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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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幕 伝七郎(三) 北の砦攻略戦 その二

 ふむ。ざっと見た限り、予定を変更しなくてはならない要素はどこにもなさそうだ。


 姿が木々に紛れるように気をつけながら、林の奥へと戻る。そして、伝令を呼んだ。


「犬上と三浦に、『計画に変更なし。与平の合図で砦を急襲する』と伝えて下さい」


「「はっ」」


 そう返事をすると、私の言葉を持った二名の伝令は駆けていった。


 走って行く伝令の背中を見て、静かに深く息を吐く。


 どうしても戦の前は気が高ぶる。それは一将として戦に参加していた時にもあったが、最近は特に強く感じるようになってきた。


 激しい闘争心に突き動かされて、ではない。恐怖に負けて惰弱な心に捕らわれている訳でもない。


 ただひたすらに重さを感じ、それに反発するような気の高ぶりがあるのだ。


 今この時もそれを感じている。


 それは兵の闘争心と同様、ないのも上がりすぎてもいけないものである。だからこうして、時に気を吐き出しつつ、心を適正に保つ必要があった。


 闇に包まれた夜の林を眺めながら、しばらく待つ。


 心の均衡があるべき位置に戻るにつれ、段々と五感が身の回りのものを伝えてくれるようになる。


 重なり合った木の葉の隙間に星の光が見えた――。


 少し離れた藪の中から虫たちの鳴き声が聞こえた――。


 たまにほうほうと梟の鳴き声もする。時折肌を撫でる風の冷たさを、今更ながらに感じもした。


 自分では普段通りに適度な緊張を保っているつもりでも、そうではなかったようだ。


 そして、それに気づいて、ようやく思い至った。


 これは大将として云々と言うよりも、初めて砦を『襲う』という事に対する戸惑いだったか、と。


 先ほどの信吾を見ていながら、自分のそれに気がつかないとはな……と、自嘲の笑みが漏れた。


 将として、兵に迷いを見せるのは最悪だ。


 将としての責任に、禁忌を犯す事への抵抗が乗っていた。どちらがどちらとも分からぬままに、圧迫感として感じていた。戦いが始まる前に、それに気がつけたのは僥倖だった。




 段々と空が白んで来た。周りも明るくなってくる。それにつれて、私たちの潜んでいる林も夜着を脱いだ。


 先ほどまで鳴いていた梟は眠り、代わりに小鳥たちが目を覚まして鳴き始めた。そして、それを合図にしたかのように、周りの気が爽やかな朝のそれに変わりだす。


 そんな夜と朝の狭間から、四半刻待たずに再び伝令がやってきた。


 そして、言う。


「兵列の最後尾が砦を離れました」と。


 どうやら、いよいよのようだ。


「そうですか。分かりました。下がりなさい」


「はっ」


 私はその報告を受けると、すぐに周りの兵たちに命令した。


「いよいよです。林の際まで移動します。静かに、慎重に移動して下さい」


 兵たちは皆、黙って頷く。そして、ゆらりと腰を上げた。


 皆良い顔つきであった。


 皆それぞれに迷いはあっただろう。が、それを振り切って私たちを信頼してくれている。なればこその、この顔つきである筈だ。故に、やはり私たちが迷う事など許されない。それをすれば、彼らへの裏切りになってしまう。


 彼らの顔を見て、改めて己をそう戒めた。


 ――――後ろに道はない。道は私の前にのみある。


 それをよくよく胸に刻むと、私は彼らの先頭に立った。そして、計画開始に向けて所定の位置へと向かった。




 砦の南側には正門があり、その前をいくらか(なら)された道が通っている。それは麓へと続いていた。その道を挟んで南側には雑木林が広がっている。


 私の隊――槍隊二十、信吾――槍隊三十、与平――弓隊二十の総勢七十名の砦攻略部隊が、その林の中で息を殺していた。


 所定の場所に移動し終わり、再び待機する。砦の南側に道を一本挟んで広がる雑木林の北東部にあたる場所だ。ここで与平からの合図を待つ事になっている。信吾の隊も予定の場所に移動し終わり、同じく与平からの合図を待っている事だろう。


 計画では、砦の兵が出払い四半刻ほど後、門に立つ番兵を与平が林の中から射て、合図の貝を吹く事となっている。


 その合図を以て、私と信吾の隊が急襲を掛けるのだ。


 これは砦にほとんど兵が残っていないからこその計画ではあるが、下手な細工を労するよりも圧倒的に早く片がつく。


 そうして門番を速やかに排除した後、そのまま正面から道沿いに左方へと進み、副郭、主郭と順に制し、砦を奪取するというのが計画の全容である。


 もう何度も頭の中で繰り返し確認した手順だが、最後にもう一度確認をする。


 そうしているうちに、門の方で動きがあった。


 門番の喉に弓矢が生えたのだ。



 一本――……。


 二本――――…………。


 そして、三本――――――………………。



 間を置く事なく、二人の門番の眼窩(がんか)に喉にと、次々生えた。与平の隊の仕業だった。



 そして、ついに合図が鳴った。



「者どもっ! 時は満ちたぞっ。存分に力を振るえっっ! 遠慮は無用ぞっ!!」


 鞘を抜き払い、振りかざした切っ先を砦へと向けて叫ぶ。



「「「「おおおおぉぉぉーーーーーーっ!」」」」



 号令を待ちかねていた兵らは、その士気を爆発させて応えた。


 そして、一斉に門へ向かって走り出した。


「おおおぉぉぉ――――っ!!」と左方の林の中からも雄叫びが聞こえてくる。そして、それと同時に次々と槍を振りかざした兵たちが姿を現し、門へ向かって駆け出すのが見えた。


 視線を砦の方へと戻せば、駆けだした兵の先頭が門へと到着しようとしていた。そしてその門の奥には、何が起きたのか分からず呆然と突っ立ったままの敵兵が見えた。


 その表情はすぐに恐怖に引き()っていく。やっと何かを悟ったらしい。ただそれが何にせよ、彼にとって幸せなものではない事だけは確かな筈だ。


 その兵は何もかもをかなぐり捨てて、奥へと逃げ戻ろうとしていた。しかし、哀れにも腰が抜けてしまっているようだ。上半身は背を見せ逃げようとするが、下半身がついていっていない。彼はそのままその場に倒れ転がった。


「武器を捨てて降る者は受け入れるっ。徹底せよっ! 敵軍の者は死にたくなくば、武器を捨て両手を挙げよっっ!!」


 兵たちと共に門へと駆けながら、敵味方問わず周りのすべてに聞こえるように、腹の底から声を絞り出した。


 今回は投降を認め、降った兵は集めて管理しておくように。――これは武殿の意見であった。その意見になぜと聞いた時、戦慄を覚えたのを今でも憶えている。絶対敵に回してはいけない人間だと、改めて痛感させられたのだ。忘れられる訳がなかった。


 ただ、今はそんな感慨に耽っている場合でもない。目の前の戦こそが大事であった。


 先ほど倒れ込んだ兵は、すでに私たちの兵に囲まれていた。その兵は武器を捨て両手を挙げ、顔を引き攣らせたまま何かをしゃべっていた。しかし、まるで山鳴りのような兵たちの咆哮にかき消されて、何をしゃべっているかは私には聞き取れない。


 ただその出来事は戦場において、ただの点の出来事である。濁流の中の小石の動向にすぎない。私たちは更に奥へ奥へと突き進んだ。


「進め進め、進めぇっ! 一気に制圧するぞっっ!!」


「「「「おおっっ!」」」」


 最前線で指揮を執っている信吾の吠え声が響いた。


「六名門に残って、警戒に当たれっ。もし砦の外に敵方の姿が見えたら、それがただの一人であれ、報告を寄越すんだ。始末できるなら始末しろ。できなければ無理はするな。連絡を優先させろ。――――他は俺に続けっ! 物陰から狙ってくる敵から味方を守るぞっ。俺たちが始末して抑えるんだっ! 急げっ!!」


「「「「おうっ!」」」」


 後方で、手持ちの兵たちに細かく指示を出す与平の声も聞こえた。


 そして、勢いは完全にこちらにあった。


 いけるっ。このまま落としきるっ!


 残っている敵の数は、思っていたより多かった。現段階でも討ち取った数と捕らえた数を合わせれば、二十は下らないはずだ。もしかしたら、三十から五十くらいは残っているのかもしれない。


 もしその数が残っていたとして、真っ当に戦っていたならば、こちらの損害も馬鹿にならなかったはず。いや、下手をすれば負ける事さえあったかもしれない。


 そう考えると、砦を襲うという行為には後ろめたいものがあったが、そう進言した武殿の考え方の正しさが身に染みる。やはり彼の考え方には、私たちは多大に学ぶところがある。


 そんな事を考えている間も、信吾がどんどん砦の攻略を進めていた。兵たちも奥へ奥へ駆け込んでいく。


 それを見て、私も奥へと走る。そして、走りながら叫ぶ。


「犬上隊に負けるなよっ。者ども、駆けよ駆けよっ! 力の限り突き進めぇっ! 勝利は目前ぞっ!!」


 そう叫ぶ私の目には、主郭へと通じる門が見えていた。

6/12 ごめんなさい。信吾の名字を素で間違えていました。寝ぼけていたようです。 犬山→犬上 修正

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