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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第六十一話 北の砦攻略戦 荒木山麓の戦い でござる その四

「お疲れ様にございます。見事なものにございますなあ。あれは完全に、冷静さを失っております」


 戻ってきた俺に、次郎右衛門はそう労いの言葉を掛けてくれた。


「有り難うございます。しかし、これからですよ。三百数えた後で合図を鳴らすそうです。全軍に準備をさせて下さい。私も本隊へと戻ります。次郎右衛門殿、先鋒よろしくお願いいたします。あとは、本隊で鳴らす合図にくれぐれも気をつけて下さい。ご武運を」


 俺は足を止めず次郎右衛門に近づきながら、早口で次郎右衛門にそう言葉を返した。三百というのはあるようでない時間だ。


 すると、経験の量が違う次郎右衛門は流石に心得たもので、そんな俺の様子を不思議がる事もなく当たり前のように流した。そして、自身も配下に指示を飛ばしながら、忙しなく返事を寄越してきた。


「はっ。承知しました。お任せ下さい。武殿もご武運を。――――そこっ! 間を開けすぎじゃ。二人一組じゃぞ。今日の戦はいつもと戦い方が異なる。もう一度相方の位置を確認しておけっ」


 そして、その配下への指示が言い終わるかどうかのタイミングで、手にした槍を軽く掲げてみせてきた。


 俺も左手に持っている伝七郎より借りたままの刀を掲げて、それに応じる。


 もう言葉も視線も交わす必要はない。互いにそれぞれの役目を果たすべく、俺はそのまま真っ直ぐ本隊へと向かい、次郎右衛門は自分の隊に向かって再び声を張り上げていた。




「もう間もなく始まるぞっ。気を引き締めろよ! 先に話した通り、本日の戦は今までの戦と異なる戦い方をする。しっかり付いてきて欲しい。合図を聞き逃すな。迅速に指示に従えっ。――――そうすれば、俺がお前らを勝たせてみせる。いいなっ!!」


 俺は本隊に戻るやいなや、腹に力を込めて力一杯そう叫んだ。むろん皆への確認と鼓舞ではあったが、最後はむしろ己に言い聞かせていた。


 俺が勝たせるんだ。絶対にっ、と。


 皆は、そんな俺の雄叫びに応えてくれる。


「「「「おうっ!」」」」


 ここに至って、俺に自信があるかどうかなどはすでに問題ではない。


 俺はそう言わねばならなかった。そして、その言葉を達成してみせねばならなかった。


 ただ、それだけだった。


 皆の返す応の声に支えられながら振り向く。そして、今にも突っ込んできそうな敵勢を睨みつけた。


 同時に、正面で太鼓が打ち鳴らされる。


 開戦の合図だった――――。




 敵軍の塊がもぞりと動き出した。。


 その編成はほぼ槍のみで構成されている。ぱっと見た限り、弓も、騎馬も、隊としては存在していない。


 こちらを舐めているのか。次郎右衛門と小競り合いをしていた事の影響か。繰り上げ大将の限界か。それとも、そのすべてか。――いずれにしても、こちらとっては好都合であった。


 件の繰り上げ大将殿は、道永のように先頭に立ってはいない。分かってかどうかは知らぬが、群れの中段やや前辺りの手堅い位置にいる。


「逸るなよっ! じっくりと待て。腰を落ち着けて迎え撃つんだっ!」


 突っ込んでくる敵勢を見て、何人もの兵たちがぴくりと身体を振るわせていた。


 兵たちの戦士としての本能が、頭で待機と分かっていても身体を前に動かそうとするようだ。この世界の戦士として骨の髄まで染みこんだ――まさに反射的な反応であった。


 最前線ではない本隊の兵士たちでこれだ。先鋒の次郎右衛門の隊は、敵の殺気を一番近くで直接浴びている。もっとその傾向が強いに違いない。そう思った。


 もぞりと動き出した敵の塊は、すでに塊ではない。黒い波となって怒声を上げながら、まっすぐにこちらに向かって走り出している。そしてその波は、突撃と呼べるだけの速度に達そうとしていた。


 それを見て、すぐに次郎右衛門の隊の様子を後ろから窺った。


 しかし次郎右衛門の隊は身じろぎ一つする事なく、静かに敵とぶつかるその時を待っていた。


 悔しいが、これは兵から見た将の信頼度の差に違いない。そう痛感した。


 元々次郎右衛門の配下だという事も勿論あるだろう。だが、それ以上に俺と次郎右衛門の将としての実績の差と見るのが、おそらくは正解だ。


 だが、その次郎右衛門は敵ではなく味方であった。


 つまり、俺の『軍』にはまったく問題がなかった。


 そう結論すると、俺は気持ちを切り替える。一つ頷き振り返った。そして敵勢の先頭が程よい距離に達したところで、副将の木村又兵衛に言う。


「左右の弓小隊に一斉射させるぞ。太鼓を二つ打ち、鏑矢を放て。矢は向かってくる敵の鼻先に落としてやれ」


「はっ」


 又兵衛は俺のその命令を即座に実行する。


 太鼓が二つ鳴り、鏑矢が数本放たれた。矢は、笛の音と共に突っ込んでくる敵の中に落ちた。


 突進する波は突然放たれた鏑矢の音に、戸惑ったのかほんのわずかだが速度を緩めた。


 それは本当にほんのわずかの逡巡。だが、そのわずかな時間は俺たちには十分な時間だった。


 太鼓が鳴ると同時に、両脇の弓小隊は動き出していた。そして鏑矢が飛ぶとその矢筋を見極め、本隊の両脇から大きく弧を描いて無数の矢が飛んだのである。その無数の矢は、鏑矢の落ちた辺りに矢の雨となって降り注いだのだった。


「ひゅっ」


「ああっ」


「ぐっ」


「ぼっ」


 ある者は喉を貫かれ、又ある者は頭、腕、胴、足を問わず矢を生やしていた。肺や喉をやられた者は口から鮮血を吹き倒れていく。


 突然束になって降ってくる矢に、次々と貫かれる敵兵。無理もなかった。走り出した群れは突然止まれない。速度を緩めても、後ろから押されて前に進まざるを得ない。


 進まざるを得ないが、盾もなしに降り注ぐ矢の雨は避けようがなかった。矢が降った一帯にいた者たちの多くは、その身に何本も矢を受けながら、そのうちのいくらかに致命の傷を負わされ倒れていくしかなかった。運良く急所から外れた者たちも、痛みに倒れたところを後続の兵らに踏みつぶされて悲惨な事になっている。


 惨い光景だった。


 しかし雨になり損ねたいくらかの矢は、手にした槍で容易に打ち落とされていた。


 それら目の前で起こっている一つ一つの事象を、冷静に評価していく。それが大将の仕事だから。


 結果、まずまずの成果ではあった。だが、計算違いも起きていた。


 奴らはその矢の雨に怯まなかったのだ。


 始めは戸惑い、そしてそれによって多くの者が倒れた。しかしそれを見た奴らは、手品の種を見破ったと言わんばかりに、むしろ仲間がやられるままに勢いを増して突っ込んできた。つまり、一斉射で勢いを殺す事は出来なかったのだ。


 ちっ。この猪共がっっ。


 俺は思わず舌を打った。しかし、そうしたところで何も状況は変わりはしない。


 その時ちょうど次郎右衛門の隊に、猪の群れがぶつかろうとしていた。


 それはまさに群れであった。隊列も何もあったものではない。しゃにむに武器を振りかざしながら突撃してくるのだ。


 想像していた以上に個人戦闘であった。そして、洗練されてはいないが、パワフルであった。


 道永の時は相手の力を削ぐ事に成功していたので、ほとんどその真価を見る事はなかった。だが、やはりこの世界の戦士たちの身体能力は凄まじい。ただの兵卒のそれですら、圧倒的な迫力があった。


「おああぁぁっ! 死ねぇっっ!!」


 手にした槍を、猛り狂った獣のような咆哮と共に繰り出してくる敵兵が見えた。無論そいつ一人ではない。それはそこかしこで起こっている。一丸となって突っ込んでくる茂助の兵は、次郎右衛門の隊に接すると、そのすべてが力任せに貫かんと尖った。


 大股で駆けてきた敵兵は、こちらと接する直前に小走りのように走り方を変えた。そして、しっかりと落とされた腰と、鎧の下に盛り上がっているに違いない背筋を使って、空気が裂けそうな突きを見舞ってくるのだ。


 くっ。もつか?


 ツーマンセルと、比較的密な状態から前後に列で攻休を繰り返す――こちらの戦術との相性は大変良い。だが……。


 そのあまりの迫力に不安になり、次郎右衛門の隊の様子を窺う。


 しかし、次郎右衛門の兵も然るものであった。決して見劣っていなかったのだ。否、贔屓目を抜きにしても、勝っていると思えた。


 ――――穂先が一人の兵に向け唸りを上げて迫る。


 しかし次郎右衛門の兵は、それをしっかりと腰に溜められた一撃で横から払い落とす。そして、それと同時に最初に狙われた兵は何もなかったとばかりに、襲いかかってきた兵の喉に向けて、奴らのそれにまったく見劣らない必殺の一撃を放つ――貫いた。


 茂助率いる敵勢の強烈な突撃であった。しかし、次郎右衛門配下の兵たちの強靱さの前に弾き飛ばされ、俺のいるこの本隊まで貫き通せなかったのだ。


 未だ薄く濡れて重い大地は土埃を巻き上げない。勢いを殺され完全に道を塞がれたまま、奴らが次郎右衛門の隊の前に立ち惚けになっている様がよく見えた。


 こちらは良い意味での誤算であった。最悪あまりに勢いが激しいようならば逸らす事も考えていたのだが、次郎右衛門の兵は俺の見積もりよりも遙かに強く、そして柔軟だった。


 ……俺の指示した戦い方にもしっかりと順応している。何より兵の力量そのものも、どう見てもこちらの方が上だ。


 見据える目に、自然と力が入る。勝利への道筋を見定める。


 ――――いけるっ!


 俺は、目の前の様子に勝利を確信した。


 しかしその時、隣で又兵衛が呟いた。


「む? 引くか?」


 見れば、確かに茂助が大声を張り上げながら全軍を下げようとしていた。


 ちっ。立て直すつもりか。だが、ただではさせんっ!


「神森様、敵勢が一旦離れるようです」


「ああ、そうみたいだな。――左右の弓小隊に合図を。下がる敵勢がこちらの先鋒と離れた瞬間を狙え。再び一斉射を浴びせるっ!」


「はっ」


 そう返事をすると又兵衛はすぐに手配にかかった。そしてすぐに太鼓がどどんと二度鳴らされ、数本の鏑矢が再び標的に向かって飛んだのだった。

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