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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第七十三話 普段穏やかな奴が怒るとすごく怖いよね? でござる

「おい、伝七郎。戻るぞ。帰ってきたばかりだが、戦の準備だ。兵たちには本当に申し訳ないがな。出発は明日だ。本当は今すぐにでも出たいくらいだが、流石にそれでは現地に着いても戦えないだろう」


 俺は伝七郎を促した。やらねばならない事はすでに決まっている。時間がなかった。


「はい。出陣に関する手配は私が。連れてきた投降兵に関する手配は武殿が。それでよろしいですか?」


 伝七郎は即座に応じ、仕事の分配に問題はないか確認してくる。手がかかり、且つ権限の関係で色々と厄介な方を、伝七郎が自分で取ってくれている。流石に見えていると感心せざるを得ない。ここまで気を遣ってもらって、異論などあろう筈がなかった。


「ああ、それで構わない」


「では、それで。あ、それと武殿。今回は緊急事態です。あらゆる手配は私の名前で行ってもらって構いません」


 なんだって?


「とは言え、藤ヶ崎はまだ姫様の元に降っていないという建前がありますので、限界はありますが……。まあそれでも、私の名前ならば家中であれば多少は通っていますので、いくらかは融通も利くかと。あとで日付をいれて署名捺印した委任状を渡しますので、それを使ってみて下さい」


 そこまで信用してくれるのか……。


 いや、無論悪用する気などまったくないが、そのそこそこ通った名前を勝手に使わせる事の意味がわからないこいつではない。それを緊急事態とはいえ、あっさりと使えと言う。こいつ……、マジで大物になる予定の人物なんじゃね?


 そんな事を考えている場合ではないのは分かっている。だが、そう思わずにはいられなかった。


 伝七郎の目を見ながら、一度だけ問う。


「いいのか?」


 本来、こういう事はするべきではないのだ。だが奴の言う通り、そうも言っていられない事情もある。だから、一度だけの確認だ。


「はい」


 思った通りわざわざ確認をしても、微笑を浮かべたまままったく再考する気配がない。返答も一言の即答だけだ。


「わかった。そうさせてもらおう」


 その伝七郎の厚意を有り難く受ける。そしてそのまま、


「それから、お菊さん? 悪いけど、千賀の事よろしく頼む。もう少しの間、そうしておいてやってくれ。あと――――、親父さんの件はこちらにまかせろ。なんとかしてみせる。じゃあ、頼むね?」


 と、膝をついたままそっと千賀を抱きしめ続けているお菊さんにそう伝えた。


 するとお菊さんは、いきなり声をかけられて驚いたのか、軽く一つ――ぴくりとその細い体を震わせた。そして千賀を抱きしめたまま、首だけで横の俺へとゆっくりと振り向く。


 振り向いた彼女の瞳はやはり潤んでいた。


 実父の事だ。幼い千賀のようにあからさまではないが、心配で当然というものだろう。千賀の事だ。可愛い妹のような主が哀しんでいれば、それはさぞ哀しかろう。


 ――と、そんな事を考えながら彼女の顔をまじまじと見すぎてしまった。


 次第にお菊さんの頬に紅が差し、ついには俯いてしまう。


 おっと、やべ……。


 デリカシーのない奴になってしもーた。今のはリアル・タイムアタック三択だったんだ、きっと。まずった……。


 俺は今までに攻略してきた数々のギャルゲー知識を総動員し、なんとかリカバリーを図る。


「あ、ああ。それじゃあ、そういう事で、よろしく」


 そして、しゅたっと手先までまっすぐ伸ばした腕を振り上げた。


 俺の恋愛戦闘力って…………。


 とっさとは言え、これはないんじゃね? 輝かしい攻略の歴史はどこ行った? ねぇ、必死こいて蓄えた知識は?


 な・ん・で、俺はこうも駄目なんだぁっ! ぐぞう。


 俺は平静を装った表情の内側で、滂沱(ぼうだ)の涙を流し叫ぶ。


 ああ、ごめん。こんな情けない俺でごめんなさい。


 しかしそんな本当の俺の姿を知るよしもないお菊さんは、しばらくして俯いていた顔を上げると素直な言葉を返してくる。


「は、はい。何があろうと、絶対に姫様をお守りいたします。たとえ、この身に代える事になったとし――――」


 そう言葉を続けようとするお菊さん。


 言わんとする事はすぐにわかった。だが、それは俺には受け入れがたかった。だから、最後まで言わせなかった。というか、思わず本能で言葉を遮ってしまった。


「そんな事はさせないっ! ……あ、いや、すまない」


 冗談ではない。そんな真似などさせんっ! ――――そんな俺の正直な感情の発露であった。


 突然言葉を荒げた俺に、お菊さんは目を大きく見開いて驚く。


 それを見て、(あぁ、また……。思わず叫んでもーた……。もう駄目だ……)と反省したが、後の祭りだった。


「……はい」


 しかしそれを聞いたお菊さんは、機嫌を悪くするどころか、そう言って優しく、いや、嬉しそうに微笑んだ。



 それは――――、


 うわぁ……と思わす見惚けそうになる程に優しく美しい微笑みだった。



 彼女はどちらかというと、クールビューティーといった印象が強い。しかし今の彼女は、ただただひたすらに可愛らしい少女だった。


 とんでもない美人だとは思っていたが、むしろ可愛い人だったとは――――と俺の思い違いを思い知らされる。


 正直、これは予想外だった。


 だがこの微笑みが見られるならば、予想などいくらでも外れてくれて構わない。いま俺の心から聞こえる声など一つのみだ。曰く、


 ――――うん。前より今の方がずっといい。


 彼女がこうして微笑んでいる所をずっと見ていたい――心の底からそう思った。


 だから、この微笑みが失われるような事態になど絶対にさせないと、心の中で誓いを新たにする。


 そしてその誓いは、すぐにそっと胸の内にしまう。それを守る為には、やらねばならない事があるのだ。


 気持ちを入れ替え、お菊さんの胸で小さくなって張り付いている幼女を見る。そして、


「そんじゃあ、千賀? ちょっと行ってくるから、もう少しの間いい子にしてるんだぞ?」


 と言った。


 だが、返事はない。


 ……しょうがないか。なんのかんので、こいつはまだ小さい。いやはっきり言って、小さいと言うより幼いと言う方が表現として正しい年齢だ。


 そんな事を考えながらもう一度、お菊さんに抱きついたままの千賀の頭に手をやる。軽く二度、三度と撫でた。千賀はそれでもお菊さんに張り付いたままだった。


 その様を見て頬が緩むのを感じる。


 少々不謹慎かなと思わないでもなかったが、(いや、むしろこれでいいのか)と考えを改めた。


 千賀が年相応に振る舞っている。だから、これはこれでいいのだ――――、と。


 そして最後にぽんぽんと千賀の頭の上で手の平を軽く弾ませ、


「必ず『皆』で揃って帰ってくるからな?」


 と言うと踵を返した。


「……じゃあ、伝七郎。行こうか?」


「はい」


 応じた伝七郎もお菊さんにすがりついて泣いている千賀に向かって軽く頭を下げ、すぐに俺に続いた。


 奴が俺の横に並ぶと、俺たちはそのまま来た道を戻る。


 道中、ちらりと横に目をやってみた。


 そこには、先ほど千賀の前にいた時と異なる伝七郎がいた。激しく感情をむき出しにし、いつもは優しげな顔を憤怒に歪めている。それは、明確にその心中が窺える表情だった。


 そして奴は、吐き捨てるような強い語調で言う。


「……武殿。私は怒りが抑えられない。なんで姫様はこんなにも辛い思いばかりしなくてはならないのか。それが乱世だとは承知しています。でも、それが定めなどとは断じて認められない。認めたくない」


「定め……、運命ね。認めたくなければ認めなければいい。そんなものは糞食らえだよ。それが千賀の運命だというならば、俺らでその運命をぶち壊すまでだ。幸い俺は、壊すのは得意中の得意でね。幼い頃から、『もっと物を大事にしなさい』って言われて育った筋金入りなんだよ」


 伝七郎のその言葉に、俺は俺の思うところをすっぱりとそう答えた。ギャグのつもりはない。極めて本気だった。


 俺の答えに、伝七郎は驚いたような顔をして、まじまじとこちらを見る。しかしその後、クスリと小さく笑った。


 伝七郎はそっと目を閉じる。そして一つ頷き、静かに目を開けて言った。


「……そうですね。気に入らないものは気に入らない。受け入れられないものは受け入れられない」


「当たり前だろ。俺が気に入らないから、ただじゃあ済まさん。理由はそれだけだ。俺にとって、奴を殺るのにそれ以上の理由など必要ない」


「なるほど。では私も、私が気に入らないから、巫山戯た真似をしてくれた輩を叩き潰す事にします」


「それでいい。殴る時に、持って回った理由などいらない。理由が気になるなら、殴らなければ良いんだ。人が動く時の理由は、『気に入らない』――それだけで十分だ」

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