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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第四十七話 軍議(北の砦攻略戦前、藤ヶ崎にて) でござる その一

 俺は与平のそんな表情に気がついてはいた。しかしながら、絶対と信じていた恋愛カーストの崩壊ともいうべきこの事案がもたらした影響は限りなく大きかった。


 要するにどうにも納得ができなかったのだ。


「つー事は何か? この熊は、おまえらイケメン様を差し置いて、早々と異世界に旅立っていたと。せめておまえらに複数の女の影でもあったならば、それも納得できたものを……。いや、無論その場合は、この俺自らおまえらに天誅くらわせてやるけどね」


「あは、あはは」


 俺のそんな所信表明を、口の角を引きつらせながらも笑って聞いている与平。信吾は沈黙は金を貫き、源太と伝七郎は再び首をぷるぷると横に振って、自分らの無実を訴え続けた。


 しかし、そこはさすがの俺たちのリーダー、伝七郎である。自分の無実を訴えて安全を確保した後は、なんとか荒魂(あらみたま)と化したこの神森めを鎮めようと必死に考え込んでいるようだった。……自分の安全だけはちゃっかり確保しているあたりが、如何にも優等生だと思う、と荒ぶる魂のどこかで冷静な俺は評価していた。


 いや、伝七郎が苦労しているのはわかっているんだけどね? 納得いかんものは、納得いかんのです。


 俺は更に粘る。


「大体だな。この熊の図体のでかさを見ろよ。ナニがナニして合体しようとしても、おきよさん、あんなに小さいんだぞ? この熊のナニは土筆(つくし)かシメジ茸なのか?」


 俺は派手なアクションで、びしっと信吾の股間を指して、そう力いっぱい皆に問いかけた。


「や。それは、あんまりな言い草ですな」


「うるさい。これで不満なら、おまえの事はこれから『マッチ棒』と呼んでやるっ!」


「まっちぼう?」


 沈黙しているうちに混乱から回復したらしい信吾から、俺の暴言に対する冷静な突っ込みが入った。そして、気づくのである。


 あー、そっか。こっちは火打ち石だったな、と。


 マッチはなかった。これでは俺の的確な例えも意味をなしえなかった。しかし、(ライターは難しくても、マッチぐらいならなんとかなるんじゃね?)とその時頭を過ぎったのである。


 マッチ棒ぐらいはあると便利だよなあ……、って危ねぇ。危うく話を逸らされるところだった。この神森武、その程度の事ではごまかされんのだ。


「ふっ。甘いな、信吾。そんな事でごまかれる俺ではないのだ。話を逸らすな。今はお前の詮議が先だ」


「いや、そういう訳ではなかったのですが」


 信吾は頭をかきかき、余裕でそう弁明する。


 くう。なんかメンタルの戦いですでに負けている気がする。だが、この俺はそう簡単に負ける訳にはいかなかった。全国のモテナイ同志達の為にもっ。


「わかった。安心しろ。マッチはそのうち作って見せてやる。あると便利だからな。だから、今はお前の罪をば……」


 そういって、話を戻そうとしたのだが、


「いや、武殿。そうは言ってもですね? そもそも今の話の流れからいって、信吾には何の罪もないような気がするのですが……」


 あくまで俺が拘る信吾の罪そのものに、伝七郎から的確かつ冷静な突っ込みが入った。


 ちっ、こいつまで冷静になってしまったか。いつも通り勢いに任せて押し切るつもりだったのに、時間を掛けすぎたようだ。(あれ? なんかおかしくね?)と、そう思われてしまっては、今回の内容では分が悪すぎるのだ。混乱している内に勝負を決めれなかった俺のミスだった。


 しかし、だ。伝七郎。それは分かっているともよ。でも、もしそれを認めたら、色々と哀しい事になるじゃないかっ。主に俺の中でっ!


 そう心の中で吠え立てるも、押し切れなかった以上、これ以上は是非もなし。俺は認めるしかないのだ。


「……わかった。信吾はおきよさんを騙して嫁にした悪い奴。この線で納得するとしよう」


 苦渋の選択だった。


「どうして、そうなるんです?」


 そう問う伝七郎の声は、俺の耳を右から左に駆け抜けていった。


 ここに至って、伝七郎ばかりか三人衆も俺という人間に慣れてきたらしい。俺の言葉に困惑する事なく華麗に受け流し、冷静に突っ込んでくるようになってしまった。皆の成長が嬉しくも哀しくもある俺であった。


 だがしかしっ。信吾よ。おまえの裏切りだけはこの神森武、決して忘れぬぞ。つーか、これでモテナイ男はこの中で俺だけになってしまった訳だが、この先一体どうしようか……。真面目な話。


 そう真剣に悩んでいたのだが、伝七郎はそんな俺に目をくれる事もなく無視して話を進めだす。俺は泣いていない。


「えー、それでは信吾の件は無事片付いたようなので、本来の話に戻します。無論、北の砦の件です」


 そう伝七郎が先ほどまでの話を総括すると、皆の顔つきは引き締まった。無論、俺も空気の読めない子ではないので、信吾の話はもうおしまいとする事にした。


 しかし、俺は本題に入る前に言わねばならない事があった。だから、咳払いを一つして話を割る。


「あー。コホン。まず本件に入る前に、俺から一言詫びさせてくれ。北の砦攻略の件だ。こういう話の流れになる事も、また俺自身もこう言う話の流れに持っていくつもりだった事も、全部秘密にしたまま独断専行したからな。すまなかった」


 そう言って、俺は一つ頭を皆に下げた。


 この件は、やむを得なかったとは言え、まず俺が皆に詫びるのが筋というものだった。特に現場でいきなりこの話を聞かされた伝七郎と信吾は、口こそ挟んでこなかったが相当に焦ったに違いないのだ。


「確かにそういう面もありましたね。とはいえ、私たちも平八郎様の件で動揺してしまっていたので、やむを得なかったと思います。武殿は一人で背負ってくれていただけですよ。私たちには武殿に感謝する理由はあっても、責める理由はない。例えあっても、しようとは思えない。ただまあ、平八郎様とのあの折衝には確かに驚かされはしましたが」


 俺の言葉に、伝七郎はそう言って、最後には軽く戯けて笑った。信吾もそれに同調する。他の二人からも、伝七郎のその言葉に異議を唱える声は出なかった。


 伝七郎や他の皆のその寛容な態度に、俺は心の内で感謝しつつ、もう一度最後に謝った。


「すまなかった」


「はい。それについては、これで終わりとしましょう。必要な結果以外、私たちには如何なる被害も出ていません。賽はすでに投げられました。いま私たちがすべき事は、北の砦を無事攻略する事。これのみです」


 伝七郎はそう言って、一巻の巻物を畳の上に広げた。それは北の砦近隣の地図であった。


 本当にこいつの順応性の高さは異常だな、と再び感心させられる。


 先の戦で俺が重要視した地図。それをもう取り入れ、今度は最初から用意してきているのだ。この柔軟性こそが、佐々木伝七郎という人物の優秀さの証であり、資質なのだと思えた。これは、誰もがわかってはいても、いざやるとなるとなかなか出来ないものなのだ。特に地位や経験がある者たちほど。


 しかし、そんな感慨は置いておき、今は目の前の地図に集中する事にする。他の三人も真剣な顔をして、広げられた地図を覗き込んできた。


「北の砦は、その名の通りここ藤ヶ崎の町の北にあり、距離は徒歩(かち)で一日、馬で一刻といった所でしょうか。そして……」


 俺たちが地図に注目したのを確認すると、伝七郎は砦の説明を開始した。その要点を纏めて頭に叩き込んでゆく。



 ―――北の砦は藤ヶ崎の町の北、徒歩一日の距離にあり、荒木山(あらきやま)と呼ばれる山の中腹にある。旧水島領下では、町を貫いている大河川・御神川そのものと、町の北からその川を渡って北東に抜ける道の監視を主な目的に造られた砦であった。


 しかし、現在では継直が起こした内乱により旧水島領が割れた為、継直軍と藤ヶ崎軍のぶつかる最前線となっており、北西―藤ヶ崎、北東―藤ヶ崎の陸路の交差点を目前に置く重要拠点と化している。


 ただ、元々は川の監視も目的のうちとして造られた砦ではあったが、山の中腹に造られているその立地条件からも分かるように、いわゆる港湾設備は持ち合わせていない。基本的には治水目的であったらしく、砦から離れて河岸に小規模な接岸施設があるのみである。


 故に、事実上は水源の潤沢な山岳砦と考えればよい施設と言える。―――



 これらの情報を改めて吟味しながら、脳内で整理していると、


「……といった背景の砦で、ここを継直に抑えられたままというのは、藤ヶ崎の町にとっても、そして私たちにとっても大変危険です。なにせ町に攻め寄せられたら、即決戦になってしまいますからね」


 そう言って、伝七郎は長い説明に一息を入れた。


 要は、運命の悪戯から地理的に陸運の要衝と化してしまった砦を継直にとられてしまった。しかもその砦はこちらの本拠地の目と鼻の先にあるので、けっか常時喉元に槍先を突きつけられた状態になってしまっているという事だった。


 伝七郎は、俺たちが話しについて来ているの確認すると、更に説明を続けた。


「また、現状は砦の近辺――ここら辺りで、砦の兵力と藤ヶ崎から出ている軍とが、鍔迫り合いをしながら、にらみ合いを続けているそうです。現状私たちが持っている情報は以上で、これ以上の細かい内容は、放った偵察の報告を待つ事になります」


 伝七郎は地図を指しながら、現場の地理条件と現在の状況、そして背景などを細かく俺たちに示していった。


 つい先日まで、この世界がどうとか言っていたレベルとは大違いな伝七郎の進化であった。その説明を聞きながら、(……やっぱ、こいつはすげぇわ)と俺は内心舌を巻いたのである。

13/5/08 伝七郎の北の砦に関する説明以降に加筆

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