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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第五十五話 藤ヶ崎軍との合流 でござる

「だーっ。やっぱ遠いよな?」


「え? そうかな-? 近いですよ? もう少しですし」


 思わず漏れる愚痴。そして、律儀にそれに突っ込んでくれる与平。


 しかし、私は思うのです。


 文明に甘やかされて育ったこの俺を、おめーらみたいな脳筋世界でタフに育った人間と一緒にすんなっっ! と。


 とは言え、口に出してそれを言うのは少々恥ずかしいので、心の中でささやかに反論するに留まる。自分の器の小ささに惚れ惚れした。


 藤ヶ崎の町から、目的地である藤ヶ崎軍の陣地まで歩きで一日。確かにこちらの感覚だとご近所には違いない。現にブツブツ文句を垂れているのは俺一人である。


 馬に乗れない俺は、今回の行軍では兵たちと共に歩いてみた。……また馬の尻に括り付けられたくなかったから、では決してない。何事も経験だと思ったからである。本当に本当である。


 しかし今の俺は、そんな理屈を考え出した今朝の自分を殴り倒したい思いで一杯だった。ちょっと長い散歩のつもりだったのだが、足腰の磨かれ具合がこちらの人間は違いすぎたのだ。


 皆の歩く速度は速く、しかもその速度が維持されまったく落ちなかった。俺の息はすでに上がっているのに、周りは鼻歌交じりにさわやかな秋の風や、五色の彩りを見せる秋の風景を楽しんでいるのである。俺は絶望した。


 そんな圧倒的な体力差に打ちのめされている俺を、警護にあたっている与平が、馬上からからかっては喜んでいるのである。


 しかし、俺は何も言えなかった。


 仮に「じゃあ、お前も歩いてみろよ」と言ったところで、普通に何事もなくこなすのは目に見えていた。かと言って、「後ろに乗せて」とも言えない。言えば乗せてくれる事は分かっている。しかし件の経緯から、無理やり兵に混じって歩き出したのは俺であり、「やっぱ疲れたよ。あははは」とは言いづらかった。まして俺をからかう気満々の与平に、それを言う事なぞできる訳がなかったのである。


 俺にもささやかながら、プライドってものがあるのです。


 それに与平の言葉ではないが、時間的にももうあと少しで目的地に着く筈であった。朝から歩き、幾度かの休憩を挟んで、はや夕刻前だ。


 隊は予定通り源太の騎馬隊を先行させ、残りが伝七郎を先頭として徒歩でついて行っている。俺と与平が中段あたり、信吾は荷駄隊の面倒も見ながら殿(しんがり)であった。


 一番遅くトラブルも起きがちなのは荷駄隊である。しかし、その荷駄隊にも特に問題が起きる事はなく、ここまで計画通りの行軍が出来ている。故に、そろそろ到着してもおかしくはないのだ。


 それに自前のトラブルのなさばかりではない。懸念されていた盗賊の襲撃もなければ、継直の軍隊にちょっかいをかけられる事もなかった。


 勿論何事もなくうまく行く事は良い事なのだが、それ故に思わざるを得ない事もある。


 ……これはこれで気持ち悪い、と。


 だが、(元の世界の感覚だとそう思うだけか。あちらだとこんな絶好機を逃したら将失格だが、こちらだとこれで当たり前なのかもしれない)と、思い直した。


 本当のところを言えば、盛吉が伝七郎らを追撃してきた時のように、(なにがし)かのリアクションが北の砦からあると俺は考えていた。源太はこちらの人間の感覚で北の砦からの横槍はないと言っていた。俺はそれを否定こそしなかったが、心底同意は出来なかったのだ。


 俺にはどうしても、まだ向こうの感覚が働いてしまう。感覚が違うという事を念頭に置いているつもりでも、ふとした拍子や無意識のうちに、元の世界の感覚を基礎に置いて考えてしまうのだ。


 それに気づき嘆息を漏らす。ここ最近はそんな事も多い。頭を使わねばならない案件が増えて、その事が顕著になってきているのだ。順に慣れていって、頭ではなく血肉で憶えていくしかなさそうだった。


 そんな事を考えていると、伝七郎の元へ源太のところの兵らしき騎馬が駆けてくるのが見えた。


(源太らと陣の兵との接触でもあったかな?)と当たりをつける。そして、やってきた騎馬が再び元来た方角へ駆け去って行くのが見えると、今度は伝七郎の元から伝令が走った。程なくその伝令が俺の元へと走ってくる。


「佐々木将軍よりの連絡です。『騎馬隊が藤ヶ崎軍と接触しました。先方はこちらを受け入れるとの事です。このまま従軍し、陣へと入ります』との事」


「ご苦労。わかったと伝えてくれ」


「はっ」


 伝令の兵はそう切れの良い返事を残して、そのまま隊列後方の信吾の元へと走って行った。


「だ、そうだ」


「何事もなく無事に合流できて良かったですね」


「ああ」


 横で共に連絡を聞いていた与平と軽いやり取りを交わす。


 ふう。いよいよか。


 伝令が走って行くのを見送り、視線を再び前方に戻した。未だ周りは右に御神川、左に野原、前方にはいくつかの低い山々の姿が見えるのみだ。藤ヶ崎の陣も軍も見えない。


 だが、胸が高鳴ってくる。今までは俺たちは常に逃げる立場だった。でも、今度は攻略戦――攻める戦だ。つまり、俺たちがこのまま成功し歴史に名を刻む存在になった時、その快進撃の最初の戦として語られるのは、おそらくこの戦になる筈だ。それを思うと、変わらぬ不安はむろん胸に残りはするものの、不謹慎ながらそれ以上にわくわくとしてくるのだった。


 その後も俺たちは、街道を道なりに進んだ。


 すると前方に、源太の部隊と見慣れぬ騎馬の小隊が見えてくる。おそらくは藤ヶ崎の兵であろう。そのまま見ていると伝七郎の元へ、源太とその騎馬小隊の隊長らしき人物が進み、いくらかの言葉を交わしていた。そしてそののち、彼らの後について再び移動を開始したのだった。


 街道をそのまま北上していく。そして、しばらく行くと北東と北西に抜ける三叉路に出た。俺たちはこれを北西に進んだ。この時、先ほどまでは遠くに見えていた山々が、今はすぐ近くに見えていた。


 三叉路のところまで、ずっと右手側にあった御神川からも、この時はじめて離れた。すると、今まで川縁を歩いていたせいで水の匂いが相当強かったのだが、水の匂いより腐葉土の匂いがより強くなってくるのを感じた。前日降った雨の影響がいくらか残ってはいても、それはいわゆる『森の匂い』であった。


 道に沿って更に進むと、左右の景色が木々に覆われる。


 なおも道を進む。更に少々歩いて林を抜けると、ようやく開けた場所に出た。


 ちょうど前方に山が見えた。その山は、周りの山々に比べると比較的大きい。その中腹に砦のようなものも見える――おそらくあれが荒木山だ。


 そしてその開けた野原の中に、山の裾からは少々離れて、周りを木柵に囲まれた陣幕が見えた。


 目的地に到着したのだ。




 陣に入ると、兵たちにはその場で休みながら待つように伝え、俺と伝七郎は護衛として信吾を連れて、この陣の責任者――山崎次郎右衛門を訪ねる事にした。


 ここまで案内してくれた騎馬小隊の隊長にそのまま連れられ、陣内を移動する。


「なあ、伝七郎。おまえ、ここの責任者をよく知っているような口ぶりだったけど、どんな人なんだ?」


「ええ、勿論よく知っていますよ。私が平八郎様に面倒をかけていた頃は、彼にも大変世話になりましたから。もうかなりお年ではありますが、長く平八郎様の副将を務めてきた事からも分かるように、真面目で実直な方です。そして、もちろん大変優秀な方ですよ」


「私も何度かはお目にかかった事がありますが、とても温厚でお優しそうな方のように見受けられました。あと兵の間では、将としては大変堅実な方だとの評価がされています。酒場では、酔った勢いで上役の話が出る事も少なくありませんからな」


 次郎右衛門の元へ向かう道すがらその人物像を伝七郎に尋ねてみれば、伝七郎に加え脇に控えている信吾からも、兵卒の立場から見ていた次郎右衛門について教えてもらう事ができた。


 また目の端で、前を歩いている案内役を買ってくれた騎馬小隊の隊長を観察してみれば、振り向いて会話に参加してくる事こそなかったが、話をそれとなく聞いていたようだ。満足そうに、軽く胸を張っているように俺には見えた。


 どうやら次郎右衛門とは、そういう人物のようだ。


 二人の話を聞く限り、もう本当に副官が天職と思えるような次郎右衛門の人物像が脳裏に浮かぶ。そういった意味では、俺たちはついていると思えた。


 ただ、いま俺の頭の中にある北の砦攻略プランは、この世界基準では決して正攻法ではない。そして、次郎右衛門の協力が不可欠であった。


 それ故に二人から聞いた「優秀・堅実・優しい」という言葉に安堵し、同時に「実直・爺さんの元で長年副将が務まる人間」という部分に若干の不安を感じた。ただ、二人の言葉の中に「頑固」という言葉がなかった事は、大いに救いであった。


 そんな事を考えながら、案内の後を大人しくついて行く。すると、陣奥に一際大きな天幕が張ってあった。どうやら、ここが目的地のようだ。

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