第四十六話 悪い子はいねがー でござる
「信吾。覚悟は出来たか? おまえはカーストにおける枠組みを越えた真似をしでかした。掟に従って、罰を受け贖罪せねばならない」
俺は決然とした態度で、厳かにそう言い渡した。
しかし事ここに至っても、罪人は罪状を認めようとしない。否、いま以て「何を言っているのか、さっぱりだ」という顔で、白々しい態度を貫いていた。
なんというふてぶてしい態度であろうか。政治家もびっくりである。
他の皆も、相も変わらずポカンとした表情を浮かべたままだ。
仕方なかった。こいつらは、信吾が犯してしまった罪を知らないのだ。つか知った所で、カーストの頂点付近に君臨するこのイケメン様方は、俺ら下々の心の事情など、考えも及ばないに違いないのである。富める者はなんとやら、なのだ。
だからなおの事、この掟破りの大罪人は、同じカースト枠に生きる俺が裁き決着をつけねばならないのであった。
こうして、このとき俺の思いは個人的な怒りに使命感も加え、ますます意気軒昂に育つ。怒髪天をついた俺の髪は、今ここに金色を帯びようとしていた。
「信吾よ。惚けても無駄だ。おまえの罪はすでに白日の下にさらされている。俺は今朝、この目で見てしまったのだ。おまえが罪を犯したその現場をっ!」
びしっと指を指し、俺は再び信吾へと告げたのだった。
「おい、信吾。おまえ、一体何をやったんだ?」
源太がとなりに座っている信吾の方を向いて、小声でこそこそと、そう尋ねていた。
そうだ。おまえらもきちんと追求しろ。そいつは罪人なんだ。裁かれなければならない存在なんだ。
「いや? さっぱり、わからん。それで武殿。私が犯してしまった罪とは一体何でしょうか?」
しかし、事ここに至っても信吾はまだシラを切った。首を捻って惚けている。
……そうか。やはり、はっきり言わんとわからんか。同じ恋愛カーストの最底辺で生きてきた者として、ささやかながらも情けを掛けたつもりだったのだが……。おまえがそうでてくるならば是非もなしだ。
「やむをえまい。では、はっきりと言おう。俺は見てしまったのだ。今朝早く、おまえの部屋からおきよさんが出てくる所を。し・か・も、身繕いをしながら、だ」
俺はそう言って、周りを見渡した。
しかし、どうにも皆の反応が薄い。
……おかしい。これは如何なる事ぞ。やはり、頂点と底辺ではあまりにも距離がありすぎるのか。
かといって、それだけとも言い切れなかった。なぜなら、伝七郎らばかりか、当の信吾も反応がない。こいつは俺と同じカーストであるにも関わらず、だ。ただ、厳密に言うと反応がない訳でもなかった。なんか顎が落ちているのである。
おかしい。これは俺の想定した反応ではない。俺は目を閉じ、額に手をやって、軽く二、三度頭を振った。目をカッと開き、再び周りを見渡す。しかし、何も変わらない。
部屋の中を、沈黙という名の風が流れつづけた。
なぜか一人で浮いてしまっている俺。それを見かねたかのように、恐る恐るながらも、伝七郎がその静寂を破って口を開いた。
「あ、あの……、武殿? 信吾ときよ殿は夫婦でございますが、同室は何か問題がございましたか?」
……なんですと?
そ、そんな馬鹿な……。この糸目熊の信吾が既婚? しかも、その相手があれ程に美人なおきよさん? そんな馬鹿な。そんな事があって良い訳がない。天も地も、人も、むろん俺もっ、そんな事は許しませんよっ?
「う、嘘だろ……?」
「いや、本当ですよ? でも、そんなに驚く事かなあ」
衝撃の事実過ぎて、俺の脳みそは理解するのを拒絶しているというのに、更なる追撃が与平よりあった。しれっと疑問すらも否定されたのだ。否、そんな事よりも一番の問題は、与平の奴が一体どこに問題があるのか本当に理解できていないと思われる点にあった。素の表情で、その言葉通りに疑問符を浮かべている。俺はその事にショックを受けざるを得なかった。
何故だ……。何故こいつらは、これを疑問に感じないんだ。
俺は思わず信吾を振り返り、尋ね直してしまう。
「信吾……。おまえ本っ当に、おきよさんと結婚してんの?」
「は、はあ。今年の春に祝言を挙げたばかりではありますが、確かにきよとは夫婦にございます」
信吾は困ったような、照れたような複雑な表情でそう答える。
しかし、それは信吾が侍女さんをナンパして、一夜の恋を楽しんだという腹立たしいフィクションよりも、更に信じられない告白であった。
なんてこった……。
「いや、武様。そこまで驚かれなくても」
信吾を見つめたまま呆然と固まる俺に、与平は再びそう声をかけてきた。
「いや。だって、おまえ。熊だぞ? これ」
「馬ではないところが惜しいですな」
「や、源太。今はそういう話じゃないから」
素直に俺が心の声を吐露すれば、源太は相変わらずで、大変珍しい事に与平がストッパーを買って出ていた。
そんな二人、特に源太を見て俺は思わざるを得なかった。
なあ、源太よ。俺的にはパーフェクト・イケメンよりはいくらか情状酌量の余地があるとは思うが、外見と中身でこうも違うのは、女的には詐欺の一種だと思うんだ。割とマジで。
しかし、これで仕事をさせると、きっちり結果を出すから困る。現に先の戦でも、見事に配下の兵をまとめ上げ、計を成してみせている。本当にこいつだけは分からない。我が軍一の不思議ちゃんであった。
すると、俺がそんな事を考えている絶妙のタイミングで伝七郎が、
「と、とりあえず熊とか馬とかは置いておいてですね、間違いなく二人は夫婦ですよ?」
と、変な方向に暴走しそうになっている話を修正しにかかった。
くそう。信じられないが、どうやらマジのようだ。どうして、こんな熊にあんなきれいな嫁が……。
「くっ。認めたくないが、どうやら本当のようだな。でも、なんで信吾にあんなきれいな嫁がくるんだよ……。つか、もしかして、おまえら全員嫁持ちか?」
「いえ、信吾だけですよ?」
俺が心の底より無限にわき出る異議をあたり構わず撒き散らしていると、すかさず与平からのフォローが飛んできた。すでに与平は先ほどまでの困惑から立ち直り、いつもの奴らしく、にやにやと他人で遊ぼうとする悪ガキの顔に戻っていた。
しかし、残りはまだそこまで達観してはいないようである。信吾は仮にも俺が認めた事で、触らぬ神にたたりなしと踏んだのかだんまりを決め込み、残りのイケメンどもは悪を裁かんとする俺の正義の視線に怯え、慌てて首を横に振っていた。