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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第五十七話 軍議(荒木山の麓にて) でござる その二

 その日の晩の内に、俺たちは砦に偵察を放った。種田忠政の合流がされていない事の確認だけでも構わないと言い含め、タイムリミットを翌日の日の入りまでと定めた上で送り出したのである。


 如何せん、時間があるのかないのかすら分からない状況だ。それ故に、そういう指示にならざるを得なかったのだ。無論この場合、時間があるとは即ちすでに合流がなされている――という事であり、それはそれで俺たちにとって最悪の報せではあったが。


 先ほどまで行っていた臨時会議で、俺は次郎右衛門に砦攻略戦の作戦の概要を説明した。


 次郎右衛門はその内容に驚愕し、はじめは難色を示した。


 伝七郎や信吾は大分慣れてきた為こういう反応をする事は珍しくなったが、異世界出身である俺の思考に、この世界の人間が触れた場合に示す反応としては順当なものであった。つまり、予想範囲内の事であった。


 だからそれに慌てる事なく、改めて示し合わせておいた通りに、俺と伝七郎で次郎右衛門を説き伏せに掛かったのである。ここで次郎右衛門に否やと言ってもらっては困るので、なにがどうであろうと俺たちのするべき事は決まっていたのだ。



 ……――「そんな馬鹿な……。それに、それはあまりにも卑怯が過ぎるのでは?」


 次郎右衛門は俺の話を聞き終わるとまずは驚き、慌ててそう言葉を足した。


「いや、次郎右衛門殿。卑怯ではございませんよ。世の習いに胡座をかいて、油断する方が悪いのです」


「次郎右衛門殿のおっしゃる事も、もちろんよく分かります。しかしここは、それを推してご協力いただけませんか? これならば武殿が言うように、確実に砦の奪還は果たせます」


 しかしそれがどうしたとばかりに、俺たちは二人がかりで提案した行為の正しさを説く。


「いや、しかし」


 それでも次郎右衛門は、納得がいかないようだった。なおも躊躇った。


「次郎右衛門殿。ここが覚悟の決め所です。藤ヶ崎の民を守りたいならば、砦の奪還は不可欠。北の砦を敵に押さえられたままここで封じていても、必ずじり貧になりますよ? 現状のままでは、時間の経過は継直に利するばかりなのですから」


「それに今回は砦の奪還という所も、この作戦向きです。私も武殿から説明されて目から鱗でした。砦には兵はいても、巻き込む民はいないのです。つまり問題は、私たちの率いる兵と私たち自身の気持ちだけなのですよ。敵方から少々の悪態は聞こえてきましょうが、その時にはそんなものなど気にならないほどの成果を私たちはあげているでしょう」


 だが俺たちは、未だ続くその躊躇いごと説き伏せにいった。逃げ道を塞ぎ、理屈を説き、そして最後は世の慣習をただの気の持ちようのせいだと軽くあつかった。その『気』こそが大事で、重大な問題なのだが、俺たちはそれを敢えて軽く捉えて語ったのだ。


 次郎右衛門もそれには気がついただろう。だが、伝七郎がそれを言ってみせた事が決め手となったようだった。


 別に俺の言葉を軽んじている訳ではないと思う。だが伝七郎の人柄と能力をよく知る次郎右衛門にとって、伝七郎のその言葉はより深く、より強く刺さったようだ。とうとう根負けした次郎右衛門は、深く瞑目し溜息を一つ吐いた。そして問うたのである。


「では、これは神森殿の発案なので?」と。


「はい。次郎右衛門殿にも思われる所はありましょう。しかし、それでもご協力いただきたいのです。この案に次郎右衛門殿のご協力は不可欠です」


 伝七郎はどこか自慢気にそれを肯定し、なおの協力を要請した。その様子を見て次郎右衛門は、迷いを振り切るように顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見てこう言うのだった。


「……………………わかりました。従いましょう。神森殿、よろしくお願いいたす」


 その老将の面構えに、とても強い思いを俺は感じた。だから俺はまず身を正し、深く一つ頭を下げた。それがこの場で最も相応しいと思ったからだ。


「承りました。全力で当たらせていただきます。感謝します」


 伝七郎はその儀式の邪魔をしなかった。後ろに控え、すべてが終わった後で改めて次郎右衛門に向かい、静かに礼を述べたのである。


「ありがとうございます、次郎右衛門殿」と――……



 このようなやり取りの末に、俺たちは次郎右衛門の協力を得たのだった。


 これで俺たちの兵八十と藤ヶ崎の兵五百、合わせて五百八十の命を俺は背負うことになった。その責任は重い。しかし、これで俺たちに勝利のめどが立ったのだ。


 あとは偵察が戻るのを待つだけである。しかし、戻るのは早くても明日の朝日が昇ってからだ。だから、まだ合流されていない事を祈って、その晩は眠る事にした。


 地面に直に敷かれた布の上に転がる。こちらの世界に来てまだ一ヶ月も経っていない。しかし、もうすでに俺の身体はベッドの柔らかさを求めなかった。




 翌日の暮れ時、砦に放った偵察が戻った。


 報告の内容は――『未だ忠政の合流なし』――。ただし時間が足りなかった為、現在の忠政の位置までは掴めていないとの事だった。


 しかし、その限られた時間の中でも有能な我が軍の偵察部隊は、砦の総兵力を計ってきてくれたのだ。『五百から六百』――これが偵察部隊がはじき出した砦の推定兵力だそうだ。それは、飯炊きの為に汲まれた水の量から計算したとの事だった。


 誤差は当然あるだろうが、その数は次郎右衛門から聞いている数とほぼ合致する。一方次郎右衛門から聞いた『五百五十』という数字の根拠は、ここずっと続く小競り合いで、実際に次郎右衛門が向き合った兵数の最大値との事だ。


 この報せに、俺は半分喜び、そして半分焦りを憶えた。


 この報せは確かに忠政の合流なしを意味していた。偵察の者の説明は十分納得のいくものであったし、奴らの有能さを俺に再確認させもした。


 そしてそれは、砦の奪取は間違いなく成功すると教えたのだ。――ただし今ならば、と。


 事を早く進めなくてはならないという思いが、得られた安堵とは別に、焦燥感となって俺を襲った。


 俺は即座に将全員の招集をかけた。


 程なく皆が集まる。何事かと、皆慌ててすっ飛んできてくれたのだ。


「突然すまない。急を要する事態となった」


 俺はまずそう切り出した。そして参謀本部へと集まってくれた皆に、偵察の報告の内容とそれから分かる状況を丁寧に説明していったのである。




「……という訳で、合流されるとやっかいだ。その前になんとしても叩きたい」


「それはわかりますが、準備万端という訳にはいかなくなりますよ?」


 与平が、それはどうなんだと声を上げた。


「ああ、分かっている。でも今は、相手に時間を与える方が怖い。合流されると、たとえ準備が整おうと苦戦は免れ得ない。逆に押しつぶされる可能性も相当に高くなる。いま最優先されるべきは早さだ」


「それはそうとして、具体的役割分担や戦闘方針、それに策……でしたか? それらはもう決まっているのですか?」


 源太は具体案と作戦に言及した。


 伝七郎には、その内容をすでに話してあった。しかし将らには、まだそれらは開示されていなかったからだ。


「ああ、腹案はある。問題ない」


 俺はそう答える。


 俺と伝七郎の間では、俺の案通りに今回の作戦を進める事で意思の統一はされていた。しかし念のために、源太に答えながら伝七郎に視線を向ける。すると奴は静かに頷いてみせた。


 どうやら意見の変更はなさそうだった。


 そんな俺たちを交互に見ていた信吾は、


「……なるほど。分かりました。お二方の意志が揃っているならば、私どもに否やはございません。なんなりと、ご指示下さい」


 そう言って頭を下げた。


 こうして俺たちは、それぞれの意志を()って一本の強靱な綱のようにしていった。


 そして俺たちを黙って眺めていた次郎右衛門が、最後に哀しげに笑う。


「……まこと、良い軍、良い将じゃ。お館様の元にあった我らが方々の様であったならば、こんな事にもならず、平八郎様もこれ程苦しまれずにすんだだろうにのう……。いや、今はそんな話をしている時ではございませんな。この山崎次郎右衛門も微力ながら協力いたします故、存分に使ってやって下され」


「感謝します」


「まことに(かたじけな)い。感謝いたします、次郎右衛門殿」


 改めて協力を約束してくれる次郎右衛門に、俺と伝七郎は再び揃って頭を下げるのだった。


 いくら爺さんの口添えがあったにせよ、突然やってきた小軍の将、それも若輩の俺たちにこのように協力的に応対してもらえるのは、(ひとえ)にこの次郎右衛門の人柄によるところである。俺たちは非常についているのだ。俺にはこの流れそのものが、天運と感じた。


 俺はまだ慣れきらぬ人の命を預かるという重圧を感じながらも、その直感を信じて、声を張って皆に指示を出した。


「では急ではあるが、明朝出発とする。あと、今から今回の砦攻略戦の詳細を説明する。それを元に今夜は交代で準備を進めて、間に合わせてくれ。伝七郎、宣戦布告の使者の準備を平行して進めてくれ。刻限は、翌朝。場所は麓の平原だ」


「「「「はっ」」」」


「了解しました」


 皆が俺の令に応えて、頭を下げた。伝七郎は頷き、即座に使者の準備に取りかかるべく、部屋の外に控える伝令を呼んだ。


 そして、皆に作戦内容を事細かく説明していく。


 それが終わると翌朝の出陣に向けて、俺たちはそれぞれの役目を果たすべく迅速に動き出した。


 俺も作戦に伴う兵装の変更や、それに伴う消耗品等の用意をさせるべく、それらが置かれてある仮設倉庫に確認に向かう。


 明日の『戦』は楽ではない。砦は楽に落ちるだろうが、『戦』は楽ではない筈であった。


 そんな不安に耐えながら、薄暮の陣中を歩いた。握りしめた拳に汗が滲んだ。


 肌を撫でる夕刻の風は冷たい筈だ。しかし、高揚と緊張に包まれた身体は寒さを全く感じなかった。

6/6 結構校正入れましたので、記しておきます

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