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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第五十八話 北の砦攻略戦 荒木山麓の戦い でござる その一

 そろそろ夜が明けようかという時間帯、俺たちはすでに荒木山の麓にある平原に兵を展開させていた。むろん北の砦から出てくる奴らを迎え撃つ為である。


 (から)の砦を落とすのは伝七郎に任せた。奴ならば、何事もなく落としてみせるだろう。


 むしろ懸念があるとすれば、こちらである。


 いかんせん敵将が、富山からの増援を連れてこちらに向かっている。時間がなかった。それ故に小細工を弄する時間を捻出するどころか、事前の検討すら十分と言い切れる程にはできていない。兵の運用もぶっつけ本番でこなさなくてはならなかった。


 よって今回は、開けた場所でほぼ同数の兵をぶつけ合うガチンコの勝負に他ならない。余程うまくやらないと、盛大に戦死者の山を築く事になる。


 おまけに哀しい現実として、継直と俺たちとでは実支配の及ぶ領土の広さが違っている。有り体に言って、体力が違いすぎるのだ。つまりこの一戦の帰結として、両軍が大量の戦死者を出して引き分けたと仮定すると、継直にとっては単なる一分けで済むのだが、俺たちにとっては致命的な被害を被る一分けになってしまうのだった。


 ただ、それは理不尽ではない。この世界は強い者に優しい世界なのだ。当たり前に不平等極まりなかった。


 要するに、痛み分けでこの戦を終えてしまうと、俺たちとしては実質負けになってしまうのである。同数でしかもガチンコ勝負をしなくてはならない前提でそれとなると、これはかなり厳しい話であった。


 幸い兵の質は五分である。旧水島の将兵のほとんどを継直に抑えられている状況で、これは本当に救いであった。それもこれも平八郎の爺さんの所の兵が大半であるおかげである。


 正直俺たちの手持ちの兵は、素質としては相当の人材が集まっていると思う。だが、残念な事にすばらしいのは素質だった。今現在の能力ではない。


 いくら個々の技能に優れたところが見られても、口惜しいが兵としてみた時には、継直の所の訓練が完了した兵たちの方が優れていると見積もるべきだった。


 よってこの問題点を解決してくれているだけでも、俺たちは有り難いと思わねばならない。水島の宿将にして名将と名高い爺さんの所の兵ならば、戦歴も能力も五分かそれ以上であろう。少なくとも五分には見積もれた。


 俺たちの現状を見れば、これ以上を望むのは高望みである。


 しかし、天秤を揺らして勝敗を予測する上では、そのような言い訳など意味をなさない。意味があるのは、質と量、共に五分の兵力がぶつかるという事実だけなのだ。


 だから俺は、自らこちらを担当させてくれと伝七郎に頼んだ。


 戦に自信があるからではない。局地戦ではなく、対継直戦という意味での勝率が一番高いと思ったのが、俺の指揮だったからだ。


 局地戦の勝率という意味では、むしろ俺は最低だろう。当然だ。次郎右衛門は言うに及ばず、伝七郎も、信吾も、源太も、与平も、皆すでに戦場で揉まれて生き残ってきた者たちだ。絶対的に経験値が違う。


 だが奴らの経験も、またそれぞれの能力も、『こちらの戦』を前提としたものなのだ。つまり、同数がぶつかるような戦では、多大な犠牲を出しながらも生き残る為のそれなのである。


 奴らは優秀だ。贔屓目があるのは否めないが、奴らが指揮を執れば、まず勝つだろうと思う。しかし残念ながら、継直との生き残りをかけた戦いという意味においては、勝って詰んでしまうであろう。


 だから一番戦場の経験の浅く、一番個人戦闘力が劣る俺ではあるが、この戦にもっとも相応しい指揮官となると、この俺だったのだ。


 それに俺は一人ではない。俺は頭しか使えないが、俺の貧弱な腕の代わりに強力な剣を振るう源太と、その圧倒的な経験値で強固な盾となって守ってくれる次郎右衛門がついている。


 だから俺に足りない物など、何もない。百人組の組長だかなんだか知らないが、それを打ち倒すのに十分すぎる力が俺にはあった。少なくとも俺自身はそう信じられた。


 今一度、頭の中で計画を確認する。



 ――――俺たちは砦の兵を誘き出し、耐えに耐える。その間に空の砦を伝七郎が落とす。砦を落とした伝七郎は兵の一部を砦に残し、残りのすべての兵力でこちらに向かう。俺らと鍔迫り合いをしている誘き出された兵たちの後方にそのまま突撃。それに呼応して、俺たちも守勢から攻勢に切り替える。挟み撃ちにする。――――



 頭の中で北の砦の攻略計画書を一枚ずつめくっていく。


 ん、問題はない。


 あとは自分と仲間を信じるだけだ。これ以上の策は思いつかない。だから、これに賭けるしかない。


 こちらに来てから、すでに何度かこういう著しい重責を感じる場面を経験してきたが、まだまだ慣れない。しかし慣れている慣れていないの問題ではなく、こういう局面に立たされた時というのは、例外なく乗り越える事を要求される。良い悪いの意見など、誰も聞いてはくれない。


 未だ慣れきらずとも、その程度の事は分かっていた。すでに思い知らされたから。


 だから、今回も乗り越えてみせる。乗り越えられる。改めて俺は、そう自分に暗示をかけた。




「そろそろ来ます」


 白む東の空を細めた目で眺めながら、源太は俺に言った。


 源太の言葉に、俺は思考を止め目を荒木山の方へ向ける。


 周りはまだ薄暗く、山は蒼黒く染め上げられた薄衣(うすぎぬ)を纏っているかのようだ。しかし源太の言う通り、夜空の黒はその色を次第に変えようとしていたし、その空を雀と思しき鳥たちが飛んだ。


「そうだな……、そろそろか。次郎右衛門殿、慣れない手法の戦をさせて申し訳ありませんが、なんとか宜しくお願いいたします」


「なんの。お任せ下さい、神森殿。確かに指揮はおろか、聞いた事もないような戦ではありますが――、この次郎右衛門。見事その大役を果たしてご覧に入れますぞ」


「有り難うございます。その言葉は、何よりも心強く感じます」


 俺の言葉に、まったく含みを感じさせず笑顔で応えてくれる次郎右衛門。


 気を遣ってくれているのは明白だった。


 彼ほど経験豊富な将に、やった事も聞いた事もないような戦をさせるのである。しかも俺のような若造の指揮で。


 不安がない訳がない。それでもそれを抑えこんで、こうして笑ってみせられる胆力は、やはりくぐった修羅場の数の違いだろうか。


 いずれにしても有り難かった。そして、なおの事その信頼を裏切れぬという思いに満たされた。やはり俺の責任は重かった。


 ま、今更だよ……。


 そう思う。しかし、その重さを感じる事はあっても、以前ほど嫌な気はしなくなっていた。


 なぜなら過去に経験したそれは、同時に幸せな事でもあったから。感じたその重さは、俺がそう思うに足る人物たちとの巡り会いの産物であり、結んだ友誼の証であったから。


 今回とて同じ匂いがする。だから、だ。


 言葉にしてしまうと陳腐ではあるが、それ以外の何物でもなかった。


 不思議な事にそう思えるようになってから、ここ一番の緊迫した場面で膝が震える事はなくなった。それまでは周りに知られぬよう無理やり力を込めて抑えこんでいたのに、ある時スッとそれがなくなったのだ。


 ただそれがいつからだったのか、それは思い出せない。正確に言うと、この時点からという自覚がなかった。こちらに来てからいくらも経っていないのだが、まさにここという転換点のようなものは思い当たらなかった。ただ気がつくと、初めに道永と戦った時のような心を蝕む感情がなりを潜め、適度な不安と緊張に包まれるようになっていたのだ。肩に余計な力が入らなくなったというか、本当にそんな感じであった。


 俺は立ち上がる。


「では皆、そろそろ配置についてくれ。源太も次郎右衛門殿も合図を間違えないように。兵も此度のような戦の訓練は積んでいないので、その指揮をとる二人は本当に大変だと思う。だが、必ずその苦労に見合う成果を得る事が出来るだろう。二人がうまく兵の手綱をとってくれれば、後は俺がなんとかしてみせる。ここで合流なんぞされたら、均衡が崩れて大変な事になる。そうなる前に必ず片付ける。きょう北の砦から継直の兵は消える。必ず勝つぞっ」


 戦を前に最後の確認し、同時に鼓舞をしてゆく。


「はっ」


「はっ。……頼もしいですのお。若人はかくあるべし。それでこそ老兵も安心して戦えるというものです」


 源太は迷いのない応答をし、次郎右衛門は応えながら柔らかく目を細めた。


「からかわないで下さい。貴方は水島に必要な方ですよ。それに貴方に何かあったら、平八郎の爺さんに何を言われるか分かったものじゃない」


 その意味するところを知り、俺はそう返す。


「ほっほっ。からかってなどおりませんし、まだまだくたばる気もございませんよ。ただ、暗い暗いとばかり思っておりましたのに、水島の未来はずいぶんと明るかったのだなあと、そう思っただけですじゃ」


 しかし俺の言葉などさらりと交わし、次郎右衛門はそう言って笑ったのであった。

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