アフターデイズ
そのあと。
ヘレンは、ビリーを解雇した翌日、確かに、新型TSウイルスに対抗する薬を完成させ、レポートと共に医療機関、『ヘルメス機関』に提出することができた。
そしてその数日後、先日まで雇っていたビリーが亡くなったという知らせをジェーンから受け、彼女は悲しみにくれた。短い間ではあったが、気の合うもの同士として楽しく仕事ができた相手だったビリーの死は、ヘレンにもショックだった。
だが、自分の悲しみはジェーンよりもまだマシだ。そう自分に言い聞かせ、ウッドに復讐するための銃や銃弾、ダイナマイトを、レッドヴィル州陸軍に提供するという形で処分し、次なる研究、TS病患者を元に戻すという研究に取り組み始めた。
そして、第2の研究と並行して進めていたのが、新型TS患者のほとんどが起こす発作を抑えるための薬の開発。ヘレン自身もそれに苛まれていたため、自分のためにも、ほかの患者のためにも、早く完成させる必要があった。そしてそれは、第2の研究よりも早く完成するに至った。
ところでこれは、少し未来の話になるが、第2の研究の結末は意外にも、原住TSウイルスの培養、更に投与という、原始的な形で迎えた。しかし動物実験で、すでにTS病を患った動物を元に戻そうとしたら体の構造に異常を起こし、時に死に至るということが判明したため、原住TSウィルスをTS病患者に投与するという方法は、あきらめざるを得なくなることとなる。
こうして、若き医療錬金術師ヘレンの活躍によって、アメリカではTSウイルスによる男女バランスの崩壊は緩やかになり、均衡を取り戻し始めていた。また、そこからワクチンも開発され、TS病にかかる人は、次第に減少していった。
もっとも、海を渡る交通機関が発達したことにより、TS病は世界中に広まってゆくことになるには、なるのだが……
その一方で。
日本、東京。
年号は明治と改められて数年が経ち、刀を腰に差して歩く武士や侍、腕試しの放浪の剣客などの姿は消えてゆく。自警団などの公的機関に属する人間は、黒いジャケットに黒いロングパンツと、西洋の服装を取り入れつつある。
そんな、まだまだ外国に貿易の扉を開いたばかりの東京の街に、ふらっと訪れる者がいた。
「へぇ? ここがうわさに聞いた、明治横丁か~……」
その人物のいでたちは、赤茶色の衣に、雲の色の袴、白い足袋に、おろしたばかりの草履。腰には、洋風に飾り付けられた重量のある刀と、純白の装甲と装飾が施された銃を提げている。そして流れる砂金のような金色の髪は、青いリボンで括っている。
「レッドヴィルのアジア街のジャパンロードにそっくりだ。でも、ここが本物の日本の街なんだよな~~~~~っ!」
それは、少女。
ジェーン・ヒコックだった。
そして、彼女のふくよかな胸元には、木綿の帯に巻かれた、赤子の姿がある。今はすやすや眠っているようだ。
「はぁぁぁぁぁぁ…… すっごいなー、ちっちゃい頃に1回来たきりの、日本だよ。日本にまで来ちゃったよ、僕…… って、観光してばかりじゃない、住まいと仕事を探さないと、バウンティーハンターでも軍人でもないんだから、誰にも頼れないんだからっ!」
ペンペン、と自分の頬を叩くジェーン。
そして、食事処、着物屋、八百屋、鍛冶屋などがひしめき合う横丁に足を踏み入れ、ジェーンは新しい住まいと食い扶持を、探し始めた。
「さて、ジュード?」
ジェーンは、胸元の赤子の名前を呼んだ。
赤子の名は、ジュード・ヒコック。
ジェーンが「ビリー」と呼んでいた、かつての自分の夫と、同じ名前の男の子である。
「故郷を捨てて日本まで来ちゃった、わがままなお母さんだけど、きみだけが生きる希望だから…… だから、いつまでも元気で、ここで暮らそっ?」
両親は戦争で失った。
軍の同胞もたくさん死んだ。
愛する夫も目の前で殺された。
自身も、軍人として多くの、賞金稼ぎとしてひとつの、命を奪った。
たくさんの家族を失ったジェーンだが。
今、すぐそばに、もう2度と失わないと誓った、唯一の家族がいる。
- Bloody Wind -
The End