エピソード10 エロく、ケバく、Let's Playin' パンクロック!
日が高く昇る頃。
すっかり化粧も手馴れたジェーンは、レオンと、彼が率いる軍の仲間と共に、レッドアイの屋敷が見渡せる林の中にいた。ちなみに、ジェーンはドレスを汚さないため、また存在を隠すためにも、カーキ色のコートをまとい、頭にもフードをかぶる。
「作戦はこれでいこう」
ジェーンが言う。
「いきなり、殺人の容疑で逮捕するといっても、敵は相当のワル。それに、ビリーや僕たちと争いを起こしたばかりだ、いきなり逮捕礼状を突きつけたら、何をされるか分からない。だから、僕のこの格好が役に立つってワケさ」
「どんな意味があるんです、先輩?」
「僕、ギターが趣味なの覚えてるっしょ?」
「ええ。軍のクリスマスパーティーでは、マリアッチみたいなこと、してましたね」
「女の子がひとり、芸を披露しにやってきたってことにすれば、相手もすんなり門を開けてくれるんじゃないかな? で、相手が油断している隙に、はい逮捕礼状バシッ! 御用だ御用だ、お縄をちょうだいしろ~! 抵抗するものは、容赦なくお尻ペンペン!」
「成る程! 先輩、てっきり大佐夫人に毒されたものとばっかり思ってましたけど、そのドレスは、この作戦のためだったんですね!?」
「え、う、うん、まぁ……」
ジェーンの言葉はにごっていた。
キラキラと目を輝かせてうなずくレオンに、本音は言えない。
――言えるわけナイナイじゃないか。
――僕が僕自身に、あのドレスの姿の僕に、ドキドキしちゃったとかさ!
夫人は、ジェーンのナルシストのスイッチを押してしまったようだ。あるいは、ジェーンの中にまだ男のアイデンティティが若干残っているからだろうか。
レッドアイ屋敷前。
鉄格子のような門の前には、護衛の男がふたりいる。ジェーンは彼らに声をかけた。
「すみません。僕、旅のギター弾きです。音楽を披露して回っているのですが、よろしければ演奏を聞いていただけませんか?」
男たちは顔を見合わせる。
「分かった、社長に話をつけてくる。1週間だけ待て」
「はい!? そんなに待てませんよ! 至高や究極の料理とかでもてなしてくれなくていいので、光の巨人がいなくなるまでの時間でお願いします!」
「さすがに冗談だ。分かったからおとなしくしていろ」
赤いテーラードジャケットに砂除けマフラーといういでたちの派手な男が、ライフルを持って奥の建物の中に入ってゆく。そして待つこと本当に3分、あの男が帰ってきた。
「入れ。社長もたいそう興味を持たれている」
錠を開き、鋼鉄の門が左右に開く。
「ありがとうございます。それと、申し訳ないのですが、その社長さんたちをこの庭に呼んでいただけますか? 僕、屋外で演奏する方が得意なので」
「分かった。たまには空の下で女の子の演奏ってのもいいだろう」
話はすんなり通った。
ジェーンが鉄の門をうまく潜り抜けたことを、遠くでレオンが確認し、屋敷を囲う白壁にびっしりと張り付いて出撃を待つ軍人に、親指を立ててサインを送る。息を殺して待機する軍人たちは、こくっと首を縦に振る。
屋敷の広い庭。
ジェーンはその中央から壁際のあたりに立ち、旅荷物に偽装して適当なものを詰め込んだボストンバッグと、黒い革が張られたギターのハードケースを、足元にそろえる。
建物の前にはずらりとレッドアイの社員たちが並び、中央には折りたたみ式の椅子に腰掛けてうちわを仰ぐウッドの姿がある。うつむき加減のジェーンは、ハットの鍔の縁越しに、ウッドを見やる。今すぐ捕まえたい気持ちをこらえ、ギターを揺さぶって、ポジションを整える。
「ようこそお越しくださった、旅のギター弾きさん。では早速、その演奏を見せていただこう」
「よろしくお願いします」
ジェーンはそう短く答えると、左手をネックに、右手を絵柄つきピックガードに囲われたサウンドホールの近いところに添えて、静かに弾き出した。
左手の指はそんなに激しく動かない。だが、右手の指はそれぞれが意思を持っているかのように複雑に動き回り、多種多様な音色が、6本の絃から響き渡る。演奏は次第に大音量、更に複雑になってゆき、ジェーンの足はリズムを刻み始める。
そしてジェーンは乾いた砂を踏み鳴らし、ドレスのスカートをなびかせながら、くるくると大きく緩やかな動作で舞い始める。きれいな素足がのぞき、男たちは興奮する。ウッドもそんなジェーンの演奏に聞き入り、ジェーンを見つめていた。
「ほう……? あの女、なかなかいい演奏をする」
この旅のマリアッチがジェーンであるとは、気付いていない様子だ。
演奏は短くも長くもなく、男たちの手拍子がマックスになったところで、強いアクセント、単調なリズムになり、そしてフィナーレとして複雑で派手できらびやかな音色を奏でると、ドレスを翻しての舞と共に、演奏は終わった。
じゃじゃん。すべての弦を弾いて演奏を終えると、男たちはジェーンに、盛大なる拍手を惜しみなく贈る。
「いいぞーいいぞー! ナイス、旅のギター弾き!」
「よかったぜー、演奏!」
大好評をもらったジェーン。ギターをケースにしまうと、帽子をかぶったまま、深々とお辞儀する。
「どうだい、お嬢さん。もう1曲聞かせてくれよ! な!」
「アンコール! もう1回頼むぜ、いいだろ!?」
演奏をリクエストする社員たち。そしてウッドも言う。
「なぁ、お嬢さんよ。こうして社員も言っていることだし、わたしからも頼もうじゃないか。もう1度聞かせてくれないか。たまには、こういうところで酒を飲んでみたいんだ」
「分かりました。では、曲の代わりに、僕の名前だけ覚えてください」
そう言って、ジェーンは帽子の鍔に手をかけ、きらびやかな金髪を、ふわっと風に揺らす。
「旅のギター弾き。名前を、ジェーン・ヒコックと申します」
途端。
開け放たれたままの鋼鉄の門から、レオンたちが一気に突入してきた。
驚きを隠せないウッドたち一同。軍人たちは屋敷の白壁に沿ってずらりと並び、ジェーンの脇に靴で砂を噛むようにして立ち止まったレオンが、陸軍のバッジをウッドに向ける。
「ウッド・ジェームズ。お前を、殺人の容疑で逮捕する」
「なっ……!? お、お前ら、やつらを全員!」
ウッドが社員たちに銃を抜くように指示しようとすると、ジェーンがハットを放り投げ、ウッドの右手の人差し指をかすめる。
「つっ!?」
「軍人を含む公人に銃を向けたら、その時点で犯罪だ。また、僕らに殺害指示をしようとしたことも罪に問われるけど、いいよね別に?」
「くっ…… まさか、ジェーン。ワイルド・ビルの敵討ちに……? あんなヤツのために……ッ!?」
「ビリーの敵討ちでもあるし、僕が好きな人を殺したあんたを僕はどうしても許せない。それに、これ以上お前に好き勝手させない。死んだビリーの想い出と共に、レッドヴィルの町の平和も、僕が守って見せる!」
「貴様…… ………… ……まぁ、いいだろう。お前たちにはおとなしく捕まっといてやる。すぐに保釈金を支払って、また戻ってくればいいだけだ」
ウッドは小さく息をつき、大人しくレオンの前に歩み寄ってくる。まぶたは伏せ、諦めと素直さ、というより開き直ったような表情を浮かべている。保釈金さえ払えばまたこれまでと同じ生活に戻れる、その確信があるからだろう。
だが、ウッドはレオンの手前で立ち止まると、横目でジェーンを見つめた。
「だが、俺様は…… あの時、俺様が愛する女を奪いやがったワイルド・ビルを許さない。知ってるか、ジェーン? 俺様が以前列車強盗で捕まったとき、ワイルド・ビルは俺の女を撃ちやがった。いや、語弊があるな…… 恋人は、俺様に向けられた銃弾を体に受けて、俺様の代わりに死んだんだ。だが、ワイルド・ビルが撃った弾であいつが死んだことに変わりはない」
「…………」
「刑期を終え、いろんな女と出会ったよ。だが、あの時ほど燃えるような愛は感じなかった。やはり、俺様にはあいつが必要だった。だが、1週間と少しくらい前かなぁ、あいつの面影を強く持つ、ジェーン、お前と出会ったのは。しかし、お前は俺様の愛を拒んだ。それどころか、俺様にとって憎きワイルド・ビルを、愛していやがった」
「…………」
「ふっ、ジェーン・ヒコックだとな……」
「……で?」
「ジェーン。俺様はお前を…… あのワイルド・ビルのためにそうまでして、俺様に刃向かうお前を……!」
途端。
ウッドは腰から銃を抜き、ジェーンに向けようとした。
「やべ、先輩!」
「お前を、殺す!」
ジェーンの額に銃口が突きつけられ、引き金が引かれる。
だがジェーンは、左手で内側から外側に払いのけ、銃弾の軌道はジェーンから外れる。今度は逆にジェーンがウッドに銃を向けた。
「そいつは!」
ジェーンの銃を、ウッドは同様に左手で払った。互いに、腕を左右に開いてしまった状況下、ジェーンが更なる反撃に出た。
「逆恨みだ!」
左足で地面を蹴って前進し、その勢いに乗じて右足のかかとを繰り出す。それがウッドのみぞおちに決まり、ウッドの呼吸が一瞬狂う。
ジェーンはその隙に再び銃を向けるが、ウッドは苦しみをこらえて右足でジェーンの銃を蹴り上げる。銃はジェーンの手から離れ、またウッドに隙を与えてしまう。
「たぁ!」
ウッドの反撃。リボルバーの銃口がジェーンを捉えるが、同様にジェーンも、回転脚でウッドの銃を彼の腕ごと蹴飛ばす。赤いドレスのすそが花びらのようにふわりと広がる。ウッドの銃も吹っ飛んでいってしまった。
「お前も、あいつも!」
ウッドは得物を失う。それでも、ジェーンにつかみかかろうと右腕を伸ばす。
「憎いんだよ!」
姿勢を正そうとジェーンは両足を地面につけるが、ケープをウッドにつかまれ、そのまま引き寄せられてしまう。ウッドはジェーンの顔面を、左肘で殴ろうとしているようだ。
だが、ジェーンは深く身を沈めることでケープを脱ぎ、ウッドの肘からの攻撃を免れた。ケープの下から現れたのは、三角形に胸を被うドレスのトップ部分と、胸元でストラップとトップ部分を結ぶリボン。胸元が強調され、細い肩と二の腕もあらわになる。
ジェーンは低く身をかがめた姿勢のまま、すばやく後退、手元から離れた銃を拾う。そしてウッドも、右手をジャケットの内側に添える。
ウッドが懐から取り出したのは、4発式のナイフガン。ジェーンが銃を構えるより先に、ウッドはナイフガンの切っ先を彼女に向けていた。
「死ね!」
グリップに内蔵されたボタンを押すと、鍔の辺りにある銃口から、小さな弾丸が鋭く飛び出す。
だが、その弾丸がジェーンに当たることはなかった。
低くかがんで銃弾をやり過ごしたジェーンは、かがみながらウッドに向けた銃の引き金を、ためらうことなく引いた。
途端。
屋敷の庭に、鮮血が飛び散る。
普通なら、潰れて広がりながら体内組織をえぐり、人体のどこかでストップする弾丸だが、ウッドのみぞおちに突き刺さった弾丸は体内にとどまるどころか、爆発して背中を貫いていた。
ジェーンが放った弾丸。
それは、ターゲットに着弾すると同時に内部火薬に引火し爆発を起す、さしずめ『炸裂弾』といったものだった。
体の内側から、内臓を根こそぎえぐられたウッド。
もう、彼の死は免れない。
地面に伏せたウッド。
背中を空に向け、耳や鼻から血を流しながら、ウッドはポツリと、かすれた声でつぶやいた。
「お、俺さ、まは…… 貴様、と…… ワイルド・ビル…… 憎…… たま、な……」
ばん。
更に放たれる銃弾が、今度はウッドの頭を、跡形もなく消し去った。
2発放った、ジェーンの目には。
「分かって、ないねぇ……」
大粒の涙が、浮かんでいた。
「憎しみは更なる連鎖を生んで、自分のところに帰って来るんだよ……?」