セインの弁解
第三章 2の、紙漉き工房を訪れ、サリーナが紙漉きをしようとする場面から。
誓って言う。下心は微塵もなかった。
ただ、小さい頃からもたもたした子供だったサリーナが、袖をうまくめくり上げられないようだったから、手伝ってやっただけだ。
どうせびしゃびしゃはね飛ばすに決まっているし、エプロンもいるんじゃねーのと、親切心で言ってやっただけだ!
「セイン、退け! サリーナ様のご指導は、ヘイルと決まっている! おまえの腕でお教えするなど、おこがましいと思え!」
親方に突然怒鳴りつけられて、びっくりしたのは俺の方だ。面倒見てやってるのに、どうして怒られなければならない。
けれど、まあ、親方は親方だ。逆らうなんて、もっての他だ。それでも不満があると、「ひでえな、親方」と、ぼやきながら振り返ってみれば。
それはそれはきれいに微笑んだエディアルド様が、俺を見てた。
怖いっての!! あれって、あれだよな、俺の女に触るな、話しかけるな、ぶっ殺すって、意思表示だよな!!
わかってるってーの! あの人、来た時から、サリーナの傍から着かず離れず見守って、つーか、ほとんど威嚇して、大事にしてるってのは!
それでまた、サリーナが「私の騎士様」って夢中で、それまで泥んこ遊びだってむしろ率先してやってたくせに、急に色気づいて、お姫様気取りで振る舞って、けっ、て感じだった。
あの人が来てから、他の男になんか見向きもしなくなった女に、粉かけ続けるほど、俺は未練たらしくねえっての! 今では身分違いもわかってるしな!
だけど、幼馴染なんだよ、相変わらず、あいつトロくさいんだよ、俺は長男で、面倒見がいいと評判の兄ちゃんなんだよ、誓って言う、他意はねえ!!
普段は愛想がなさすぎだろってくらい笑いもしないくせに、どうして睨んだり怒ったりするべきところで、あの人笑うんだろうな。
それが怖い。すごまれるより怖い。問答無用な感じが、ありありしてて怖い。笑ったまま殺されそうで怖い!!
あー。寿命が三日縮まった。勘弁してくれよ。
俺は先輩職人の影にかくれながら、早く帰れ、バカップル、と心の中で罵った。