表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
98/454

第七十二話 多くは望まない 駄神よ いいから一発殴らせろ でござる

 千賀はまだ、鼻をぐしぐしと鳴らしながら時折しゃくり上げている。その頭に右手を置いたまま、俺は近くまでやってきたお菊さんの顔を見て言う。


「ああ、うん。ただいま、お菊さん。それで今の話なんだけど、もうちょっと詳しく教えてもらえる?」


 金崎? 爺さんが出ている? いっぱい?


 お菊さんと千賀の言葉に、いくつもの疑問が浮かんでいる。


 中でもお菊さんが言った金崎だ。知らない名だが、おそらくは水島の周辺の領主の一人だろう。


 だが、なぜだ? なぜ急に大軍に襲われる? もしそんな動きを爺さんが知っていれば、早々に手は打った筈だ。第一俺たちにだって、もっと明確に言っただろう。


 俺は伝七郎の方を向く。


「伝七郎。お前聞いていたか?」


 それだけを問う。伝七郎ならば、これだけで通じる筈だ。


「いえ、何も。金崎……。水島領の北東にある領の領主です。水島家と金崎家は歴史的にも少なからぬ因縁のある間柄です。無論この地を狙っていた領主の一人でもあります。……でも、わかりません。何故急に動いたのか。それに金崎ならば、平八郎様は警戒していた筈。それなのに急に予想外の多勢で攻められたなど、そうだと聞いた今でも考えにくいです」


 そう俺に説明してくれながら、伝七郎も首を傾げていた。


 やはり近隣の領主のようであったようだが、そうなるとどうしても分からない事がある。狙っている事が分かっている相手から、名将と世に名高き爺さんが出し抜けを食ったという部分だ。


 伝七郎も俺と同じく、それがどうにも腑に落ちないようだった。


「んー。お菊さん、分かるかな? 親父さんは、その金崎とやらが攻め込んできた時なんて言ってた?」


「は、はい……。詳しくは聞いておりませんが、『あの奸賊めが。国までも売り渡しおった』と、確かそう申しておりました」


 お菊さんはそっと握った手を口許に持って行く。そして細く切れ長な眉の眉根を少し寄せて考え込むような仕草を見せた後、そう言った。


 奸賊? 国を売り渡した?


 …………そうか。そういう事か。


 ようやく頭の中で、ばらばらのパズルのピースがかちりと合わさる。


 だが、それですっきり爽快とはいかない。なぜなら気づかずに手遅れになるのは論外ではあるものの、分かったところでそれは、間違いなく俺たちにとっては良くない状況であるからだ。


「継直め……、随分と思い切った事をしてくれる。まあそれでも平八郎様ならば、そうやすやすとは――――」


 伝七郎もとりあえず答えに行き着いたらしい。継直が何かしらの裏取引の末に金崎を動かしたのだろう――と思ったようだ。


 だが、それだけではない筈だ。


 多分こちらに向かっていたという将も合流している。手段を選ばずに、まず俺たち旧水島に属するものたちを撲滅しにかかったのではなかろうか。


 それ故に確実に拠点を潰すべく藤ヶ崎に兵力を集中させようと、俺たちの方に姿を現さなかったと考えれば、色々と辻褄が合う。


 つまり、爺さんが相手をしているのは連合軍だ。であればその兵数は、爺さんが想定していたであろう数よりも間違いなく多くなる。


 おそらく急がねば不味い。少なくとも感はそう言っている。手持ちの情報を解いた結果から考えても、そうである確率はかなり高いだろう。爺さんが想定して準備していた防衛兵力では足りない事だけは確実だ。


 それほど千賀が邪魔か、継直……。


 思わず噛み合わせてしまった歯がゴリゴリと鳴る。


 だが、今は怒りにまかせていて良い時ではない。俺は一度自分の気持ちを落ち着けて、伝七郎に自分の予想を説明する。


「……いや、伝七郎。おそらく不味い事になっている。千賀ではないが、このままでは本気で危ない。俺たちも出るぞ」


「え?」


「継直の本拠から北の砦に向かっていた種田とかいう将がいただろ? 十中八九、そいつもいる筈だ。爺さんは、この藤ヶ崎を狙う輩それぞれには対応できるよう準備がしてあっただろう。だが、手を組まれたら話は別だ。個々を撃破できる準備では、連合には勝てない。……名将と評されているって事は、こちらの価値観で気品のある戦をしてもなお強いのだろう。だが爺さんがどれ程の名将でも、こちらの常識に則って戦えば、将の器以上に兵力差がすべてだ」


 あちらの世界でも『戦は数』を意味する名文句はいくつも有る。それこそ真面目な史書、兵法書の中から漫画やアニメの中にまで、本当に至る所に。だがこちらの世界では、その言葉の意味はあちらの世界のそれよりも遙かに重い。


 こちらの戦はあちらよりも、圧倒的に命を削り合うという側面が強いからだ。実際こちらの流儀で戦ってみてわかった。今まで生きて動いていた人間たちが、まるでシミュレーションゲームの合戦のように、あれよあれよという間にその数を減らしていったのだから。


 俺の説明の途中、伝七郎は「あっ」と小さく声を漏らす。そして説明が終わる頃には、難しい顔をして眉根に皺を寄せていた。どうやら完全に把握できたようだ。


「それでお菊さん。親父さんはいつ出た? それから攻めてきた事がわかったのはいつだ?」


 伝七郎の方に向けていた顔を、改めてお菊さんの方へと向け尋ねる。この内容は極めて重要だった。


 俺はなるべく怯えさせないように普段の自分を取り繕って話したつもりだったのだが、どうやら失敗したようだ。


 お菊さんは俺から漏れる隠蔽し損ねた本当の気配に、少し息を呑むようなそぶりを見せる。ただ、彼女も流石に武家の娘だった。しっかりと心を保ちながら、俺のその質問に答えてくれる。


「は、はい。父がここを発ったのは昨日です。私が話を聞いたのは発つ直前でしたので、父がいつ知ったのかは分かりません」


「そうか……。それと、どこに向かうと言っていた?」


「詳しくは聞いておりません。でも、東の砦がどうとか……」


 お菊さんは頬に手を当てながら、必死に思い出そうとしてくれた。


「伝七郎?」


「東の砦は、ここから一日ほど東にある砦です。立地などは違いますが、東からの藤ヶ崎への侵攻に備える砦ですね。金崎家がらみの侵攻となると北の砦経由か東の砦経由となります」


「なるほど。二つに一つとはいえ、きれいに避けられたものだな」


「ですね。武殿の推測……さらに信憑性が出てきましたね?」


「ああ。とりあえず出たのが昨日なら、早馬を出せば間に合うかもしれん。俺たちが行くまで、なんとしてでも生き残ってくれるように伝えろ。それこそ伝七郎、お前が盛吉相手にやったように、手段を選ばず腹を括って戦ってくれと言い含めてくれ」


「わかりました。この後すぐに手配します」


 俺と伝七郎は、互いが互いの思考を理解している事を前提とした会話を推し進める。


 お互いの表情を見ながらの会話であれば、きちんと分かっているのかいないのかぐらいは大体分かるようになっていた。あまりにも打ち合わせの回数が多すぎたのだ。まだ会って一ヶ月もたっていないというのに、哀しい成果だ。


 幸なのか不幸なのかはともかく、そうして鍛えられた俺たちの感覚は、今回も大活躍をしている。


 その時ようやく泣き止みかけていた千賀が、「……ひっく、ふぇ」と再びしゃくり上げ始めてしまった。


 俺たちの話がきちんと理解できた訳ではないだろう。だが、とにかく平じいが危ないという事だけは直感的に理解できたようだ。


「あー、よしよし。泣くな千賀。俺たちも行って、不届き者をこてんぱんに伸してきてやるから、な? あー、ほら。俺はちゃんと約束通り帰ってきただろ? だから、今度も約束だ。もう泣くのは止めて、あとちょっとだけ大人しく待ってろ。な?」


 そう言って、またわしわしと千賀の頭を撫でる。泣く子にゃあ勝てんのですよ。


 ただ――、言った内容はそう簡単になせる事ではない。それは俺も承知している。


 と言うか、はっきり言って難度特Aクラスのミッションだった。


 俺たちはつい昨日戦を終えたばかりで、しかも休みなく移動してここにいる。当たり前だが、兵たちは疲労していた。それに今聞いた話だ。碌に情報も集められていないし、十分な前準備も出来ない。それをやっていたら、間違いなく爺さんがやばい。


 先の北の砦攻略戦も大概の拙速ぶりだったが、今回はそれに輪をかけて速度重視で行かなくてはならなかった。


 もし賭をするならば、『俺たちが勝つ』という選択は、各種選択肢の中でぶっちぎりの額の配当金が付けられているに違いない。というか、常識的には『無理だ。あきらめろ』の一択だ。


 そんな事を考えながらひたすら千賀の頭をなでりなでりと撫で続けていたら、お菊さんが俺に詫びてきた。


「申し訳ありません。姫様がおられるのに気が付かず、口を滑らせてしまいました。私の不注意です」


 そう言って頭を下げるお菊さん。まだ俺の手の下でぐしぐしやっている千賀を見て、心底後悔しているような声音で謝罪の言葉を口にする。


 だがその言葉を聞いて、(そりゃ、気にしすぎだ。たまたま間が悪かっただけだよ)と思わずにはいられなかった。だから、


「そっか。まあ、どのみち隠せはしなかっただろう。すぐに『平じいがいない~』とか言い出した筈さ。だからそんなに気にしないいように、な?」


 と俺は彼女に言った。少し戯けるように。


 それを聞いたお菊さんは、どこかほっとしたような様子を見せる。そして、なぜかもう一度”俺”に頭を下げた。


 次いで彼女は俺の横に来る。千賀の視線の高さに合わせて膝を折った。


 その仕草を見て、俺は千賀の頭から手を放し、ほぼ一歩分ほど離れる。お菊さんの為に場所を空ける為だ。


 お菊さんはそのまま千賀と目を合わせた。そして、


「……姫様? 申し訳ありませんでした」


 とそう言って、両目を真っ赤に腫らしながらすんすんと小鼻を鳴らし続ける千賀を抱きしめた。


 すると千賀は、甘えるようにお菊さんの胸に顔を埋める。そして、そのまましがみついてしまった。


 俺の時と同じように、今度もしっかと張り付くようにして「う~、う~」とくぐもらせた泣き声を零す。


 …………さて。帰ってきたばかりだが、やる事が出来てしまったな。


 なんで俺の目の前で、この娘らを泣かすかな……。いい加減にしろよ、まったく……。


 この世界にいるのかいないのかわからない駄神に向かって毒を吐く。継直? 奴は必ず殺す。だから、いま奴はどうでもいい――――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ