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淑女とドレス

第四章、御前会議の衣装選び。

「……これ、開きすぎじゃないかしら」

 サリーナ様が、自分の胸元を覗き込んで仰った。

 城の古道具入れから引っぱり出してきた赤紫色の古風なドレスは、襟ぐりが大きく開き、胸のすぐ下をサッシュで締める、胸を強調するデザインだ。

 このドレスが流行った頃は、首から胸の美しさが重要だったらしい。スカート部分はギャザーの寄った布地がすとんと落ちているだけなのに、胸の(きわ)のカッティングといったら、大胆、かつ繊細。驚くほど精巧に、胸の谷間を慎ましくも、色気たっぷりに見せるという、職人技が光っている。

「何を仰ってるんですか。このくらいやらなきゃ、あの方には通じませんよ」

 アンの意見に、ハンナさんも私も大きく頷いた。

 それでも、サリーナ様は戸惑い気味で不安そうにしている。

「ちょっと失礼します」

 私はサリーナ様の横にまわって爪先立ち、その胸元を覗き込んだ。

 今のドレスは肌は見せず、代わりにカッティングで体の線を露わにするのが主流だ。特に、胸よりも腰が強調され、紳士諸氏はその魅惑的なラインに虜になるらしい。

 けれど、この、サリーナ様の肌の、艶かしいこと!

 白い柔らそうなふくらみと、それがつくりだす谷間に、女の私でもドキドキする。手を入れて、どうなっているのか、もっとよく確かめたくなる。

 これに反応しない男は、女性に興味のない性癖だと断じてかまわないと思う。

 あまりの眼福ぶりに、ねっとりと眺めていたら、サリーナ様が手で胸元を隠しながら、ダイナ? と問いかけてきた。

 私は、はい、と答えて、慎ましく感想を申し上げた。

「肌を見せるのって、新鮮ですね。無邪気に淫らな感じが、すごく素敵だと思います。きっと、エディアルド様の目も釘付けになると思います」

 すると、サリーナ様は見る間に真っ赤になっていった。肌が白いおかげで、首から頬から耳まで、血がのぼったのが、よくわかる。

「や、やっぱり、他のドレスにするわ」

 ふらふらと衣装箱に向かおうとするのを、アンと二人で立ちふさがって、さえぎった。

 そして、肩を押してハンナさんの方に向け、とどめを刺すべく、二人で声を揃えてこう言った。

「ハンナさんはどう思いますか?」

 ハンナさんは、元はサリーナ様のお母様の実家の侍女で、サリーナ様の乳母であり、教育係も兼ねている。

 普通の庶民が貴族の子女の教育係などできないはずだけれど、ハンナさんは貴族の血を引いているらしい。

 らしいというのは、そういうことをハンナさんは言わないので、本人からちゃんと聞いたことがないからだ。

 でも、早くに亡くした旦那様とは大恋愛で、駆け落ち同然に結婚したと言っていたから、きっとそのへんに理由があるのだと思う。

 そんなハンナさんは、サリーナ様にとってお母様も同然で、特にこういった女性としての振る舞いについては、とても意見を尊重する。

 ハンナさんは、ふんわりとあたたかく微笑んで、サリーナ様を安心させるように、頷いて見せた。

「たいへんよくお似合いですよ」

「でも、やっぱり、開きすぎだと」

「サリーナ様」

 ハンナさんが、優しくやんわり、真綿でくるんで締めつけるように名前を呼ぶ。やわらかいのに、妙な威厳があって、サリーナ様だけでなく、その後ろの私たちまで、思わず背筋が伸びた。

「か弱い女性が目的を達するには、時には大胆になることも必要です。それには、中途半端はいけません。やるからには、徹底的に爪は研がないと。それが淑女の心得ですよ」

 そう言って、完璧な立ち姿で、にっこりと笑った。淑女の貫禄たっぷりに。

「おー」

 隣りのアンが、感嘆の声とともに、ぱちぱちぱち、と拍手をした。

「そうですよね、それぞ淑女、貴婦人の鑑ですよね! それでですね、私、このスカート部分が、あまりに色気がないと思うんです! だから、ここをこうして絞って、もう少し腰の線が出るようにしたらどうかと」

 アンは布地を寄せて摘み、サリーナ様の優美な腰の曲線を露わにした。

 ハンナさんが正面から真剣な顔でじっと見て、やがて、一つ重々しく頷いた。

「そうしましょう。ダイナ、マチ針を」

「はい!」

 私は急いで裁縫箱を開き、針山を取り出した。

 それから私たちは、懊悩して赤くなったり青くなったりして固まっているサリーナ様を弄りたおし、エディアルド様を悩殺するするべく奮闘したのだった。


 それで、本番前に、ちょっとだけ、エディアルド様の反応を見ようと、呼んできて、着付けたサリーナ様を見せたのだけれど。

「よくお似合いですが、ストールを巻かれたらどうですか」

 と、顔色も変えずに仰った。

 でも、持ち出してきたのが、ストールですもんね! やっぱり胸元が気になったんですね!

「脈ありですよ!」

 エディアルド様が出ていった後で、私とアンが手を打ち合わせて喜ぶ横で、サリーナ様は、やっぱり頬を赤くして、ご自分の胸元を無言で眺めていらっしゃった。

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