第六十八話 援軍呼びつけておいて到着前に戦終わらせたとか、普通なら焼き土下座ものだよね? でござる
援軍として駆けつけてくれた伝七郎たちであったが、こちらの雰囲気がどうにもおかしい事に気づいたようだ。
山裾の森より出て止まった兵団は、こちらに突っ込んでくるような事はなかった。ゆっくりとした歩みで、こちらへと近づいてくる。
それを見た俺たち三人は、駆けつけてくれた者たちを出迎えるべく、向かってくる者たちに一番近い場所――次郎右衛門の隊の方へと移動する。
「おお、武殿に鳥居殿。まことにお見事でございました。おめでとうございます。――それから、又兵衛。大義じゃった。流石よのう」
「次郎右衛門殿の方こそ。歴戦の戦士のなんたるかを見せていただきました。精進あるのみだという事を痛感させられましたよ。そして、その奮戦に感謝いたします。有り難うございました」
「本当にお疲れ様です、山崎様。山崎様の下拵えがよかったので、私の隊は大した苦労もありませんでしたよ」
俺たちの姿を見つけて駆け寄り声をかけてくれる次郎右衛門に、俺と源太はそれぞれの言葉を返す。
そして又兵衛は、
「はっ。有り難きお言葉」
と、上役からかけられる労いの言葉に誇らしげに応じていた。
そんな俺たちの反応を見て、いかにも好々爺といった表情を見せながら次郎右衛門は言葉を続けた。
「いやいや、久々に胸躍るような戦にございました。これ程鮮やかに勝利を勝ち取れるとは…………、流石に考えてもいなかった。いや、武殿を疑っていた訳ではござらぬが。しかしこの勝ち方は、それ程に凄まじく、そしてすばらしい」
次郎右衛門は感心しきりといった様子である。彼にしては語る言葉が少々早口で、やや興奮しているように見えた。
彼のような酸いも甘いも経験してきた者に、ここまで評価されて嬉しくない訳がない。だがそんな者の言葉だけに、面映ゆくても簡単に否定する訳にもいかない。しばらくの間、俺は身の置き場に困る時間を過ごす事になった。
手放しで褒め称えられ続ける時間をしばらく過ごし、頃合いを見計らって、
「そこまで誉めていただけるとは、恐縮です。そう評していただいた次郎右衛門殿の顔を潰さぬよう、これからも努力するといたしましょう」
と、謝辞を含めた言葉を返して無難に終わろうとした。だが、次郎右衛門の言葉をうんうんと頷きながら聞いていた源太が口を開く。
「だから私たちも何度も申し上げていたではありませんか。やはり、私たちは間違っていなかった。武様の才は、私たちのような凡才から見ると、妖術としか映らんのですよ」
「言ってろよ」
また余計な事を言い出して、一人納得して頷き続ける困ったちゃんにぴしゃりとそう言い放つ。
「ほっほっ。なるほど、妖術ですか。あながち戯れ言とは言い切れませんな。妖術と言われても、これを見た後ならば素直に納得も出来そうにござる」
「確かに神森様の指揮はすごかった。こんな戦はした事がない。そして、敵として戦って勝てる気がしません。この戦は私にとって忘れられぬ戦となりました」
「そうでございましょう? ほら、武様。やはり私は間違っていない」
「もう良いからっ! それ以上は俺の心の健康がやばいからっ」
源太の言葉に乗って心底楽しそうに笑いながら言葉を足す次郎右衛門。真面目な顔で同意する又兵衛。
そして、更に俺を追い詰めようとする源太。
いや、今回はそのつもりがないのはその糞真面目な顔を見ていれば分かる。だがしかし、だ。おまえは天然を発動させている時の方がやっかいだっ。
俺は心で泣きながら、悶える。そして、心の安静の為にこっそりと心中で呟く。
おのれ、源太。覚えてろよ……、と。
しかし当の源太はそんな俺の心の声などまったく無視し、次郎右衛門、又兵衛の二人が自分の言葉に同意した事に大変満足そうにしていた。
整いすぎた顔を持つ源太が、大きく、そして締まった体で誇らしげに胸を張る姿は神々しくすらあった。
最近思う。別に虐げられている訳ではないが、なぜかこういう場面ではいつも俺は孤立しているな、と。なぜ毎度毎度、孤軍奮闘する羽目になるのか、と。
しかし、俺のその疑問に答えてくれる優しい人間は一人もいない。そこまで含めて一つのお約束事のようになっていた。
深い溜息と共に、がっくりと首を落とす俺。そんな俺を見て面白そうにしている周り。
いつもの光景だった。
「武殿ーっ! 源太ーっ!」
しばらく俺が項垂れていると、遠くから俺たちを呼ぶ声が聞こえた。
見るまでもない。声で分かる。が、顔を上げる。
信吾だ。太く大きな声を張り上げて、俺たちを呼んでいた。
それに応えて、源太が手に持っている槍を掲げながら応じる。
「信吾っ! ここだっ!」
もともとこちらの姿は確認できていたであろうが、張り上げた源太の声に導かれるように、信吾も、そして伝七郎もがゆっくりと兵ごとこちらに向かってきた。この距離まで近づけば、俺にも二人の姿が判別できた。
「お疲れだ、信吾。与平は?」
「ああ、お互いにな。大丈夫だ。怪我らしい怪我もなくぴんぴんしているよ。あいつは留守番だ。俺たちが砦を取り戻した方法考えると、砦を空けたままにはしておけないからな。……それにしても、源太。なかなかに良い格好だな」
こちらにやってきた信吾と源太が言葉を交わしている。そして信吾は、源太の姿を見てそう笑った。もっとも信吾も他人の事言えるほど身綺麗には見えなかったが。
「お前だって他人の事は言えんだろう。結構被ってるぞ?」
案の定、源太が言い返していた。
「む? そうか?」
そう言いながら、自分の身体を見回し、がははと豪快に笑っている信吾。
他愛のない言葉を交わして、互いの無事を確認し合っている。端から見ていて、こういう長い年月をかけて培われた関係というか、付き合いの有り様は、俺には少し眩しく見えた。
そんな事を思いながら二人を見ていたら、俺にも声をかけてくる者がいた。伝七郎だった。
「お疲れ様です、武殿。驚きましたよ。戦場に駆けつけてみれば、もう終わっているのですから」
乗ってきた馬を下りて手綱を引きながら、小走り気味にやってくると開口一番でそう言った。
当然と言えば当然だった。予定と全く違う。
「お疲れさん。そっちもうまく行ったようだな。こちらも見ての通りだが、少々予定は狂った。なんとかなったけど、流石に疲れたよ」
俺はそう答える。乾いた笑いが一緒に漏れたのは、仕方のない事だと思いたい。
正直な所、これでもかなり体裁を取り繕った言葉だった。本当の台詞は「今すぐ風呂に入って、泥のように眠りたい」だった。鼻の奥までこびりついた生臭い臭気と手に残る感触によって眠れはしないだろうが。
しかし伝七郎は、目を輝かせ続けたまま、マイ理論を展開していく。
「武殿はやはりすごい。普通はなんとかならないですよ。せざるを得ないからと、毎度毎度なんとかしてしまうのは異常です」
先ほどからこればっかだな、と苦笑が漏れる。ここまで徹底して続くと、反抗する気も失せてくる。
「それで、そちらの捕虜は?」
俺はその気持ちに従い訂正するのを諦め、話を変えた。聞かねばならない事は山のようにある。この場で立って全部を聞こうとは思わない。だが、これだけは確認しておきたかった。
「言われたようにしてありますよ」
「そうか。こちらのと合わせて同様に扱おう。あと投降しない敵兵の解放に関しては、藤ヶ崎から北の砦に送り直して北の砦で行う」