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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第五十二話 はーどわーく でござる

 姫様お守り役とやらに就任して、はや五日。伝七郎らはその間も忙しそうにしていた。その甲斐もあって、北の砦攻略に向けて準備は着々と進んでいる。情報を集めるのにも、物資を準備するのにも、思ったよりも時間が掛かっていた。俺に実務経験がない為、頭で考えた所要時間と若干のずれがでたのだ。


 このずれが攻略戦そのものにどれほど影響が出るのかは、やはり実務経験のなさがネックとなって予想が立たない。実務経験のある仲間たちの話をよく聞きながら、少なからず影響は出るものとして、あらかじめ見積もっておくというのが現段階で出来る最大限の対策と言えた。


 しかし、予想外に時間が掛かっている事も悪いばかりではなかった。心身ともに無理をさせ続けてきた兵たちに、十分な休養をとらせる事が出来たからだ。


 丸々一週間近く休めば、十二分に回復する。現にここ二、三日は街の酒場でうちの兵たちが馬鹿騒ぎをしているいう情報が、密かに藤ヶ崎の町にはなった偵察兵よりもたらされていた。ただでさえ頑健な脳筋ワールドの住人たちである。健康メーターが振り切れての御乱行であった。


 もっとも、住民に乱暴を働いたとかそういう類いの報告はない。文字通り、馬鹿が馬鹿をやっているといった内容ばかりであった。


 結構な事である。そのまま砦攻略戦に向けて十分英気を養ってもらえばよい。


 その知らせを聞いた俺と伝七郎の共通の意見であった。


 で、だ。俺なのだが……。はい。連日千賀相手に『神森武作 創作昔話』を語るお兄さんとなっておりました。


 だって放してくれないんだよ、あいつ。


 お守り役に就任した日、他にやらなくてはならない事がありすぎて、千賀の元に戻る事は出来なかった。千賀の「必ず帰ってくるんじゃぞ」の命令を無視せざるを得なかったのである。


 あの日爺さんの使いの者がやってきたしばらく後の事、お菊さんが俺の部屋を訪れた。そして、「申し訳ありませんが、少しお時間をいただけますか?」と言ったのである。


 俺は小躍りしたね。伝七郎との打ち合わせが残っていたが、そんなものは光の速度で頭の縁に追いやったよ。


 その後は勿論お菊さんについていったさ。ここで行かないなんて選択肢を選ぶ俺ではない。


 そして、ついていった先では、千賀がびーっと泣いていたんだ。


(俺のどきどきを返せ)と天を仰いだのは言うまでもない事だろう。


 俺のお話を楽しみにしていたらしい。しかし、俺はいつまで経っても戻ってこない。それでもここまで、頑張って我慢していたとの事だ。だが、とうとう我慢も限界にいたり癇癪を起こしてしまったという経緯だった。


 部屋に入ってきた俺を見つけ、千賀は一層激しく泣く。


 お菊さんだけでなく、その場にいたおきよさんや咲ちゃんにまで頭を下げられた。抑えきれずにごめんなさいという事だろう。だが、俺に言わせれば、よくこの時間まで抑え込んだものだと拍手したかった。


 だから俺は、苦笑を浮かべながら首を横に振った。


 それでもなお恐縮する彼女らに、「気にしなくて良いから」と改めて手をひらひらと振る。


 しかし、そんな申し訳なさそうな侍女らに気をとられていると、千賀がこっちに突進してきたのである。


 そして、「たけるは嘘つきなのじゃーっ」と駄々っ子パンチを浴びせてきたのだった。全く痛くなかった。むしろ心に温かいものが湧き起こってしまったのだが、本人はいたって真剣だった。顔を真っ赤にしての大抗議なのだ。


 俺はとにかく頭を撫で繰り回して、「わかったわかった。悪かった」とひたすら謝った。そうして、なんとか宥めすかして落ち着かせたのだ。


 それにより、やっとなんとか会話が出来る状態になる千賀。鼻をぐしぐしと鳴らして、まだうーうーと唸っていたが、当初の状態よりはいくらかマシではあった。


 そのあと落ち着いた千賀に、「嘘つきなのじゃ」とか「なんで帰ってこないのじゃ」とか、散々詰め寄られた。


 そして明日は、”絶対に”何かのお話をするという約束をさせられたのである。


 翌朝、そんなこんなの経緯を伝七郎に話すと、伝七郎は眉を八の字にして苦笑した。そして、「姫様をよろしくお願いしますね」と言って、その日俺が担当する筈であった仕事の書簡も自分の分と合わせて抱えたのだった。


 俺はそんな伝七郎に「すまん」と一言詫びて、終わったら後で行くからとだけ伝えた。


 そして千賀の部屋を訪れると、もうすでに朝餉も済ませて、準備万端整えてにこにこと笑顔で待っていた。顔を見せると「今日は嘘を吐かなかったのじゃ」とふんふんと荒い鼻息を吐く。


 そうまで期待されると、とプレッシャーを感じずにはいられなかった。


 しかし、目をきらきらと輝かせて「はよ、はよ」と千賀はせがむ。そんなものを見せられたら、ほら。頑張らずにはいられない訳であり……。結構な大長編を披露する羽目になったのである。


 桃から生まれた桃次郎が、次第に没落していく家を「桃ましまし饅頭」を武器に立て直す『桃二郎物語』、悪の組織・竜宮にさらわれ改造手術を受けた浦島が海の平和を守る『亀騎兵・浦島ん』などは大変好評を博した。千賀は女の子女の子した物語よりも、どちらかというと男の子向けのどきどきわくわく系を好んだ。


 結局、前日の引け目もあって千賀の相手をし続ける羽目になり、その日は伝七郎の元へ行くことは適わなかった。申し訳なく思ったが、伝七郎の事である。おそらくは予想できていた事だろう。


 以降もこの生活パターンはずっと続いた。流石に丸一日というのは初日だけにしてもらったが、それを納得してもらう代わりに、毎朝千賀に一つお話をする事を約束させられた。


 仕事もしなくてはいけなかったので、俺はこれを了承せざるをえなかったのである。


 ただ連日のネタ仕込みは正直骨が折れた。当たり前である。そうぽんぽんと出てくるほど俺の頭はネタの宝庫ではなかった。


 だが、それ以上に前日にネタを考えておけない状況になった時が最悪であった。


 話し始めて三日目のことだが、その前夜再びあの三馬鹿に酒をしこたま飲まされて撃沈した。その為、ネタを仕込むことが出来なかったのだ。しかし昨日も、「またあした楽しみにしているのじゃ。ぜったい来てたもう」と千賀におかわりを要求されていたので、行かない訳にはいかない。行かなかったら、また泣かれるのは必至だからだ。


 困った俺は千賀の前で『金太の○冒険』を熱唱した。


 ……第一パートの終わりで婆さんの検閲が即行で入り、お菊さんには小一時間説教をされる羽目になった。


 そんな日々を送っていたのである。


 無論仕事もしていた。配下の兵もいないければ権限もないので、やれる事には限界があったが、情報の管理と整理を主に担当し伝七郎のサポート役に回っていたのである。


 藤ヶ崎の町に留まり三日目、先日北の砦方面に放った偵察兵が戻ってきた。


 その報告によると、北の砦には約五百五十の継直の兵が配備されているとの事だった。そして、その砦の近くに藤ヶ崎の五百の兵が陣取って牽制する形で膠着状態を生み出しているらしい。


 敵将は下村茂助。百人組の組頭だそうだ。これには流石に驚いて、「百人組の組頭が?」と思わず聞き返してしまったが、報告に来た偵察兵は「はい」と首肯する。


 なんでも、本来は俺に殺されたあの三島盛吉があの砦の将として就く予定であったそうだ。


 道永と共に千賀を”救出”して一度全軍を砦に入れた後、道永は連れてきた兵の一部と千賀を連れて本拠へ戻り、盛吉はその残りと元から砦にいた兵と合わせて統率し、爺さんに当たる予定だったらしい。


 それを聞いて、なるほどと納得した。


 盛吉も道永も敗れ、やむをえなくそうなったのだ。


 本来相応しい身分の者が誰もいない為、押し出される形で百人組の組頭が将となっている。これは想定外の好機であった。


 一方、藤ヶ崎の軍を統率しているのは、山崎次郎右衛門。これについては爺さんから直接聞くことが出来たのですでに知っていたが、偵察からも改めて報告がなされた。


 この山崎次郎右衛門という人物は、長年爺さんの副将を務めてきた人物らしい。爺さん曰く、「あれがいるから、儂はここでにらみを利かせていられる」との事。あの爺さんにそう言わせる以上、優秀な人物と思って間違いない筈だ。伝七郎も「ああ、山崎殿が」と納得していたあたりからも、それは十分予測できた。


 これらが、砦と砦のある荒木山の麓の陣でにらみ合って、はや半月が経っているとの事だった。


 また、これらの情報の他にも、砦の外観図なども描きとったものが持ち帰られていた。手元にある藤ヶ崎の周辺地図と合わせれば、まずまずの情報を読み取ることが出来る。内部の構造や人員配置などのより詳細な情報は改めて探ればよい。


 この短い時間でこれだけの情報を持ち帰ってくれた俺たちの偵察は、まだその仕事をさせ始めて間もないにも関わらず相当に優秀だと内心とても嬉しかった。このまま今現在偵察を担当している者たちを諜報部隊として育て上げればよいと、俺はこのとき確信したのである。


 そして、それらの新たな情報は、早急にまとめ上げた分析や案と共に伝七郎へと回した。


 ただ、この時に改めて思ったのだが、やはり筆が使えない事がどうにも不便であった。当然この時は代筆を使ったのであるが、予想以上に面倒で、しかも不用心が過ぎた。これは俺が最初に思った以上に重要で、かつ早々に何とかしなくてはならない問題だった。




 そんな日々を過ごして、五日目が今日であった。


 そして昨日、伝七郎や三人衆と集まり、最後の確認をし決定していた。北の砦への出発は二日後とする、と。――つまり、出陣は明日である。

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