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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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幕 伝七郎(三) 北の砦攻略戦 その一

 夜明けを迎えるかなり前に、私たちは麓の陣を発った。ほぼ頼れる光が月のそれしかない夜闇の中、ときに草木をかき分けながら道なき道を砦に向かって進む。


 夜の森などただでさえ危険極まりない。しかし、それでも私たちはこの道を進まざるを得ない。比較的歩きやすい道は”彼ら”の為にとっておかなくてはならないのだから。


 足下に絡みそうになる枯れた蔦を気にしながら、昨夕の事を思い出す。



 ……――突然、武殿より本部に戻って欲しいと伝令がきた。


 私用に立てられた天幕にて砦攻略に向けて砦の外観図を見ながら突入方法を検討していたのだが、伝令の「至急戻られたし」の言葉に、急ぎ本部――昨日次郎右衛門殿と対面した大型の天幕へと向かった。


 早足で向かうと、武殿はもちろん他の将らも皆すでに集まっていた。


 そこで、(ああ、そうか)と当りがつく。おそらく偵察の者が戻ったのだろうと。


 その結果、迅速に動かねばならない事態となったに違いないと考え至った。そして案の定、武殿から「事を急がねばならなくなった」と偵察の報告と合わせてその理由の説明が皆にされていったのである。


 ――北の砦の攻略戦の作戦上、先に合流されると不都合が出る可能性が高い。


 ――失われる命の量に圧倒的な差が出る。


 ただ、私にとっては皆ほど突然の話ではなかった。将が向かっていると聞いてすぐ、武殿より上げられた計画書の修正案の中に「未だ将が未合流の場合」と題して案が綴られていたからだ。


 そのきめ細かな状況予測と対応案に、今まで以上に手法の違いを感じさせられたのを憶えている。そして、その違いが生み出す結果の違いも考えさせられた。


 私は隅から隅まで熟読した。すでに読んだ計画書の修正案ではあったが、そこには私が更に力をつける為のひとつの方法そのものが記されていた。


 勉強を兼ねて、読み進めていった。そして、私はその修正案を了承したのだ。


 だから私にとって、この話は突発的な事態でもなんでもなく、予想された一つの未来の戸が開かれたという印象だったのである。


 それらの説明が終わると、今度は皆から武殿に質問が相次いだ。


 その最中、信吾がこちらを見ていた。


 少し考え、私の意思の確認もしたかったのだろうと、その視線意味を解した。


 だから、私は一つ頷いて見せた。私も武殿の考えに賛成だと。――……




 その招集を経て、私たちは万端の準備を捨て、早さをとった――。


 その方針が決まった後、武殿は私たちにこの策の全容と、分かれる私たちの為に砦の攻略自体はどう進めるべきかも事細かく語ってくれた。計画書にあった記述をより細かく、より丁寧に、そして分かりやすく説明してくれたのだった。それに合わせて、私は天幕で考えていた計画に修正を入れていったのである。


 そうして出来上がった案は、今私の頭の中にしっかりとあった。


 失敗は出来ない。私は絶対にこの策を成功させる。


 そんな決意を胸に、足を前に前にと動かし砦へと向かっていた。


 獣道とも呼べない道を元猟師らの道案内で、ときに進軍を阻む枯れ草なども刈りながら、砦へと迫っていく。藪をこぐようにして歩んでいるので、私も、また兵たちの息づかいも流石に荒くなっていた。


 そんな中、与平が私の横にやってくる。


「ふぅ。伝七郎様、これうまく行きますかねぇ? 武様は自信満々だったし、言われてみればなるほどって感じですが。でも俺たちが向かうまでに向こうがどうこうなっていたら、どうにもならないです」


 そして、そう言った。


 将を相手に言葉を飾っても意味がない。だから、私は率直に答える事にする。


「私たちの方は。ですが……、武殿らの方は決して楽ではないでしょう。たとえ忠政が合流していなくとも、現時点で砦の兵力は五、六百はいるのです」


 武殿が急ぎたがった理由は正にそこにあった。


 麓の部隊は砦よりおびき出した兵力を、抑えこんで時間稼ぎをする必要がある。それは楽な事ではない。むしろそれは、「何とかする」と言って、武殿自らそちらを受け持つと言った程の難事なのだ。


 その言葉通りに、今作戦では武殿を筆頭に次郎右衛門殿と源太が麓に残っていた。そして、その三将と五百十の兵力で、砦の兵力の”すべて”を抑えきる予定であった。


 宣戦布告をすれば、砦からはその兵力のほぼすべてが出てくる。この世界の習いから言って決戦の地は、両軍の対面するその地にあるからだ。


 だから武殿は、私たちをその後ろの空の砦に送り込んだ。しかし、麓では当たり前にこの世界の戦が繰り広げられる事になる。だから砦を落とすのは難しくはないが、麓は決して楽な戦にはならないのだ。


 それ故に武殿は、ここで更に敵の数が増すような事態を避けようとしたのだ。もし合流し増えたら、抑えきれる可能性は一気に低下するから。武殿のその考え方はまことに理に適っていた。


 それに麓の戦にしても、武殿は当たり前にやろうとはしていない。私たちが砦を迅速に落とす事を信じて、極力無理をしないように守る戦をすると言っていた。そして、自分らが反撃に移るのは、砦を落とした私たちが麓に折り返し、挟撃できる形になってからだ、と。


「だから、頼んだぞ?」とその言葉で昨日の打ち合わせを締めくくった彼の顔が脳裏に浮かぶ。私はその信頼に応えてみせねばならなかった。――――彼の横に立ち続ける為に。


 今の状態でも、麓の合戦の兵力は五分五分。急がねばならなかった。しかし、焦って麓に向かった兵力が戻ってくるような事態になっては本末転倒である。焦れた。


 そんな私を見て気を遣ってくれようとしたのか、信吾も近づいてきて口を開いた。


「しかし武殿は、相も変わらず思い切った事を考えますな。これは、我々では発想も出来ません。よもや敵が出払った砦を奪い取るなどと」


 確かにそうだ。私も計画書に書かれたその内容を最初に読んだ時にはずいぶんと驚かされた。武殿に聞き直したくらいだ。しかし、その時の武殿言葉は簡潔だった。「そこには巻き込む民がいない。もってこいの条件だろ?」と、そう言って笑ったのである。


 その言葉が決め手となって、私はこの作戦を承認したのだ。忘れようがない。


「ですね。でも、感心ばかりもしていられませんよ? 空の砦などはさっさと落として、援軍に向かわなくては。武殿の言では、私たちが到着するまでは守りに徹している筈です。私たちの援軍を待って、混乱する敵への挟み撃ち。これが武殿の策ですから」


「はい。しかし、まこと味方で良かったですなあ。少々敵方には同情します。盛吉と戦ったあの戦のとき同様、混乱のうちに総崩れになる敵の姿が目に浮かびます。今回はあの時以上に手厳しいでしょう」


 そう言って信吾は複雑な笑みを浮かべた。


 狙いも理解できるし、その成果も推測できる。しかし、やはり従来の価値観を白紙にするというのは、なかなかに難しいのだろう。信吾は農民出身ではあるが、一兵として、一武人としてこれまで働いてきたのだ。故にその気持ちは、私にも分かった。頭では分かってはいても、という事はあるのだ。


 それは信吾だけではなく、私たち水島の軍全体がこれから克服していかなくてはならない課題の一つだった。こうして他人事のように、極力第三者的に考えようとしているこの私自身でさえ、引っかかるところがまったく無い訳ではないのだ。


 しかし武殿は、あきらかにそれらも分かった上でやっていた。それは、攻街、攻城――これを行う初めての場所として、民のいない砦を選んだ辺りに良く出ていた。


 だからこそ、私は彼を信用したし、また、する事が出来るのである。


 彼は異なる世界の二つの考え方を、器用に使いこなす。私たちの心情や考え方を理解しようとする。結果的にこちらの慣習を壊すが、彼は私たちを無視してはいないのだ。その彼の有り様は、安堵感へとつながっていた。


 だから信頼と迷いの果てに、私たちは往々にして信吾のような表情になってしまうのだ。


「確かに。……さて、そろそろ砦が近づいてきました。それぞれ配置について下さい。時を待って迅速に落とします。迷いは捨てて下さい。遠慮や手加減は無用。信吾、与平、頼みましたよ。では、始めましょう」


「「はっ」」


 私はそれまでの雑談を打ち切る。二人はそれぞれが率いる兵の元へと帰って行った。



 私は闇に包まれた雑木林の際まで移動し、遠く目をやった。するとそこには、夜の帳の中にほの明るく浮かぶ砦の姿があった。



 北の砦――それは、山の中腹にちょっとした平坦面を持つ荒木山の構造を利用して建てられていた。


 その規模は地図にあった通り、さして大きくはない。そして、太く大きな杭が並んだような柵で囲まれており、その内部は二郭を有する簡素な構造だ。偵察の話によると道は正面入り口より入ってすぐに、大きく左に折れている。その先にある一つ目の郭があると思われる部分は見えた。屋根が見える。そして、その郭から山の斜面に沿って一段上がったところに本郭があった。本郭にはもちろん副郭にも平屋木造の建物が散見され、それなりの人数を収容できる砦であると思われた。


 砦では、武殿の宣戦布告を受けて、慌ただしげに兵たちが走り回っていた。草木も眠るという時刻を遙かに過ぎているというのに、そこかしこに焚かれた火は煌々と周りを照らしている。


 その外観を確認し、私は再び林の中に戻った。敵に見つかるのを恐れたからだ。


 そしてしばらくの間、ただひたすらに待った。


 気持ちは焦れるが、それを抑えこまなくてはならなかった。


 そんなどうにも落ち着かない時間が過ぎてゆく。しかしとうとう、


「……佐々木様。砦に動きがありました。麓に向けて兵を出しています」


 と、砦を監視していた者らからの待ち侘びた報告が届いた。


 胸に溜めていた息を吐き出し、軽く膝を打つ。そして、


「いよいよですか。わかりました。貴方たちはそのまま監視を続けて下さい」


 と、報告にやってきた者に告げた。


「はっ」


 そして、報告にやってきた兵はそう返事をすると、小走りでその場を立ち去ってゆく。


 また、その後ろ姿を見ながら、私は信吾と与平にその情報を伝達するべく伝令を用立てた。


「伝令。犬上と三浦に、『砦が動き出したが、計画通りしばらくは動くな』と改めて伝えて下さい」


「「はっ。了解しました」」


 私の指示を聞いた伝令がそれぞれの元へと走って行った。


 さあ、ここからだ。姫様の為にも、私は、私たちは強くならなくてはならない。幸い武殿という指針を得る事が出来た。彼は異質だ。だがその異質が強さにつながる。ただでさえ不利の大きいところから始めなくてはならない私たちだ。当たり前にやっていては、生き残る事などできはしない。


 そしてこの作戦は、私自身がその異質を使いこなす為の第一歩なのだ。私が変わる為の第一歩なのだ。そして――、その一歩目で躓く訳にはいかぬのだっ。


 そう覚悟を決めると、快適とは言いがたい未だに濡れて湿った落ち葉の敷布から腰を跳ね上げ、再び雑木林の際へと向かう。


 そこには沢山の松明を掲げた兵列があった。そしてそれは、報告に来た兵が言っていたように、確かに麓へと向かっていた。

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