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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第六十九話 藤ヶ崎に戻る前に でござる



「わかりました」


 伝七郎と投降した敵兵に関する扱いについて、再確認し合う。


「武殿、お疲れ様です。相も変わらずの戦い振りだったようですな。源太に話を聞きましたが、共に戦った経験がなかったら容易に信じられない程ですよ」


 その確認が終わるのを見計らっていたかのように、声がかけられた。


 振り返る。糸目を更に細くして笑っている巨漢がそこにいた。


「おう、信吾。お疲れさん。そう言ってもらえるのは有り難いがな……。予定よりは味方に死人を出してしまった。まだまだ見立てが甘かった」


「これで文句を言うのは高望みが過ぎるというものですよ。そもそも勝つだけでも楽とは言い難いのですし。きっちり目標の砦を奪い返す。これ程に味方の犠牲を抑えつつ、敵兵の半分を倒して残りは捕虜。正直、どんな妖術だとしか言いようがないですな」


「また妖術かよ」


「はは。もう誰かに言われましたか。しかしこれは、そう言われるだけの結果だと言う事です」


 渋い顔をして戦果の不満について口にすると、やんわりとではあるものの明確に反論された。


 そして、信吾はそのまま続ける。


「武殿は十分以上の責任を果たされましたよ。これで文句を言うような人間には、『だったら、お前がやってみろ』と言ってやれば良い。賭けても良いですが、同等の結果をもたらせる人間すら、まずいないと思いますよ?」


 それを横で聞いていた伝七郎もしきりにウンウンと頷いている。いや、伝七郎だけではない。次郎右衛門も又兵衛も目を合わせれば、それはそうだろうとばかりに真顔で頷く。源太に至っては、ほらやはりそうだと胸を張って、フッと鼻を鳴らしていた。


 こうまで皆に認められると、逆に身の置き所に困るな。やはりもういらない抵抗をするのは止めよう。


 そう思った。これ以上刃向かっても俺の惨敗は目に見えていた。


「わかったわかった。もう言わないよ。反省は反省として、この戦果には胸を張ろう。第一、そうじゃないと俺の命令で死んでくれた者たちに申し訳ないしな。素直に勝利を喜ぶ事にするよ」


「その方がよろしいでしょう。実際この戦の犠牲者たちは無駄死になどではなく、偉大な勝利の為に貢献したのです。そう誇れるだけの結果は出していますよ? ……それに武殿。なかなかの武者振りでもあったみたいではないですか」


「ん?」


 俺の言葉に納得したのか信吾は薄く笑んだ。そして俺の頭の先から腰の辺りまで、上半身全部を眺めるように視線を下ろしていきながら、感じ入ったようにそう言った。


 俺もその視線を追って、自分の胸の辺りを見る。そこには、所々半乾きになりつつある血の染みが広がっていた。


 いや、ちょっと待て。これは流石にどうだろう。あきらかに反射的にやってしまった出来事で、結果は偶然のものだ。そもそも又兵衛らが戦闘能力の大半を削いだ後に、それでも勢い余って突っ込んできたのを処理しただけなんだよ。


 …………どうせ聞いてくれないから、もう言わないけれど。


 だから、代わりに戯ける。これ以上褒め称えられても反応に困るから。


 俺は褒められる事には慣れていないのだ。罵られる事や怒られる事に関しては、達人レベルと自負しているけどな……。


「ははっ。全身血まみれだ。このまま千賀の前に行ったら、面白い事になりそうだよな?」


「武殿……。止めておいて下さいね? 姫様引きつけ起こしますよ? 少なくとも泣かれて、夜も寝てくれなくなるでしょう。菊殿に叱られますよ?」


 伝七郎が真顔で止めに入る。お巫山戯だと分かっているだろうに、見事な過保護っぷりである。なにせ千賀がいるのは藤ヶ崎。このまま前に出る事などありえない。


 しかし、それを突っ込むのもまた野暮ってものだろう。俺はそのまま乗った。


「それは困るな」


 そこへ更に源太が乗っかってくる。


「はは。まあ、そのまま姫様の前に行かれるのはよした方が良さそうですな。確かにかなりすごい見た目です」


「お前も他人の事は言えないよ?!」


 自分の事を棚に上げてそんな事を宣う奴には、突っ込みを入れます。ええ、入れますとも。この神森武。すぐに諦めはするが、いつまでも負けたままではいないのだ。


「まあ見た目のよいものではありませんからな。……それはそれとして、話をがらりと変えてしまいますが、種田忠政とかいう将……。結局まだ到着していないようですな。砦の方にもおりませんでした」


 俺と源太のじゃれ合いに入ってきた信吾だったが、それまでの楽しげに笑っていた表情を締め、真剣な顔をしてそう言った。


 その言葉に、少し場の空気がしゃきっとする。


 戦前から信吾は、富山からこちらに向かっているという将の動向をしきりに気にしていた。かくいう俺も、実は信吾に負けないくらい気になってはいた。


 どう考えても遅すぎるからだ。


 その将が今作戦前に合流する可能性を少しでも下げたくて、俺は北の砦の攻略をとにかく急いだ。それは間違いない。そしてその希望が適い将は間に合わず、またこうして無事北の砦を奪い返し、そこにあった敵兵力も壊滅させる事ができた。


 本来ならば、手放しで喜んでも良い筈だった。


 だが、余りにもうまくいきすぎていた。


 それがどうしても引っかかるのだ。どうにも不気味であり、そして不快だった。


「まあ、な。あきらかにおかしい。だがその理由を今考えても、推測以上には絶対にならない。とりあえず偵察は出そう。どうなっているにせよ、正確で新しい情報を仕入れない事には何もわからないし、次に打つ手も決まらない」


「ですね。それは私がやっておきましょう」


 信吾の言葉に俺が同意すると、伝七郎はすぐに伝令を呼び、用件を伝えて走らせた。


 皆一区切りが付いたとは思っていても、どうにもすっきりとしていなくて戦が終わった気がしないのだろう。


 実際捕虜の問題とか、北の砦の修繕計画、砦への兵の配置などやらなくてはいけない事は山積しており、まだまだ終了とはいかない。しかし、そういう意味の”まだ終わっていない”とはまた別なのだ。


 俺たちにとって、件の将軍の不自然な動向は喉に刺さった骨のようなものであった。


 皆難しい顔をして思い耽っていたが、いつまでもそうしている訳にもいかない。


 いくらかの意見は交わされたものの、やはりとりあえずは横に置いておくしかないと結論された。


 そうして一息が付くと、伝七郎は次郎右衛門の側へと向かい礼を述べ始めた。信吾と源太は投降した兵を纏めに向かった。


 俺も、自身が率いた兵たちの元へと戻るべく踵を返す。まだ俺たちには、ゆっくりと立ち止まって考えていられる程の余裕はないのだ。




 国としての防衛体制を考えた時に、無駄にむき出しの腹を晒し続けるような真似は極力避けるべきだ。一刻も早く正常な防衛体制に戻りたい。それは俺と伝七郎に共通した認識だった。


 次郎右衛門と話し終わった伝七郎が再び俺の所へとやってくる。まず始めに、その事を確認しあった。


 そして俺たちは、すぐに行動を開始した。


 とはいえ少々問題もあったので、やむを得ないとはいえ、その行動はスムーズさに欠くものとなった。


 この麓の戦にて、こちらの生き残りは三百九十三名。砦組を足しても、四百六十二名。また報告によると、捕虜の数は麓の方の数が二百三十二名の砦の方が二十八名――全部で二百六十名であった。


 予想でしかなかったものを裏付ける正確な数字が、報告で上がってくる。


 いくら武装解除をしたといっても、落としたばかりで何もかもが準備不十分の砦に、その数を連れて行ける訳がない。俺の思惑を抜きにしても、一度藤ヶ崎に向かうしかない状況であるのは再確認された。


 とはいえ、このままぞろぞろと移動するには、藤ヶ崎まで微妙に距離がある。一度どこかで態勢を整える必要があった。


 それらの様々を考慮して、藤ヶ崎へ向かう前に一度態勢を立て直す事を、俺と伝七郎は決定した。そしてその為の場所として選ばれたのが、藤ヶ崎からこの麓までの途中にある三叉路付近の御神川の河原である。


 近辺を探った偵察の報告では種田忠政の軍は、やはり確認されなかった。また、それ以外の軍の接近情報も勿論なかった。盗賊に関しては、小規模なものは確認されているそうだが、今の俺たちの人数を襲える大規模なものはこの近辺には存在していないとの事だった。――――それらの情報によって、利便性重視で選択されたのだ。


 またその河原を合流地点として、北の砦の与平と残してきた俺らの所配属の兵に帰還命令を出す。そしてその代わりに、その命令を携えた次郎右衛門と二百の兵を麓の戦場から直接北の砦に送った。


 状況が不透明すぎて、与平とわずかな兵だけで北の砦をこのまま守れと言うのは無茶が過ぎたからだ。


 なにせ伝七郎に聞いた砦の様子から想像するに、砦とは名ばかりの砦である。そのうち砦としての防衛機能の見直しなどをする必要があると思われた。しかし目先の話としては、経験豊富な将とある程度の兵力を砦に入れて防衛能力を上げるしかない。


 そう考えての命令だった。


 次郎右衛門はそれを快く受け入れてくれた。おまけに次郎右衛門は自分の代わりに使ってくれと、彼の懐刀と思われる又兵衛を俺たちに同道させるとも言ってくれた。


 世話になりっぱなしである。


 自分たちの現実がなんとも歯がゆい。足を向けては眠れない――そう申し訳なく思いながらも遠慮できるような余裕もなく、「有り難うございます」と頭を下げる事しか俺たちには出来なかった。


 そんな面目ないやら悔しいやらの思いを抱えながら、防衛体制の変更を指示していったのだ。


 正直、今この時敵に襲われたらと思うとぞっとした。しかしそれでも、この作業をしない訳にはいかなかった。


 幸いこの作業は、何事もなく無事終わろうとしている。


 つい先ほど俺たちは御神川の河原に着き、陣を敷き終えている。


 砦からの使者も到着していた。次郎右衛門は無事北の砦に入り、日の暮れ前には与平も砦に残る直率の兵と砦攻略戦で降った捕虜たちを連れて、こちらに合流完了の予定との事だった。

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