… ただ、何て言えばいいか」
ビリーには、ジェーンの表情は分からない。体を翻して振り向けばいいのだろうが、ビリーは視線をチラッと動かすだけで、ジェーンの声に耳を傾けている。
「今日は、泊めてくださって、ありがとうございます。ビリーさんの言うとおり、泊まるのは今夜だけにして、明日からはちゃんと、僕の新しい家を探して、そこに住むので。……だけど、たまにここに、遊びに来ていいですか?」
「ああ、いいぜ。いつ死ぬか分からない賞金稼ぎの家でよければな」
「あははは…… 僕も、いつか戦場で死ぬと思っていましたけど、ワイルドターキーさんで働かせてもらうことになったら、しばらく死にそうにないですね。ビリーさんが死んだら、お墓参りなら、毎日してあげますよ」
「言うな、こいつ」
あははは、と笑い合う、ジェーンとビリー。
そしてひとしきり静かに笑うと、ビリーはハンモックの上でごそごそと体を上下逆にし、ハンモックの左脇から、顔をのそっと出す。ハンモックの下では、笑ったせいで目じりに涙をためたジェーンが、その涙を右手でぬぐっているところだった。
「……いや、何なら、ずっとこの部屋にいてもいいぜ?」
「えっ?」
涙をぬぐうジェーンは、きょとんとした表情で、ハンモックの脇から顔を出しているというマヌケな状態のビリーを見上げる。
「お前は、元軍人で几帳面でズボラなところを許さない、そんな感じのヤツだけどさ、かわいくて、胸も大きくて、優しくて、かといって悪人に容赦しない…… そんな、かわいらしさと強さにあふれる女の子がさ、ここにいたりするわけじゃん?」
「は? あ、はぁ…… まぁ、もともとは男の子ですけど?」
「いいんだよ、お前から香ってくるのは、確かに女の子の香りだ。笑顔もかわいいし」
ビリーはそう言うと、とうとうハンモックから降りて、両足で静かに床に着地すると、自分のベッドに横たわるジェーンの脇に、体を投げ出す。ジェーンは布団の中でもぞもぞと動き、ビリーにベッドを半分だけ返した。
「俺、ズボラの中でも相当ズボラだし、まともに飯も食わないからさ、お前がいたらすげー助かるんじゃないかって。いや、それにさ、懸命さだとか、かわいらしさだとか…… 言葉で言い尽くせないいろんなのが、俺の中で渦巻いてんだ、うまく言葉にできない」
そう言うと、ビリーは吐息がかかるくらいにまでジェーンに近寄ってくる。
真っ暗な部屋にわずかに反射している月明かり。それでも、ジェーンのかわいらしさは失われていない。
「ビリーさん……?」
「どうだ? お前さえよければ、しばらくここにいてくれよ」
「そう、ですねぇ…… ………… ……わかりました」
ジェーンは短くそう答え、枕に頬をうずめる。
「お言葉に甘えます」
軍を追放され、行宛を失っていた放浪の少女は。
何とか、仕事と住まいを、見つけることができたようだ。