トラヴィスの密かな楽しみ
第二章、トラヴィスがサリーナの指に包帯を巻いた時の裏話。
どうもおかしい。
と思い始めたのは、旦那様が亡くなって、一年が過ぎようとする頃だった。
その昔、賢者シスが定めた服喪の期間は一年。それが過ぎれば、求婚も結婚も思いのままにできる。
ところが、サリーナ様と、旦那様が婿にと見込んで連れてきたエディアルドは、相変わらず主人とバトラーに徹しており、二人の関係に進展どころか変化も見られなかったのである。
私は旦那様が亡くなる前に、服喪が過ぎたら、二人の結婚式を盛大に執り行ってやってほしいと頼まれている。
頼まれなくても、生まれた時からお仕えしてきたお嬢様と、非の打ち所のない好青年の婚姻である。私は喜んで準備に奔走しただろう。
旦那様は、エディアルドに娘のことを頼んだ、彼はしっかりと引き受けてくれた、これで思い残すことはないと、安らかに旅立っていかれた。
だから私は、てっきり、もう二人は将来の約束を交わしたものだと思っていたのだ。
恋人たちに、一年の服喪は辛いだろうと、寝室も隣にあてがった。結婚前に子供が生まれても、それはそれでよいと、楽しみにすらしていたのに。
……まさか、口約束すらしていなかったとは。
一人物思いに沈まれていたお嬢様に話しかけたら、そんな事実が転がり出てきて、私は心底驚いた。
では、二人でいるときの、他者が入り込めないあの甘い雰囲気はなんなのだ。
二人の傍に近付くと、実は自分がそのへんの家具か、路傍の石か、キャベツか人参なんじゃないかという気にすらなるのに。
お嬢様のご様子から察するに、本人達は両想いであるということにも、気付いていないようだ。
……おもしろい。おもしろすぎる。
ではなくて、まったくもって、由々しき事態であった。
私は早速、周囲の親しい者たちに相談を持ちかけた。誰もが驚愕し、快く協力を引き受けてくれた。……笑いを堪えながら。
ここだけの話、絶対に旦那様も、あの世とやらでかぶりつきで見ながら、くすくすと笑っておられるに違いない。
いつの世も、恋人たちの深刻な悩みは、端から見れば喜劇なのである。
そんなわけで、今朝も私は二人の仲を取り持つために、サリーナ様の些細な怪我に大仰に包帯を巻き、エディアルドにサリーナ様と馬に二人乗りするよう、言い渡したのだった。
その際の、エディアルドの固まる様が笑え……、あー、いや、年寄りには若い二人の初々しさが少々まぶしく、頬の筋肉が震えてしまうのを押さえ込むのに苦労した。
二人が城下町に行くのを見送りながら、私には、今日も楽しい一日になりそうだと思われたのだった。