クレマンのお節介
第三章 7で、王都へ出発する前のやりとりから。
御者台の下の物入れに、見慣れた袋を見つけた瞬間、私は、またエディアルド様はこんな物をこんな所に入れて、と苦笑した。
前後左右を見回し、エディアルド様がいらっしゃらないのを確認して、こっそりと取り出す。中をあらためれば、やはり銃だ。
いったいいつ入れたのか、あの方の仕事は手早くて驚く。
それだけではない。貴族の若者なら嫌がりそうな汚れ仕事でも、少しもかまわず、すすんでこなす。これがここにあるのも、自ら馬を操るおつもりなのだろう。それは、平民の使用人の仕事なのに。
私はエディアルド様がやってくる前に、さっさと馬車の中の座席の下に袋を置いた。
エディアルド様はまことに真面目で誠実な方だが、まさにそれが欠点でもあるように感じられる。
例えば。
最初の顔合わせで、「クレマンは実に自然に造詣が深いよ。特に、植物の効能については、薬師なみだ。暇のあるとき、薬草園を案内してもらいなさい」と旦那様が紹介なさったそれを真に受けて、以来、時間のある時は、草取りから土を掘りおこすのまで手伝ってくださるようになった。
「そんなことまでしていただかなくて、けっこうですよ」
と申し上げたが、
「私は聞いただけでは理解できないし、覚えられない。力仕事は慣れている。手伝わせてくれると嬉しい」
という具合に、突き抜けて真面目すぎるのだ。
作業の合間に、ぽつぽつと語られたことを総合すると、どうやら騎士というものは、食料の調達から洗濯や掃除、繕いものまで、一人で生きられる技量を身につけてこそ、一人前ならしい。
あの方にとって、知らないこと、できないことは、理解するべきこと、身につけるべきことに変換されてしまうようだ。どうやら、そうしなければ生き延びられないとすら考えている節がうかがえる。
そういう場所に身を置いていたせいなのだろうが、ここは平和なトリストテニヤだ。草むしりさえ真剣にやられると、どうも浮いて見えてしまうのだ。
次期領主にと望まれて連れてこられたはずなのに、いつのまにやらバトラーに収まってしまったのも、サリーナ様を守ろうとするあまりだというのは見ていればわかるのだが、見事にいき過ぎだ。
しかも、そのバトラーぶりが、突き抜けている。
あの方が懐から櫛を持ち出し、お嬢様の髪をきれいに梳かしつけて、器用に三つ編みをこしらえなさった時には、笑い死ぬかと思った。
私は二人の前で笑い出さないように、口を押さえてこっそり外に走り出なければならなかった。その後、ずいぶん長い間、裏庭で一人、心ゆくまで腹がよじれるほど笑った。
想像してみてほしい。そのへんの男より明らかに立派ななりの大の男が、こう言ってはなんだが、いわゆる小娘の髪を編んでやっているのだ。
あの顔、あの体で、いったい、いつ、三つ編みを覚えなさったのだろう……。しかも、あの、きっちり具合!!
サリーナ様は、いつでも微妙な顔をしていらっしゃるし、エディアルド様は女が男に髪を触らせる意味を理解しておられない。
見ているこちらが恥ずかしくなってくるというのに、本人達はまったくわかっていないのが、もう、なんと言おうか、なんとも言えなくて、身悶えする。
あのお二人を見ていると、エディアルド様から迫りなさるなんてのは一生かかってもありえそうにないから、いっそサリーナ様がエディアルド様を押し倒されれば、それで万事うまくいくんじゃないかと思う。
好きな女に迫られて、ナニがアレしない男なんて、いやしないんだから。それは、朴念仁で頑固なエディアルド様でも変わるまい。
……たぶん。頑固者で知られたルドワイヤ辺境伯のお血筋だとしても。
疑念がさせば、なにやら、たいへんに疑わしくなってくる。
その昔、内乱で王や反逆者から矢のように、「我が方に味方せよ」という招請を受けても、「国あっての王である。領土を持たない王におなりあそばしたいか」と、剛毅にはねのけなさったというルドワイヤ辺境伯。
新宮廷で、どれほど不利な状況に置かれることになろうと、国境から動かず、内乱に乗じた他国の侵攻を食い止めなさった。
その時、王ではなく国に仕えると宣言した、ハルシュタット家の家訓、「この血は王国のために」は有名だ。
そのお志はまことにご立派なものと、私などは感じ入るのだが、利に敏くないお姿は、時に頑迷との謗りも受ける。
エディアルド様のなさりようは、まさにそれ。頑固を突き抜けて、頑迷に近いものがあるような。
トラヴィス様にも、お二人の仲を取り持つよう相談を受けているし、……ああ、そうだ。よいことを思いついた! ここは一発、私が一肌脱ごう。
それでエディアルド様に叱られたって、怖くはない。あの方は理不尽な仕打ちをなさるような方ではない。ちょっと小言を聞けば、それですむだろう。
さあ、これは少し、考えねばなるまい。エディアルド様が馬車に乗らないとゴネられたら、なんときり返すかを。
王都までの道程、ぜひお二人で、親密にすごしてもらわねば。
私は馬車の最終点検をしつつ、考えをめぐらせた。
クレマンは、馬車を発車させるのに、少々強めに馬に鞭を入れた。がったん、と急発進する。
玄関先では、トラヴィスが、よくやったと親指を立てて見送ってくれた。
クレマンも、やりましたと、やはり親指を立ててかかげてみせたのだった。