エピローグ
レッドヴィル州陸軍、事務室。
大佐は、レオンからの報告を受けていた。
「先日、逮捕・射殺したウッド・ジェームズの屋敷を家宅捜索したところ、麻薬の流通ルートに関する書類が発見されました。つきましてはわが軍で、麻薬を売買している組織や個人を逮捕する、専門のチームを作りたいのですが」
資料に目を通す大佐。
そして、直立するレオンを一瞥して、首を縦に振った。
「いいだろう。よろしく頼む、レオン」
「はっ、ありがとうございます!」
ワイルドターキー。
この店には、四人組のミュージシャンが定期的に店に演奏に訪れる。背の高いスーツの女性がピアノを引き、渋い男ふたりがギターを弾き、そのメロディーにあわせ、純白のドレスの少女が愛らしい歌を披露する。
そんな演奏と歌を聴きながら、キールは、傷もまだ完全に治っていない体でカウンターに立ち、アルバイトの子が洗った食器をタオルで拭いて棚に片付けてゆく。キールの傍らでは、ワイオミングが、アルバイトの子に料理を盛った皿を渡して、届け先を言う。
料理をひと通り作り終わると、次はお酒をグラスやマグカップに注いでゆく。これもまたカウンターに置いて届けるように言うと、エプロンのすそをパサッと払い、食器棚にもたれかかる。
「……このお店も、さびしくなりましたね、店長」
ワイオミングのその言葉に、キールはグラスを拭くその手を一瞬止めて、答えた。
「ああ。ジェーン目当ての客も来なくなったし、ほかにも来客は減った。だが、ジェーンとビリーのおかげで、この店が、ウッドとかいうギャングに乗っ取られずに済んだんだ。ふたりには、とても感謝している」
チラッと、ワイオミングはカウンター席を見やる。
そこには、このワイルドなアメリカの酒場にはかなり珍しい酒瓶がある。
アジア街で見かけるような東洋の雰囲気が感じられる…… おそらく日本だろう、ひらがなが掘り込まれてある。そんな、土器の酒瓶が飾られている。その酒瓶には、ビリーの名前が刻まれた木のタグが、皮ひもで提げられていた。
「ビリーさんも…… もう、お店に来てくださらないんですね」
「いいや、ワイオミング」
キールはそう言うと、首を左右に振って答えた。
「あいつは、いつまでもこの店の常連さ」
ギルド。
店の奥、そこには、ビリーがいつも使っていた座席でもあった。今、そこには誰も座っていない。
ギルドの様子は、いつもと変わらない。眼光の鋭いハンターたちが、仕事リストや指名手配所をにらみつけるようにあさりながら、次の食い扶持にありつこうとしている。
だが、その様子は、見ようによってはビリーの死から目をそらしているようにも思える。そんな中、ビリーを慕う若いハンターが、空席のテーブルを見つめながら、小声で会話している。
「まさか、ヒコックの旦那が死んじまうなんてな…… オレ、旦那が目標だったし、生きがいだったのに……」
「あぁ。オレも遣る瀬ねぇよ。ヒコックさんには、いつもよくしてもらっていたしなぁ」
そんな若いハンターの頭を、背後から平手で叩く老練のハンターがいる。ひげを生やし、鋭い目をしている。左手には、かなりの量の仕事リストが握られていた。
「いつまでもウジウジしてんじゃねぇよ」
「おやっさん……」
「賞金稼ぎとはそういうもんだ。凶悪犯罪と立ち向かうこともあれば、その戦いの中で命を落とすこともある。そういう覚悟がなきゃ、この仕事はやってけねぇんだよ」
「へぇ、おっしゃるとおりです、おやっさん」
若いハンターにおやっさんと言われたハンターは、仕事リストを丸めて筒にし、ベルトとズボンの間に挟んで言う。
「まぁでも、いつどこで死ぬか分かんねぇこの仕事だが……」
おやっさんもまた、ビリーがかつて座っていた席を、今は誰も座っていないその席を、見つめながら言う。
「残された女は悲しかろうと、ビリーは幸せに死ねたと思うぜ」
アパート、フランジア。
その201号室のベッドで、ジェーンは惰眠をむさぼっていた。
何をするわけでもなく、毛布を抱いて、呆然としていた。
「ビリー…… きみがいなくなって、この部屋がすごく、広く感じる」
部屋の中には、ビリーの遺品がまだ残っている。
彼の服、彼の下着、彼のコート、彼の…… 刀。
ジェーンは何を思ったか、毛布をはいで起き上がり、ビリーの刀を手に取ってみる。
刀の鞘を腰に吊るためのベルト。それを片手で持ち上げてみただけで、その重さがずっしりと伝わってくる。
「うっ……!?」
――重い……
――ビリー、いつもこんな重いものを扱ってたんだ。
――さすがに、僕じゃ無理だ。銃なら今でも、思い通りに操れるのにな。
ビリーの刀を壁に立てかけ、またジェーンは、ベッドの上に伏せる。
「あ~あ……」
――僕、ひとりぼっちになっちゃった。
――でも、いいんだ。
――きっとこの先、ビリー以外の男の人を好きになること、きっとナイナイだし。
失ったものは、もう何も戻らない。
それは分かっている。
だから、それを乗り越えて、止まったままの時間を、また進めなければいけない。
窓を開く。
すがすがしい風が、ジェーンの髪を、頬を、心を撫でる。
そして、空を見上げる。
……あの日、ビリーがウッドの差し向けたギャングと敵対し、全身に銃弾を受けながらも敵を殲滅したとき、血を流し続ける体で、ビリーはジェーンを抱き寄せ、彼女の耳元で言った言葉がある。それがふと、ジェーンの心に、よみがえってきた。
ビリーに呼ばれたような。そう思い、ジェーンはアパートの窓の枠に手をかけ、空に向かって叫んだ。
「ビリー!」
いくら忘れようとしても、何度悲しみを乗り越えようとしても。
ジェーンの涙は、ビリーに対する想いは、枯れることを知らない。
「僕は、ずっとずっと、きみがいたことを忘れない!」
心が感じ続ける、痛みとうずきと、悲しみと。
そして、愛と。
ずっと付き合っていかなければならない。
「僕の名前に…… ジェーン・ヒコックの名前にかけて!」
その時。
ジェーンの心に、爽やかな風が流れた。
それは言葉となり、ジェーンの心を満たしてゆく。
――ジェーン、俺を愛してくれて、ありがとう。
――俺も、お前を愛してる。